今日でお別れします

なかな悠桃

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「碧ーっおはよー」

「碧ーっ、お昼一緒に食べよー」

「碧ー.....」




あの日以来タガが外れたように貴斗は何かと碧の傍に纏わりつくようになりそのせいで貴斗に好意を持つ全学年の女子たちからの突き刺さるような視線に悩まされる日々に陥っていた。


(やっと落ち着いてたのに...)

貴斗からのちょっかいがなくなっていたことで最近は落ち着いた学校生活を送れていただけにと感嘆を洩らした。


『俺さ、好きなできたから遊ぶの止めるし連絡もしてこないでねー』

更に貴斗は今までのたちに宣言してしまったことでその直後の碧への行動から彼女たちから疑心の目が向けられるようになり今に至る。

そのため碧は休み時間になるたび彼女たちからそして貴斗から逃げるように階と場所を変えながらなるべく人気のないトイレへ引きこもり時間を潰すのが日課となってしまった。同学年だけならまだしも全学年の女子生徒が敵となると流石に隠れられる場所も限られ今は専らトイレだけが碧にとって居心地の良い場所となってしまった。

トイレ蓋の上に座りながら他クラスの友人たちからの心配するメッセージに返信をしていると次の授業のチャイムが鳴りそうな時間になったため急いでトイレから出た。出入口に向かうと丁度そこに数名の三年生の女子生徒たちが此方に気付き睨みつけるようにじっと見つめてきた。その中に以前図書室で貴斗に迫っていたミスコン優勝者の相馬の姿も見受けられた。


「あーじゃない?例の」

「ってかあんなモブ地味女にマジなわけないじゃん」

「ふふ、確かに。貴斗の暇潰しでしょ」

此方を蔑むように嗤う上級生の女子生徒たちの横を俯きながら通り抜けると一人の女子生徒の足が碧の前に飛び出しそれに引っかかった碧はバランスを崩して転ばされた。


「あらー、大丈夫?」

ニヤニヤと嗤う視線に耐えながら起き上がろうとした時、相馬が碧の前にしゃがみ込みニコッと笑顔を向けた。

「いくら貴斗が構ってくれるからっていい気になんじゃねーよ、それとも貴斗の弱みでも握って脅してんの?ってか自分の顏見たことある?身の程知れブス」

碧は肩を力いっぱい押された勢いで後ろに尻もちをついた。その様子を見ていた周りも薄ら笑いを浮かべ碧を見下すように見下ろし悔しさと苛立ちから瞳の中がじわっと熱くなった。


「何してるんですか?」

チャイムが鳴ると同時に一人の男子生徒の声で皆其方に視線を移した。抑揚のない声色で此方を見つめ先程転ばされた拍子に飛ばされ廊下に落ちたスマホを拾い碧の傍まで行きしゃがみ込んで手渡した。

「これ、桐野さんのでしょ?」

「あ、あり...がと」

「...ここ移動教室ある場所じゃないですよね?他学年の生徒が関係ない階に来ていい場所じゃないですよ、うちの校則知らないんですか?三年生なのに。それにこの状況ヤバくないですか?受験控えた三年生がこんなことしてるのバレたら色々響くと思いますけど」

先程同様抑揚のない口調で彼女たちに淡々と告げると、相馬は“チッ”と舌打ちをし皆逃げるようにその場から立ち去り碧たちだけとなった。


「大丈夫?何なら保健室に」

「大丈夫、大丈夫。ありがと」

男子生徒は碧を立ち上がらせると心配そうに見つめていた。

「まさかこんな状況で徳田くんと久々に話すなんてね」

恥ずかしさと複雑な心境で苦笑いを浮かべながら転んだ拍子についたスカートの埃を手ではたいた。

「...眼鏡、いつもと違うね」

「あ...あーうん、ちょっと調子悪くて別の掛けてるの」

伊達で影響はないとはいえあれから何度返してくれと懇願しても全く受け入れてもらえず仕方なく別のを代用しそれを掛けていた。

「徳田くんはどうして...ってあれリュック、ってことは早退?それとも遅刻?」

「早退の方、体調が優れなくて」

「そうだったんだ。御免ね、そうとは知らずこんなことに巻き込んじゃって」

碧は申し訳なさそうに頭を下げると「ううん、俺が勝手に首突っ込んだだけだから」頭を左右に小さく振り先程とは全く違う暖か味のある優しい声色が頭上に振ってきた。

“徳田君”こと徳田明希良とくだあきらは、碧と一年の時同じクラスだった生徒で後期の委員も一緒になったことで親しくなり碧にとって唯一気兼ねなく話せる男子生徒だった。見た目は貴斗よりも少し背が高くスラっとしてはいるが太い黒縁眼鏡を掛け目が隠れるくらいのもさっとした黒髪、声もボソボソと話すため当時同じクラスの女子生徒たちからは陰で某キャラクターの名前をもじって“暗良クララ”と呼ばれていたが本人は全く動じることなかった。今はクラスが別になってしまったが廊下で偶に合うと今でも挨拶する仲であった。


「それよりもう授業始まっちゃったけどいいの?」

「ほんとだ...んーまぁどうせ体育だったし私なんていなくても誰も気付かないよ...私も帰ろうかなー」

苦笑いを浮かべ自嘲すると明希良は碧の頭にポンっと手を置き笑みを浮かべた。実際、前髪と眼鏡であまり目元が見えないためよくはわからなかったが口元が薄く引き伸ばされ微笑んでいることに碧は気づいた。

