交わることのない二人

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穴が空いたような

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 「最近、あのヤクザのお客さん来うへんな」



 濡れた食器を、布巾で拭いていた時、横で皿洗いをしていたキッチン担当の中野さんが突如、そう声をかけて来る。

 店内はピークを過ぎ、お客さんも三名の常連さんしかおらず、洗う食器もそこまで無いので暇だったのだろう。


 中野さんがそう言って、僕に話を振って来ることは珍しかった。

 僕は「ですね」とチラッと、入り口を見ては返す。



 中野さんの言う通り、晴臣さんはここ二週間、トミーに来ていないのだ。

 一週間に最低でも一回は、絶対にトミーにやって来ていた晴臣さんが、二週間もやって来ないことは初めての事だった。


 それに、毎日のように送られて来ていたラインもピタリと来なくなっており、本当に何をしているかわからない状態なのだ。

 何故、いきなり店に来なくなり、連絡も途絶えたのだろうか。


 連絡をしてみようかと思ったが、何故かそれは躊躇された。

 未だ、僕と晴臣さんの関係がわからない僕は、少しお店に来なくなり、連絡が取れなくなったと言うだけで、晴臣さんに連絡をしてもいいのだろうか。そう言った疑問を持っていた。


 出会った時よりかは、遥かに親しくなった。

 けれど僕は晴臣さんが、ヤクザの若頭だと言う事と、スイーツが好きと言う事くらいしか知らない。


 果たしてそれは、本当に晴臣さんの言う友達なのだろうか。

 晴臣さんの音信が不通になってから、僕と晴臣さんのこの妙な関係について考えては、モヤモヤした気持ちになっていた。


 このまま、僕が連絡をしなければ、もしかしたら晴臣さんから連絡をして来ることも、トミーにやって来ることも無くなってしまうのでは無いか。

 そう思うと、何だか胸の辺りが騒つくが、だからと言ってやはり、僕から連絡する勇気はなかった。


 どう足掻いても、僕は普通の大学生で、晴臣さんはヤクザの若頭。

 本来なら交わることのない僕たち。

 僕は晴臣さんに深く踏み入れ、拒絶されるのが怖かった。


 それは一体、どうしてだろう。


 それから、僕が晴臣さんに連絡をする勇気が出ないまま、とうとう、晴臣さんが音信不通になってから三週間目に入ろうとしていた。



 「――めっちゃ、良いとこやな。トミー」



 大学が終わった後、突如、ヤマが僕が働いているトミーへと行きたいと言い出したので、ヤマともう一人の友人、ミヤと一緒にトミーにやって来ていた。

 お昼時を過ぎたトミーは、お客さんは少なく、僕たちを除けば二人しかいない。


 僕の向かい側に座るヤマは、店内を見渡しては楽しそうにそう言う。

 そんなヤマに僕は「あんまり、キョロキョロするなよ。他のお客さんもいるんだから」と注意する。



 「でも、落ち着いてて良い場所やわ。人もおらんし」



 ミヤはそう言ってブラックコーヒーを飲む。

 僕はコーヒーは飲めるけど、ブラックコーヒーは飲めないから、すごく大人に見える。



 「人もおらんしは褒めてないでしょ」

 「褒めてるで」



 本当に? と疑いの目を向ける僕にミヤは「うるさくないから、いいやん。」と言うので、それは確かにと頷く。



 「て言うか、何でいきなりトミーに来たいなんて言い出したの?」



 僕はふと疑問に思ったことを、ヤマに問いかけるとヤマは「いや、菖蒲とその晴臣? って人の話聞いたら、行ってみたくなってん」とオレンジジュースを飲む。

 僕が最近元気ないと、ヤマから何かあったのか聞かれ、僕は晴臣さんと言う人が突如店に来なくなり、連絡が取れなくなったことをヤマたちに話した。


 ヤクザだと言うことや、詳しい事は話していないけれど。



