今日でお別れします

なかな悠桃

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「碧ーっ、早くご飯食べないと遅刻するわよーっ!」

「わかってるー今下りるーっ」

下の階から母の声が上の階まで響き渡り、碧は開いていた自室のドアから顔を出し大声で返事をすると隣の部屋から丁度出てきた虹志に睨まれながら舌打ちされそのまま階段を下りて行った。

(何なのよ!あいつ!)

苛立ちながらも準備途中だったため部屋に戻り全身鏡の前で制服のシャツの釦を止めていると鏡越しから昨日付けられた鬱血痕が映りその場所を指先でそっと触れた。

あの後何とか正気を取り戻し貴斗を力いっぱい突き飛ばし逃げるように教室に戻り、体育で誰もいない教室から自分の鞄を持って誰にも見つからないように早退した。その間何度も貴斗から連絡やメッセージが入ったが無視続け今に至る。

“俺さ、どんなことあってももう離れたくない...だからもう俺に堕ちてよ”

あの言葉が頭から離れず碧は複雑な表情になっている自分を見つめ苦笑いを浮かべた。

(誤解からとはいえ、あの時拗れた関係を『はい、わかりました』と今更元に戻せるほど私は器用じゃない...それに自分でもあの時の気持ちが今もあるかもわからないのに)

誤解は解けたが、あの日15歳の自分が失くした感情を引き戻してまで貴斗と元に戻ることが正しいのかわからない。貴斗に触れられればあの頃の感情が想い起こされるが、今の17才の貴斗に対して同じ感情で見ているかはわからなかった。同じように夏樹ともそうだ、あの時会ってちゃんと話すまで気まずさはあったが正直高校で偶然見かけたときのように自分が抱え込んでいた程の苦しさはなく好意そのものはとっくに消え失せていたようにも感じた。やはり冷静に考えれば考える程、碧にとってはもう“過ぎた過去”でしかないのかもしれないと思う自分もいた。

(あーっ!ウジウジしてても仕方ないっ!とにかく今はそういう気持ちにはなれないから付き合うのは無理って納得してもらわなきゃ!貴...阿部君にだって失礼だもんね)

碧は気合を入れるため自身の両頬を両手で力一杯挟むように叩いた。



☆☆☆
「もういつまでたっても来ないんだから、虹志なんてとっくに出たわよっ」

碧は母から不機嫌な様子で小言を言われる中、テーブルに並べられた朝食を急いで口の中に詰めていると玄関のチャイムが鳴り母は急いで玄関のドアへと向かった。

(こんな朝早くに誰かな、近所の人?)

そう思いながら部屋の掛け時計を見るといつも自宅を出る時間が迫っていたため急いで食器をシンクに片付け歯磨きをするため洗面所へと向かった。

「碧ーっ!お友だちが迎えに来てるから早くしなさいっ」

「おひょもだち?」

玄関から母の声が聞こえその言葉に理解できず歯磨きしながら玄関先へと視線を向けその瞬間歯ブラシを持っていた手が止まってしまった。

「な、にゃんへ、ふぁなたゃが?!」

歯磨き粉一杯の口でちゃんとした言葉が喋れないでいると「みっともない!早く準備しなさいっ!!」母のきつい口調に慌てるように碧は歯磨きを済ませ部屋から鞄を取りに急いで玄関へ向かった。

「ごめんなさいね、来てもらってるのに。そうそうこの前もわざわざノート持ってきてくれてごめんなさいね」

「いえ、僕が勝手にしたことなんで気にしないでください、それに今日も約束したわけじゃないんですが昨日少し具合悪そうだったんで心配で...その様子見にがてらだったんで急にすみません」

「あらー、そうだったの?あの子昨日一言も言わなかったから、そんな謝らなくていいのよ、心配してくれてありがとうね...ってえっとー」

「阿部貴斗です」

そうだそうだというような手ぶりで母と貴斗は楽し気に談笑していた。
準備をし終えた碧が玄関へ着くと何やら言いたげにニヤつく母にイラっとしつつ貴斗には何事もなかったかのように「おはよう」と爽やかな笑顔で挨拶され行く前から既にHPがゴッソリ削られていくのが目に見えるようにわかった。

