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「まだ帰ってきてなかったのか」
碧は急いで帰って来たが玄関に見慣れたシューズはなく虹志はまだ家には帰って来てない様子だった。手土産で貰ったパウンドケーキを一旦冷蔵庫に仕舞い汗でどろどろになったメイクを落とすのに洗面所へ行き、洗い終わるとそのまま自分の部屋でウィッグを取り髪を纏めていたゴムを外した。汗で濡れたセミショートの髪をタオルで拭きながら先ほどの貴斗のやり取りを思い出していた。
(鍵返しに行っただけだったのにまさかあんな展開になるなんて)
部屋の鏡に映る姿を見ながら溜息をついた。
「かわいい...って、実際の私なんか見たらそんなこと思わないんだろうな」
化粧をして着飾った自分と黒髪のパッとしない今の自分に差がありすぎて碧は自嘲するような表情を浮かべベッドに横たわった。
「なんであの時、紅姉の名前言っちゃったんだろ...でも普段の私のままじゃきっとあんなイケメン仲良くなんてしてくれなかっただろうな」
姉の紅音は誰かも好かれ常に周りに人が集まるような人。顔もかわいく性格も良い自慢の姉、年が離れている分可愛がってくれ碧も大好きな存在。
姉のようになりたい、その気持ちはあったが持って生まれたものが違いすぎ早々に姉のようになれないと現実を突きつけられてからは自分にあった身の丈で生きようと思うようになっていった。
それでも普段の自分と違う姿になると姉のようになれるような気がして心が少しだけ軽くなった。大好きな夏樹にも堂々と話せる気がした、でも今回貴斗に対して本当の自分ではない自分を晒してしまい釈然としない思いが胸中に暗く拡がっていた。
――――――――――
夕方近くになり、ダイニングテーブルに夏樹の家へ行くとメモ紙を残し買い物バッグを持って自宅を出ると夏樹の家の前で同級生だろうか遠目から見ても可愛らしい女の子と夏樹が何か話をしていた。
「浅田君に聞いたんだけど今一人なんでしょ?お母さん居ないならみんなでご飯食べに行かない?佳代とかもいるし。そのあと4人でカラオケ行ったりしてさー、それともあたし何か作ろうか?これでも料理は得意なんだ」
「ありがとな、でも今日はちょっと...」
夏樹は困り顔で苦笑いしやんわり断る素振りを見せるが女の子は全く気にも留めずグイグイ迫っていた。
「なっちゃんっ!!お、お待たせっ!」
碧は近くまで行き少し声が上擦りながらも大きな声で夏樹を呼ぶと二人の視線が一気に碧に移り、夏樹からは安堵するような表情を向けられ一方女の子からは強い目力で凝視された。
「...この子は?」
「あー、近所に住んでる幼馴染の碧、小さい頃から一緒にいて家族ぐるみの付き合いなんだ」
「そうなんだ...碧ちゃんこんにちは、私は夏樹と同じクラスの安藤朋絵って言うの、よろしくね」
女の子の表情が先ほどと変わり天使のような笑みを碧に向けてきた。
「もしかして碧ちゃんと約束とか?」
「あぁ、碧と約束してて今日は無理なんだ、芳樹にはあとで連絡しとくから、わざわざ来てくれたのにごめんな」
「そっか、先約あるんじゃ仕方ないね。気にしないで、こっちも連絡せず押しかけちゃったんだし今度は連絡するね、碧ちゃんもまたね」
朋絵は落胆しながらも二人に笑顔を向け長いサラサラのナチュラルベージュの髪を靡かせ碧の横を通り過ぎた。
“邪魔なガキ”
通り過ぎる数秒の間に低い声で呟かれその一瞬目が合い朋絵から射抜くような冷たく鋭い視線を向けられた。碧は最初見た朋絵の表情を思い出し背筋が凍る感覚に襲われた。
「碧?」
呆然と立ち尽くす碧を心配そうに見つめる夏樹の声にハッとし慌てて何でもないことを伝えた。振り返るとすでに朋絵の姿はなく心弛びすると夏樹の方へと向き直し、何もなかったかのような表情で夏樹の胸元に買い物バッグをグイッと前へと突き出した。
