【完結】時計台の約束

とっくり

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16 ふたりの夜

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 その日、アリシアは隣町にある商会へ、急ぎの届け物を任されていた。
「用事が済んだら、今日はもう上がっていいから」と言われ、心の中がふわりと浮き立った。

(久しぶりに、ルーカスに会いたい――)

 最近はお互い仕事が忙しく、顔を合わせる時間もなかなか取れなかった。
そんな日々の合間に訪れた、小さな自由時間。自然と足は、彼の部屋へ向かっていた。

 玄関の扉をノックすると、ちょうど仕事から戻ってきたばかりのルーカスが顔を見せた。

「……アリシア!」

 ぱっと花が咲いたように、ルーカスの表情が綻ぶ。
その笑顔に胸がきゅんとして、アリシアも思わず頬を緩めた。

 二人でささやかな夕食を囲んだあと、アリシアはカップを置くと同時に、ふと小さく息を飲んだ。
視線を落としたまま、頬を真っ赤に染めながら、ほんの少しだけ口を開く。

「……あのね、今日、泊まってもいい?」

その一言に、ルーカスは一瞬だけ目を見開く。
けれど、すぐに優しさに満ちた笑みがその顔に広がった。

「もちろん。嬉しいよ、アリシア。今日は……一緒に過ごそう」

そう言って、彼はゆっくりと立ち上がり、アリシアを腕の中に引き寄せた。
その腕はあたたかく、優しくて、アリシアの緊張をすべてほどいてくれる。

「……ん。ありがとう、ルーカス」


 ルーカスの宿の部屋は、少しずつ冬の訪れを思わせる夜の冷気が窓の隙間から入り込み、彼の息遣いと、小さなランプの明かりだけが温もりを灯していた。

「寒くない?」

 アリシアはルーカスの使い古した上掛けを肩まで引き寄せながら、小さく囁く。
 2人は狭いベッドで身を寄せ合いながらお互いの顔を見つめていた。

「平気だよ。……君が来てくれたから」

 ルーカスはそう言って、アリシアの髪に触れる。右手は不自由なままだけれど、左手だけでどこまでも優しく──。

 言葉を交わさなくても、ふたりの間に流れる空気はあたたかい。

 けれど、そのぬくもりの中に、消えきらない“影”もあった。

 ルーカスの眼差しは時折、どこか遠くを見るようにぼんやりとして、その視線の先がどこにあるのか、アリシアには分かってしまう。

 それでも、聞かない。

ただ、そっと額を彼の肩に押し当て、胸の音を感じる。

 彼の腕に包まれる安心と、消えてしまいそうな怖さが、胸の奥でせめぎ合う。

「アリシア」

 ルーカスがぽつりと名を呼ぶ。

「君といると、ほっとする。あたたかくて……ちゃんと、生きてるって思える」
「…私も。ルーカスの声を聞いて、触れて、そばにいるだけで……心が落ち着くの」

 そう言いながら、アリシアの指がルーカスの胸元をつかんだ。
 ほんの少し、彼の鼓動が早まった気がした。

 しばらくして、ふたりはゆっくりと、静かに、再び肌を寄せ合った。
 求め合うというよりも──確かめ合うような触れ方だった。
 痛みも、過去も、全部を見せ合うように。

 愛があった。
 けれど、同時に「本当にこの幸せは続くだろうか」という、拭いきれない不安も、そこにあった。

 そして夜が明けるころ──

 アリシアはまだ眠るルーカスの横顔を見つめながら、静かに呟いた。

「……私は、あなたの全てじゃないかもしれない。でも……それでも、あなたのそばにいたいの」

 ルーカスの長い睫毛がわずかに震えた。

 眠っていたのか、起きていたのかは分からない。
 けれどその瞬間、ふたりの間にあったものは、確かに“愛”だった。



 ~~~~~~~~~~


 朝の光が薄いカーテン越しに差し込み、
 ルーカスの宿の小さな部屋に、静かなぬくもりを運んでいた。

 アリシアは、ルーカスの胸の中で目を覚めた。
 少し寝苦しかったけれど、不思議と気持ちは穏やかだった。

 彼の腕はまだ彼女を抱いていて、まるで「もう少し、このままで」と言っているように緩やかだった。


「……おはよう、ルーカス」


 アリシアが囁くように言うと、ルーカスはゆっくりと目を開けた。

 寝起きの瞳はぼんやりと霞がかかっていて、それが妙に子どもっぽくて、可笑しくなった。


「……もう、朝?」
「うん。そろそろ起きないと」


 そう言って、アリシアはルーカスの胸に顔をうずめた。ルーカスは小さく笑って、アリシアの髪にキスを落とす。


「君の髪……朝になると、ふわふわで静電気が立ってる」
「ひどい……!それ、褒めてる?」
「もちろん。可愛いって意味だよ。――たぶん、だけど」

 アリシアはくすりと笑って、ルーカスの胸元を軽く拳で叩いた。


「あ、いけない。急がないと。私、今日は早番なの」
「……そうか、早くしないとだね。途中まで送るよ」 
「だめだよ、ルーカスも仕事でしょ?」
「でも、アリシアと別れるのが……ちょっとだけ、寂しいんだ」

 そう言われて、アリシアの心がふっとあたたかくなる。

「また、夜には会えるよ」
「うん……それまで頑張る。君に恥ずかしくないように」

 言葉にすると照れくさくなるから、ふたりともすぐに視線を逸らす。

 けれどその頬はほんのりと色づき、心の奥にじんわりと幸福が滲んでいた。

 それは、些細な朝の光景だったけれど──
 今のふたりにとっては、それが何よりの“未来の希望”だった。



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