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1 出会い
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アメリアは孤児だった。
生後一カ月ほどで教会の前に捨てられていたという。
それは、凍てつくような寒さの夜だった。シスターが戸締まりをする際、扉の外に置かれた籠に気づき、近寄って中を確かめたところ――中にいたのがアメリアだった。
小さな身体で必死に泣き声を上げ、自分の存在を訴えていたらしい。
発見があと少しでも遅れていたら、命も危なかっただろうと聞かされている。
だから、アメリアは「運が良かった」と言われてきた。神父様やシスターたちは、これも神の思し召しだと語り、物心がつく頃から「神に感謝しなさい」と繰り返し教えてくれた。
この教会兼孤児院には、アメリアと似た境遇の子どもたちが多く暮らしていた。
だから、アメリアは自分を不幸だと思ったことはなかった。
孤児院は王都の外れにあり、簡素な造りの建物だった。年齢は0歳から12歳まで、総勢30人ほど。
神父が1人、シスターが5人。そして街から通いで手伝いに来る年配の女性たちが5~6人。運営は国の補助と、王都の貴族や裕福な商人からの寄付によって成り立っていた。
金銭的にも人員的にも決して余裕はなかったが、神父やシスターたちは清貧を貫き、子どもたちは最低限の衣食住を保障されていた。読み書きや簡単な計算も教えてもらえたし、王立学園の学生たちがボランティアとして手伝いに来てくれることもあった。
世の中には、孤児院の運営費を私利私欲に使い、子どもたちに満足な食事すら与えないような、悪しき神職もいるという。その中で、アメリアのいた孤児院は、健全で恵まれた場所だった。
そんな環境で育ったアメリアには、幼い頃から眩しく感じる存在があった。
――ルーカスという男の子だ。
彼の父は伯爵家の貴族であり、ルーカスはその家に仕えるメイドとの間に生まれた子だった。父は引き取ろうとしたものの、正妻が頑なに拒み、メイドの母は家を追われることになった。
母は昼夜問わず働きづめでルーカスを育てたが、過酷な生活が祟り、若くして亡くなった。そしてルーカスは、6歳の時にこの孤児院へ預けられたのだった。
ルーカスがやってきた日。
それは、アメリアにとって忘れられない記憶となった。
孤児院の食堂は、昼間でも薄暗く、小さな子たちはその雰囲気を怖がることも多かった。六歳だったアメリアも、その場所が少し苦手だった。
そんなある日、神父様の呼びかけで、みんなが食堂へ集められた。掃除や畑仕事、勉強など、持ち場から渋々足を運ぶ子どもたち。
そしてその食堂に、一際明るい光を放つ「何か」が現れた。
いや、それは“何か”ではない。神父様の隣に立つ、ひとりの少年だった。
まるで宗教画から抜け出してきた天使のような面差し。金色の髪は光を反射し、白い肌は透き通るほどに美しい。そして大海原のように深い碧の瞳を持っていた。
孤児たちは息を呑んだ。
「今日からここで暮らすことになったルーカスだ。六歳だな。皆、仲良くするように」
神父様の紹介に、少年は俯き加減にみんなを見渡した。
それが合図だったかのように、子どもたちは一斉にルーカスのもとへ駆け寄り、自己紹介を始めた。
アメリアだけが、輪に入りそびれて、一歩引いた場所でその様子を眺めていた。
ルーカスは、皆に笑顔で応えていた。
(…すごく、綺麗な子)
見惚れていたそのとき、不意にルーカスがアメリアの方を見つめた。
「君は、お名前なんていうの?」
まさか自分に話しかけられたとは思わず、アメリアは戸惑った。隣の年上の女の子が小声で促す。
「名前、聞かれてるよ」
どきどきしながら、アメリアは答えた。
「……アメリア」
「アメリア、よろしくね」
そう微笑まれた瞬間、アメリアの頬は熱を帯びた。いつもは薄暗くて少し怖かった食堂が、そのときだけは、眩しく温かな場所に変わっていた。
