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4 マーガレット
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ヘイウッド侯爵家の当主は王宮の政務部に勤めている。妻は伯爵家の令嬢で、貴族には珍しく恋愛結婚を貫いた仲睦まじい夫婦だった。
夫妻には、王立学園に通う長男サミュエルと、12歳の長女マーガレットの二人の子どもがいる。
サミュエルは現在16歳。学園では文武両道の優等生として知られ、生徒たちの模範とされていた。王太子と同学年で親しく、その資質から側近候補との噂もある。
一方のマーガレットは来年、王立学園に入学予定。侯爵令嬢らしく、振る舞いやマナーはすでに完璧に身につけていた。
かつて王太子の婚約者候補として名が挙がったこともあったが、マーガレットはその話をきっぱりと拒否した。両親も本人の意志を尊重し、正式な申し出がある前にマーガレットの意向を王家に伝えていたため、表向きには婚約話が持ち上がることはなかった。
~~~~~~~~~~~~~~
そんなマーガレットがルーカスと出会ったのは、母が熱心に取り組んでいる教会のバザーだった。
初めて彼を見たとき、女の子か男の子か判別がつかず、マーガレットは目を見張った。長めの髪と、どこか中性的な雰囲気。服装でようやく男子だと判断できるほど、美しい顔立ちだった。
バザー準備で忙しく、大人たちが教会の中を慌ただしく動き回るなか、マーガレットは教会の入り口でぽつんと立ち尽くしていた。
母は婦人会の打ち合わせで別室へ。侍女もすでに手伝いに駆り出されており、そばにいるのは無骨な護衛だけ。
(わたくし、何をすれば良いのかしら……)
戸惑いを隠せずにいたその時、ひとりの子どもが目の前を通り過ぎた。
「そこのあなた!」
思わず呼びかけると、子どもは立ち止まり、振り返った。それが、マーガレットとルーカスの出会いだった。
⸻
「僕を呼びましたか?」
「……ええ、そこの貴方です。貴方はこちらの院の方でしょう? わたくしは、バザーの手伝いに来たの」
「そうですか」
「……ええ、コホン……」
「……?」
「ですから、わたくし、手伝いに来たのですわ」
「……そうですか……」
「っ?!」
マーガレットは、案内されて当然だと信じていた。しかし、ルーカスにとっては貴族令嬢の世話など想定外であり、マーガレットの意図がまったく読めなかった。
ふたりは黙ったまま見つめ合い、沈黙が流れる。
いたたまれなくなったマーガレットは、ふと視線を落とし、ルーカスの指先に目を留めた。
「貴方、絵をお描きになるの?」
「えっ?」
「指先に絵の具が……いえ、クレヨンかしら? 色がついていますわ」
「あ、本当だ」
ルーカスは汚れた指をズボンで拭こうとした。だが、それを見たマーガレットは「お洋服で拭いてはだめ」と言わんばかりに、自分のハンカチを差し出した。
レースと刺繍が施された高級な布。ルーカスは目を丸くして見つめ、戸惑いながら首を振った。
「使わないのですか?」
「……ハンカチなんて、持ってないし……」
「それでは、ポケットに見えていたのはハンカチではなくて?」
マーガレットの視線は、ルーカスのポケットから覗く白い紙に向けられていた。
「ああ、これは……」
ルーカスが取り出したのは、一枚の紙。折り目のついたそれには、一輪の花が丁寧に描かれていた。
「それは……貴方が描いたの?」
「……僕が描きました」
ルーカスは、照れくさそうにうつむきながら答えた。
「他の絵もあるの?」
「?」
「貴方の描いた絵、もっと見せてくれないかしら」
興味津々のマーガレットに、ルーカスはポケットの中に収めていた絵を数枚見せた。
(なんて素敵な絵なの……!)
