26 / 53
25 警告
しおりを挟む
最初は、些細な事が重なっただけだと思っていた。
アリシアの寮の部屋の扉に、誰かがつけたようなひっかき傷が残っていた。
同室のハンナが何かを引っ掛けて傷でも付けたのかもれないと気にも留めていなかった。
昼休憩中のハンナにそれとなく確認してみた。
「ドアの傷?あれ、アリシアが付けたんじゃないの?」
「私じゃないのよ。てっきりハンナかと思ってた」
「違うよー。猫が入ってきて、傷つけたのかね?」
「・・・何だろうね?」
2人して首をかしげていたら、背後から声が掛かる。
「ハンナ」
「アーク!今から休憩? お疲れさま!」
「休憩じゃないよ。ただ通りがかって……あ、アリシアもいたんだね」
「アリシア、ちょい待ち! ちょっと失礼~!」
ハンナは慌てて立ち上がると、スキップでもしそうな勢いで休憩室の扉に立つアークのもとへ駆け寄っていく。
アリシアとアークの視線がふと合う。
お互いに軽く会釈を交わすと、アークはすぐに、あの甘やかに崩れた笑顔をハンナに向ける。
(めちゃくちゃラブラブじゃない)
それがまるで自分のことのように嬉しくて、アリシアの唇が緩んだ。
「ちょっとぉ! アリシア、なにその顔!
にやけすぎなんだけど」
「えっ? あれ? アークはもう行っちゃったの?」
「うんうん、私の顔見るためだけに来てくれたって! どうしよう、もう恋が溢れて止まらないわ」
「うまくいってるんだね」
「うん!ふふふ。今日、私アークんちにお泊まりなの~!」
「えっ!?・・・いつの間に?」
「アリシアがルーカスとラブラブしてる間に、私もちゃっかりラブラブ進行中でした~!えへっ」
「ついこの前、付き合い始めたばかりじゃなかったっけ?」
「いやー、愛に時間は関係ないんだってば! てかね、一緒に住もうって言われてるんだ。うふふふ」
「……同棲!?」
「そう! 私、もうすぐ寮卒業かもっ!」
ハンナのテンションは最高潮だ。
見ているだけで目が回りそうなスピード感に、アリシアは思わず口をぽかんと開けてしまう。
ハンナが幸せそうで嬉しい。
アークなら、きっと彼女を大事にしてくれるだろう。あの優しげな眼差しを思い出す。
「ねぇねぇ、アリシアたちこそ、なんで一緒に暮らさないの? ラブラブでしょ?」
「……うーん……なんで、だろう」
不意に、胸の奥がずしりと重くなる。
愛してる。ルーカスのことは、心から。
でも、彼の過去――そして自分の不安定な気持ち――それが影のように心にまとわりついて離れない。
一緒に暮らしたい。でも、もしそれが彼の自由や未来を縛ることになったら?
自分の“好き”が、彼にとって“重さ”になってしまったら?
「……まだ、タイミングじゃないのかもね」
アリシアは笑ってそう答えたが、その笑みの奥に滲んだ陰りを、ハンナは気づいていないようだった。
「ん~? ま、焦らなくてもラブラブならいっか! よし、じゃあ今日の恋バナテーマは『一緒に暮らしたらやりたいこと』にしよ! 第一問! 彼のエプロン姿、ありかなしか!」
「え、そこから!?」
ふたりの女子トークは、笑い声をまじえて続いていく。
けれどアリシアの心には、そっと沈む波が一つ、揺れていたーーー
翌週――今度は寮の扉の下に折りたたまれた紙片が差し込まれていた。
「よそ者は出ていけ」
達筆とも乱筆ともつかない、にじんだ文字。
寮母に届けても「悪戯でしょう」と軽くあしらわれ、警告のようなそれは風のように片づけられた。
そして、それから数日後。
仕事を終えたアリシアが寮の部屋に戻ると、化粧台の上に置いていた香水瓶が砕け散っていた。
(ここしばらくは、ハンナはアークの家で過ごしていたわ)
部屋には誰も侵入した形跡がなかった。ただ、確かに彼女の持ち物が、そこに“壊された”という事実だけが残っていた。
(誰かに嫌がらせをされている?)
