わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第一一〇話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 二〇

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「……来たな……ってなんか様子おかしくないか?」

「おかしいわね……生気がないような……」
 エルネットとリリーナが身を隠しながら野営地へと近づいてくる騎兵隊をみるが、どうも様子がおかしい……どこか目つきが遠くを見ているような、まるで意識が朦朧としているかのような呆けた表情を浮かべている。
 騎兵の一人が呻き声を上げながら道を進んでいくが、彼の顔には少し大きめの蝿が止まりカサカサと音を立てて髪の毛の中へと潜り込んでいくが、それでもその騎兵は意に介した様子もなくぼうっとした表情で辺りへと空な視線を向けている。
 彼らの持っている旗印は国軍騎兵の証明である大いなる業マグナム・オーパスの紋章が刻まれているため、彼らの所属は王国軍であることはわかるのだが……比較的エリート揃いの国軍の兵士にしては、奇妙すぎる。
「とりあえずシャルロッタ様の元へ戻ろう」

「そうね……こいつら話を聞いてくれるような顔はしていない……ッ!」
 リリーナが忍足で移動しようとした瞬間、地面に落ちていた枝を見落として踏んでしまいパキンッ! という音があたりに響くと、その音に反応したのか騎兵達が一気に叫び声を上げる。
 その様子はまるで不死者アンデッドが生命に反応したかのような仕草で、二人は国軍騎兵がすでに混沌の眷属により操り人形になっていることに気がついて息を呑む。
 エルネットとリリーナは一気に走り出す……普通に逃げても騎兵相手に対応できるとは思えないが、それでもこの異常さをシャルロッタへと伝えなければならない。
「走れッ!」

「うわああああっ!」
 二人は必死に走り出す……体重と装備が重いエルネットはリリーナより少し遅いものの、それでもかなりの速度で街道からは外れた方向へと走っていく。
 シャルロッタと「赤竜の息吹」は街道沿いには野営していない……馬車と馬に乗っている彼らを追いかけるには歩兵では追いつかない可能性が高く、第一王子派が追手を出すとすれば騎兵しかないと考えていたからだ。
 実際の移動は街道へと戻って移動するが、それでも野営時には少し外れた場所にというのが今回の逃避行において話し合った決め事だった。
「キィヤアアアアッ!」

 まるで化け物のような奇声を上げた騎兵が二人を追いかけ始める……だが舗装された街道を外れ、木々の茂る合間を縫って走っていくエルネット達に追いつけないと判断したのか、騎兵達はノロノロとした動作で馬を降りているのが見えた。
 思っていたよりも相手の動きは鈍い……操り人形になっていない彼らであればもっと機敏に行動することが可能だったろうが、今の彼らは思考能力の大半を失っており、正常な判断が難しい。
 大丈夫、逃げ切れる……二人は十分に相手を引き離したと判断するまでまっすぐ走るとそこから直角に曲がって数十メートル一気に走り抜けていく。
 そして再び違う方向に一度走り抜けると、そのまま野営地に向かって全速力で駆けると少しひらけた広場へと出ていく。
「敵襲っ!」

「思っていたよりも早かったですな……シャルは馬車へ」
 リリーナの声に反応したエミリオとデヴィットが武器を片手に立ち上がると、待ってましたとばかりに木陰からユルがその巨体を表す。
 漆黒の毛皮が焚き火の光に当たってどす黒く煌めき、彼の尻尾に数回爆発するかのような炎が瞬く。
 焚き火にあたっていたシャルロッタはすぐにマーサに目配せをしてから馬車へと入っていく……敵襲があった場合はエルネット達とユルで対応する、シャルロッタは馬車の中で待機し危なくなったらそのまま領地に向かって馬車を走らせること。
 シャルロッタは少し心配そうな表情で迎撃準備を整えるエミリオ達とユルを見てから、信頼する幻獣ガルムへとその美しい声で命令を下した。
「……ユル、相手の様子がわからないけど殺すのは最後、どうしても難しい場合は魔法で制圧しなさい」

「……承知」
 ユルは口元を歪めて笑うと、任せろと言わんばかりに敬愛する契約者へと軽く唸り声を上げたのを見て、シャルロッタは一度頷いてから馬車の扉を閉める。
 そんな主人の様子を確認してからユルは黙ってその身に纏う魔力を大きく発散させる……近づいてくる兵士の様子が明らかにおかしなものに感じられたからだ。
 ユルはすぐにエミリオとデヴィット、そして息を切らせながら走ってきた二人に向かって警告を飛ばす。
「何かがおかしいです! 普通の状態の人間ではないような……」

「キシャアアアアアッ!」
 野営地に飛び込んできた兵士を見てエミリオとデヴィットは流石に驚いた様子を見せる……剣を持ってその場に現れた数人の兵士はまるで人間ではないかのような叫び声をあげていたからだ。
 そして彼らの目が不気味に赤く光り輝いているのを見て、「赤竜の息吹」とユルは直感する……完全に操られているのだと。
 最初に飛び込んできた兵士の後背へとユルが無詠唱の火炎炸裂ファイアリィブラストを叩き込み、大爆発を起こし数人の兵士が吹き飛ぶのが見えた。
 流石にエミリオが目を見開いてユルへと視線を向けるが幻獣ガルムは赤い目を輝かせながら被りを振る。
「……シャルには申し訳ないですが、彼らは救えないと判断しました」