「じゃあ、行こっか」
夏樹に言われ二人で他愛もない話をしながら近所のスーパーへと向かった。
☆☆☆
「結構買ったな、こんだけあれば暫くはなんとかなりそうだ」
買い物も終わり夏樹の家のキッチンに買い物をした食材を並べ早速調理に取り掛かった。
「ところでさー、何作るの?」
「えっとね、ハンバーグカレーにしようかなって」
夏樹は“ おぉー”と言う声をあげ碧は口元を緩めながら下ごしらえの準備を始めた。
「...そういやさ、紅姉って最近帰って来ないの?仕事忙しそう?昔はよくみんなで遊んでたけど紅姉が高校卒業して家出ちまった辺りからなかなか揃わなくなっちゃったな」
「そうだね、最近忙しいのかあんまり返信もくれないしあってもスタンプだけとか。元々マメなタイプじゃないから余計かもしれないけど」
碧はハンバーグを成形している隣でカレーの具材を炒める夏樹に聞かれ答えると「そっか」と呟き、碧が何気に視線を夏樹に向けると少し物悲しげな表情をしているのが見受けられた。
「なっちゃん?」
碧の声で我に返り慌てたように空笑いをしながら鍋の中の野菜を炒めだした。碧は夏樹の表情に胸の奥が締め付けられるような想いになり気を紛らわすため夕飯の準備を進めた。
☆☆☆
「ごちそうさま、うまかったよ.....まぁ、ハンバーグはちょっと香ばしくなっちゃったけどな」
「...ごめん」
これなら簡単に作れると思ったメニューが考え事をしながらとは言えまさか失敗するとは思いもよらず溜息をつきながら焦げたハンバーグを口に放り込んだ。
「苦っ…ってか、なっちゃん料理作れたんだね、野菜とか手際良くちゃんと切ってたし」
「いやいや野菜切るくらいは学校の調理実習やってるだろ、碧サボってたんじゃねーの?ちゃんと授業受けてたのか?」
夏樹にからかわれ碧が真っ赤な顔で抗議し夏樹の顔を見上げるとノスタルジックな表情を浮かべ何かを懐かしむかのように目を細めていた。
「...紅姉が高校ん時かな、彼氏に手作り弁当作りたいけど家族に知られるの恥ずかしいからって内緒で俺ん家の母さんに教わってたんだけど、何故か俺も巻き添えくらって手伝わされる羽目になっちゃって多分そん時に基礎的なのが身についたんだと思う、って言っても時間かかるものは面倒でしないから上達はしてないけどな」
当時を想い出したのか物思いにふけ優しそうな表情をしながらカレーを食べていた。
「...そっ、そっか、そんなことあったなんて知らなかったよ」
碧は空笑いを見せながら心臓が跳ね上がる感じに襲われ鼓動が徐々に早くなった...先ほどからの態度でわかってはいたが夏樹の紅音に対しての想いが自分が夏樹に対して想うものと同じだとまざまざと突きつけられた。胸がキリキリと痛みだし締め付けられるような気持ちが目許に現れ溢れないよう必死に堪えた。
「あっ、そう言えばお母さんがね、おばさんいない間はうちでご飯食べにおいでって言ってたよ。でもなっちゃんも付き合いあるだろうから無理しなくていいからね、さっきも友だち誘いに来てたし」
なるべく表情を見られないように下を向きながらカレーを急いで食べているとダイニングテーブルに置いてあった碧のスマホから着信音が鳴り出した。ディスプレイを見ると“虹志”と表示され碧は通話ボタンをタップした。
「どうし…『母ちゃんから電話あって遅いから二人でなんか作れって言われたんだけどお前いつ帰ってくんの?』
話し出す前にぶっきらぼうな声が受話口から聞こえ、今夏樹の家で夕食を食べていることを伝える直ぐに通話が切られ数十秒後には玄関のチャイムが鳴った。
碧と夏樹が顔を見合わせ呆れたようにぷっ、と互いに吹き出し夏樹は玄関のドアを開けに部屋を出た。
