交わることのない二人

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匂いと夏の始まり

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 「……何ニヤニヤしてるんですか?」



 店内に入った僕たちは、二人席に案内され、向かい合って座っては、先からずっと晴臣さんが僕の事を見てニヤニヤと笑みを浮かべているのだ。

 まぁ、こんなにニヤニヤしている理由は分かっているのだけれど……。



 「わざわざ予約までしててくれてんな」



 そう。

 ここのチョコレート専門店は、完全に予約制で、僕はこの日のために予約をしたのだ。

 その事を入る時の「予約していた白井です」と言う言葉でバレてしまってからは、ずっと晴臣さんはニヤニヤと笑みを浮かべているのだ。


 僕は視線を逸らすと「……予約制だったんで、仕方なくですよ」と言う。

 そんな僕に「それでもわざわざ俺を連れて来るために、予約してくれたんやろ? 別に予約制じゃない店もあんのに」と返して来る。



 「そう、ですけど……やめてください。ニヤニヤするの」

 「えー、してへんで?」

 「その顔がニヤついてないって言うなら、どの顔がニヤついてるって言うんですか」



 僕はそう言って、水を一口飲む。

 やけに、晴臣さんが嬉しそうにするから、何だかずっと恥ずかしくて喉が渇いてしまう。


 それからしばらくし、やって来たスイーツたちを見ては、晴臣さんは「美味そう……!」と凄く喜んでいる。

 ティースタンドに沢山のチョコスイーツが乗った物と、ここのお店一番人気のチョコレートケーキを頼んだ。


 ティースタンドは想像以上に大きく、少し気恥ずかしくなるも、喜ぶ晴臣さんを見て、どうでも良くなった。

 予約の電話は面倒だったし、やはりお客さんは女性が多く、男二人なんて僕らくらいだけど、晴臣さんが喜んでくれるなら来てよかったと思ったのだ。



 「待って、あやめん。これめっちゃ美味いで……!」



 しばらく食べ進めていると、晴臣さんは突如、凄く真剣な表情を浮かべながら僕にそう言って来る。

 チョコケーキを食べ終えた晴臣さんは、再びメニューを見ては生チョコケーキというものを頼もうか迷っていたので、僕はすかさず「好きなものを頼んでください。今日は僕の奢りなので。」と言うと、晴臣さんは「あやめんかっこい~! よっ! 男の中の男!」などと言い、生チョコケーキを頼んだ。


 そして、届き先ほど一口目を食べたのだが、どうやらとてもお口にあったようで、美味しすぎて眉を顰めケーキを見ている。

 顔、怖。なんて考えていると「あやめんも食べてみ」と、フォークでケーキを一口サイズに切ると「はい」と僕に向けて来る。



 「え゛」



 僕は思わず変な声が出てしまう。

 そんな僕に晴臣さんは「ほら口開けて。」と急かして来るので、僕は「じ、自分で食べられます……!」と言う。


 この人は一体、何を考えているのか。

 拒否る僕に晴臣さんは「そんな照れんでも~」と笑みを浮かべる。


 完全にからかっているな。

 晴臣さんは「ほらほら、口開けてー」と楽しそうに言って来る。

 
 僕が照れるって分かっていながらこう言う事をして来るんだ。

 腹が立つ。


 いつも、晴臣さんに振り回されるのに腹を立てたのか、いつも余裕のある晴臣さんを逆にからかってやりたくなったのか、定かではない。

 けれど、その時の僕は確かにどうかしていた。


 いつもだったら、からかわれても絶対に食べさせてなんか貰わないのに、僕は気づくとフォークを持つ晴臣さんの手を掴んでは、自らフォークに刺さったケーキを食べたからだ。

 そんな僕を驚いた表情を浮かべ、見つめる晴臣さんを見て、僕は自分が今何をやったのかを自覚し、一気に身体中が熱くなる。



 何、やってるんだ……僕は……。

 自分でも分からない。けれど体勝手に動いていたのだ。


 しばらく驚いていた晴臣さんは「何や食べたかったんやん」と笑うと、僕に「どう美味しいやろ?」と普通に聞いて来る。

 何でこんなにこの人は普通なんだ? と思うもまぁ、元はと言えば晴臣さんからやって来たのだから、普通で当たり前かと思う。


 そして、恥ずかしすぎてケーキの味なんてわからない。

 僕は「……味、分かりませんでした」と口元を抑え、晴臣さんから顔を逸らし言ったので「分からんかったん?」といつものようにおどけて言う晴臣さんの耳が、赤くなっていたことに気づかなかった。



 「――ちょっと、お花摘み行って来るわ」



 晴臣さんはそう言って立ち上がるので、僕は「乙女ですか……行ってらっしゃい」と伝える。

 そして一人になると、僕は先ほどの事を思い出しては、一人恥ずかしさのあまり、頭を抱える。


 ほんっとに、どうにかしてた。

 あんな事、それも人前でするなんて、きっと後にも先にも今日だけだ。

 普段、ああいった事をする人間じゃないのに……!