~~~~~~~~~~~
それから六年。
アメリアとルーカスは十二歳になろうとしていた。
今では年長の子どもたちとして、下の子の世話やシスターの手伝いを任されるようになっていた。
月に一度、貴族のご夫人方が主催するバザーがあった。
孤児たちは、この日を楽しみにしていた。バザーのあとは、差し入れのお菓子がもらえるからだ。
その日も、あるご婦人からマカロンやフィナンシェが届けられた。
滅多に口にできない甘く香ばしい焼き菓子に、孤児たちは歓声を上げた。
皆に平等に配られた――はずだった。
だが、ひとつ足りなかった。
最後に配られるはずだった六歳の男の子、ユアンが、ぽろぽろと涙をこぼす。
すかさずアメリアは立ち上がり、自分のお菓子を彼に差し出した。しゃがんで目線を合わせ、微笑む。
「ユアン、あなたの分よ」
ユアンは驚いた顔でアメリアを見た。
「でも、これ、アメリアお姉ちゃんのだよ?」
「ううん。実は、バザーのときお腹が空きすぎて、皆に隠れてつまみ食いしちゃったの」
「……ほんと?」
「ええ、本当。本当は、もう一つ食べたかったくらい」
そう言ってアメリアが舌を出すと、周囲の子たちからも笑いが起きた。
「アメリア、ずるーい!」
「先に食べるなんて卑怯~!」
「意地汚いな~!」
皆が笑いながらからかい合い、和やかな空気が広がった。ユアンもすっかり泣き止み、感謝のお祈りをしてからお菓子を口にした。
アメリアがホッと微笑んだそのとき、隣に座っていたルーカスが、自分の焼き菓子を半分に割って、アメリアの空になった皿に置いた。
「……ルーカス?」
「僕もつまみ食いしたでしょ。アメリアの分も少しもらったし。だから、これも分けよう」
本当はルーカスもつまみ食いなんてしていない。でも、アメリアの気持ちを察して、同じウソをついてくれたのだ。
ルーカスはウィンクしながら、ささやく。
「僕ら、仲良しだろ?」
その美しさに、アメリアの心はまた高鳴る。
「……うん。ありがとう」
口にした焼き菓子は、ほんのり甘くて、あたたかかった。
生後一カ月ほどで教会の前に捨てられていたという。
それは、凍てつくような寒さの夜だった。シスターが戸締まりをする際、扉の外に置かれた籠に気づき、近寄って中を確かめたところ――中にいたのがアメリアだった。
小さな身体で必死に泣き声を上げ、自分の存在を訴えていたらしい。
発見があと少しでも遅れていたら、命も危なかっただろうと聞かされている。
だから、アメリアは「運が良かった」と言われてきた。神父様やシスターたちは、これも神の思し召しだと語り、物心がつく頃から「神に感謝しなさい」と繰り返し教えてくれた。
この教会兼孤児院には、アメリアと似た境遇の子どもたちが多く暮らしていた。
だから、アメリアは自分を不幸だと思ったことはなかった。
孤児院は王都の外れにあり、簡素な造りの建物だった。年齢は0歳から12歳まで、総勢30人ほど。
神父が1人、シスターが5人。そして街から通いで手伝いに来る年配の女性たちが5~6人。運営は国の補助と、王都の貴族や裕福な商人からの寄付によって成り立っていた。
金銭的にも人員的にも決して余裕はなかったが、神父やシスターたちは清貧を貫き、子どもたちは最低限の衣食住を保障されていた。読み書きや簡単な計算も教えてもらえたし、王立学園の学生たちがボランティアとして手伝いに来てくれることもあった。
世の中には、孤児院の運営費を私利私欲に使い、子どもたちに満足な食事すら与えないような、悪しき神職もいるという。その中で、アメリアのいた孤児院は、健全で恵まれた場所だった。
そんな環境で育ったアメリアには、幼い頃から眩しく感じる存在があった。
――ルーカスという男の子だ。
彼の父は伯爵家の貴族であり、ルーカスはその家に仕えるメイドとの間に生まれた子だった。父は引き取ろうとしたものの、正妻が頑なに拒み、メイドの母は家を追われることになった。