「わー、カレーだーいい匂い......ってもしかして碧作ったの?ちゃんと食えるの?ってイテっ」
虹志は訝しげな表情をしながらテーブルに着くや否や碧に頭を一発叩かれた。
「別にあんたのために作ったんじゃないんだから嫌だったら食べるなっ!!」
ギャーギャーと二人が言い争いになってるのを夏樹が間に入って止めると急に吹き出し笑い出した。そんな夏樹を二人は呆然と見つめると
「悪い、悪い、なんか懐かしくて。昔お前ら二人が喧嘩するたびに紅姉が両成敗って二人の頭に拳骨くらわしてたなって思い出して。俺あん時オロオロするだけで何もできなくて」
「あー、あったあった。アイツ手加減とかねーからマジで殴ってきたんだよな“愛の鉄拳ーっ!”とかぬかしながら」
男二人が思い出を懐かしそうに話し出したが今の碧には紅音のことを思い出すことは避けたく話に加わることができなかった。
「...虹志、私もう帰るし残り食べていいから、あと食べたらちゃんと片づけしていきなさいよ。なっちゃん片付けは全部虹志にやらせればいいから」
「えっ、折角だしもうちょっと居ればいいのに」
残念そうに見る夏樹に笑顔で首を横に振り“予定がある”と嘘を付きそそくさと夏樹の家を出た。
「あおいーーっ」
玄関を出て自宅へと歩き出すと外に出てきた夏樹が追いかけて来た。
「今日はありがとな、美味かったよ。手空いてたら勉強見るからいつでも連絡しろよ」
碧の頭に軽く手を乗せ目を細めながら優しげな笑顔を向けられた。碧は苦しさが胸に込み上げるのを必死に抑え夏樹にニカッと笑い返し頷いた。
――――――――――
夏樹とのやり取りから数日が経ちあの日以来会うのを避けるかのように午前中いつものように準備を整え図書館へと向かった。施設の中へ入るとすでに席は埋まり空いてる場所はなかった。
(いっぱいかー、準備に手間取って出るの遅くなっちゃったからなー阿部くんも今日は来てなさそうだ...って約束してるわけじゃないもんな...今日は大人しく帰ろ)
駐輪場へ向かい自転車のキーを差し込み動かそうとすると肩を叩かれ吃驚して振り向くと息を切らし額に薄ら汗をかいた貴斗が現れた。
「どうしたの?!」
「はぁ...はぁ、自転車乗って図書館向かおうと...はぁ、思ったら家の前でパンクしちゃって、直しに行くと時間かかるし丁度いい時間のバスもなかったから走ってきたら紅音ちゃん見えて…全速力したら息切れた...はー、これでも体力には自信あったのにもう年かな」
「いやいや私らまだ中学生だから」
思わずツッコミを入れながらくだらないやり取りに二人で顔を見合わせ笑い合った。碧は席がなかったから今日は大人しく帰ることを伝えると
「だったらまた僕ん家でやろうよ、キヨさんも会いたがってたし」
いきなりの提案に一瞬考え込んだが碧は二つ返事で了承した。
(一人でいるとなっちゃんのあの表情思い出しちゃうし阿部くんといると気も紛れるしお言葉に甘えさせてもらお)
☆☆☆
「おかえりなさいま、あらー、紅音さんまたお会いできて嬉しいわ」
「こんにちは。先日はおいしいケーキありがとうございました、あの日頂かせてもらって家族中絶賛でした」
貴斗の家の玄関先でキヨに出迎えられ先日の土産のお礼をし頭を下げた。キヨと楽しげに立ち話をしていると傍にいた貴斗に急かされそのまま部屋へと招かれた。前回と同じよう貴斗がある程度の参考書などを引っ張り出し二人で勉強しているとドアからノック音が聞こえ、貴斗が返事をするとキヨからおやつの差し入れが届いた。
「今日はパウンドケーキではないんですが、シュークリームを作ったので召し上がってください」
「ありがとうございます。キヨさんは何でも作れるんですね、私なんてこの前ハンバーグ作ったんですが焦げちゃって全然ダメでした」