 穴があったら入りたいとはこの事だ。

 僕は一つ息を吐くと、晴臣さんにドン引かれなかっただけましか、と思う。

 いや、そもそも晴臣さんが仕向けて来たんだ。

 ドン引く権利はないのだ。



 僕がそう考えていると、晴臣さんがこちらに戻って来るのが見えた。

 そんな晴臣さんとすれ違った二組の女性客が、振り返っては、何やらはしゃいでいる。


 そんな女性たちを見て、あぁ、晴臣さんモテるって言ってたしな……本当だったんだ。と遠い目をする。

 まぁ、確かに。

 背は高いし、確か187って言ってたっけ。

 顔も、まぁ。かっこいい方だとは思う。クマがあり少しタレ目なのに目つきは悪い方だが、端正な顔立ちをしていると思う。


 改めて晴臣さんはかっこいいのだと認識した僕。

 だからと言って、何なのだと言う話だが。



 席に戻って来た晴臣さんは「ずっと熱烈な視線向けて来てどうしたん?」と問いかけて来るも、僕は「いえ。でかいなって思ってただけです」と言うと、晴臣さんは「あやめんは何センチなん? 身長」と聞いてくる。



 「172です」

 「ふーん。俺とあやめん15センチ差か」



 どこか含みのある言い方に、僕は「小さいって思ったんでしょ?」と晴臣さんを睨みつけると、晴臣さんは「いや?」と言うと「って思っただけ」と頬杖をつき、笑みを浮かべる。

 丁度いい? 何が? ……やっぱり小さいって思っているんじゃ。


 そう思い、晴臣さんを見るも「ん?」と笑みを浮かべており僕は「言っときますけど、僕は平均身長ですからね。」と言う。

 そんな僕に晴臣さんは「知ってるけど?」と返す。


 あれ……? 何か変な感じ?

 僕はそんな事を考えながら「こんな話をしている場合じゃなかった。会計して来るので、晴臣さんは先出ていてください」と立ち上がると、僕はレジへと向かう。



 「――お客様のお代はすでに頂いております」



 会計をしにレジへと行くと、帰って来たのはそう言った言葉だった。

 お代はすでに頂いてるって……もしかして……!


 僕は店員さんにひとまずお礼を言うと、店の外に出ら先に店の外で待っていた晴臣さんに「あの……! お会計、晴臣さんがしてくれたんですか?」と問う。

 すると、晴臣さんは「……誰かが代わりにしてくれたんちゃう?」ととぼける。


 そんなわけない。

 きっと先、お手洗いに立った時に、払ってくれたのだろう。

 僕は「今日は僕の奢りだって言ったのに」と言うと、晴臣さんは「学生に奢らす訳にはいかんからな」と笑う。



 「それじゃあお礼にならないじゃないですか」

 「あやめんが、探して予約してくれた店に、あやめんと一緒に来れた。もう十分すぎるくらいお礼貰ってんで」

 「そんなの、いつも晴臣さんがしてくれてる事じゃないですか」



 そう。

 今日僕がやった事なんて、いつも晴臣さんが僕にやってくれている事。

 本当はもっと、お礼をしたい。

 けれど、僕は学生で晴臣さんは僕なんかより凄く大人で、何をあげていいのかが全く分からなかった。
 


 「……晴臣さん、僕に甘すぎじゃないですか?」



 僕がそう言うと、晴臣さんは、ははっと笑うと僕の頭の上に手を乗せる「そりゃ、菖蒲くんが可愛いから」と言う。



 「……可愛く、ありません」

 「そうやな、菖蒲くんはかっこいいわ」



 そういつもの調子で返して来る晴臣さんを見ると「……ありがとうございます。でも、次は僕が奢りますから」と告げる。

 すると晴臣さんは「楽しみにしてるわ」と笑うのだった。


 僕が晴臣にスイーツを奢ると言う目的は達成できなかったが、晴臣さんはとても喜んでくれたようで、初めての晴臣さんへのサプライズはひとまず上手くいったようで良かった。



 その日から僕は、話題になっているスイーツ店を調べたりするようになったのだ。

 前まではそんなに量を食べられなかった甘いものも、最近は食べれるようになった。


 そんなある日の事だった。



 「菖蒲、香水つけてる?」

 「え? 香水?」



 授業の準備をする僕の隣に座るヤマが、突如、僕の体に顔を近づけてはそう聞いて来た。

 「つけてないけど?」と返すと、ヤマは「嘘やん! いつもとちゃう匂いすんのに!」と言うのだ。


 いつもとちゃう匂いって、何でいつもの僕の匂いを知っているんだ。なんて思いながら、僕は自身の腕の匂いを嗅ぐ。

 
 あ……。

 僕は匂いの正体がわかった。


 どこかフレッシュとしたシトラス系の匂いにムスク系の落ち着いた甘い香り……間違いない。

 晴臣さんの匂いだ……。


 昨日のバイトの時にトミーに忘れ物をしたので、今朝取りに行ったのだが、その時にたまたま晴臣さんと居合わせ、晴臣さんが車で大学近くまで送ってくれたのだが、おそらくその時についたのだろう。