 「でも、話に聞いてた通り、良いとこやな。俺もここで働こかな」

 「ヤマ、前飲食店で働いた時、もう二度と飲食店では働かへんわって言ってやん」



 そう話し出すヤマとミヤを見て僕は、そう言えばこうして二人と一緒に過ごすの久しぶりだな、と思う。

 別に毎日のように、遊んでいたわけじゃないけど、晴臣さんと出会う前は暇な時は遊んでいたりしたっけ。


 けど、晴臣さんと出会ってから、晴臣さんと過ごすことが増えて、二人と遊ぶ時間が減った。

 だからと言って、二人とも彼女がいたり、それぞれ異なる趣味で忙しいから特に距離ができる事はなかった。


 それでたまに、三人の時間が合った時とか遊んで。
 
 そう言う関係が僕は楽だし、寂しいと思った事はない。

 けれど、晴臣さんは晴臣さんとは、会わない日が続くと何だか落ち着かない。

 よく言う言葉を借りるなら、心の中に穴が空いたような、と言う表現が合うような、そんな感情が出て来る。


 きっと、長く晴臣さんと過ごしたせいだろう。

 このまま、晴臣さんと会わない日が続けば、この落ち着かなさも、モヤモヤも無くなるだろう。
 


 「……菖蒲!」



 突如はっきりと聞こえて来たヤマの声に驚き、僕は下がっていた顔を上げる。

 どうやらヤマが僕に話しかけていたらしく、ヤマは「どうしたん? ぼーっとして」と聞いて来る。


 僕は「ごめん、何話してたの?」とヤマに尋ねる。

 せっかく、ヤマたちと遊んでいるのに、晴臣さんの事ばかり考えていたらヤマたちに失礼だ。


 僕は晴臣さんの事なんかより、今は目の前にいるヤマたちに集中しないとと、思考を切り替えようとした時だった。

 カランカランッ――と、ドアベルの音が店内に鳴り響く。

 革靴の音ともに、見慣れた人物が店内に入って来る。


 僕はその人物と目が会い、目玉が飛び出そうなくらい驚く。


 は、晴臣さん……!?
 


 そう、今店内に入って来たのは、ここ数週間の僕の悩みの種であった晴臣さんだった。

 晴臣さんは僕と目が合ったが特に話しかけて来る事はなく、いつものように、窓横の二人席に腰をかける。


 困ったことに、その晴臣さんのいつもの席は、僕たちが座っている丁度隣で、晴臣さんは通路挟んで僕の隣に座る形となったのだ。

 そんな晴臣さんに戸惑いながら、視線がついつい晴臣さんの方を向いていたらしく、席に座った晴臣さんと目が合う。


 僕は反射的に顔を前に向ける。

 それはもう、不自然なくらいに。


 そんな僕を不審に思ったヤマが「どうしたん? 菖蒲」と眉をひそめ聞いて来るので僕は「いや……何でも……」と言いながら、ふとヤマの隣に座るミヤに視線を向けると、ミヤは何かを察したのか意味深に頷く。


 何ともカオスな状況の中、ヤマたちは会話を広げるのだが、僕はどうも左隣が気になり、それどころではなかった。



 「にしてもさー、ほんまに菖蒲が言うてた人、どうしたんやろうな」



 ヤマの言葉に僕は飲んでいたメロンソーダを、思わず吹き出しそうになる。

 そして「や、ヤマ? その話は……」と止めるも、ヤマは「だって気になるやん? いきなり、おらへんくなるとか。俺やったら気になってしゃーないけどな」とオレンジジュースを飲むと、隣に座るミヤに「ミヤもそう思わん?」と話を振る。


 ミヤはブラックコーヒーを一口飲むと「まぁ、気になるけど」と返す。



 「そうや! 今ここでその人にライン送ってみたらいいねん!」

 「はっ!?」



 突然のヤマの案に、僕は「い、いいよ! そこまでしなくても!」と全力で拒否するも、ヤマは「だってずっと菖蒲心配してるやん。連絡してみたほうがいいって絶対」と返して来る。



 「し……! してないよ……! 全くこれっぽっちもしてない!」

 「何で嘘つくん? お前が何回も連絡が来てないかスマホずっと確認してたの知ってるからな! スマホ忘れたとかしょっちゅうあるスマホに無頓着なお前が、あんなずっとスマホに気取られてるの初めてやん」



