【完結】時計台の約束

とっくり

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2 ルーカス

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 ルーカスは、どこにいても人目を引く存在だった。
 誰もが思わず振り返るほどの美しさを湛え、誰にでも分け隔てなく親切で、穏やかな笑みを絶やさない。

 孤児院の男の子たちは、どちらかといえば元気でやんちゃな子が多かった。その中にあって、物腰が柔らかく、少年でありながらどこか紳士的な振る舞いをするルーカスは、ひときわ大人びて見えた。

 勉強もよくでき、下の子たちの読み書きや計算を自発的に教える姿は、神父様やシスターたちの目にも頼もしく映っていた。

 それだけではない。ルーカスは絵の才にも恵まれていた。緻密な筆致と柔らかな色使いで描かれる風景や人物は、思わず息を呑むほどで、見る者すべてを惹きつけた。

 ──ルーカスは、まさに孤児院の人気者だった。

 王立学園からボランティアで勉強を教えに来る女子学生たちが、ルーカスに手紙を渡したり、告白しているところを、アメリアは何度も見たことがある。
 彼女たちはいずれも自分たちより年上で、貴族の令嬢や裕福な商家の娘など、いずれも容姿端麗で身なりも華やかだった。

 ルーカスに惹かれるのは、彼女たちばかりではなかった。バザーに訪れた貴族の娘やその侍女、中には貴族夫人まで──。

 そんなふうに好意を向けられても、ルーカスはいつも穏やかに、けれどきっぱりと答えていた。

「気持ちは嬉しいのですが、僕には心に決めた人がいます」

 その微笑みは柔らかく、けれど碧色の瞳は決して相手を映さなかった。

 凍りつくように静かな拒絶。まるで、言葉よりもその瞳がすべてを語っているようだった。

 ──その瞳が誰かを映すことは、決してない。

 だからこそ、女性たちは諦めるしかなかった。


 * * *

 その日、ルーカスに告白してきたのは貴族の令嬢だった。

 バザーの付き添いで孤児院を訪れた際に彼に心を奪われたらしく、今回は「礼拝に行く」と家族に嘘をつき、護衛を連れて教会へやってきたのだという。

 アメリアがそのやりとりを目にしたのは、ちょうど昼時。
 裏庭で掃除をしていたルーカスを昼食に呼びに来たところだった。

 裏庭の隅に立つ一本の木。その陰に身を隠しながら、アメリアは息を呑む。

 ルーカスの前に立っていたのは、華やかな雰囲気を纏う勝ち気な令嬢だった。
 少し吊り目で、大きな瞳。波打つ金髪の髪は美しく結い上げられ、整った顔立ちには自信が滲んでいた。年はルーカスと同じくらいだろうか。

「あなたなら、家で雇ってあげてもいいわ。……うちに来なさい」

 その高慢な声音に、アメリアは眉をひそめる。

 ルーカスは困ったように口元を歪めていた。
 いつもなら微笑の裏で静かに拒絶の意思を示すのに、今日は黙ったままだ。

 嫌な胸騒ぎがした。

「我が家は侯爵家で、由緒正しき家柄よ。……ここにいるあなたには分からないかもしれないけれど、我が家に仕えるというのはこの上ない名誉なことなのよ」

 ──こんな誘い文句、今までに何度聞いただろう。
 【うちに来なさい、悪いようにはしない】。
 貴族たちは決まって、そう言ってルーカスを囲い込もうとする。

 けれど、今日の令嬢はとびきり厄介だ。
 態度は高飛車で、ルーカスのことを心から想っているとは到底思えない。

 ルーカスは目を伏せ、自分の手を握ったり離したりしていた。
 落ち着かない様子。らしくない。

「我が家に来たら、あなたの進みたい道を全面的に援助できるわ。……お母様もお父様も了承済みよ。いわばパトロン。あなたが以前描いた絵を王立学園の先生に見せたの。そうしたら、とても興味を持っていただけて。……ぜひ学園に、と言ってくださったの」

 ──絵?

 アメリアの心が急にざわつき始める。
 確かにルーカスは絵が上手だった。でも、それをこの令嬢が知っているということは……。

 まさか、彼女に絵を渡したの?
 彼女のために描いたということ?

 胸の奥で、重たい何かが跳ねた。心臓が痛い。

「……マーガレット様」

 ルーカスが小さく令嬢の名を呼んだとき──アメリアの心は、はっきりと音を立てて崩れ落ちた。

 マーガレット様?
 ルーカスが……名前を知ってる?

 そんなに親しいの?
 名前で呼び合うほどに?

「・・・ルーカス、お願いよ。あなたの可能性を無駄にしないで。絵を学びたいのでしょう……?」

 令嬢の声が震えていた。勝ち気な表情は影を潜め、まるで懇願するように、眉を下げている。

 彼女の手は、ドレスのスカートを強く握りしめていた。
 震える指先。ドレスに刻まれる皺も気にせずに。

 ──悲痛なほどに、切実な表情。

 それが見えた瞬間、アメリアの胸はさらに締めつけられた。

 ルーカスが──いなくなる?

 嫌だ。そんなの、嫌。

 ルーカス、いつものように断って。
 その瞳に誰も映さないで。

 お願い……お願いだから、私のもとから──

 離れていかないで……!
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