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第十七話
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呂布は遠くに洛陽を眺めながら酒を呑む。いつもなら呑めば美味い酒も今日は不味い。
その理由は先程話された丁原からの言葉があった。
洛陽からも見えるほど焼かれた孟津。黒山伯と言われる賊の仕業だと聞いたが、呂布にとって暇を潰すよき相手ができたと思っていた。なにせ高順も張遼も別の仕事で今は丁原の本陣にいなかったからだ。呂布に出撃命令が降るのは当然だと思っていたし、部下の赤騎兵にもそのつもりで準備させていた。
だが、丁原の言葉はそれを裏切るものであった。
孟津の焼き討ちは何進の命令で丁原が高順にやらせたものだった。
当然のように呂布は怒った。高順の武勇は弱者と戦うために鍛え抜かれたものではない。猛者との戦いで振るわれるべきものだ。言葉がすぐに出てしまう呂布は当然のようにそれを丁原に言おうとしたが、それは言葉になることはなかった。
丁原の表情が無表情の中に無念の感情が隠されていたからだ。
それを見て出かかっていた言葉を呂布は飲み込んだ。大将軍の命令だからと不本意な命令を下した丁原と、并州の武人にとっては屈辱的な命令を執行した親友に対する覚悟を思ってのことだ。
だから呂布は不満を口にせずに諸悪の根源である洛陽を見ながら酒を呑んでいる。
「不機嫌そうだな、呂布殿」
「秦宜禄か」
そこにやってきたのはいつもの悲痛な表情に幾分か遣る瀬無い感情を込めた秦宜禄であった。
「何か用か?」
「呂布殿の不機嫌さに赤騎兵だけじゃなく、私達歩兵隊の兵士達も怖がっていてな。私がご機嫌を取りに来た」
秦宜禄の言葉に呂布は鼻で笑う。
「厄介事を引き受けたな」
「仕方あるまい。こういう時に引き受けてくれる高順殿がいないのだからな」
出てきた名前に呂布は黙る。秦宜禄も黙って洛陽を見ている。月明かりが二人を照らし、静かな風が吹いている。
「……秦宜禄は今回の何進の命令に納得しているか?」
呂布の問いに珍しく秦宜禄は表情を怒りに染める。
「納得できるわけがない。我々の武勇は并州を守り、猛者との戦いのために鍛え上げられたもの。それをよりにものよって匈奴や鮮卑の連中の真似事をしろだと。こんなに巫山戯た話があるか」
そこまで言い切って秦宜禄は表情をいつも通りの悲痛な表情にしてため息を吐く。
「だが、丁原殿が耐え、高順殿が受け入れた。我々が口を出せるものではないだろう」
「秦宜禄は大したものだな。俺は戟を持っていたらいますぐに洛陽に乗り込んで何進の首を飛ばしてやりたい衝動にかられている」
「なるほど。そのせいで丸腰でこうして酒を呑んでいるわけか」
秦宜禄の言葉に返答せずに呂布は酒を呷る。
「朝は朝焼け、昼は風、夜は月を見ながら酒を呑めば美味いものだがな、こんなに不味い酒は生まれて初めてだ」
「そうだろうな。私もさっきまで李鄒と趙庶と一緒に呑んでいたが、酒が不味くて呑むのをやめた」
秦宜禄達もまた呂布と同じ怒りを持ち、その怒りを発散するために酒を呑んでいたようだが、高順の心中を思って結局呑めなくなったようだ。
それは呂布とて同じである。いや、高順と自他共に認める関係だからこそ余計に酒が不味く感じる。
呂布は腹立たしく酒を呷るが、中身が出てくることはない。今回の何進の命令に対する怒りと、酒がなくなったことに対しての怒りが合わさり、空になった酒壺を洛陽に向かって力強く投げつける。だが、洛陽に届くわけがなく、酒壺は途中で落ちて砕け散る音を立てた。
「洛陽でも眺めながら一杯やれば気分が紛れるかと思ったが、そんなことはなかったな」
「そうだろうな。どうだろう呂布殿。私や李鄒、趙庶と一緒に呑み直しをしないか。何進の糞野郎の悪口でも言いながら呑めば少しは紛れるかもしれん」
「おう。ここで都を睨みつけながら呑むよりはそっちの方が楽しいかもしれん」
秦宜禄の言葉に呂布は立ち上がる。すると秦宜禄が元気付けるように呂布の肩を叩いた。秦宜禄は高順が屈辱的な任務を受けざるおえなくなったことに対して、一番の怒りを覚えているのは呂布だということに気づいている。だからこそ元気付けるように肩を叩いたのだ。
呂布も秦宜禄の内心に気づいて苦笑する。そして二人で最後に洛陽を眺めながら口を開く。
「どうせなら洛陽で戦が起こればいいのだ。そうすれば戦に紛れて諸悪の根源である何進や宦官の首を落とせる」
「都での戦だったら私達歩兵隊の出番だな。連中の首は私達で貰いだ」
秦宜禄の言葉に呂布は大笑する。
「秦宜禄は意外と欲張りだな。どちらかくらいは騎馬隊にくれ」
「それだったらいつも通りに早い者勝ちだな」
「なるほど。それもそうだ」
そう言いながら呂布は秦宜禄の背中を叩きながら自分達の陣に戻るために洛陽に背を向ける。秦宜禄も同じように自分の陣に戻ろうとした。
その瞬間に洛陽から戦の気配を感じ取った。
その気配を感じ取った瞬間に呂布と秦宜禄は洛陽に振り返る。先程までと変わらない都が見えるが、そこに湧き上がっていたのは呂布達が慣れている空気。
即ち戦の気配。
「……呂布殿」
「おうさ、秦宜禄。呑みの約束はなしだ。これからは俺達得意の戦になるぞ」
秦宜禄の言葉に呂布は不敵に笑いながら答えるのであった。
その理由は先程話された丁原からの言葉があった。
洛陽からも見えるほど焼かれた孟津。黒山伯と言われる賊の仕業だと聞いたが、呂布にとって暇を潰すよき相手ができたと思っていた。なにせ高順も張遼も別の仕事で今は丁原の本陣にいなかったからだ。呂布に出撃命令が降るのは当然だと思っていたし、部下の赤騎兵にもそのつもりで準備させていた。
だが、丁原の言葉はそれを裏切るものであった。
孟津の焼き討ちは何進の命令で丁原が高順にやらせたものだった。
当然のように呂布は怒った。高順の武勇は弱者と戦うために鍛え抜かれたものではない。猛者との戦いで振るわれるべきものだ。言葉がすぐに出てしまう呂布は当然のようにそれを丁原に言おうとしたが、それは言葉になることはなかった。
丁原の表情が無表情の中に無念の感情が隠されていたからだ。
それを見て出かかっていた言葉を呂布は飲み込んだ。大将軍の命令だからと不本意な命令を下した丁原と、并州の武人にとっては屈辱的な命令を執行した親友に対する覚悟を思ってのことだ。
だから呂布は不満を口にせずに諸悪の根源である洛陽を見ながら酒を呑んでいる。
「不機嫌そうだな、呂布殿」
「秦宜禄か」
そこにやってきたのはいつもの悲痛な表情に幾分か遣る瀬無い感情を込めた秦宜禄であった。
「何か用か?」
「呂布殿の不機嫌さに赤騎兵だけじゃなく、私達歩兵隊の兵士達も怖がっていてな。私がご機嫌を取りに来た」
秦宜禄の言葉に呂布は鼻で笑う。
「厄介事を引き受けたな」
「仕方あるまい。こういう時に引き受けてくれる高順殿がいないのだからな」
出てきた名前に呂布は黙る。秦宜禄も黙って洛陽を見ている。月明かりが二人を照らし、静かな風が吹いている。
「……秦宜禄は今回の何進の命令に納得しているか?」
呂布の問いに珍しく秦宜禄は表情を怒りに染める。
「納得できるわけがない。我々の武勇は并州を守り、猛者との戦いのために鍛え上げられたもの。それをよりにものよって匈奴や鮮卑の連中の真似事をしろだと。こんなに巫山戯た話があるか」
そこまで言い切って秦宜禄は表情をいつも通りの悲痛な表情にしてため息を吐く。
「だが、丁原殿が耐え、高順殿が受け入れた。我々が口を出せるものではないだろう」
「秦宜禄は大したものだな。俺は戟を持っていたらいますぐに洛陽に乗り込んで何進の首を飛ばしてやりたい衝動にかられている」
「なるほど。そのせいで丸腰でこうして酒を呑んでいるわけか」
秦宜禄の言葉に返答せずに呂布は酒を呷る。
「朝は朝焼け、昼は風、夜は月を見ながら酒を呑めば美味いものだがな、こんなに不味い酒は生まれて初めてだ」
「そうだろうな。私もさっきまで李鄒と趙庶と一緒に呑んでいたが、酒が不味くて呑むのをやめた」
秦宜禄達もまた呂布と同じ怒りを持ち、その怒りを発散するために酒を呑んでいたようだが、高順の心中を思って結局呑めなくなったようだ。
それは呂布とて同じである。いや、高順と自他共に認める関係だからこそ余計に酒が不味く感じる。
呂布は腹立たしく酒を呷るが、中身が出てくることはない。今回の何進の命令に対する怒りと、酒がなくなったことに対しての怒りが合わさり、空になった酒壺を洛陽に向かって力強く投げつける。だが、洛陽に届くわけがなく、酒壺は途中で落ちて砕け散る音を立てた。
「洛陽でも眺めながら一杯やれば気分が紛れるかと思ったが、そんなことはなかったな」
「そうだろうな。どうだろう呂布殿。私や李鄒、趙庶と一緒に呑み直しをしないか。何進の糞野郎の悪口でも言いながら呑めば少しは紛れるかもしれん」
「おう。ここで都を睨みつけながら呑むよりはそっちの方が楽しいかもしれん」
秦宜禄の言葉に呂布は立ち上がる。すると秦宜禄が元気付けるように呂布の肩を叩いた。秦宜禄は高順が屈辱的な任務を受けざるおえなくなったことに対して、一番の怒りを覚えているのは呂布だということに気づいている。だからこそ元気付けるように肩を叩いたのだ。
呂布も秦宜禄の内心に気づいて苦笑する。そして二人で最後に洛陽を眺めながら口を開く。
「どうせなら洛陽で戦が起こればいいのだ。そうすれば戦に紛れて諸悪の根源である何進や宦官の首を落とせる」
「都での戦だったら私達歩兵隊の出番だな。連中の首は私達で貰いだ」
秦宜禄の言葉に呂布は大笑する。
「秦宜禄は意外と欲張りだな。どちらかくらいは騎馬隊にくれ」
「それだったらいつも通りに早い者勝ちだな」
「なるほど。それもそうだ」
そう言いながら呂布は秦宜禄の背中を叩きながら自分達の陣に戻るために洛陽に背を向ける。秦宜禄も同じように自分の陣に戻ろうとした。
その瞬間に洛陽から戦の気配を感じ取った。
その気配を感じ取った瞬間に呂布と秦宜禄は洛陽に振り返る。先程までと変わらない都が見えるが、そこに湧き上がっていたのは呂布達が慣れている空気。
即ち戦の気配。
「……呂布殿」
「おうさ、秦宜禄。呑みの約束はなしだ。これからは俺達得意の戦になるぞ」
秦宜禄の言葉に呂布は不敵に笑いながら答えるのであった。
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