 そのことに気づき、僕は何故か気まずくなり、変な汗をかく。


 ヤマは僕の匂いを嗅ぐと「やっぱり。めっちゃ大人の匂いする!」と言うと「さては、お前……」と僕をジロッと見るので、僕は思わず息を呑んでしまう。



 「彼女できたやろ?」

 「ち、違う。出来てないよ」



 彼女ではなく、晴臣さんの匂いなのだが、僕が慌てて否定したがために、ヤマは「怪しい」と疑いの目を向けて来る。



 「最近、やたらとスイーツ屋に詳しくなってるし、最近、ちょこちょこ関西弁で喋るし、極め付けはこの妙に大人っぽくて、色気のある匂い……」



 そう、顎に手を当て言うヤマに、僕は「や、ヤマ?」と名前を呼ぶと、ヤマは僕のことを指差し「ズバリ! 年上の女性付き合ってんな?」と自信満々に言って来た。

 「な? 合ってるやろ?」そう前のめりで聞いて来るヤマに、僕は「違うよ。友達だよ」と返す。



 「前も話したでしょ? スイーツ好きの人がいるって」



 そう説明するも、俄かに信じられないらしく「どうせ友達とか言って、いい感じなんやろ? 名探偵ヤマの目は誤魔化せへんで!」と掛けてもいない眼鏡を上げる素振りをする。



 「本当に違うって。それに、その人男性だし」

 「つまりその男と付き合ってるってわけか!!」



 そう閃いたと言わんばかりの笑みを浮かべ、再び僕のことを指差して来るヤマに「そもそも付き合ってるってところが間違ってる。」と返す。



 「えー。そんな一緒におるだけで、匂いつくことある?」

 「まぁ……あるんじゃないかな。」



 実際、車に乗せてもらって匂いがついたわけだし。

 まだ、僕のことを疑いの目で見て来るヤマだが「まぁ、いいけど。彼女出来たら教えてや?」と言ってくる。



 「まぁ、教えるけど。そんなに知りたい?」

 「だって寂しいやん! 親友やのに彼女おること知らされてへんかったら! 泣くで?」

 「えー、そこまで?」



 ヤマは自身の体を抱きしめると「俺は親友やろうが恋人やろうが、黒子の数まで知ってて欲しいねん。俺、繊細やから」と訳のわからないことを言い出す。

 そんなヤマに「意味が変わって来る気が……」と言うも、もう何も言わないでおく。




 


 「――あやめんさ、なんか香水使ってる?」



 ヤマと匂いの話をした次の日、僕のお勧めした和菓子屋へとやって来ていた僕と晴臣さん。

 ぜんざいを食べる僕に、晴臣さんは突如そんなことを聞いて来たのだ。


 また匂いの話……なんて思いながらも「つけてませんけど」と答えると、晴臣さんは「ほんまに?」と言って来るので、どうしていきなりそんなことを聞いて来たのか尋ねる。



 「いや、この前組長親父にお前最近、偉い清潔感のある匂いさせてるなって、言われたんやけど、別に匂い変えた覚えないし、でも、親父の言う通りめっちゃ清潔感のある匂いが体からしたもんやから、何でやろなー思ってたら、この前、あやめんが配膳してくれた時に香って来た匂いと一緒やったからさ」

 「あやめんの匂いが移ったんや思って」



 何て、タイムリーな。

 僕に晴臣さんの匂いが移っていたように、晴臣さんにも僕の匂い、おそらく柔軟剤の匂いが移っていたなんて。


 僕は「多分、柔軟剤の匂いです。香水は付けてませんので」と言うと、晴臣さんにヤマと話した話をする。

 すると、晴臣さんは「へぇ……あやめんにも、俺の匂い移ってたんや」と言うと、ふっと笑みを浮かべ「なんか、マーキングしてるみたいやな」と言ったのだ。



 「マーキングって、動物じゃないんですから」



 僕がそう言うと、晴臣さんは「でも、匂いがお互いに移るくらい一緒におんねんな……」と呟く。

 その表情は、まだ僕が見たことのない表情で、どこか嬉しそうな、それでいて何かを深く考えているような表情だった。


 それから何度か僕と晴臣さんは、スイーツ屋さんやお笑いを観に一緒に行き、本格的に夏が始まろうとしようとしているある日、晴臣さんからの連絡がパタリと来なくなり、トミーにも全く顔を出さない日が続いた。
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