【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり

文字の大きさ
13 / 42

13 祈りの影にあるもの

しおりを挟む
「……この修道院に来て、どれくらいになる?」

ユリアンは珍しく真面目な口調で訊ねた。
秋の夜、焚火の灯りがゆらゆらと揺れている。
彼が頼まれ仕事の帰りに立ち寄った夕刻、ちょうどリリエルは外の井戸の清掃当番で、偶然二人になった。

「半年と少しです」

リリエルはバケツの水を見つめながら答えた。
その声にはいつもの穏やかさがあったけれど、どこか距離のある響きがあった。

「前に、君は“祈りは願いではない”って言ったよね。
あの言葉……今もずっと、心に残ってるんだ」

「……?」

「でも、最近ちょっと思うんだ。
君の祈りは、“願いを捨てるため”のように見える」

リリエルの手が止まった。

「……私は、欲を捨てたかったんです」

「それって、本当に信仰のため? それとも──」

ユリアンは言葉を切り、焚火を見つめた。

「……逃げるため?」

返事はすぐにはなかった。
ただ、風が木々を揺らす音だけが、夜の静けさを満たしていた。

やがて、リリエルは小さく息を吐いた。

「──昔、私は……人を傷つけました。
大切な人を、深く、苦しめるような想いを抱いてしまった」

「……婚約者に?」

その一言に、リリエルは驚いたように顔を上げる。
ユリアンは、ただ真っ直ぐに彼女を見つめていた。

「偶然聞いたんだ。修道院の古参のシスターが噂していた。
“あの子は、貴族の娘で、婚約者と何かあったらしい”って。
……悪趣味な噂だと思ったけど、それでも……気になった」

リリエルは肩を落とし、膝の上に手を組んだ。

「私は、彼を愛していました。
……けれど、彼は私の妹を愛してしまいました。当然のことです。妹は美しく、誰からも愛される子ですから」

「君も、充分綺麗だよ」

「……ありがとう。でも、私は“選ばれなかった方”なのです。

彼と妹の気持ちに気付きながら、
彼との婚姻を望んでいました。

それが2人を苦しめていると
わかっていながら。」


「君に落ち度なんてない。婚約者の妹に心を奪われる方が悪いではないか。」


「・・・そうでしょうか。
人の気持ちは縛れません。
彼も、苦しんだと思います。
・・・そして妹も。」

「君が一番苦しんだのではないか?」

「・・・」

ユリアンの問いにリリエルは答えられなかった。
口を開ければ、自己憐憫の言葉が出てしまいそうだった。

「祈りは救いでした。」

「救い?」

「神聖な空気の中、神へ祈る。
何も求めず、祈りの中で誰かの幸せを願って生きようと、そう思えたら目の前が開けたのです。」


ユリアンは黙っていた。

しばらくの沈黙の後、彼は静かに立ち上がり、火のそばに落ちていた枝を拾い上げた。

「もう一度言う。君は悪くない。
……苦しんだのは君の方だ。」

リリエルの目が、わずかに揺れる。

「……君がここにいるのが、自分を罰するためなら、俺は許せない。
そんなふうに、自分を“消して”まで祈るなんて──神様は、そんなの望んでないと思う」

その言葉に、リリエルの喉がきゅっと詰まった。

涙ではない、でも熱いものが胸に広がっていく。

──この人は、私の“痛み”を見つけてしまった。

けれど、不思議とそれは怖くなかった。
寧ろ、見つけてもらえたことに、心の奥が少しだけ安らいでいく。

「……あなたは、不思議な人ですね」

「よく言われる」

ユリアンはふっと笑い、空を見上げた。

「でも、君が“祈るだけ”で終わるなら、俺はつまらない。
……君の生き方は、君が選んだはずだろ?」

リリエルはその言葉を胸の中で何度も繰り返し、ゆっくりと目を閉じた。

──その夜、リリエルは初めて、自分の祈りに「名のない願い」が混じっていることを認めた。

それはまだ、誰にも言えないけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

【完結】私を裏切った前世の婚約者と再会しました。

Rohdea
恋愛
ファルージャ王国の男爵令嬢のレティシーナは、物心ついた時から自分の前世……200年前の記憶を持っていた。 そんなレティシーナは非公認だった婚約者の伯爵令息・アルマンドとの初めての顔合わせで、衝撃を受ける。 かつての自分は同じ大陸のこことは別の国…… レヴィアタン王国の王女シャロンとして生きていた。 そして今、初めて顔を合わせたアルマンドは、 シャロンの婚約者でもあった隣国ランドゥーニ王国の王太子エミリオを彷彿とさせたから。 しかし、思い出すのはシャロンとエミリオは結ばれる事が無かったという事実。 何故なら──シャロンはエミリオに捨てられた。 そんなかつての自分を裏切った婚約者の生まれ変わりと今世で再会したレティシーナ。 当然、アルマンドとなんてうまくやっていけるはずが無い! そう思うも、アルマンドとの婚約は正式に結ばれてしまう。 アルマンドに対して冷たく当たるも、当のアルマンドは前世の記憶があるのか無いのか分からないが、レティシーナの事をとにかく溺愛してきて……? 前世の記憶に囚われた2人が今世で手にする幸せとはーー?

全部私が悪いのです

久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。 姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。 世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。 *全18話完結となっています。 *大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。 *後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。 *この作品は他誌にも掲載中です。

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

彼女はだれからも愛される。

豆狸
恋愛
ランキュヌという少女は、だれからも愛される人間だった。 明るくて元気で、だれに対しても優しく思いやり深い。

処理中です...