情けない表情で乾いた笑顔を浮かべるとキヨは優しく微笑みながら碧に、
「最初はみんなそうよ、私だって何度も失敗してきたんだから。だから懲りずに頑張って」
キヨの励ましに少しだけ心が安らぎ碧は大きく頷いた。
「だから初めて会った時料理本いっぱい持ってたんだね、でも家族の人は喜んだんじゃない?」
「あー、家族じゃなくて近所に住んでる幼馴染の高校生なんだよね。今身内の看病しにお母さん実家に帰っててお父さんも単身赴任でいないから今一人になっちゃって、だからご飯でも作ってあげようかなーと思ったらこのざまで」
「...それって男の人?」
貴斗の質問に頷くと「へぇー...」貴斗は抑揚のない乾いた声で呟きノートにペンを走らせていた。
そんなことに気づかずキヨと料理の話で盛り上がりキヨが部屋から出て行くとあからさまに曇った表情の貴斗が碧の目に入った。
「どしたの?」
キヨが用意してくれたシュークリームを一口食べながら貴斗を覗き込んだ。貴斗の瞳に碧が映るとシュークリームを持っていない腕を貴斗は自分の方へと引き寄せた。
「!!!」
碧は一瞬何が起きたのか全く理解できなかった。気が付くと目の前に端正な貴斗の顔があり、自分の唇に貴斗の唇が触れていた。持っていたシュークリームが床に落ちカスタードクリームが床に流れ出てしまった。
碧は意識を戻すと同時に突き飛ばし貴斗は勢いで尻もちをついていた。
「えっ、あ、…よ、用事あったの思い出したから帰るね」
気が動転しながらも急いで出していたノートなどを手際よく片付け貴斗が声をかけるタイミングも与えない程の勢いで部屋から飛び出しそのままキヨに挨拶もせず玄関を飛び出し自転車を猛スピードで走らせた。
いくら自分に対して好意を持ってくれてたとはいえ何故貴斗が急にあのようなことをしたのか、碧は答えが見つからない疑問に頭を巡らせながら当てもなく自転車を走らせていた。
碧は急いで帰って来たが玄関に見慣れたシューズはなく虹志はまだ家には帰って来てない様子だった。手土産で貰ったパウンドケーキを一旦冷蔵庫に仕舞い汗でどろどろになったメイクを落とすのに洗面所へ行き、洗い終わるとそのまま自分の部屋でウィッグを取り髪を纏めていたゴムを外した。汗で濡れたセミショートの髪をタオルで拭きながら先ほどの貴斗のやり取りを思い出していた。
(鍵返しに行っただけだったのにまさかあんな展開になるなんて)
部屋の鏡に映る姿を見ながら溜息をついた。
「かわいい...って、実際の私なんか見たらそんなこと思わないんだろうな」
化粧をして着飾った自分と黒髪のパッとしない今の自分に差がありすぎて碧は自嘲するような表情を浮かべベッドに横たわった。
「なんであの時、紅姉の名前言っちゃったんだろ...でも普段の私のままじゃきっとあんなイケメン仲良くなんてしてくれなかっただろうな」
姉の紅音は誰かも好かれ常に周りに人が集まるような人。顔もかわいく性格も良い自慢の姉、年が離れている分可愛がってくれ碧も大好きな存在。
姉のようになりたい、その気持ちはあったが持って生まれたものが違いすぎ早々に姉のようになれないと現実を突きつけられてからは自分にあった身の丈で生きようと思うようになっていった。
それでも普段の自分と違う姿になると姉のようになれるような気がして心が少しだけ軽くなった。大好きな夏樹にも堂々と話せる気がした、でも今回貴斗に対して本当の自分ではない自分を晒してしまい釈然としない思いが胸中に暗く拡がっていた。
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夕方近くになり、ダイニングテーブルに夏樹の家へ行くとメモ紙を残し買い物バッグを持って自宅を出ると夏樹の家の前で同級生だろうか遠目から見ても可愛らしい女の子と夏樹が何か話をしていた。
