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24 叶わぬ想い
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(ラズ視点)
空がゆっくりと茜に染まりはじめた頃。修道院の門の前に、もう一台の馬車が音を立てて停まった。
控えめに扉が開き、黒の外套を羽織った若い男が姿を現す。
その瞳はまっすぐに修道院を見据えていたが、どこか迷いの色が混じっていた。
ラズヴェルだった。
彼はミレイアの後を追ってここを訪れた。
表向きの理由は、彼女の身を案じての迎え——けれど、本当の理由はそれだけではなかった。
彼の心に今も鮮やかに残る、あの灰緑色の瞳。
リリエルの、何も言わず、ただ見つめるだけで心を揺らすまなざし。
彼女と最後に言葉を交わしたのは、いつのことだったか。
ミレイアの傍にいるたびに、どこか胸の奥に冷たい影が差すのを、彼は否応なく感じていた。
(こんなはずじゃなかった……)
ラズは苦い思いを噛みしめながら、石畳をゆっくりと踏みしめていく。
ミレイアの元へ向かう足取りに迷いはない……ように見えて、実際には心が波打っていた。
(彼女に会えるだろうか。いや、会ってどうする。……何を、伝えられる)
扉の向こうにいるかもしれないリリエルの存在が、彼の鼓動を早めた。
会ってはいけない、と理性がささやく。
けれど、もう一度だけ、彼女の声を聞きたかった。
――否、ただ、その瞳に映る自分を、確かめたかったのかもしれない。
応接室の扉の前に立ち、静かに深呼吸をひとつ。
扉の向こうからは、かすかに姉妹の会話が漏れていた。涙と許しの空気が、まだそこに残っているような気配。
ノックの音が、沈黙の中に響く。
「……ラズ?」
応接室の扉がわずかに開き、ミレイアが顔を覗かせた。
涙の痕がまだ頬に残っていたが、どこか晴れやかな表情だった。
「どうして……」
彼女の問いに、ラズは柔らかく笑ってみせる。
「遅くなってすまない。ミレイアがひとりで出向いたと聞いて、少し心配で…迎えに来た」
そう言いながらも、ラズの視線は、自然とミレイアの背後——部屋の奥へと向いていた。
そこにいるかもしれないリリエルの気配を探すように。
ミレイアはその視線に気づいたのか、ふと振り返り、ゆっくりと身を引いた。
「お姉様も、ここに……」
ラズの視線の先に、リリエルが静かに立っていた。変わらぬ、けれどどこか遠くなった姿だった。
彼女と目が合ったその瞬間、言葉にならない感情が胸を締めつけた。
懐かしさ。罪悪感。
そして、叶わぬ想い。
「……リリエル」
その名を呼ぶ声は、かすれていた。それは彼の本心そのものだった。
リリエルは短く頷き、微笑みを浮かべる。
それは、もう戻らない過去と向き合った者の、穏やかな微笑みだった。
「お迎え……ありがとうございます。ミレイアのこと、お願いします」
その言葉に、ラズはうなずいた。
けれど、それ以上何も言えなかった。
言葉にすれば、すべてが壊れてしまう気がした。
もしかしたら、自分の弱さを曝け出してしまうことが、何よりも怖かったのかもしれない。
それでも、胸のどこかで、ひとしずくの痛みがじんわりと沁みていた。
ミレイアがそっとラズの腕に手を添える。
「帰りましょう。……お姉様には、ちゃんと伝えたから」
ラズは頷き、ミレイアとともに歩き出す。
(もう、過去には戻れない。僕が選んだ未来を、生きていくしかない)
背後で、リリエルがそっと目を閉じる気配を感じた。
彼女は何も言わなかった。それでも、ラズにはわかっていた。
あの沈黙こそが、答えだった。
リリエルに背を向けて歩き出すとき、彼は振り返らなかった。
──それが、彼にできる、最後の誠実だった。
空がゆっくりと茜に染まりはじめた頃。修道院の門の前に、もう一台の馬車が音を立てて停まった。
控えめに扉が開き、黒の外套を羽織った若い男が姿を現す。
その瞳はまっすぐに修道院を見据えていたが、どこか迷いの色が混じっていた。
ラズヴェルだった。
彼はミレイアの後を追ってここを訪れた。
表向きの理由は、彼女の身を案じての迎え——けれど、本当の理由はそれだけではなかった。
彼の心に今も鮮やかに残る、あの灰緑色の瞳。
リリエルの、何も言わず、ただ見つめるだけで心を揺らすまなざし。
彼女と最後に言葉を交わしたのは、いつのことだったか。
ミレイアの傍にいるたびに、どこか胸の奥に冷たい影が差すのを、彼は否応なく感じていた。
(こんなはずじゃなかった……)
ラズは苦い思いを噛みしめながら、石畳をゆっくりと踏みしめていく。
ミレイアの元へ向かう足取りに迷いはない……ように見えて、実際には心が波打っていた。
(彼女に会えるだろうか。いや、会ってどうする。……何を、伝えられる)
扉の向こうにいるかもしれないリリエルの存在が、彼の鼓動を早めた。
会ってはいけない、と理性がささやく。
けれど、もう一度だけ、彼女の声を聞きたかった。
――否、ただ、その瞳に映る自分を、確かめたかったのかもしれない。
応接室の扉の前に立ち、静かに深呼吸をひとつ。
扉の向こうからは、かすかに姉妹の会話が漏れていた。涙と許しの空気が、まだそこに残っているような気配。
ノックの音が、沈黙の中に響く。
「……ラズ?」
応接室の扉がわずかに開き、ミレイアが顔を覗かせた。
涙の痕がまだ頬に残っていたが、どこか晴れやかな表情だった。
「どうして……」
彼女の問いに、ラズは柔らかく笑ってみせる。
「遅くなってすまない。ミレイアがひとりで出向いたと聞いて、少し心配で…迎えに来た」
そう言いながらも、ラズの視線は、自然とミレイアの背後——部屋の奥へと向いていた。
そこにいるかもしれないリリエルの気配を探すように。
ミレイアはその視線に気づいたのか、ふと振り返り、ゆっくりと身を引いた。
「お姉様も、ここに……」
ラズの視線の先に、リリエルが静かに立っていた。変わらぬ、けれどどこか遠くなった姿だった。
彼女と目が合ったその瞬間、言葉にならない感情が胸を締めつけた。
懐かしさ。罪悪感。
そして、叶わぬ想い。
「……リリエル」
その名を呼ぶ声は、かすれていた。それは彼の本心そのものだった。
リリエルは短く頷き、微笑みを浮かべる。
それは、もう戻らない過去と向き合った者の、穏やかな微笑みだった。
「お迎え……ありがとうございます。ミレイアのこと、お願いします」
その言葉に、ラズはうなずいた。
けれど、それ以上何も言えなかった。
言葉にすれば、すべてが壊れてしまう気がした。
もしかしたら、自分の弱さを曝け出してしまうことが、何よりも怖かったのかもしれない。
それでも、胸のどこかで、ひとしずくの痛みがじんわりと沁みていた。
ミレイアがそっとラズの腕に手を添える。
「帰りましょう。……お姉様には、ちゃんと伝えたから」
ラズは頷き、ミレイアとともに歩き出す。
(もう、過去には戻れない。僕が選んだ未来を、生きていくしかない)
背後で、リリエルがそっと目を閉じる気配を感じた。
彼女は何も言わなかった。それでも、ラズにはわかっていた。
あの沈黙こそが、答えだった。
リリエルに背を向けて歩き出すとき、彼は振り返らなかった。
──それが、彼にできる、最後の誠実だった。
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