「...いってきます」

力なく母に告げドアを開け外へ出るとその後ろにいた貴斗も母ににっこりと微笑み会釈すると碧の後に続くように外へと出た。


「おーい碧さーん、聞こえてるー?」

早足で歩く碧を後ろから貴斗の呑気に何度も呼ぶ声に苛立ち、碧は一度立ち止まりゆっくり歩む貴斗の傍まで戻った。

「何で家まで来るの!こういうの困りますっ」

強い口調で貴斗に詰め寄るが本人は何食わぬ顔で碧を見つめブスっとした表情を向けた。

「だって連絡しても拒否るし、俺のせいってのはわかってるけど無視されるのはやっぱツライ...思い出す」

碧はその言葉にドクッと心音が大きく胸を叩いた。
しおらしげな態度で落ち込んでいるのか仄かに暗い表情の貴斗だが傍から見ればイケメンが憂いを帯びた表情で婀娜めく姿に年齢問わずすれ違う女性たちは彼に視線を向けうっとりした表情で見つめていた。その逆に毎度の事ながら“何故あんた?!”という心の声が強烈に聞こえるのが手に取るようにわかり居心地悪い感情が碧を覆った。


「もういい加減にして!貴方が好きになったのは外見も含めあの時の私。でも今は違う、外見も中身も違うの...お願いだから私にもう構わないで」

「一緒だよ、あの時も今も。外見は違っても中身は全く変わってない、それに香りも」

貴斗は碧の腰を引き寄せ、耳許に口唇をあて軽く息をかけるとゾクゾクっとした震えが身体中に電流が走り心臓が痺れるような感覚に襲われた。

「も、もうそういうのほんと止めて」

手で押しのけようにも身体が密着しているため思うように動けずジタバタしていると貴斗の身体がパッと放れ碧を見ながらニコニコと笑顔を向けていた。

「碧はさ、俺のこともう好きじゃないって言ってるけどそれって思い込ませてるだけだよね、だからもう手段は択ばない...もいるし」

「えっ?」

最後の言葉は声が小さく聞こえなかったが、先ほどの決意が押し負けそうになる自分に嫌気がさしながら碧は言葉を選びながら貴斗に何度も自身の考えを訴えるが全く聞き耳を持ってくれず堂々巡りになっていた。

「そんなことよりさ、そろそろホーム行かないと電車来ちゃわない?」

碧は腕時計を見ると確かに危うい時間になっていたため急いで駅へ向かおうとすると貴斗が碧の手を握り引っ張るように走り出した。

「ほら、碧の足に合わせてたら乗り遅れるだろ」

走りながら碧は掌から伝わる貴斗の体温に無意識に安堵し心地良ささえ感じる自分と拒否したい自分に挟まれ複雑な心境になっていた。

駅近くに着くと貴斗は繋いでいた手をパッと離し、振り返り碧に視線を移した。

「この時間だと同じ学校の奴らいるかもしれないからここで別行動しよっか、まぁ俺的には碧と手繋いだまま教室まで行きたいところだけどそういうわけにはいかないんだろ?」

目を細め少し悲しそうな瞳の奥が感じ取られたが碧は少し躊躇いながらも小さく頷いた。
「だよな」少し取り繕うような笑顔を見せ名残惜しそうに碧の前から離れ振り向くことなく貴斗はホームへと向かいその背中を碧はただ見つめるしかできなかった。



☆☆☆
「貴斗ーっ!なんでいつもの時間の電車じゃなかったの?待ってても来ないし何度も電話したのに出ないし...亜梨咲心配したんだよー!」

「でも俺ら別に待ち合わせとかしてるわけじゃないだろ、今までだって一緒に行ってるつもりもなかったけど?」

「そ、そうだけど...」

貴斗が教室に自席に着くや否や不機嫌な亜梨咲が大きな声で貴斗に詰め寄るが、普段と違い冷めたような口調に口籠っているとそのしばらく後に入って来た碧を睨むように視線を向けた。