「ちょっとユル! 何今の爆発! って……あ……」
 バタン! と馬車の扉が開いてシャルロッタが飛び出してくるが、それに気がついたのか兵士達が一斉に彼女へと向かって顔を向ける。
 その不気味な状況と彼らの顔を見て状況を理解したのだろうシャルロッタはバツが悪そうに黙って扉を閉めたが、目標がそこにいることを兵士たちが認識したのだろう。
 一斉に馬車に向かってそれまでの鈍重な動きからは考えられないくらいの俊敏さで突進を開始する。
「きアアアアアアッ!」

「うわ、まずい……」

「仕方ない、全力で反撃するんだ!」
 エルネットが剣と盾を構えて剣を振りかぶって走ってきた兵士の顔面へと盾を叩きつける……ゴキッ、と嫌な音がして兵士は血を吹き出しながら地面へと倒れていく。
 ユルも再び火球を放って兵士達を牽制するが、魔法の直撃を受けて体のあちこちに熱傷を受け、煙をあげながらも痛みを感じていないのかそのままの速度で走り続ける兵士たち。
 兵士たちは馬車へと殺到する……リリーナも弓を使って兵士の肩や足へと矢を放つが、攻撃を喰らっても何事もなかったかのように狂気じみた怒りの表情を浮かべて馬車へと群がる兵士達を止めることができない。
「デヴィット! 魔法で止めてくれ!」

「荒れ狂う雷よ、我が前に顕現せよ、青天の霹靂サンダークラップッ!」
 デヴィットの魔法青天の霹靂サンダークラップが固まっていた兵士の一団へと放たれ、雷撃を受けて感電したのか悲鳴をあげて地面へと倒れていく兵士たち。
 だが攻撃を受けなかった一団が馬車に群がり、まるで獰猛な猛獣が獲物に喰らい付いて噛みちぎるかのように、拳や足、そして頭突きで馬車を破壊しようと試みる。
 それなりに重量のある馬車とはいえ、多くの人数がのし掛かったことで、大きく揺れそのまま馬車は地面へと横倒しになってしまう。
 異常すぎる兵士たちの行動に困惑しながらエミリオも槌矛メイスを振るって兵士達をなんとか馬車から引き剥がそうと攻撃を加えていくが、兵士の勢いは削がれることがない。
 そのうち一人の兵士の拳が馬車の窓を叩き割り割れたガラスの破片で腕から血を流しながら中にいるであろう目標に向かって拳を叩きつけるように何度も腕を振るったことで悲鳴が上がる。
「シャルロッタ様危ないっ! ……きゃあああっ!」

「マーサ?! このっ……!」
 馬車の中から侍女頭マーサの悲鳴とシャルロッタの怒声が聞こえたかと思った次の瞬間、いきなりその兵士の体が何かの衝撃を受けたかのように大きく跳ね飛ばされて近くにあった木へと衝突し、痙攣しながら地面へと落ちていった。
 馬車の中から反撃を受けたことで本能的な危険を察知したのか、兵士たちは四足歩行の態勢で一気に馬車から距離を取る……ギイイイッ、と軋むような音を立てて中から二人の人物が姿を表す、シャルロッタとその腕に抱えられ、気絶したマーサの二人だ。
 シャルロッタは怒りの表情を浮かべてマーサを地面へと下ろすが、一人の兵士が彼女に向かって飛びかかろうとした瞬間、シャルロッタは人差し指を弾くような仕草を見せる。
「キシャアアアアッ!」

「良くもマーサを……ッ!」
 彼女が人差し指を弾くたびに、不可視の弾丸が兵士達を吹き飛ばしていく……その様子を見てあっけに取られていたエルネット達だが、すぐに自分たちの仕事を思い出したかのように兵士達へと武器を振るい気絶させていく。
 ユルも魔法を使って兵士を昏倒させたり、その強靭な顎で相手を咥えて吹き飛ばし、戦闘不能へと追い込んでいく……ものの十数分で野営地へと飛び込んできた兵士たちは無力化されていくのだった。



「……場所はわかった……では次の準備に移ろうか」
 森全体を見渡す丘の上で知恵ある者インテリジェンスはゆっくりとその濁った瞳を開ける……左目は赤く光り輝いており、その光は先ほどまで狂乱したままシャルロッタ達へと襲いかかっていた兵士達の目と同じ色をしていたが、すぐにその光は消失していく。
 操り人形マスターオブパペッツと呼ばれる混沌魔法により、第四八騎兵小隊の兵士全員を操り人形と化した彼は死を恐れぬ狂乱の戦士としてシャルロッタの元へと送り込まれた。
 あわよくば一人でも殺せたら……と考えていたが、兵士達の能力が思ったよりも低く、飢えた野獣のような動作しかできなかったことに内心落胆を隠せない。

「……兵士の質も相当に落ちているな……いや近衛兵団であれば強力な戦士へと変貌するのやも知れぬが……だが、移動手段は奪ったからよしとするか……」
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