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13 祈りの影にあるもの
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「……この修道院に来て、どれくらいになる?」
ユリアンは珍しく真面目な口調で訊ねた。
秋の夜、焚火の灯りがゆらゆらと揺れている。
彼が頼まれ仕事の帰りに立ち寄った夕刻、ちょうどリリエルは外の井戸の清掃当番で、偶然二人になった。
「半年と少しです」
リリエルはバケツの水を見つめながら答えた。
その声にはいつもの穏やかさがあったけれど、どこか距離のある響きがあった。
「前に、君は“祈りは願いではない”って言ったよね。
あの言葉……今もずっと、心に残ってるんだ」
「……?」
「でも、最近ちょっと思うんだ。
君の祈りは、“願いを捨てるため”のように見える」
リリエルの手が止まった。
「……私は、欲を捨てたかったんです」
「それって、本当に信仰のため? それとも──」
ユリアンは言葉を切り、焚火を見つめた。
「……逃げるため?」
返事はすぐにはなかった。
ただ、風が木々を揺らす音だけが、夜の静けさを満たしていた。
やがて、リリエルは小さく息を吐いた。
「──昔、私は……人を傷つけました。
大切な人を、深く、苦しめるような想いを抱いてしまった」
「……婚約者に?」
その一言に、リリエルは驚いたように顔を上げる。
ユリアンは、ただ真っ直ぐに彼女を見つめていた。
「偶然聞いたんだ。修道院の古参のシスターが噂していた。
“あの子は、貴族の娘で、婚約者と何かあったらしい”って。
……悪趣味な噂だと思ったけど、それでも……気になった」
リリエルは肩を落とし、膝の上に手を組んだ。
「私は、彼を愛していました。
……けれど、彼は私の妹を愛してしまいました。当然のことです。妹は美しく、誰からも愛される子ですから」
「君も、充分綺麗だよ」
「……ありがとう。でも、私は“選ばれなかった方”なのです。
彼と妹の気持ちに気付きながら、
彼との婚姻を望んでいました。
それが2人を苦しめていると
わかっていながら。」
「君に落ち度なんてない。婚約者の妹に心を奪われる方が悪いではないか。」
「・・・そうでしょうか。
人の気持ちは縛れません。
彼も、苦しんだと思います。
・・・そして妹も。」
「君が一番苦しんだのではないか?」
「・・・」
ユリアンの問いにリリエルは答えられなかった。
口を開ければ、自己憐憫の言葉が出てしまいそうだった。
「祈りは救いでした。」
「救い?」
「神聖な空気の中、神へ祈る。
何も求めず、祈りの中で誰かの幸せを願って生きようと、そう思えたら目の前が開けたのです。」
ユリアンは黙っていた。
しばらくの沈黙の後、彼は静かに立ち上がり、火のそばに落ちていた枝を拾い上げた。
「もう一度言う。君は悪くない。
……苦しんだのは君の方だ。」
リリエルの目が、わずかに揺れる。
「……君がここにいるのが、自分を罰するためなら、俺は許せない。
そんなふうに、自分を“消して”まで祈るなんて──神様は、そんなの望んでないと思う」
その言葉に、リリエルの喉がきゅっと詰まった。
涙ではない、でも熱いものが胸に広がっていく。
──この人は、私の“痛み”を見つけてしまった。
けれど、不思議とそれは怖くなかった。
寧ろ、見つけてもらえたことに、心の奥が少しだけ安らいでいく。
「……あなたは、不思議な人ですね」
「よく言われる」
ユリアンはふっと笑い、空を見上げた。
「でも、君が“祈るだけ”で終わるなら、俺はつまらない。
……君の生き方は、君が選んだはずだろ?」
リリエルはその言葉を胸の中で何度も繰り返し、ゆっくりと目を閉じた。
