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35 静かな余韻
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夜明け直前の薄明かりの中、森の外れの小道に、ユリアンはリリエルの手を引いて現れた。背後では崩れかけた屋敷が静かに沈黙している。森の中から現れたティムとアベルが、気配に気づいて駆け寄ってきた。
「リリエル嬢……!」
ティムの声が震える。ユリアンの肩越しに彼女の姿を確認し、ほっと息を吐いた。
「無事で……いてくれて、本当に……」
アベルが感極まったように目を伏せた。
ユリアンは疲労のにじむ声で言った。
「……ひとまず、ここを離れる。奴らの動きが予想以上に早い。再編された追撃隊が来る前に、安全圏に入るぞ」
「準備はできてる。馬も隠してある」
ティムが頷き、リリエルに上着を渡す。
彼女は小さく頭を下げて礼を言った。
山を越え、王都の外縁部にある古い教会跡地へ。そこはすでに信頼できる修道士たちによって人払いがされ、仲間の待機所となっていた。
「ここなら追手も来ない。旧派閥に寝返っていない、数少ない教会関係者が協力してくれている」
アベルの説明に、リリエルは深く息を吐いた。
教会の奥、暖炉の残る一室。ユリアンは火を起こし、冷え切ったリリエルに毛布を掛ける。
「・・・君が生きていてくれて、よかった」
その低い声は、今にも崩れそうな感情を抑えているようだった。
リリエルはかすかに微笑み、震える指でユリアンの手を取った。
「ユリアンさんこそ……無事で、本当によかったです……」
焚き火がはぜ、しばし二人の間には言葉のいらない沈黙が満ちた。
風の音さえ聞こえるほど、静かな夜だった。
一行は山間の避難小屋へ身を潜め、仲間たちは交代で見張りについていた。
小さな炉にくべられた火が、微かに揺れている。その前で、ユリアンとリリエルは肩を並べて座っていた。
「……寒くないか?」
ユリアンの問いに、リリエルは首を横に振った。
「ええ……大丈夫です。ありがとうございます」
返す声が少し震えていたのは、疲れのせいだけではない。
リリエルの指先は膝の上でそっと重ねられ、そこからぴんと緊張が伝わってきた。
ユリアンは、視線を彼女の横顔に落とした。安堵とともに、胸の奥から溢れそうになる感情に、唇を噛みしめる。
彼女が無事でよかった――
それ以上に、もう二度と、失いたくない。
「……君を巻き込んでしまってすまない。こんな目に合わせたくなかった」
絞り出すような低い声に、リリエルが目を見開く。
「・・・悪いのはユリアンさんじゃありません。ユリアンさんが助けに来てくれると、私は信じていました。あの闇の中で、何度も……」
そう言って、リリエルは自分でも気づかぬうちに手を伸ばし、彼の指先に触れた。
その瞬間、ユリアンの中で、何かがはじけた。
もう、止められなかった。
「リリエル……」
名を呼ぶと同時に、彼女の肩をそっと抱き寄せ、唇を重ねた。優しく、けれど確かに、心の奥に触れるような深いキスだった。
驚きにリリエルは瞳を見開いた。
身体がふわりと浮かぶような感覚に包まれ、息を忘れた。
そして、彼の胸元にそっと手を置いた時――ユリアンが、はっと身を引いた。
「……すまない。俺は……」
一瞬、理性が戻った。
リリエルがどれほど怖い思いをしたか、どれほど心細かったか、
今はその傷を癒す時なのに、己の衝動で触れてしまったことを、深く悔いた。
「君を……大切にしたいのに、俺は……」
俯いたユリアンに、リリエルはしばらく何も言わなかった。
ただ、胸の奥で高鳴る鼓動を静かに受け止めながら――ゆっくりと言った。
「私……驚いたけれど、嫌じゃなかったです」
頬を赤らめながら、けれどまっすぐに彼を見つめて言うリリエルに、ユリアンの喉が鳴る。
「君は、優しすぎる……」
「ユリアンさんも、です」
ふたりはしばらく黙っていた。
けれどその沈黙は、不安でも、気まずさでもなかった。確かな想いを、互いに心の奥で確かめ合う、静かな余韻だった。
~~~~~~~~~~~
朝の陽光が、やわらかく山々を染めていた。
夜通しの見張りと移動を経て、馬車はようやく修道院の丘を越える。
「見えてきたな……」
ユリアンが小さく呟くと、リリエルは窓の外に目をやった。
赤い屋根と白い壁、懐かしい鐘楼の姿が、朝もやの中に浮かび上がる。
「……戻ってこられたんですね」
その声には、安堵と少しの名残惜しさが混じっていた。
ユリアンは何も言わずに頷き、馬車が修道院の前に停まると、そっとリリエルの手を取った。
「ここまで、無事に来られたのは君のおかげだ」
「……私こそ・・・」
ふたりはしばらく見つめ合い、そしてリリエルは一歩、馬車から降りる。
修道女たちが駆け寄り、彼女の無事を確かめて歓声を上げた。
その輪の中で、リリエルは何度も頷き、笑顔を見せたあと――ふと、振り返った。
ユリアンは、何も言わずに彼女を見ていた。その瞳には、誇らしさと、名残惜しさと、どこか温かな決意が浮かんでいた。
「……行ってきますね」
リリエルのその一言に、ユリアンは微笑み、小さく頷いた。