「浅田君に聞いたんだけど今一人なんでしょ?お母さん居ないならみんなでご飯食べに行かない?佳代とかもいるし。そのあと4人でカラオケ行ったりしてさー、それともあたし何か作ろうか?これでも料理は得意なんだ」
「ありがとな、でも今日はちょっと...」
夏樹は困り顔で苦笑いしやんわり断る素振りを見せるが女の子は全く気にも留めずグイグイ迫っていた。
「なっちゃんっ!!お、お待たせっ!」
碧は近くまで行き少し声が上擦りながらも大きな声で夏樹を呼ぶと二人の視線が一気に碧に移り、夏樹からは安堵するような表情を向けられ一方女の子からは強い目力で凝視された。
「...この子は?」
「あー、近所に住んでる幼馴染の碧、小さい頃から一緒にいて家族ぐるみの付き合いなんだ」
「そうなんだ...碧ちゃんこんにちは、私は夏樹と同じクラスの安藤朋絵って言うの、よろしくね」
女の子の表情が先ほどと変わり天使のような笑みを碧に向けてきた。
「もしかして碧ちゃんと約束とか?」
「あぁ、碧と約束してて今日は無理なんだ、芳樹にはあとで連絡しとくから、わざわざ来てくれたのにごめんな」
「そっか、先約あるんじゃ仕方ないね。気にしないで、こっちも連絡せず押しかけちゃったんだし今度は連絡するね、碧ちゃんもまたね」
朋絵は落胆しながらも二人に笑顔を向け長いサラサラのナチュラルベージュの髪を靡かせ碧の横を通り過ぎた。
“邪魔なガキ”
通り過ぎる数秒の間に低い声で呟かれその一瞬目が合い朋絵から射抜くような冷たく鋭い視線を向けられた。碧は最初見た朋絵の表情を思い出し背筋が凍る感覚に襲われた。
「碧?」
呆然と立ち尽くす碧を心配そうに見つめる夏樹の声にハッとし慌てて何でもないことを伝えた。振り返るとすでに朋絵の姿はなく心弛びすると夏樹の方へと向き直し、何もなかったかのような表情で夏樹の胸元に買い物バッグをグイッと前へと突き出した。
「じゃあ、行こっか」
夏樹に言われ二人で他愛もない話をしながら近所のスーパーへと向かった。
☆☆☆
「結構買ったな、こんだけあれば暫くはなんとかなりそうだ」
買い物も終わり夏樹の家のキッチンに買い物をした食材を並べ早速調理に取り掛かった。
「ところでさー、何作るの?」
「えっとね、ハンバーグカレーにしようかなって」
夏樹は“ おぉー”と言う声をあげ碧は口元を緩めながら下ごしらえの準備を始めた。
「...そういやさ、紅姉って最近帰って来ないの?仕事忙しそう?昔はよくみんなで遊んでたけど紅姉が高校卒業して家出ちまった辺りからなかなか揃わなくなっちゃったな」
「そうだね、最近忙しいのかあんまり返信もくれないしあってもスタンプだけとか。元々マメなタイプじゃないから余計かもしれないけど」
碧はハンバーグを成形している隣でカレーの具材を炒める夏樹に聞かれ答えると「そっか」と呟き、碧が何気に視線を夏樹に向けると少し物悲しげな表情をしているのが見受けられた。
「なっちゃん?」
碧の声で我に返り慌てたように空笑いをしながら鍋の中の野菜を炒めだした。碧は夏樹の表情に胸の奥が締め付けられるような想いになり気を紛らわすため夕飯の準備を進めた。
☆☆☆
「ごちそうさま、うまかったよ.....まぁ、ハンバーグはちょっと香ばしくなっちゃったけどな」
「...ごめん」
これなら簡単に作れると思ったメニューが考え事をしながらとは言えまさか失敗するとは思いもよらず溜息をつきながら焦げたハンバーグを口に放り込んだ。
「苦っ…ってか、なっちゃん料理作れたんだね、野菜とか手際良くちゃんと切ってたし」
「いやいや野菜切るくらいは学校の調理実習やってるだろ、碧サボってたんじゃねーの?ちゃんと授業受けてたのか?」
夏樹にからかわれ碧が真っ赤な顔で抗議し夏樹の顔を見上げるとノスタルジックな表情を浮かべ何かを懐かしむかのように目を細めていた。