──その夜、リリエルは初めて、自分の祈りに「名のない願い」が混じっていることを認めた。
それはまだ、誰にも言えないけれど。
ユリアンは珍しく真面目な口調で訊ねた。
秋の夜、焚火の灯りがゆらゆらと揺れている。
彼が頼まれ仕事の帰りに立ち寄った夕刻、ちょうどリリエルは外の井戸の清掃当番で、偶然二人になった。
「半年と少しです」
リリエルはバケツの水を見つめながら答えた。
その声にはいつもの穏やかさがあったけれど、どこか距離のある響きがあった。
「前に、君は“祈りは願いではない”って言ったよね。
あの言葉……今もずっと、心に残ってるんだ」
「……?」
「でも、最近ちょっと思うんだ。
君の祈りは、“願いを捨てるため”のように見える」
リリエルの手が止まった。
「……私は、欲を捨てたかったんです」
「それって、本当に信仰のため? それとも──」
ユリアンは言葉を切り、焚火を見つめた。
「……逃げるため?」
返事はすぐにはなかった。
ただ、風が木々を揺らす音だけが、夜の静けさを満たしていた。
やがて、リリエルは小さく息を吐いた。
「──昔、私は……人を傷つけました。
大切な人を、深く、苦しめるような想いを抱いてしまった」
「……婚約者に?」
その一言に、リリエルは驚いたように顔を上げる。
ユリアンは、ただ真っ直ぐに彼女を見つめていた。
「偶然聞いたんだ。修道院の古参のシスターが噂していた。
“あの子は、貴族の娘で、婚約者と何かあったらしい”って。
……悪趣味な噂だと思ったけど、それでも……気になった」
リリエルは肩を落とし、膝の上に手を組んだ。
「私は、彼を愛していました。
……けれど、彼は私の妹を愛してしまいました。当然のことです。妹は美しく、誰からも愛される子ですから」
「君も、充分綺麗だよ」
「……ありがとう。でも、私は“選ばれなかった方”なのです。
彼と妹の気持ちに気付きながら、
彼との婚姻を望んでいました。
それが2人を苦しめていると
わかっていながら。」
「君に落ち度なんてない。婚約者の妹に心を奪われる方が悪いではないか。」
「・・・そうでしょうか。
人の気持ちは縛れません。
彼も、苦しんだと思います。
・・・そして妹も。」
「君が一番苦しんだのではないか?」
「・・・」
ユリアンの問いにリリエルは答えられなかった。
口を開ければ、自己憐憫の言葉が出てしまいそうだった。
「祈りは救いでした。」
「救い?」
「神聖な空気の中、神へ祈る。
何も求めず、祈りの中で誰かの幸せを願って生きようと、そう思えたら目の前が開けたのです。」
ユリアンは黙っていた。
しばらくの沈黙の後、彼は静かに立ち上がり、火のそばに落ちていた枝を拾い上げた。
「もう一度言う。君は悪くない。
……苦しんだのは君の方だ。」
リリエルの目が、わずかに揺れる。
「……君がここにいるのが、自分を罰するためなら、俺は許せない。
そんなふうに、自分を“消して”まで祈るなんて──神様は、そんなの望んでないと思う」
その言葉に、リリエルの喉がきゅっと詰まった。
涙ではない、でも熱いものが胸に広がっていく。
──この人は、私の“痛み”を見つけてしまった。
けれど、不思議とそれは怖くなかった。
寧ろ、見つけてもらえたことに、心の奥が少しだけ安らいでいく。
「……あなたは、不思議な人ですね」
「よく言われる」
ユリアンはふっと笑い、空を見上げた。
「でも、君が“祈るだけ”で終わるなら、俺はつまらない。
……君の生き方は、君が選んだはずだろ?」
リリエルはその言葉を胸の中で何度も繰り返し、ゆっくりと目を閉じた。
──その夜、リリエルは初めて、自分の祈りに「名のない願い」が混じっていることを認めた。
それはまだ、誰にも言えないけれど。
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