「また、会おう。必ず」
扉が閉まり、鐘の音が高く鳴り響く。
ユリアンはひとり、背を向け、歩き出した。
その背中に、朝の光が静かに差し込んでいた。
「リリエル嬢……!」
ティムの声が震える。ユリアンの肩越しに彼女の姿を確認し、ほっと息を吐いた。
「無事で……いてくれて、本当に……」
アベルが感極まったように目を伏せた。
ユリアンは疲労のにじむ声で言った。
「……ひとまず、ここを離れる。奴らの動きが予想以上に早い。再編された追撃隊が来る前に、安全圏に入るぞ」
「準備はできてる。馬も隠してある」
ティムが頷き、リリエルに上着を渡す。
彼女は小さく頭を下げて礼を言った。
山を越え、王都の外縁部にある古い教会跡地へ。そこはすでに信頼できる修道士たちによって人払いがされ、仲間の待機所となっていた。
「ここなら追手も来ない。旧派閥に寝返っていない、数少ない教会関係者が協力してくれている」
アベルの説明に、リリエルは深く息を吐いた。
教会の奥、暖炉の残る一室。ユリアンは火を起こし、冷え切ったリリエルに毛布を掛ける。
「・・・君が生きていてくれて、よかった」
その低い声は、今にも崩れそうな感情を抑えているようだった。
リリエルはかすかに微笑み、震える指でユリアンの手を取った。
「ユリアンさんこそ……無事で、本当によかったです……」
焚き火がはぜ、しばし二人の間には言葉のいらない沈黙が満ちた。
風の音さえ聞こえるほど、静かな夜だった。
一行は山間の避難小屋へ身を潜め、仲間たちは交代で見張りについていた。
小さな炉にくべられた火が、微かに揺れている。その前で、ユリアンとリリエルは肩を並べて座っていた。
「……寒くないか?」
ユリアンの問いに、リリエルは首を横に振った。
「ええ……大丈夫です。ありがとうございます」
返す声が少し震えていたのは、疲れのせいだけではない。
リリエルの指先は膝の上でそっと重ねられ、そこからぴんと緊張が伝わってきた。
ユリアンは、視線を彼女の横顔に落とした。安堵とともに、胸の奥から溢れそうになる感情に、唇を噛みしめる。
彼女が無事でよかった――
それ以上に、もう二度と、失いたくない。
「……君を巻き込んでしまってすまない。こんな目に合わせたくなかった」
絞り出すような低い声に、リリエルが目を見開く。
「・・・悪いのはユリアンさんじゃありません。ユリアンさんが助けに来てくれると、私は信じていました。あの闇の中で、何度も……」
そう言って、リリエルは自分でも気づかぬうちに手を伸ばし、彼の指先に触れた。
その瞬間、ユリアンの中で、何かがはじけた。
もう、止められなかった。
「リリエル……」
名を呼ぶと同時に、彼女の肩をそっと抱き寄せ、唇を重ねた。優しく、けれど確かに、心の奥に触れるような深いキスだった。
驚きにリリエルは瞳を見開いた。
身体がふわりと浮かぶような感覚に包まれ、息を忘れた。
そして、彼の胸元にそっと手を置いた時――ユリアンが、はっと身を引いた。
「……すまない。俺は……」
一瞬、理性が戻った。
リリエルがどれほど怖い思いをしたか、どれほど心細かったか、
今はその傷を癒す時なのに、己の衝動で触れてしまったことを、深く悔いた。
「君を……大切にしたいのに、俺は……」
俯いたユリアンに、リリエルはしばらく何も言わなかった。
ただ、胸の奥で高鳴る鼓動を静かに受け止めながら――ゆっくりと言った。
「私……驚いたけれど、嫌じゃなかったです」
頬を赤らめながら、けれどまっすぐに彼を見つめて言うリリエルに、ユリアンの喉が鳴る。
「君は、優しすぎる……」
「ユリアンさんも、です」
ふたりはしばらく黙っていた。
けれどその沈黙は、不安でも、気まずさでもなかった。確かな想いを、互いに心の奥で確かめ合う、静かな余韻だった。
~~~~~~~~~~~
朝の陽光が、やわらかく山々を染めていた。
夜通しの見張りと移動を経て、馬車はようやく修道院の丘を越える。
「見えてきたな……」
ユリアンが小さく呟くと、リリエルは窓の外に目をやった。
赤い屋根と白い壁、懐かしい鐘楼の姿が、朝もやの中に浮かび上がる。
「……戻ってこられたんですね」
その声には、安堵と少しの名残惜しさが混じっていた。
ユリアンは何も言わずに頷き、馬車が修道院の前に停まると、そっとリリエルの手を取った。
「ここまで、無事に来られたのは君のおかげだ」
「……私こそ・・・」
ふたりはしばらく見つめ合い、そしてリリエルは一歩、馬車から降りる。
修道女たちが駆け寄り、彼女の無事を確かめて歓声を上げた。
その輪の中で、リリエルは何度も頷き、笑顔を見せたあと――ふと、振り返った。
ユリアンは、何も言わずに彼女を見ていた。その瞳には、誇らしさと、名残惜しさと、どこか温かな決意が浮かんでいた。
「……行ってきますね」
リリエルのその一言に、ユリアンは微笑み、小さく頷いた。
「また、会おう。必ず」
扉が閉まり、鐘の音が高く鳴り響く。
ユリアンはひとり、背を向け、歩き出した。
その背中に、朝の光が静かに差し込んでいた。
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