「...紅姉が高校ん時かな、彼氏に手作り弁当作りたいけど家族に知られるの恥ずかしいからって内緒で俺ん家の母さんに教わってたんだけど、何故か俺も巻き添えくらって手伝わされる羽目になっちゃって多分そん時に基礎的なのが身についたんだと思う、って言っても時間かかるものは面倒でしないから上達はしてないけどな」
当時を想い出したのか物思いにふけ優しそうな表情をしながらカレーを食べていた。
「...そっ、そっか、そんなことあったなんて知らなかったよ」
碧は空笑いを見せながら心臓が跳ね上がる感じに襲われ鼓動が徐々に早くなった...先ほどからの態度でわかってはいたが夏樹の紅音に対しての想いが自分が夏樹に対して想うものと同じだとまざまざと突きつけられた。胸がキリキリと痛みだし締め付けられるような気持ちが目許に現れ溢れないよう必死に堪えた。
「あっ、そう言えばお母さんがね、おばさんいない間はうちでご飯食べにおいでって言ってたよ。でもなっちゃんも付き合いあるだろうから無理しなくていいからね、さっきも友だち誘いに来てたし」
なるべく表情を見られないように下を向きながらカレーを急いで食べているとダイニングテーブルに置いてあった碧のスマホから着信音が鳴り出した。ディスプレイを見ると“虹志”と表示され碧は通話ボタンをタップした。
「どうし…『母ちゃんから電話あって遅いから二人でなんか作れって言われたんだけどお前いつ帰ってくんの?』
話し出す前にぶっきらぼうな声が受話口から聞こえ、今夏樹の家で夕食を食べていることを伝える直ぐに通話が切られ数十秒後には玄関のチャイムが鳴った。
碧と夏樹が顔を見合わせ呆れたようにぷっ、と互いに吹き出し夏樹は玄関のドアを開けに部屋を出た。
「わー、カレーだーいい匂い......ってもしかして碧作ったの?ちゃんと食えるの?ってイテっ」
虹志は訝しげな表情をしながらテーブルに着くや否や碧に頭を一発叩かれた。
「別にあんたのために作ったんじゃないんだから嫌だったら食べるなっ!!」
ギャーギャーと二人が言い争いになってるのを夏樹が間に入って止めると急に吹き出し笑い出した。そんな夏樹を二人は呆然と見つめると
「悪い、悪い、なんか懐かしくて。昔お前ら二人が喧嘩するたびに紅姉が両成敗って二人の頭に拳骨くらわしてたなって思い出して。俺あん時オロオロするだけで何もできなくて」
「あー、あったあった。アイツ手加減とかねーからマジで殴ってきたんだよな“愛の鉄拳ーっ!”とかぬかしながら」
男二人が思い出を懐かしそうに話し出したが今の碧には紅音のことを思い出すことは避けたく話に加わることができなかった。
「...虹志、私もう帰るし残り食べていいから、あと食べたらちゃんと片づけしていきなさいよ。なっちゃん片付けは全部虹志にやらせればいいから」
「えっ、折角だしもうちょっと居ればいいのに」
残念そうに見る夏樹に笑顔で首を横に振り“予定がある”と嘘を付きそそくさと夏樹の家を出た。
「あおいーーっ」
玄関を出て自宅へと歩き出すと外に出てきた夏樹が追いかけて来た。
「今日はありがとな、美味かったよ。手空いてたら勉強見るからいつでも連絡しろよ」
碧の頭に軽く手を乗せ目を細めながら優しげな笑顔を向けられた。碧は苦しさが胸に込み上げるのを必死に抑え夏樹にニカッと笑い返し頷いた。
――――――――――
夏樹とのやり取りから数日が経ちあの日以来会うのを避けるかのように午前中いつものように準備を整え図書館へと向かった。施設の中へ入るとすでに席は埋まり空いてる場所はなかった。
(いっぱいかー、準備に手間取って出るの遅くなっちゃったからなー阿部くんも今日は来てなさそうだ...って約束してるわけじゃないもんな...今日は大人しく帰ろ)
