【完結】時計台の約束

とっくり

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3 光を失った日

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 ルーカスがいなくなった。

 アメリアの嫌な予感は、的中した。

 ヘイウッド侯爵家の令嬢、マーガレットのもとに――
 ルーカスは引き取られていった。




 ~~~~~~~~~~~~~~~
 

 裏庭でのやりとりでは、ルーカスは「申し訳ありません」とだけ口にしていた。
 アメリアはそれが、丁重なお断りの言葉だと信じて疑わなかった。

 マーガレットが名残惜しそうに帰った後も、ルーカスはいつも通りに振る舞っていたからだ。

 

 ただ、時折、裏庭に視線を投げては溜息をつくことがあった。
 その目線の先に、彼女が去っていった方角があると知ってからは、アメリアの胸はざわめき続けていた。

 

「ルーカス?」
「ん、アメリア。……どうかした?」
「ルーカスこそ、ぼーっとしてる。具合でも悪いの?」


 ある日の午後、夕飯の食材のじゃがいもを裏庭の井戸水を使って2人は洗っていた。作業する手が止まりがちだったルーカスに気遣い、アメリアが声を掛けていた。



「大丈夫、少し眠いだけかな」
 ルーカスはいつものように笑う。

「ほんとう?」

「うん」

「・・・・・・」

 まるで誤魔化すようにじゃがいもを洗い始めた。

 まだアメリアが納得していない雰囲気を感じとったのか、ルーカスがアメリアを見つめる。

 その瞳に自分が映っている。けれど、そこに感情はない。
 淡く、遠い。
 優しいけれど、どこか空っぽな、友情の色だけが浮かんでいた。

 

「ルーカス、先に休んだら?残りの作業、私がやっておくよ」

 ルーカスは目を見開いた。


「ダメだよ。アメリアは女の子なんだから、僕の分までやる必要なんてないよ」

 おどけて腕に力こぶをつくってみせる。

「ほら、元気だってば」

 

 その姿に安堵しつつも、アメリアは胸の奥に引っかかるものを感じていた。
 これ以上、何かを聞くと、戻れなくなる気がして――踏み込めなかった。

 

 そして、あの日が来た。


~~~~~~~~~~~~ 



 数ヶ月後


 神父様が王都へ出かけることになり、シスター二人とルーカスが同行することになった。

 その朝、アメリアは教会の門前で掃き掃除をしていた。

 

 豪奢な馬車が、ひときわ目立って門前に止まった。
 扉に描かれた家紋は、アメリアには馴染みがなかったが、それが貴族のものだということは一目で分かった。

 

 神父様とシスターたちが馬車に乗り込む。

 最後に、ルーカスが門を振り返った。


 ――目が合った。


 ルーカスは小さく手を振る。
 アメリアも手を振り返した。

「気をつけて、いってらっしゃい」

「……うん」

 ルーカスは頷いて、馬車に乗り込んだ。

 それが――
 孤児院で交わした、ルーカスとの最後の会話になった。

 

 あの馬車は、ヘイウッド侯爵家のものだった。

 ルーカスはそのまま侯爵家に引き取られた。
 子どもたちに別れの挨拶をすることもなく。

 

 それは、ルーカスの希望だったと後から聞いた。

「別れを言葉にしたら、もっと悲しくなるから――」と。

 

 らしいといえば、らしい。

 けれど。

 けれども――
 何も言えないまま、ただ置いていかれた事実が、アメリアの心を激しく揺さぶった。

 

 それからというもの、アメリアはまるで光を失ったように落ち込んだ。
 普段ならきれいに食べる食事も、ほとんど喉を通らなかった。

 

 食事の時間、ルーカスが座っていた隣の席。
 ぽつんと空いたその席に、無造作に置かれた食器がカチャリと音を立てる。

「ここ、座ってもいい?」

 同い年のハンナがそう言って、隣に腰を下ろした。

 

「ルーカスがいなくなって、元気ないよね」
「……うん」
「ルーカスは人気者だったし。下の子たちもみんな寂しがってるよ」
「……そうだね」

「でもね、私たち年長組がしょんぼりしてたら、下の子たちはずっと悲しいままだよ」
「……」

「だからさ、ちゃんと食べよう? しっかりして、元気出そう」
「……うん」

 

 ハンナの言葉は、あたたかくて、まっすぐだった。

 それが沁みる。

 

「大人になったらさ、ルーカスに会いに行こうよ。画家になるんだもん、きっと画廊も開くよ」

 マーガレット様の後ろ盾で、ルーカスは王立学園の美術科に進学できることになったという。
 “パトロン”という言葉の意味も、最近になってようやく分かった。
 才能ある芸術家を、資産家が支援する仕組み――よくある話らしい。

 

「でも、画廊なんて入ったら、絵を買わされちゃうかもね。絶対買えない値段でしょ」
 ハンナが小声で続ける。
「昔の知り合い割引、してくれるかな。ルーカスなら優しいし!」

 

 冗談めかしたその言葉に、アメリアはくすりと笑った。
 ほんの少しだけ、心が和らぐ。

 

 だけどその直後、ずしりと現実がのしかかる。

 ――もう、ルーカスとは違う道を歩いている。

 もう、戻れない。

 その事実だけが、なおさらアメリアを切なくさせた。
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