今日でお別れします

なかな悠桃

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煌びやかな大広間の会場からは仲睦まじいカップルの姿が多く来場し幸せそうな空気が会場内を満たしていた。披露宴さながらの様相で、各テーブルにはたくさんのピンクと白の薔薇が装飾され華やかな演出がなされていた。

そんな裏では端の方で他の出演者の邪魔にならないよう掌に何度も“人の字”を書き呑み込む碧の姿が見受けられた。

「大丈夫?」

「ひっ!・・・徳・・・nariくんか。って、めちゃめちゃ似合ってる!、さすがプロ!なんか大人っぽいし」

シルバーのタキシードに紺色の蝶ネクタイ、ネイビーの拝絹を合わせ、ヘアスタイルも無造作にアップさせた前髪が大人びた雰囲気を醸し出していた。

「ありがと。桐野さんもすごく似合ってて可愛いよ」

徳田にお世辞とはわかっていても言われたことは嬉しく思い、碧は頬を赤らめた。

「今日は気軽な気持ちで楽しんでいったらいいよ。俺も桐野さんがいてくれるからかなりリラックスして参加できるし」

「うーーん、そうできればいいんだけど,,,何度も練習はしたけどこんな高いヒール履いて歩いたことないから緊張でコケないかほんと心配」

碧は深い溜息を吐くと徳田は小さく微笑み、彼女の左手を取りウエディンググローブ越しに軽く唇を触れさせた。

「大丈夫だから自信もって。ごめん、俺出番だからもう行くね。またあとで」

(いやいや、あの姿の徳田くんにあんなことされたら余計緊張するよ!)

熱くなった顔を手で小さく扇ぎながら深呼吸し気持ちを落ち着かせていた。その一部始終を遠くから眇めながら腕を組み見つめる芽久の視線には全く碧は気づくことはなかった。



☆☆☆
「碧さん、いよいよ出番だけど大丈夫だから。楽しんで行って来て」

梶下からの力づける言葉を正直、鵜呑みはできる状態ではなかったが、碧は腹を括り自身の両頬を思いっきり叩いた。

両扉が開けられ碧は、唇を少し引き締め笑顔で会場に足を一歩踏み出した。何度も練習したように姿勢を伸ばし大股にならないよう淑やかに歩いた。テーブルからは目をキラキラ輝かせ自分を見つめる女性たちの表情に嬉しく思わず口元を緩めた。

ただ次の瞬間、歩みを止めあるテーブルに視線が釘付けになってしまった。


(な、な、なんでいるの?!)

そこには無理やり連れて来られたであろう、かなり不機嫌そうな表情の虹志と嬉しそうにスマホでパシパシ撮る浮かれた母の姿が飛び込んできた。

虹志の“早く歩けっ”と言わんばかりの身振りに我に返り、言われていた道順に歩き再び出てきた扉に戻った。

「良かったよー、お疲れ様。あとはnariとのだけだからしばらくはゆっくり休んでていいよ」

「あ、あのっ!会場に母と弟が来てて...私、家族には言ってなかったんですが」

緊張よりも二人がいたことの驚きが強く、思わず前のめりで梶下に詰め寄った。

「え?そうなの?!私、何も聞かされてないけど・・・」

嘘をついているようには見えないが、何か知っていることがあるかもと思うも彼女は忙しそうに動き回っているため邪魔するのも申し訳なく聞くことは出来なかった。碧は、一先ず次の衣装の準備をするためメイクルームへと向かった。

とりあえず、次の準備が終わり着崩れしないよう大人しく椅子に座っていると丁度出番を終えた芽久が碧の姿を見つけ近づいてきた。

「お疲れさまー。初ステージはどうだった?さっき見たけどすごく堂々としてて吃驚しちゃった」

「お、お疲れ様です、そんなもういっぱいいっぱいで」

芽久はどっと疲れた表情になっている碧に微笑み肩に手を置いた。

「お世辞なく本当に良かったよ。次は...nariくんとよね?さっき二人が仲良さそうなところ見たんだけどもしかして付き合ってる?」

「ち、違います、彼とは姉の関係でこの前初めて知り合っただけで...年も同じなので、そう見えただけじゃないですかね」

「...ふーん、そうなんだ」

以前、彼女のあまりよくない話を聞いていた手前、詳しく説明するのは好ましくないと思い、碧は言葉を濁しながら芽久に説明した。

「彼って、ミステリアスっていうかあまり自分を出さないし、私生活も見えないじゃない?しかも年下なのに大人びてて。昔から私そういうタイプに惹かれちゃって...碧ちゃんはどう?」

