【完結】時計台の約束

とっくり

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24 追いつめられる

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──ルーカスとアリシアが幸せなひと時を過ごした翌日。


 仕事場に着いたルーカスは、ほんの小さな違和感を覚えた。

いつもより視線が多い。

気のせいかもしれないが、何かが空気の奥で軋んでいた。

「……おはようございます」

挨拶をしても返事はまばらで、誰かがコソコソと何かを言っている。

(気のせい……じゃ、ないか)

 その違和感は、昼になる頃にははっきりと形を持った。

荷運びの担当が急に変更された。
しかも、ルーカスの右手では扱いづらい大きな荷物ばかりだった。

「これ、お前の担当な。……不自由でも働けるって言ってたよな?」

意地悪く笑った先輩作業員の目が、どこか他人のもののようだった。

それでもルーカスは黙って従った。歯を食いしばりながらも、左手と足と工夫でなんとか作業を続ける。

けれど夕方には、工具置き場の鍵を無くしたと責任を押し付けられ、上司に叱責される羽目になった。

「言い訳はいい。自分のミスくらい責任を持て」
悔しさと情けなさが胸に刺さった。



~~~~~~~~~~~


 別の日は、ルーカスが働く倉庫で、用具の配置が勝手に変えられ、彼の私物までもが別の棚に移動されていたりすることが何度か続いた。
物の移動以外にも、ルーカスが担当している帳簿に、見覚えのない記録が書き加えられ、あたかもルーカスがミスをしたかのように仕立てられていた。

 昼休み前にロッカーを開けると、入れておいた弁当箱がひっくり返され、残飯まみれになっていた。鍵をかけていたはずなのに、誰かが無理やり開けたのだ。

それ以外でも、工具箱に入れていた手袋が片方だけなくなっていたこともあった。誰にも言えず、古布を手に巻いて作業を続けたが、冷たい鉄の感触が掌にじわじわと染み込んでいく。

ようやく仕事が終わり、アパートに帰る途中、嫌な視線を感じた。


「……見られてる」

 気のせいではない。背後に突き刺さるような視線。

 少し離れた路地の向こう、黒い外套を羽織った男がひとり、こちらを見ていた。
鋭い目。どこか見覚えのある仕草。
けれど、ルーカスが視線を向けた瞬間、その影はするりと人混みに紛れて消えた。

(まさか……)

胸の奥が冷たくなる。

そうだ、こんなやり口――見覚えがある。
まるで、何もかもが偶然を装っている。だが、それが誰かの「意志」によって仕組まれていることを、彼は知っていた。

(あいつなのか・・・?)

 右手を潰され、夢を奪われたあの夜。
二度と関わらないと誓ったはずの地獄が、またじわじわと足元から這い寄ってきていた。

ルーカスは握った左手に力を込める。
その夜、彼は久しぶりに眠れなかった。



~~~~~~~~~~~


 嫌がらせは、なおも続いたーーー


 彼の椅子の下にたくさんの紙くずが捨てられていた。破れた物を確認すると、ルーカスが普段から持ち歩いているスケッチブックの切れ端だった。
 仕事を始めてから、右手のリハビリを兼ねて、時々、気分転換に描いた絵が焼かれ、泥に汚され、無惨な形になった紙――明らかに、故意だった。

 破れた紙を拾い集めていると、背後から声がかかった。

「ルーカスくん、大丈夫?」

 声の主はセシルだった。以前、お昼に誘われたことのある女性従業員。ルーカスより少し年上で、どこか計算高そうな微笑みを浮かべていた。

「・・・大丈夫です」

「無理しないで。一緒に片づけるから」

彼女は落ち着いた仕草でルーカスの隣にしゃがみ込み、散らばった紙片を拾い始める。

「・・・本当に大丈夫なので」

「ルーカスくん、無理してるよ。なんでも相談して。……ここでは、話しづらいでしょう?・・・良かったらうちに来ない?」

熱を帯びた視線が、真っ直ぐにルーカスを射抜く。

 彼女の瞳は心配のそれではなかった。そこには欲があった。興味ではなく、所有欲。親切を装って踏み込もうとする姿勢に、ルーカスの胸が冷たくなる。

――またか。

 ルーカスは、自分の容姿が女性の関心を集めやすいことを知っていた。だからこそ、彼に色目を使う女性たちを忌み嫌っていた。シナを作って近づいてくる彼女たちが、心を見ようとした者など、一人もいなかった。

(この人も結局、同じだ……俺のことなんて見ちゃいない)

「いや、本当に大丈夫なんで」

「ふふ……強がらなくていいのよ。ルーカスくんのこと、ずっと見てたから。辛いの、わかるの。ね、うちに来て――」

彼女が寄り添おうとした瞬間――

「色男は違うなぁ!」
「仕事もロクにできねぇくせに、女は口説くんだな」
「女抱くのは、仕事より得意か?」

下卑た笑いとともに、同僚の男たちが絡んできた。

ルーカスは反論しようと拳を握り立ち上がった。

「あぁ?右手が不自由で、ケンカでもすんのか?」

セシルが慌てて間に入った。

「ちょっと!あんたたち、いい加減にしなさいよ!」
「セシル、お前、ルーカスに色目使ってんのか?」
「なっ、違うわよ!」

ルーカスは拳をぎゅっと握り、黙ったままその場を去った。

怒りが、喉の奥で煮えたぎっていた。

(なんで……なんでこんなことに)

 
(負けるもんか……これくらいで、また壊されてたまるか)



 一人部屋に戻ると、机の上に紙が置かれていた。
誰も入れるはずのない部屋に、何者かが足を踏み入れた証。

紙には、たった一言。

「戻る場所は、ない」

手が震えた。
怒りではなく、恐怖だった。
ルーカスの背筋を、冷たい何かが這い上がってくる。

彼は、誰にも気づかれぬように深く息を吐くと、静かに椅子に腰を下ろした。
天井を見つめながら、思った。

――これは警告だ。
「おまえの居場所はここじゃない」と、誰かが囁いている。


ミハエルだ


ルーカスから右手を奪い、なおも執拗に追い詰める男。自らの手は汚さず、周囲を使ってジワジワと痛めつけてくる――それがミハエルのやり方だった。


一連の嫌がらせがミハエルによるものだとルーカスは確信していた。



そして、そんな不穏な日々は、やがてアリシアにまで忍び寄っていく――。










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