「桐野さん、なんか色々あるみたいだけど大じょ「何してんの?」

明希良が言いかけた時それを遮るかのように冷たく抑揚のない声色が静かな廊下に響き、声の主に視線を向けると体操服のズボンポケットに手を入れ貴斗が笑みを浮かべながら二人に近付いて来た。一歩一歩近づくにつれ感情では言い表せない程の暗く冷酷な空気を纏う貴斗に碧は底知れない何かに息が詰まりそうになっていた。

「どしたの?今日の体育男女合同だったのにいなかったから探しに来たんだけど...」

貴斗は碧に触れようとした時、明希良はすぐさま碧の前へと入り貴斗と向かい合う形になった。

「...何?」

「桐野さん、体調悪いみたいで保健室へ連れて行くところだったんです。だからそこどいてほしいんだけど」

喜怒哀楽という表情を全て削ぎ落としたような冷たく無機質な貴斗の言動に怯むことなく明希良は言い放った。

「...だったら同じクラスの俺が連れてくよ、碧おいで」


貴斗は明希良を払い除け背後にいた碧の手首を掴みそのまま明希良から遠ざけるように引っ張り廊下を進んでいった。


「ちょっと!痛いっ!とっ、徳田くん、あ、ありがとね...ってもう放してよ」

碧は引っ張られながら立ち尽くす明希良に礼を告げると貴斗は軽く舌打ちをし更に早足で進み碧は足が縺れそうになりながら引きずられるよう歩かされた。


「どこ行くの?!保健室こっちじゃないし」

碧が話しかけても此方に顔を向けることなく無言のまま階段を上って行く。最上階まで行くとポケットから屋上の施錠された扉の鍵を出し開錠した。

「鍵返してなかったの?」

碧は怪訝な顔つきで貴斗に問うと「この前借りたスペアのスペアを作った、碧と学校でもイチャイチャできるように」扉を開け悪びれもせずそう言い放ち碧は一気に疲れが出たかのように溜息をついた。

屋上に出ると天気は良かったが少し肌寒いような気がし身震いするとそんな碧に気付いた貴斗は自分が着用していた体操服のジャージを脱ぎ碧の身体に羽織らせた。

「ちょっ、別にいいよ、これ脱いだら半袖なんだから」

碧は貴斗のジャージを返そうとすると「じゃあ、こうして」そのまま碧を自分の胸元に引き寄せ抱き締めた。

「こうしてたら結構あったかい、碧カイロみたい」

(この香水...昔付けてたやつだ)

貴斗の香水がほんのり鼻孔を擽り懐かしさが込み上げてきた。これ以上貴斗に関わっては駄目だと脳が指令を出す一方で心の中では昔のように...と揺らぐ想いにどうしていいのか碧自身わからなくなってしまっていた。


「それよりさ、さっきのやつ何?」

今の今まで喋っていた雰囲気と打って変わり殺伐とした空気に碧は戦慄き貴斗から少し距離を取ろうとしたが時すでに遅く逃れられるような状況ではなくなっていた。

「...徳田君は一年の時いっしょ、「んっ!」

言いかけた話しを遮り強引に唇を押し付けるように重ね咥内に貴斗の舌が這入り込んできた。ぬるりとした生温かい舌が碧の舌を逃がさぬよう絡み合わせ咥内を蹂躙していった。碧は苦しさから貴斗の胸を押すようにドンドンと叩くが全くビクともせず更に激しさが増し互いの口許から唾液が溢れ流れ出た。

貴斗の唇が離れると碧のシャツの釦を上から一つずつ外し首筋に唇を這わせちゅっ、ちゅっとリップ音を鳴らしながら口付けていく。

「っん、あっ...やめ...痛っ」

貴斗は碧の願いを聞き入れることなく思いっきり首筋に吸い付いた。ちりっとした刺激に碧はゾクッと身震いする感覚に襲われ身体が熱くなっていく。力が抜け抵抗の力が緩む碧に貴斗は言葉を発することなく何度も首筋に唇や舌を這わせ鎖骨辺りにも何か所か痛みを与えていった。

頬を紅潮させ瞳から生理的な涙が目尻から流れる碧を恍惚な表情で見つめる貴斗は碧を壁に押し付け壊れたおもちゃのように碧の唇を再度激しく犯していった。舌を絡ませながら貴斗は自身の片手を碧の胸元に触れるとその瞬間碧はびくっと身体を硬直させカタカタと小刻みに震えだした。そんな碧に気付き理性を取り戻した貴斗は胸元から手を放しぎゅっと抱き締めた。


「はー...ごめん、暴走した。怖がらせるつもりはなかったんだけど碧の口から男の名前出た途端頭に血が上って歯止め効かなかった...ほんとごめんなさい」

碧の肩越しに貴斗は自身の額を押し付け溜息をついた。碧の方は未だ心臓が飛び出してしまうのではないかという程激しく波打ち膝がガクガクと震えそれどころではなかった。
その状況に貴斗はゆっくりと碧を地面に座らせ落ち着かせようと赤ん坊にするように背中をとんとんと軽く叩いた。

「俺さ、どんなことあってももう離れたくない...だからもう俺に堕ちてよ」

小さく掠れた声色で囁く貴斗に碧は何も応えることが出来ず只々貴斗の身体に凭れかかるように身を任せていた。


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