「わ、私はお付き合いしている人がいるので、nariくんのことをそういう目では見てないです」

その言葉に芽久は驚いた表情を見せ、次の瞬間ぱあっと明るい表情を碧に向けてきた。

「えっ!そうなんだ...ところで、碧ちゃんの彼氏ってどんな人?」

興味津々と言った素振りで詰め寄られているとちょうど芽久を呼ぶスタッフが彼女を連れに来たため話はそこで中断した。

「ざーんねん、またあとで話せそうなら碧ちゃんの彼氏のこと教えてね♡」

人懐っこい笑顔の表情でスタッフに連れられ違う控室へと向かって行った。


「はぁー...なんか更にドッと疲れた」

「大丈夫?」

椅子の背凭れに背中を委ねていると先ほどと衣装が変わり、キャメルホワイトの上衣にシャンパンゴールドのベストを着こなした徳田が碧の元へとやって来た。

「話しかけたかったんだけど...芽久さんいたから、何となく行きづらくて」

申し訳なさそうに話す徳田に碧は首を横に振り気にしないよう伝えた。

「さっきとまた違う雰囲気の衣装なんだね、これも似合ってる。私なんかがこんな可愛らしいドレス着ても七五三みたいだよね」

自嘲しながら恥ずかしそうに話す碧に徳田はふっ、と微笑みながら彼女の右手を取った。

「大丈夫だよ。すごく似合ってる、綺麗だ...って、きっと彼がいたらそう言うんじゃないかな?」

「えっ?」

「nari、碧さん、そろそろ出番だからスタンバって」

梶下に促され二人は会場の外扉の前に立った。碧は小さな可愛らしく纏まられたブーケを持ち、徳田の腕に自分の腕を回し組んだ。

扉が開き、二人は中へと一歩踏み入れる。入って来た扉が閉められた瞬間、会場は闇に包まれ辺りは全く見えなくなってしまった。

(えっ?こんな演出じゃなかったはずだけど・・・)
「と、徳田くん...これってどうなって」

客席からもざわつく声に紛れるように碧は隣に立つ徳田に声をかけ...ようとするも気づけば彼と繋がれているはずの腕の存在が消えていた。

(あれ?!腕組んでたよね?!)

プチパニックを起こしながら暗闇の中、無意味とわかっていながら碧は辺りを見渡しているとふいに右手首を掴まれ引き寄せられた。その瞬間、淡い色合いの照明がつき、此方にスポットライトが当てられ一斉に客席の視線が向けられた。

「ほら、みんな見てるのに花嫁がそんな引き攣った顔しちゃダメだろ」

甘く囁くような声色に碧が目を見開き、思わず声の主へゆっくりと視線を向ける。

上品なブラックのショートフロックコートに中はネイビーの美しいシルクのベストを着衣。前髪を後ろに軽く流したヘアスタイルの貴斗が碧の驚いた表情にしたり顔で此方を見つめていた。

「な、なんで...え?ちょ、頭がつい「その話はあとで、今はちゃんとこなさなきゃ♡」

キャンドルライトを持った貴斗は左腕をくの字に曲げ腕を回すよう示唆した。碧は納得いかない表情で自身の腕を貴斗の腕に絡め段取り通り貴斗と共に客席のテーブルにあるキャンドルに火を灯してゆく。

母たちのテーブルへ向かうと「今日は招待してくれてありがと」母は貴斗に小声で礼を言い、一先ず母たちが誰に呼ばれたかは解決した。

(いやいや、そもそもなんで貴斗がここにいるの?!徳田くんは知ってたの?!あーっ、もうわけわかんないーっ)

「碧、綺麗だよ」

耳元で貴斗に囁かれ顔が一気に熱くなったのが自分でもわかった。頭を掻きむしりたい思いを我慢し引き攣る笑顔の碧とは対照的に、隣で嬉しさで綻ぶ笑顔が絶えないでいる大人びたイケメン新郎。

裏手から二人を覗く徳田は、口元を手で押さえ笑い声を出さないよう堪えていた。

「桐野さん、黙っててごめんね」
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