駐輪場へ向かい自転車のキーを差し込み動かそうとすると肩を叩かれ吃驚して振り向くと息を切らし額に薄ら汗をかいた貴斗が現れた。
「どうしたの?!」
「はぁ...はぁ、自転車乗って図書館向かおうと...はぁ、思ったら家の前でパンクしちゃって、直しに行くと時間かかるし丁度いい時間のバスもなかったから走ってきたら紅音ちゃん見えて…全速力したら息切れた...はー、これでも体力には自信あったのにもう年かな」
「いやいや私らまだ中学生だから」
思わずツッコミを入れながらくだらないやり取りに二人で顔を見合わせ笑い合った。碧は席がなかったから今日は大人しく帰ることを伝えると
「だったらまた僕ん家でやろうよ、キヨさんも会いたがってたし」
いきなりの提案に一瞬考え込んだが碧は二つ返事で了承した。
(一人でいるとなっちゃんのあの表情思い出しちゃうし阿部くんといると気も紛れるしお言葉に甘えさせてもらお)
☆☆☆
「おかえりなさいま、あらー、紅音さんまたお会いできて嬉しいわ」
「こんにちは。先日はおいしいケーキありがとうございました、あの日頂かせてもらって家族中絶賛でした」
貴斗の家の玄関先でキヨに出迎えられ先日の土産のお礼をし頭を下げた。キヨと楽しげに立ち話をしていると傍にいた貴斗に急かされそのまま部屋へと招かれた。前回と同じよう貴斗がある程度の参考書などを引っ張り出し二人で勉強しているとドアからノック音が聞こえ、貴斗が返事をするとキヨからおやつの差し入れが届いた。
「今日はパウンドケーキではないんですが、シュークリームを作ったので召し上がってください」
「ありがとうございます。キヨさんは何でも作れるんですね、私なんてこの前ハンバーグ作ったんですが焦げちゃって全然ダメでした」
情けない表情で乾いた笑顔を浮かべるとキヨは優しく微笑みながら碧に、
「最初はみんなそうよ、私だって何度も失敗してきたんだから。だから懲りずに頑張って」
キヨの励ましに少しだけ心が安らぎ碧は大きく頷いた。
「だから初めて会った時料理本いっぱい持ってたんだね、でも家族の人は喜んだんじゃない?」
「あー、家族じゃなくて近所に住んでる幼馴染の高校生なんだよね。今身内の看病しにお母さん実家に帰っててお父さんも単身赴任でいないから今一人になっちゃって、だからご飯でも作ってあげようかなーと思ったらこのざまで」
「...それって男の人?」
貴斗の質問に頷くと「へぇー...」貴斗は抑揚のない乾いた声で呟きノートにペンを走らせていた。
そんなことに気づかずキヨと料理の話で盛り上がりキヨが部屋から出て行くとあからさまに曇った表情の貴斗が碧の目に入った。
「どしたの?」
キヨが用意してくれたシュークリームを一口食べながら貴斗を覗き込んだ。貴斗の瞳に碧が映るとシュークリームを持っていない腕を貴斗は自分の方へと引き寄せた。
「!!!」
碧は一瞬何が起きたのか全く理解できなかった。気が付くと目の前に端正な貴斗の顔があり、自分の唇に貴斗の唇が触れていた。持っていたシュークリームが床に落ちカスタードクリームが床に流れ出てしまった。
碧は意識を戻すと同時に突き飛ばし貴斗は勢いで尻もちをついていた。
「えっ、あ、…よ、用事あったの思い出したから帰るね」
気が動転しながらも急いで出していたノートなどを手際よく片付け貴斗が声をかけるタイミングも与えない程の勢いで部屋から飛び出しそのままキヨに挨拶もせず玄関を飛び出し自転車を猛スピードで走らせた。
いくら自分に対して好意を持ってくれてたとはいえ何故貴斗が急にあのようなことをしたのか、碧は答えが見つからない疑問に頭を巡らせながら当てもなく自転車を走らせていた。
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