目を輝かせて絵を見つめる貴族令嬢に、ルーカスはどこか落ち着かない気分になった。
「あの……僕、そろそろ皆のところに戻らないと」
「っ!!」
「もう、いいですか……?」
「いけない! わたくしもバザーのお手伝いをしなくてはいけなかったのですわ!」
「では……」
ルーカスが去ろうとすると、マーガレットは思わず声をかけた。
「貴方、お名前は? わたくしはマーガレット」
「僕は、ルーカスです」
「ルーカス。来月また来るから、ここで絵を見せてくださる?」
「えっ……」
「ルーカスの絵、とても素敵だわ。また見せていただきたいの」
手放しの称賛に、ルーカスは顔を赤らめた。
「わかりました。……こんな外でいいんですか?」
「あら、わたくしとしたことが。夢中になって、ここが外だということを忘れていましたわ」
「くくくっ・・・」
ルーカスは思わず笑ってしまった。
「青空の下で見る貴方の絵は、格別よ。またこちらで、ぜひ見せていただきたいわ」
笑うルーカスに対して何も気にせず、気高く微笑むマーガレットに、ルーカスは目を見張り、少し照れる。何だか居心地が悪くなった気がし、軽く会釈だけして足早に立ち去った。
残されたマーガレットは呆気に取られながらも、普段の生活では感じたことのない胸の高鳴りを覚え、それを不思議に思いながらも、密かに喜びを噛みしめていた。
⸻
こうして、月に一度のルーカスとマーガレットの交流が始まったのだった。
夫妻には、王立学園に通う長男サミュエルと、12歳の長女マーガレットの二人の子どもがいる。
サミュエルは現在16歳。学園では文武両道の優等生として知られ、生徒たちの模範とされていた。王太子と同学年で親しく、その資質から側近候補との噂もある。
一方のマーガレットは来年、王立学園に入学予定。侯爵令嬢らしく、振る舞いやマナーはすでに完璧に身につけていた。
かつて王太子の婚約者候補として名が挙がったこともあったが、マーガレットはその話をきっぱりと拒否した。両親も本人の意志を尊重し、正式な申し出がある前にマーガレットの意向を王家に伝えていたため、表向きには婚約話が持ち上がることはなかった。
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そんなマーガレットがルーカスと出会ったのは、母が熱心に取り組んでいる教会のバザーだった。
初めて彼を見たとき、女の子か男の子か判別がつかず、マーガレットは目を見張った。長めの髪と、どこか中性的な雰囲気。服装でようやく男子だと判断できるほど、美しい顔立ちだった。
バザー準備で忙しく、大人たちが教会の中を慌ただしく動き回るなか、マーガレットは教会の入り口でぽつんと立ち尽くしていた。
母は婦人会の打ち合わせで別室へ。侍女もすでに手伝いに駆り出されており、そばにいるのは無骨な護衛だけ。
(わたくし、何をすれば良いのかしら……)
戸惑いを隠せずにいたその時、ひとりの子どもが目の前を通り過ぎた。
「そこのあなた!」
思わず呼びかけると、子どもは立ち止まり、振り返った。それが、マーガレットとルーカスの出会いだった。
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「僕を呼びましたか?」
「……ええ、そこの貴方です。貴方はこちらの院の方でしょう? わたくしは、バザーの手伝いに来たの」
「そうですか」
「……ええ、コホン……」
「……?」
「ですから、わたくし、手伝いに来たのですわ」
「……そうですか……」
「っ?!」
マーガレットは、案内されて当然だと信じていた。しかし、ルーカスにとっては貴族令嬢の世話など想定外であり、マーガレットの意図がまったく読めなかった。
ふたりは黙ったまま見つめ合い、沈黙が流れる。
いたたまれなくなったマーガレットは、ふと視線を落とし、ルーカスの指先に目を留めた。
「貴方、絵をお描きになるの?」
「えっ?」
「指先に絵の具が……いえ、クレヨンかしら? 色がついていますわ」
「あ、本当だ」
ルーカスは汚れた指をズボンで拭こうとした。だが、それを見たマーガレットは「お洋服で拭いてはだめ」と言わんばかりに、自分のハンカチを差し出した。
レースと刺繍が施された高級な布。ルーカスは目を丸くして見つめ、戸惑いながら首を振った。
「使わないのですか?」
「……ハンカチなんて、持ってないし……」
「それでは、ポケットに見えていたのはハンカチではなくて?」
マーガレットの視線は、ルーカスのポケットから覗く白い紙に向けられていた。
「ああ、これは……」
ルーカスが取り出したのは、一枚の紙。折り目のついたそれには、一輪の花が丁寧に描かれていた。
「それは……貴方が描いたの?」
「……僕が描きました」
ルーカスは、照れくさそうにうつむきながら答えた。
「他の絵もあるの?」
「?」
「貴方の描いた絵、もっと見せてくれないかしら」
興味津々のマーガレットに、ルーカスはポケットの中に収めていた絵を数枚見せた。
(なんて素敵な絵なの……!)
目を輝かせて絵を見つめる貴族令嬢に、ルーカスはどこか落ち着かない気分になった。
「あの……僕、そろそろ皆のところに戻らないと」
「っ!!」
「もう、いいですか……?」
「いけない! わたくしもバザーのお手伝いをしなくてはいけなかったのですわ!」
「では……」
ルーカスが去ろうとすると、マーガレットは思わず声をかけた。
「貴方、お名前は? わたくしはマーガレット」
「僕は、ルーカスです」
「ルーカス。来月また来るから、ここで絵を見せてくださる?」
「えっ……」
「ルーカスの絵、とても素敵だわ。また見せていただきたいの」
手放しの称賛に、ルーカスは顔を赤らめた。
「わかりました。……こんな外でいいんですか?」
「あら、わたくしとしたことが。夢中になって、ここが外だということを忘れていましたわ」
「くくくっ・・・」
ルーカスは思わず笑ってしまった。
「青空の下で見る貴方の絵は、格別よ。またこちらで、ぜひ見せていただきたいわ」
笑うルーカスに対して何も気にせず、気高く微笑むマーガレットに、ルーカスは目を見張り、少し照れる。何だか居心地が悪くなった気がし、軽く会釈だけして足早に立ち去った。
残されたマーガレットは呆気に取られながらも、普段の生活では感じたことのない胸の高鳴りを覚え、それを不思議に思いながらも、密かに喜びを噛みしめていた。
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こうして、月に一度のルーカスとマーガレットの交流が始まったのだった。
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