【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり

文字の大きさ
17 / 42

17 祈り

しおりを挟む
 ユリアンと別れた後、リリエルは一人、聖堂の片隅に膝をついていた。

 蝋燭の光に揺れる聖像。
 その足元に手を組み、額をつける。

「神よ……どうか、導いてください……」

 祈りの声は震えていた。

 彼の語った「命を奪ってきた過去」は、修道女としてのリリエルにはあまりにも重い。

 彼の瞳は、虚無に沈み、悲しみの色を宿しながら、心の悲鳴とは裏腹に微笑み、心の傷を隠して生きている。


「なぜ……私の心は、こんなにも痛むのでしょうか……」


 罪と贖罪、正しさと慈しみ。


 リリエルの信仰が揺らいでいるわけではない。ただ、彼の存在が、祈りの形を変えていくのを感じていた。


 それは、怖くもあり、温かくもあった。




 ~~~~~~~~~~~



 静かな朝の回廊。

 白い光が石畳を柔らかく照らす。
 リリエルが水差しを運んでいると、柱の陰からユリアンが現れた。

「……昨夜は、よく眠れたかい?」

 その声に、リリエルは立ち止まり、ゆるやかに微笑んだ。


「……ええ。少しだけ、祈っていました」


「やっぱり、そうか。リリエルなら祈っているだろうと思っていた」

「毎日、神様に祈りを捧げてます」

「俺は君と話したあとは、心が少しだけ楽になる。神様に祈ったわけでもないのに。不思議なんだ・・・罪を背負っている自分が楽になっていいのかな」

 リリエルはその言葉に目を伏せ、ゆっくりと彼の方へ向き直った。


「……罪を背負って生きることは、重いことです。でも、それは…それだけ誰かを守ろうとした証でもあります」


 ユリアンの目が揺れた。

 彼は黙って、リリエルの言葉の続きを待つ。

「あなたが何をしてきたのか、私はすべてを知っているわけではありません。
 けれど……あなたが、そのことに苦しんで、悔やんで、それでも前を向こうとしているのなら――その痛みを、私は神のもとへ運びたいと思います」

 リリエルの声は柔らかく、澄んでいて、
 まるで長く降った雨のあとに差し込む光のようだった。

「人は皆、過ちを抱えて生きています。だけど……その痛みを誰かと分かち合えるなら、そこに救いが生まれるのだと、私は思います」

 ユリアンはしばらく何も言わなかった。

 ただ、真っ直ぐにリリエルを見つめ、その瞳の奥に確かなものを見つけたように、ゆっくりと息を吐いた。

「……君は、祈るだけじゃないんだね。救おうとしてくれている。……こんな俺を」

「救うだなんて、大それたことではありません」

 リリエルは首を横に振り、目を伏せた。

「ただ……あなたが、自分を責めすぎませんように。あなたが過去に閉じ込められませんように。そんな想いで、祈っていただけです」

 その言葉に、ユリアンはふと微笑んだ。

「……ありがとう、リリエル。君に出会えたことが、俺の救いになっているよ」

 リリエルの頬が、ほんの少しだけ紅潮する。
 でも彼女はうつむかず、そっと目を合わせた。

 彼の過去は変えられない。


 けれど――その未来に、希望の光をともすことなら、できるかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

【完結】私を裏切った前世の婚約者と再会しました。

Rohdea
恋愛
ファルージャ王国の男爵令嬢のレティシーナは、物心ついた時から自分の前世……200年前の記憶を持っていた。 そんなレティシーナは非公認だった婚約者の伯爵令息・アルマンドとの初めての顔合わせで、衝撃を受ける。 かつての自分は同じ大陸のこことは別の国…… レヴィアタン王国の王女シャロンとして生きていた。 そして今、初めて顔を合わせたアルマンドは、 シャロンの婚約者でもあった隣国ランドゥーニ王国の王太子エミリオを彷彿とさせたから。 しかし、思い出すのはシャロンとエミリオは結ばれる事が無かったという事実。 何故なら──シャロンはエミリオに捨てられた。 そんなかつての自分を裏切った婚約者の生まれ変わりと今世で再会したレティシーナ。 当然、アルマンドとなんてうまくやっていけるはずが無い! そう思うも、アルマンドとの婚約は正式に結ばれてしまう。 アルマンドに対して冷たく当たるも、当のアルマンドは前世の記憶があるのか無いのか分からないが、レティシーナの事をとにかく溺愛してきて……? 前世の記憶に囚われた2人が今世で手にする幸せとはーー?

全部私が悪いのです

久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。 姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。 世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。 *全18話完結となっています。 *大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。 *後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。 *この作品は他誌にも掲載中です。

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

彼女はだれからも愛される。

豆狸
恋愛
ランキュヌという少女は、だれからも愛される人間だった。 明るくて元気で、だれに対しても優しく思いやり深い。

処理中です...