「たーかと、朝から痴話喧嘩かよー」

「そんなんじゃねーよ」

「松本もそんなプリプリしてたら貴斗に嫌われるぞー」

貴斗の友人たちが揶揄うように笑いながら彼の席の周りにやって来た。亜梨咲は貴斗の友人たちを睨みつけ「煩いっ!!」そう言い放ち自分の席へと戻り数名の女子たちに慰めてもらっていた。碧はなるべく見て見ぬふりを貫き鞄から教科書などを出していると中に入れてあったスマホから振動音が鳴りディスプレイにメッセージ画面が表示された。

“碧ーっ!ヘルプーっ!今すぐ電話頂戴ー!!”

珍しく紅音からの連絡が切羽詰まったメッセージに何事かと急いでかけ直すため一旦人気のない廊下まで行き紅音にかけるとすぐさま通話になり『碧ーっ!ごめんねー今学校だよねー...駄目なの承知で今から早退してきてーお願いっ!』と此方が言葉を発する前に必死な声色で話してきた。

「はっ?何よそれ、そんなのできるわけないでしょ」

『そうだよね...うん、ごめんね...でも困ったなー...はぁー、うーん...』

歯切れ悪い声がボソボソと受話器越しに聞こえ碧は深い溜息をしもう一度紅音に話しかけた。

「なんかよくわかんないけど...困ってるなら行くよ」

『えっ!ほんと?!』

数秒までの態度と打って変わり途端に声のワントーン上がったのがはっきりととわかった。

「でももしお母さんにバレたら『大丈夫大丈夫、そこは全責任私が持つし。とりあえず、碧は今すぐ教室に戻ってくれれば事は運んでるから、じゃあ、今地図送るから』

紅音はそう言うと碧が返事をする前にはもう通話が切られ呆気に取られていた。タイミングよく予鈴のチャイムが鳴り碧は言われた通り一先ず教室へと戻ることにした。席に着き先生が入って来ると「桐野」と呼ばれ貴斗を含め周りのクラスメイトたちが一斉に碧に視線を向けてきた。

「今、おうちの方から私用のため早退させてくれって連絡が入ったから来たばかりだが気を付けて帰りなさい」

「あ、はい」

碧は先ほどの紅音の会話から姉の仕業とわかりとりあえず先ほど出した荷物をまた鞄に戻し足早に教室を後にした。

校門を出てスマホの画面を見ると紅音からメッセージが届けられているのを確認し中を開く。そこには目的地であろう住所と地図、交通手段が添付されていた。

“電車代はあとで払うしタクシー代は着いたら私に連絡して、そのまま待ってもらえればこっち支払うから。無理言ってごめんね(TT)気を付けて向かってきてね”

(何これ?!都内のスタジオ?!)

住所と一緒に書かれた場所には“〇〇スタジオ”と記載せれており何故自分がここへ呼ばれたのか理由が全く浮かばず悶々としながら言われた通り数時間かけて言われた場所へと向かうことした。



☆☆☆
「今、支払いしてもらう人呼ぶんで待っててもらえますか?」

タクシーの運転手にそう告げ車内で紅音に電話をかけようとした時すでに外で待機していたようで紅音はタクシーのドアをノックし開けてもらった。
無事タクシー代を払ってもらい降りるや否や腕を掴まれ足早にスタジオ内に連れて行かれた。

「ちょ、ちょっと!紅姉ってばー、何なの?!理由聞かされてないんだけどー」

「そうだよねー、理由は今やりながら話すから」

そう言うとそのままメイクルームへ連れていかれるとスタイリストと思わしき女性に手際よく服を着せられ、そのまま椅子に座らされる。わけが分からないまま首回りに汚れ防止のタオルをを前にかけられ、眼鏡を外され前髪をピンで上げられる。碧は意味が分からずもう一度紅音に問い質すとメイクの準備をする紅音がやっと話し出した。

「碧には今からモデルになってもらいます」

「.................はあ?!」

あまりの突拍子もない言葉に付いていけず口を開けたまま碧は固まってしまった。
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