母は昼夜問わず働きづめでルーカスを育てたが、過酷な生活が祟り、若くして亡くなった。そしてルーカスは、6歳の時にこの孤児院へ預けられたのだった。
ルーカスがやってきた日。
それは、アメリアにとって忘れられない記憶となった。
孤児院の食堂は、昼間でも薄暗く、小さな子たちはその雰囲気を怖がることも多かった。六歳だったアメリアも、その場所が少し苦手だった。
そんなある日、神父様の呼びかけで、みんなが食堂へ集められた。掃除や畑仕事、勉強など、持ち場から渋々足を運ぶ子どもたち。
そしてその食堂に、一際明るい光を放つ「何か」が現れた。
いや、それは“何か”ではない。神父様の隣に立つ、ひとりの少年だった。
まるで宗教画から抜け出してきた天使のような面差し。金色の髪は光を反射し、白い肌は透き通るほどに美しい。そして大海原のように深い碧の瞳を持っていた。
孤児たちは息を呑んだ。
「今日からここで暮らすことになったルーカスだ。六歳だな。皆、仲良くするように」
神父様の紹介に、少年は俯き加減にみんなを見渡した。
それが合図だったかのように、子どもたちは一斉にルーカスのもとへ駆け寄り、自己紹介を始めた。
アメリアだけが、輪に入りそびれて、一歩引いた場所でその様子を眺めていた。
ルーカスは、皆に笑顔で応えていた。
(…すごく、綺麗な子)
見惚れていたそのとき、不意にルーカスがアメリアの方を見つめた。
「君は、お名前なんていうの?」
まさか自分に話しかけられたとは思わず、アメリアは戸惑った。隣の年上の女の子が小声で促す。
「名前、聞かれてるよ」
どきどきしながら、アメリアは答えた。
「……アメリア」
「アメリア、よろしくね」
そう微笑まれた瞬間、アメリアの頬は熱を帯びた。いつもは薄暗くて少し怖かった食堂が、そのときだけは、眩しく温かな場所に変わっていた。
~~~~~~~~~~~
それから六年。
アメリアとルーカスは十二歳になろうとしていた。
今では年長の子どもたちとして、下の子の世話やシスターの手伝いを任されるようになっていた。
月に一度、貴族のご夫人方が主催するバザーがあった。
孤児たちは、この日を楽しみにしていた。バザーのあとは、差し入れのお菓子がもらえるからだ。
その日も、あるご婦人からマカロンやフィナンシェが届けられた。
滅多に口にできない甘く香ばしい焼き菓子に、孤児たちは歓声を上げた。
皆に平等に配られた――はずだった。
だが、ひとつ足りなかった。
最後に配られるはずだった六歳の男の子、ユアンが、ぽろぽろと涙をこぼす。
すかさずアメリアは立ち上がり、自分のお菓子を彼に差し出した。しゃがんで目線を合わせ、微笑む。
「ユアン、あなたの分よ」
ユアンは驚いた顔でアメリアを見た。
「でも、これ、アメリアお姉ちゃんのだよ?」
「ううん。実は、バザーのときお腹が空きすぎて、皆に隠れてつまみ食いしちゃったの」
「……ほんと?」
「ええ、本当。本当は、もう一つ食べたかったくらい」
そう言ってアメリアが舌を出すと、周囲の子たちからも笑いが起きた。
「アメリア、ずるーい!」
「先に食べるなんて卑怯~!」
「意地汚いな~!」
皆が笑いながらからかい合い、和やかな空気が広がった。ユアンもすっかり泣き止み、感謝のお祈りをしてからお菓子を口にした。
アメリアがホッと微笑んだそのとき、隣に座っていたルーカスが、自分の焼き菓子を半分に割って、アメリアの空になった皿に置いた。
「……ルーカス?」
「僕もつまみ食いしたでしょ。アメリアの分も少しもらったし。だから、これも分けよう」
本当はルーカスもつまみ食いなんてしていない。でも、アメリアの気持ちを察して、同じウソをついてくれたのだ。
ルーカスはウィンクしながら、ささやく。
「僕ら、仲良しだろ?」
その美しさに、アメリアの心はまた高鳴る。
「……うん。ありがとう」
口にした焼き菓子は、ほんのり甘くて、あたたかかった。
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