アリシアの寮の部屋の扉に、誰かがつけたようなひっかき傷が残っていた。
同室のハンナが何かを引っ掛けて傷でも付けたのかもれないと気にも留めていなかった。
昼休憩中のハンナにそれとなく確認してみた。
「ドアの傷?あれ、アリシアが付けたんじゃないの?」
「私じゃないのよ。てっきりハンナかと思ってた」
「違うよー。猫が入ってきて、傷つけたのかね?」
「・・・何だろうね?」
2人して首をかしげていたら、背後から声が掛かる。
「ハンナ」
「アーク!今から休憩? お疲れさま!」
「休憩じゃないよ。ただ通りがかって……あ、アリシアもいたんだね」
「アリシア、ちょい待ち! ちょっと失礼~!」
ハンナは慌てて立ち上がると、スキップでもしそうな勢いで休憩室の扉に立つアークのもとへ駆け寄っていく。
アリシアとアークの視線がふと合う。
お互いに軽く会釈を交わすと、アークはすぐに、あの甘やかに崩れた笑顔をハンナに向ける。
(めちゃくちゃラブラブじゃない)
それがまるで自分のことのように嬉しくて、アリシアの唇が緩んだ。
「ちょっとぉ! アリシア、なにその顔!
にやけすぎなんだけど」
「えっ? あれ? アークはもう行っちゃったの?」
「うんうん、私の顔見るためだけに来てくれたって! どうしよう、もう恋が溢れて止まらないわ」
「うまくいってるんだね」
「うん!ふふふ。今日、私アークんちにお泊まりなの~!」
「えっ!?・・・いつの間に?」
「アリシアがルーカスとラブラブしてる間に、私もちゃっかりラブラブ進行中でした~!えへっ」
「ついこの前、付き合い始めたばかりじゃなかったっけ?」
「いやー、愛に時間は関係ないんだってば! てかね、一緒に住もうって言われてるんだ。うふふふ」
「……同棲!?」
「そう! 私、もうすぐ寮卒業かもっ!」
ハンナのテンションは最高潮だ。
見ているだけで目が回りそうなスピード感に、アリシアは思わず口をぽかんと開けてしまう。
ハンナが幸せそうで嬉しい。
アークなら、きっと彼女を大事にしてくれるだろう。あの優しげな眼差しを思い出す。
「ねぇねぇ、アリシアたちこそ、なんで一緒に暮らさないの? ラブラブでしょ?」
「……うーん……なんで、だろう」
不意に、胸の奥がずしりと重くなる。
愛してる。ルーカスのことは、心から。
でも、彼の過去――そして自分の不安定な気持ち――それが影のように心にまとわりついて離れない。
一緒に暮らしたい。でも、もしそれが彼の自由や未来を縛ることになったら?
自分の“好き”が、彼にとって“重さ”になってしまったら?
「……まだ、タイミングじゃないのかもね」
アリシアは笑ってそう答えたが、その笑みの奥に滲んだ陰りを、ハンナは気づいていないようだった。
「ん~? ま、焦らなくてもラブラブならいっか! よし、じゃあ今日の恋バナテーマは『一緒に暮らしたらやりたいこと』にしよ! 第一問! 彼のエプロン姿、ありかなしか!」
「え、そこから!?」
ふたりの女子トークは、笑い声をまじえて続いていく。
けれどアリシアの心には、そっと沈む波が一つ、揺れていたーーー
翌週――今度は寮の扉の下に折りたたまれた紙片が差し込まれていた。
「よそ者は出ていけ」
達筆とも乱筆ともつかない、にじんだ文字。
寮母に届けても「悪戯でしょう」と軽くあしらわれ、警告のようなそれは風のように片づけられた。
そして、それから数日後。
仕事を終えたアリシアが寮の部屋に戻ると、化粧台の上に置いていた香水瓶が砕け散っていた。
(ここしばらくは、ハンナはアークの家で過ごしていたわ)
部屋には誰も侵入した形跡がなかった。ただ、確かに彼女の持ち物が、そこに“壊された”という事実だけが残っていた。
(誰かに嫌がらせをされている?)
36
あなたにおすすめの小説
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
背徳の恋のあとで
ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』
恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。
自分が子供を産むまでは……
物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。
母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。
そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき……
不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか?
※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜
月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。
身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。
男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。
*こちらはアルファポリス版です。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
『すり替えられた婚約、薔薇園の告白
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。
社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に
王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる