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夏休みも残り二週間を切り受験勉強と夏休みの宿題+休み明けテストの勉強などに追われる日々となっていた。あの出来事以来気まずさから貴斗とも夏樹とも会わず部屋に閉じ籠り、貴斗からは何度か電話が掛かってきてはいたが取ることができずそのまま放置する形になっていた。
「はぁー...集中途切れたー」
椅子の背もたれに背中の重みを委ねぼんやり天井を見つめながら一度気分転換のため近所のコンビニへと向かった。
☆☆☆
「碧?」
コンビニの自動ドアの手前で後ろから名前を呼ばれ振り向くと夏樹とその隣には先日会った安藤朋絵、数人の友人たちと思われる男女がいた。
「買い物か?」
夏樹は碧に近付き声をかけてきた。まさか、こんなタイミングで夏樹に会うとは予想もしなかったため服もラフなTシャツに短パン、髪も毛先が跳ねせめてもと急いで手櫛で整えた。
「あー、うん。ちょっと気分転換に糖分を摂取しようかなーと。今ちょっと煮詰まっちゃってたから」
頬を人差し指で掻きながら答えると夏樹の肩越しに同じくらいの身長の男子が顔を出し、
「君が幼馴染の碧ちゃんかー、夏樹から聞いてるよー俺、浅田芳樹よろしくねー。ってか碧ちゃん受験生なんだってね、どこ受けるかもう決めたー?」
にこにこと人懐っこい笑顔を碧に向け矢継ぎ早に喋られ、碧は戸惑いながらオロオロいていると夏樹が芳樹の頭を小突いた。
「お前なー、初対面の男がぐいぐい来たら萎縮するだろ、碧悪いな、こいつ距離感攫めねー奴というか年齢性別関係なくこんなんだから怖がらなくていいからな」
「なんだよー、人をチャラ男みたいな言い方すんなよなー」
頬を膨らませながら夏樹とじゃれ合ってる姿に微笑ましく見つめていると見覚えのある人物が此方へと近付いて来た。
「えっ、碧ちゃん?この前と違う雰囲気で一瞬わからなかったわ、お久しぶり、私のこと覚えてるかな?浅田くんも中学生女子に迫りすぎだから」
先日会った時の長い髪はトップにまとめ上げ、白のノースリーブのワンピースから出る色白の華奢な腕が女性らしさを際立たせ同性から見ても羞花閉月の言葉が似合う容姿だった。朋絵は当たり前のように夏樹の隣に並び碧に微笑んだ。だが、碧には朋絵の瞳は冷ややかで恐ろしいほど仄暗さで浸食されているようにしか見えず無意識に視線を逸らした。
「...お久しぶりです」
“邪魔なガキ”
あの言葉とあの時の表情がフラッシュバックのように鮮明に思い出され思わず目線が下がってしまった。
「碧ちゃんさー、俺ら今からカラオケ行くんだけど一緒に行かない?勉強ばっかじゃ頭パンクしちゃうでしょ?なー、夏樹の知り合いだし別にいいよなー?」
芳樹の声で我に返り目線を上げると二カっと笑顔を向け、近くにいた友人たちに声をかけていた。男性陣は問題なさそうではあったが朋絵をはじめ残りの女性陣は顏では笑顔でいたが内心逆の考えを持っているのが碧には伝わってきたため、芳樹に首と両手を横に振って遠慮することを伝えた。
「誘ってくれたのはほんと嬉しいんですが、今日は遠慮しときます」
「そうよー、いくら何でも急には。それに高校生の中に女子中学生一人は気後れしちゃうだろうし同じ年の子と一緒の方が楽しめるんじゃないかな?ね、碧ちゃん」
朋絵は微笑みながら見えない圧をかけるかのように碧に告げ、碧は芳樹に軽く頭を下げると夏樹が慌てて上げさせた。
「こっちこそごめんな、ったく芳樹も思い付きで言うなよな。...碧、この前も言ったけど勉強でわからないことあったらいつでもいいから連絡しろよ、紅姉の代わりになれるかわかんないけどさ」
目を細め優しく微笑みながら碧の頭にポンと手を置いた。頭部から伝わる夏樹の体温に鼓動が早まりそうになるのを必死で抑えながら碧も笑顔で頷いた。
「夏樹だけじゃ心許ないから何かあったら私も教えれるから遠慮なく言ってね」
碧の頭に乗せていた手を引っ張り夏樹の腕に絡みつくように朋絵は両手で掴みながら微笑んだ。
「...はい、ありがとうございます」
☆☆☆
「はー......」
碧は夏樹たちと別れ、コンビニで買い物を済ませるとすぐさま家へと帰り自分のベッドへ横になると深い溜息をついた。
(あの人はなっちゃんのことが好きなんだろうな...)
結局勉強に集中することもできずベッドに寝転びながら天井をぼーっと眺めているといつの間にか寝てしまい目が覚めた頃には空が少しずつ茜色に染まってきていた。頭がすっきりしないまま下におりリビングへ向かうと虹志がソファに座りながらテレビゲームをして遊んでいた。
「あんた、遊んでていいの?夏休みももう終わるのにゲームなんかして。いいよねー、一年生は気楽で」
何の悩みもなさそうな虹志の雰囲気にイラつき棘のある声色でついつい悪態をついてしまった。その言葉にカチンときたのか虹志はコントローラーをテーブルへ乱暴に置き碧を睨みつけた。
「はっ?俺はお前と違って優秀なの、部屋に引き籠ってだらだらしてるどっかのバカと一緒にすんな!」
売り言葉に買い言葉になり段々と二人の感情がエスカレートしていると「ただいまー」玄関先から声が聞こえ母親が仕事から帰って来た。リビングに入るなり大きな声で怒鳴り合う姉弟喧嘩の真っただ中を見て呆れかえり、
「帰って来たそうそうなんなのよアンタたちは!!虹志はご飯の準備終わるまで部屋で勉強してなさい!碧も勉強するかしないなら夕飯の準備手伝って!」
母親の一言で喧嘩は中断され虹志は怒りが収まらないのか足音を大きく鳴らしながら二階の自分の部屋へと向かった。
「碧、受験でイライラしてる気持ちもわかるけど虹志にあたるのは駄目よ」
「...別にそんなんじゃないよ」
母親が片栗粉を塗した鶏もも肉を油の中へ投入し碧は横で付け合せのレタスを水で洗いながら呟いた。
「虹志も虹志なりに気を遣ってるのよ、お姉ちゃんが受験控えてるから煩くならないように家に友だち呼ばないようにしてたり」
「そうな...の?虹志のそんな優しさ全く伝わんないけど、...ってお母さんから揚げ作りすぎじゃない?!」
碧はバットに山盛りになったから揚げを指で指すと母親は食器棚から大きめの密閉容器を取り出し揚げたから揚げを詰めていった。碧が不思議そうに母の行動を眺めていると詰め終った容器を渡された。
「これ、なっちゃんに渡して来てくれない?さっきなっちゃん家の前で会ってね、うちに来てもらおうと思ったんだけどお友達と一緒だったから後で持っていくねって言っておいたの」
なんだか気乗りせず渋っていると『行かないなら虹志に頼んでちょうだい』と母親に言われ渋々容器を持って夏樹の家へと向かった。既に外にはおらず中に入ったのかと思い碧はチャイムを鳴らした。何度か鳴らしたが、出てくる素振りもなく碧はドアノブに手を掛けるとドアが開き、玄関には夏樹の物と思われるスニーカーとその横にはヒールの高い女性もののサンダルが綺麗に並べられ見た瞬間持ち主の顏が浮かびあがった。
母が言っていた友だちが安藤朋絵と理解すると碧は帰ろうとドアノブに手をかけた時、二階から男女の声が聞こえてきた。
(...帰んなきゃ)
碧は家に戻ろうと頭では分かっているのに身体は動けずにいた。後悔するのがわかっていながら足はゆっくりと階段を上がり声がどんどん近付くにつれ会話の内容が鮮明になり碧の心拍数は上がっていった。
声の方向は夏樹の部屋から聞こえその扉は少しの隙間が開いていた。碧は息を殺し気付かれないよう立ち止まった。そっと覗き込むと夏樹の大きな背中が見えその対面に朋絵が座っていた。
「安藤ごめん、...俺そういうふうに見れないんだ」
俯く朋絵の表情は悲痛な面持ちに溢れていたが夏樹の表情はわからなかった。
「...どうして、わた...「ずっと前から好きな人がいるんだ」
涙を流す朋絵に夏樹は食い気味に言葉を被せ、碧はその状況を隙間から目が離せず食い入るように見つめていた。体温が一気に上がっているのか身体中から嫌な汗が流れる感覚に襲われていた。
「それって学校の人?私の知ってる人?もしかして碧ちゃん?」
いきなり自分の名前が朋絵の口から出され心臓がバクバクと波打つが、夏樹は首を横に振り、
「碧は大事な子だよ、確かにその人と同じくらい好きだけど...あの子は妹みたいなもんでそういった感情は持ってないよ...あと学校の人たちでもないから安藤の知らない人、子供の頃から大好きで...ずっと一緒にいすぎて気付かなかったけど離れて自分の気持ちに気付いたんだ」
碧は膝がガタガタと震え今にも崩れそうになるのを必死に堪え片手で口元を押さえ息を飲んだ。頭では分かっていたことだったが本人の口から聞いてしまったことによって現実を叩きつけられ何も考えられない状態になり只々立ち尽くすしかなかった。
その間も朋絵は夏樹に訴えたが“ごめん”という言葉だけが繰り返し綴られていた。
「...その人とはうまくいきそ?」
「いや、多分無理だと思う。彼女にとっては俺なんか一生男として見られないよ」
「だったら...私にチャンスが欲しい、だって実らないのわかっててずっと好きでいるの?そんなの虚しいだけじゃない!」
「...そうかもな」
「ねぇ、私夏樹のためなら何だってするよ、もしその人が忘れられないなら代わりにしてもらっても構わない…私だって夏樹のこと一年の時から好きだった、夏樹と同じように簡単に諦めることなんてできないよ」
二人のやり取りに碧は心臓を握られているような状態に耐えれなくなりその場から離れようとした瞬間、朋絵と目が合ったような気がし咄嗟に隠れた。
「...夏樹、目瞑って...私をその彼女の代わりにして」
「あんど...」
朋絵は夏樹に近づき目元を掌で覆うとゆっくり顔を近づけ唇を重ねた。初めこそ抵抗したように見えたが夏樹は朋絵の成すがままになりそのまま朋絵が覆い被さるとどんどん深いものへとなっていった。舌同士が絡み合う音が室内に響き下になって目元を隠されていた夏樹がその手を掴み今度は自分が朋絵の上に覆いかぶさり激しく貪っていた。
碧は目が離せず二人の熱情にただ見入ることしかできなかった。その時、朋絵は碧にやはり気付いていたのか挑発するように此方を見ていた。その眼はまるで嗤うように目の前で夏樹を貪り碧はあまりの衝撃に身体中が痺れてしまったかのような状態になった。
ガタンッ!!
「碧っ?!」
突然何かが落ちた音に驚き我に返った夏樹は朋絵から離れドア付近に視線を向けた。隙間から人影が見えドアを開けると蒼褪め震える碧が落とした容器を拾い夏樹に手渡した。
「...お母さんに持ってけって言われて...チャイム押したけど出てこなかったから勝手に入っちゃった...ごめんね」
「あお...「人の家に勝手に入って覗き見なんて碧ちゃんて随分行儀が悪いのね」
乱れた服と髪を直しながら朋絵は夏樹の言葉を遮り嘲笑うように碧に辛辣な言葉を浴びせた。下を俯きながら夏樹の顔を見ず床に数滴の滴が零れ落ちそのまま踵を返すと夏樹に腕を掴まれた。
「碧、待っ」
その瞬間、今まで感じたことがない程の嫌悪感が触られたところに集中し、
「放してっ!!!」
夏樹の手を思いっきり強く振りほどいた。碧に拒絶される視線に夏樹は言葉をつまらせ無言のまま呆然と立ち尽くした。
「...とりあえず渡したから。容器はお母さんか虹志にでも渡して」
「あおいっ!!!」
碧はそのまま二人の傍から逃げるように夏樹の家を飛び出した。
「おかえりー、なっちゃんに渡してくれたー?」
家に帰るとキッチンから母親の呑気な声が聞こえたが会話に答えることなく自分の部屋へ入った。ドアを閉め緊張状態から解き放たれたせいか先ほどと同じように膝がガクガクと震えその場にズルズルとしゃがみ込んだ。隣の部屋には虹志がいるため気付かれないよう口を両手で強く抑え嗚咽が漏れないように必死に堪えた。
その時机に置いてあったスマホの着信音が鳴り響き、碧は震える膝でゆっくり歩みディスプレイを確認すると“なっちゃん”と映し出されていた。しばらく鳴り響いていたが取る気配がないとわかったのか音は切れ“不在着信”の文字へと変わっていた。
碧はスマホをベッドに放り投げ自分もそのままベッドに横たわった。嗚咽はだいぶ落ち着いたが涙がいつまでも止まってはくれず力なく思わず笑ってしまった。あの短時間の間に衝撃的な事が多すぎて頭に酸素が回らず虚ろになっていると枕の下にあったスマホからまた着信が鳴り響いた。夏樹からだと思い、出る気はなかったがディスプレイを見ると貴斗の名前が記されていた。
「タイミング良いのか悪いのか...」
碧は苦笑いを浮かべしばらく迷いながらも通話のタップを押した。
この時の行動が後に影響するとは考えも及ばず…その時は何かに縋らないと壊れそうになるのを必死に抑えることに碧は精いっぱいだった。
「はぁー...集中途切れたー」
椅子の背もたれに背中の重みを委ねぼんやり天井を見つめながら一度気分転換のため近所のコンビニへと向かった。
☆☆☆
「碧?」
コンビニの自動ドアの手前で後ろから名前を呼ばれ振り向くと夏樹とその隣には先日会った安藤朋絵、数人の友人たちと思われる男女がいた。
「買い物か?」
夏樹は碧に近付き声をかけてきた。まさか、こんなタイミングで夏樹に会うとは予想もしなかったため服もラフなTシャツに短パン、髪も毛先が跳ねせめてもと急いで手櫛で整えた。
「あー、うん。ちょっと気分転換に糖分を摂取しようかなーと。今ちょっと煮詰まっちゃってたから」
頬を人差し指で掻きながら答えると夏樹の肩越しに同じくらいの身長の男子が顔を出し、
「君が幼馴染の碧ちゃんかー、夏樹から聞いてるよー俺、浅田芳樹よろしくねー。ってか碧ちゃん受験生なんだってね、どこ受けるかもう決めたー?」
にこにこと人懐っこい笑顔を碧に向け矢継ぎ早に喋られ、碧は戸惑いながらオロオロいていると夏樹が芳樹の頭を小突いた。
「お前なー、初対面の男がぐいぐい来たら萎縮するだろ、碧悪いな、こいつ距離感攫めねー奴というか年齢性別関係なくこんなんだから怖がらなくていいからな」
「なんだよー、人をチャラ男みたいな言い方すんなよなー」
頬を膨らませながら夏樹とじゃれ合ってる姿に微笑ましく見つめていると見覚えのある人物が此方へと近付いて来た。
「えっ、碧ちゃん?この前と違う雰囲気で一瞬わからなかったわ、お久しぶり、私のこと覚えてるかな?浅田くんも中学生女子に迫りすぎだから」
先日会った時の長い髪はトップにまとめ上げ、白のノースリーブのワンピースから出る色白の華奢な腕が女性らしさを際立たせ同性から見ても羞花閉月の言葉が似合う容姿だった。朋絵は当たり前のように夏樹の隣に並び碧に微笑んだ。だが、碧には朋絵の瞳は冷ややかで恐ろしいほど仄暗さで浸食されているようにしか見えず無意識に視線を逸らした。
「...お久しぶりです」
“邪魔なガキ”
あの言葉とあの時の表情がフラッシュバックのように鮮明に思い出され思わず目線が下がってしまった。
「碧ちゃんさー、俺ら今からカラオケ行くんだけど一緒に行かない?勉強ばっかじゃ頭パンクしちゃうでしょ?なー、夏樹の知り合いだし別にいいよなー?」
芳樹の声で我に返り目線を上げると二カっと笑顔を向け、近くにいた友人たちに声をかけていた。男性陣は問題なさそうではあったが朋絵をはじめ残りの女性陣は顏では笑顔でいたが内心逆の考えを持っているのが碧には伝わってきたため、芳樹に首と両手を横に振って遠慮することを伝えた。
「誘ってくれたのはほんと嬉しいんですが、今日は遠慮しときます」
「そうよー、いくら何でも急には。それに高校生の中に女子中学生一人は気後れしちゃうだろうし同じ年の子と一緒の方が楽しめるんじゃないかな?ね、碧ちゃん」
朋絵は微笑みながら見えない圧をかけるかのように碧に告げ、碧は芳樹に軽く頭を下げると夏樹が慌てて上げさせた。
「こっちこそごめんな、ったく芳樹も思い付きで言うなよな。...碧、この前も言ったけど勉強でわからないことあったらいつでもいいから連絡しろよ、紅姉の代わりになれるかわかんないけどさ」
目を細め優しく微笑みながら碧の頭にポンと手を置いた。頭部から伝わる夏樹の体温に鼓動が早まりそうになるのを必死で抑えながら碧も笑顔で頷いた。
「夏樹だけじゃ心許ないから何かあったら私も教えれるから遠慮なく言ってね」
碧の頭に乗せていた手を引っ張り夏樹の腕に絡みつくように朋絵は両手で掴みながら微笑んだ。
「...はい、ありがとうございます」
☆☆☆
「はー......」
碧は夏樹たちと別れ、コンビニで買い物を済ませるとすぐさま家へと帰り自分のベッドへ横になると深い溜息をついた。
(あの人はなっちゃんのことが好きなんだろうな...)
結局勉強に集中することもできずベッドに寝転びながら天井をぼーっと眺めているといつの間にか寝てしまい目が覚めた頃には空が少しずつ茜色に染まってきていた。頭がすっきりしないまま下におりリビングへ向かうと虹志がソファに座りながらテレビゲームをして遊んでいた。
「あんた、遊んでていいの?夏休みももう終わるのにゲームなんかして。いいよねー、一年生は気楽で」
何の悩みもなさそうな虹志の雰囲気にイラつき棘のある声色でついつい悪態をついてしまった。その言葉にカチンときたのか虹志はコントローラーをテーブルへ乱暴に置き碧を睨みつけた。
「はっ?俺はお前と違って優秀なの、部屋に引き籠ってだらだらしてるどっかのバカと一緒にすんな!」
売り言葉に買い言葉になり段々と二人の感情がエスカレートしていると「ただいまー」玄関先から声が聞こえ母親が仕事から帰って来た。リビングに入るなり大きな声で怒鳴り合う姉弟喧嘩の真っただ中を見て呆れかえり、
「帰って来たそうそうなんなのよアンタたちは!!虹志はご飯の準備終わるまで部屋で勉強してなさい!碧も勉強するかしないなら夕飯の準備手伝って!」
母親の一言で喧嘩は中断され虹志は怒りが収まらないのか足音を大きく鳴らしながら二階の自分の部屋へと向かった。
「碧、受験でイライラしてる気持ちもわかるけど虹志にあたるのは駄目よ」
「...別にそんなんじゃないよ」
母親が片栗粉を塗した鶏もも肉を油の中へ投入し碧は横で付け合せのレタスを水で洗いながら呟いた。
「虹志も虹志なりに気を遣ってるのよ、お姉ちゃんが受験控えてるから煩くならないように家に友だち呼ばないようにしてたり」
「そうな...の?虹志のそんな優しさ全く伝わんないけど、...ってお母さんから揚げ作りすぎじゃない?!」
碧はバットに山盛りになったから揚げを指で指すと母親は食器棚から大きめの密閉容器を取り出し揚げたから揚げを詰めていった。碧が不思議そうに母の行動を眺めていると詰め終った容器を渡された。
「これ、なっちゃんに渡して来てくれない?さっきなっちゃん家の前で会ってね、うちに来てもらおうと思ったんだけどお友達と一緒だったから後で持っていくねって言っておいたの」
なんだか気乗りせず渋っていると『行かないなら虹志に頼んでちょうだい』と母親に言われ渋々容器を持って夏樹の家へと向かった。既に外にはおらず中に入ったのかと思い碧はチャイムを鳴らした。何度か鳴らしたが、出てくる素振りもなく碧はドアノブに手を掛けるとドアが開き、玄関には夏樹の物と思われるスニーカーとその横にはヒールの高い女性もののサンダルが綺麗に並べられ見た瞬間持ち主の顏が浮かびあがった。
母が言っていた友だちが安藤朋絵と理解すると碧は帰ろうとドアノブに手をかけた時、二階から男女の声が聞こえてきた。
(...帰んなきゃ)
碧は家に戻ろうと頭では分かっているのに身体は動けずにいた。後悔するのがわかっていながら足はゆっくりと階段を上がり声がどんどん近付くにつれ会話の内容が鮮明になり碧の心拍数は上がっていった。
声の方向は夏樹の部屋から聞こえその扉は少しの隙間が開いていた。碧は息を殺し気付かれないよう立ち止まった。そっと覗き込むと夏樹の大きな背中が見えその対面に朋絵が座っていた。
「安藤ごめん、...俺そういうふうに見れないんだ」
俯く朋絵の表情は悲痛な面持ちに溢れていたが夏樹の表情はわからなかった。
「...どうして、わた...「ずっと前から好きな人がいるんだ」
涙を流す朋絵に夏樹は食い気味に言葉を被せ、碧はその状況を隙間から目が離せず食い入るように見つめていた。体温が一気に上がっているのか身体中から嫌な汗が流れる感覚に襲われていた。
「それって学校の人?私の知ってる人?もしかして碧ちゃん?」
いきなり自分の名前が朋絵の口から出され心臓がバクバクと波打つが、夏樹は首を横に振り、
「碧は大事な子だよ、確かにその人と同じくらい好きだけど...あの子は妹みたいなもんでそういった感情は持ってないよ...あと学校の人たちでもないから安藤の知らない人、子供の頃から大好きで...ずっと一緒にいすぎて気付かなかったけど離れて自分の気持ちに気付いたんだ」
碧は膝がガタガタと震え今にも崩れそうになるのを必死に堪え片手で口元を押さえ息を飲んだ。頭では分かっていたことだったが本人の口から聞いてしまったことによって現実を叩きつけられ何も考えられない状態になり只々立ち尽くすしかなかった。
その間も朋絵は夏樹に訴えたが“ごめん”という言葉だけが繰り返し綴られていた。
「...その人とはうまくいきそ?」
「いや、多分無理だと思う。彼女にとっては俺なんか一生男として見られないよ」
「だったら...私にチャンスが欲しい、だって実らないのわかっててずっと好きでいるの?そんなの虚しいだけじゃない!」
「...そうかもな」
「ねぇ、私夏樹のためなら何だってするよ、もしその人が忘れられないなら代わりにしてもらっても構わない…私だって夏樹のこと一年の時から好きだった、夏樹と同じように簡単に諦めることなんてできないよ」
二人のやり取りに碧は心臓を握られているような状態に耐えれなくなりその場から離れようとした瞬間、朋絵と目が合ったような気がし咄嗟に隠れた。
「...夏樹、目瞑って...私をその彼女の代わりにして」
「あんど...」
朋絵は夏樹に近づき目元を掌で覆うとゆっくり顔を近づけ唇を重ねた。初めこそ抵抗したように見えたが夏樹は朋絵の成すがままになりそのまま朋絵が覆い被さるとどんどん深いものへとなっていった。舌同士が絡み合う音が室内に響き下になって目元を隠されていた夏樹がその手を掴み今度は自分が朋絵の上に覆いかぶさり激しく貪っていた。
碧は目が離せず二人の熱情にただ見入ることしかできなかった。その時、朋絵は碧にやはり気付いていたのか挑発するように此方を見ていた。その眼はまるで嗤うように目の前で夏樹を貪り碧はあまりの衝撃に身体中が痺れてしまったかのような状態になった。
ガタンッ!!
「碧っ?!」
突然何かが落ちた音に驚き我に返った夏樹は朋絵から離れドア付近に視線を向けた。隙間から人影が見えドアを開けると蒼褪め震える碧が落とした容器を拾い夏樹に手渡した。
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「あお...「人の家に勝手に入って覗き見なんて碧ちゃんて随分行儀が悪いのね」
乱れた服と髪を直しながら朋絵は夏樹の言葉を遮り嘲笑うように碧に辛辣な言葉を浴びせた。下を俯きながら夏樹の顔を見ず床に数滴の滴が零れ落ちそのまま踵を返すと夏樹に腕を掴まれた。
「碧、待っ」
その瞬間、今まで感じたことがない程の嫌悪感が触られたところに集中し、
「放してっ!!!」
夏樹の手を思いっきり強く振りほどいた。碧に拒絶される視線に夏樹は言葉をつまらせ無言のまま呆然と立ち尽くした。
「...とりあえず渡したから。容器はお母さんか虹志にでも渡して」
「あおいっ!!!」
碧はそのまま二人の傍から逃げるように夏樹の家を飛び出した。
「おかえりー、なっちゃんに渡してくれたー?」
家に帰るとキッチンから母親の呑気な声が聞こえたが会話に答えることなく自分の部屋へ入った。ドアを閉め緊張状態から解き放たれたせいか先ほどと同じように膝がガクガクと震えその場にズルズルとしゃがみ込んだ。隣の部屋には虹志がいるため気付かれないよう口を両手で強く抑え嗚咽が漏れないように必死に堪えた。
その時机に置いてあったスマホの着信音が鳴り響き、碧は震える膝でゆっくり歩みディスプレイを確認すると“なっちゃん”と映し出されていた。しばらく鳴り響いていたが取る気配がないとわかったのか音は切れ“不在着信”の文字へと変わっていた。
碧はスマホをベッドに放り投げ自分もそのままベッドに横たわった。嗚咽はだいぶ落ち着いたが涙がいつまでも止まってはくれず力なく思わず笑ってしまった。あの短時間の間に衝撃的な事が多すぎて頭に酸素が回らず虚ろになっていると枕の下にあったスマホからまた着信が鳴り響いた。夏樹からだと思い、出る気はなかったがディスプレイを見ると貴斗の名前が記されていた。
「タイミング良いのか悪いのか...」
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