 ヤマは晴臣さんのことを知らないから仕方がない。

 仕方がないのだが、いい加減口を閉じて欲しい。



 「もう、いいから……!」と終始、恥ずかしくて汗をかきながら必死で、ヤマの暴露を止めていると、ぷっと吹き出す声が聞こえて来る。

 その瞬間、僕たちは止まり、視線は横に向けられる。


 吹き出したのはもちろん、僕の左隣に座る晴臣さんで、晴臣さんは手で口元を押さえながら「ごめんごめん。偉い楽しそうやったからつい……気にせんと続けて」と言う。

 そんな晴臣さんを見て僕は、最悪だ……と額に手を当て愕然としていると、ミヤが「ドンマイ」と言って来る。


 ヤマは「うるさくしてすみません」と平謝りすると、小声で「いいからラインしてみようや」と言って来るので、僕は「この話は一旦終わりにしよう……疲れた」と言う。

 あまりにも切実に言う僕を見て、ヤマは「そ、そうやな」と話を止める。



 何とか、晴臣さんの話から別の話になり、僕の汗も引いて来ていた。

 ほんと、一体何の罰ゲームかと思った。なんて思いながら、メロンソーダを飲んでいると「そう言えば菖蒲、鈴宮さんと最近連絡とってんの?」とヤマは聞いて来た。


 何でいきなり涼宮さん? と思いながらも、僕は「いや……取ってないけど?」と返すと、ヤマは「えぇ!? 何で?」と言って来る。



 「何でって言われても、特に用がないから……」



 鈴宮さんとは、前にチョコレート専門店のカフェのリンクを送ってもらうためにラインを交換して以来、連絡はしていない。

 別に仲がいいわけじゃないし、用もないので連絡を取っていないだけなのだが、ヤマはありえないと言いたげな表情を僕に向けて来る。


 そんなヤマに僕は「何?」と尋ねると、ヤマは「鈴宮さん可哀想やわ」と言うのだ。

 可哀想……? 鈴宮さんが?


 そう話の意図が全く分からず、首を傾げながらメロンソーダを飲んでいるとヤマが「鈴宮さん、絶対お前に気あんで!」と言うので僕はまた、思わず吹き出しそうになってしまう。

 人が飲み物を飲んでいる時に毎回、変なことを言わないで欲しい。


 そう思いながら「いきなり何?」とヤマに問いかけると、ヤマは「鈴宮さんがお前に気があるって話」と平然と言う。


 鈴宮さんが僕に気がある? 一体、何をどうすれ突然、そんな話になるのか。

 ちゃんとヤマの話を聞いていたつもりだが、僕は何個か聞き逃していたのか?

 とにかく、僕は訳が分からず「そんな訳ないじゃん。あんまり、そう言った事、憶測で勝手に話すなよ」と言う。


 だがヤマは「憶測ちゃうって!」と言うと、隣でひたすら優雅にショートケーキを堪能しているミヤに「なぁ? ミヤ! 気づいてへんの菖蒲くらいやんな?」と同意を求める。

 するとミヤはフォークを置き、綺麗な所作でコーヒーを飲むと「そうやで」と何故かキリッとした表情を浮かべるのだ。


 「ミヤまで……」と呆れる僕をよそに、ヤマとミヤは「告白されたらどうする? 相手はあの美人の鈴宮さんやで!」「俺なら即オッケーやわ」と勝手に盛り上がっている。


 その時、ガタッと音が隣からしたかと思えば、いつものようにショートケーキとメロンクリームソーダを完食したらしく、会計するために晴臣さんが席を立っていた。

 その瞬間、「あ……」と視線を晴臣さんに向けるも、晴臣さんと視線が合う事はなく、晴臣さんは会計を終えると店を出て行く。


 追いかける? でも、今はヤマもミヤもいるし。

 話しかけてこないって事は、僕に会いに来たんじゃないだろうし、追いかけないほうが……。


 でも……ここで後を追わなきゃ、また会えない気がする。

 僕は「ごめん……!」と立ち上がると、ヤマは「おわっ! どうしたん?」と驚いた表情を僕に向け、ミヤは「行ってらっしゃい」とみなまで言わなくても理解してくれ、コーヒーを飲みながら軽く言ってくれる。



 「行ってらっしゃいって、菖蒲どっか行くん?」

 「うん、ごめんヤマ。ちょっと行ってくる」



 僕がそう言うとヤマは「よう分からんけどお土産よろしく~」と冗談を言い、見送ってくれ、僕は自分の分のお代を置いて急いで店を後にした。

 だが、店の外には晴臣さんの姿はなく、僕はしばらく足を進める。


 けれども、晴臣さんは見当たらず、間に合わなかったか……と肩を落としていると「お兄さん。誰か探してるん?」と言う声が背後から聞こえてくる。

 久しぶりに聞く、よく聞き慣れた声。


 僕は後ろを振り返ると「晴臣、さん……」とここ三週間の悩みの種だった人の名前を呼ぶ。

 僕の後ろには、いつものように余裕のある笑みを浮かべる晴臣さんがおり、そんな晴臣さんを見た瞬間、僕の中でずっとモヤモヤとしていた気持ちが晴れていくようだった。
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