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第二〇二話 シャルロッタ 一六歳 暴風の邪神 〇二
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「こんな状態でも夜会ねえ……」
談笑の声、食事の匂い、奏でられる音楽……休戦期間を利用して、インテリペリ辺境伯家の寄子貴族を集めた夜会が開かれた。
開催の名目はお父様……クレメント・インテリペリ辺境伯の快癒を祝ってということになっていて、実際に暗殺者の攻撃以降あまり顔を出していない彼が健在であるというのを示す必要があったからだ。
とはいえ領の防衛に必要な貴族は参加できないし、第二王子派の貴族も各地に散らばっているのでエスタデル近郊の人たちだけを集めてというこじんまりとした夜会にはなっている。
また今回クリスが夜会に参加していることもあって、もしかしたらイングウェイ王国の次期国王になれるかもしれない彼と近づいておきたいと考えている貴族にとっては売り込みのチャンスとばかりに、今彼はお父様と共に挨拶回りで忙しい。
「……殿下が王権を獲得された暁にはぜひ側室にうちの娘を……」
「いえいえ、僕には大事な婚約者がいますから」
「王ともなれば子孫繁栄も責務かと……」
少し離れた場所でタスクボアーステーキを口に運びつつクリスの様子を見ているが、大変そーだなー……なおわたくしはちょっとした腫れ物扱いにて、今回の夜会については話しかけてくるような強者がいない。
第二王子の婚約者で、戦場では単騎で敵を倒し、尚且つクソやばい悪魔などもぶん殴る女……そんなの怖くて誰も話しかけたくないだろうな。
だが……背後に気配を感じてゆっくりと振り向くとそこにはこの夜会にふさわしくない薄汚れたローブに身を包んだ老婆が立っていた。
「……何者……いえ、あなたですか……」
「久しいの、尖兵よ」
外見的な特徴から老婆だと思ったその人物が顔を上げると、ローブの中には認識阻害のかかったゆらめく蜃気楼の中に浮かぶ何者かの顔が写っているのが見える。
夢見る淑女、混沌神にて微睡む神格の写身がそこには立っている……相変わらず凄まじい存在感だが、ふと周りを見ると時間の流れが恐ろしく鈍化しているのか、ゆっくりゆっくりと時間が経過していくのがわかる。
ああ、またお呼び出しか……と軽くため息をついてから彼女に向かって頭を下げると、満足したのか夢見る淑女はクフフと引き攣るような笑い声を上げる。
「最近は顔を見てなかったからな、久々にその顔を見たくなっただけ……よもや訓戒者を三人退けるとは思わなんだ」
「……運が良かっただけですわ」
「実力もあろうがな……それで今回再び顔を出したのは危険を伝えるためじゃ」
「……お優しいですね」
これは皮肉なんだけど、その意味を知ってか知らずか夢見る淑女はクフフッ! と笑い声を上げる。
この神様は本質的には混沌の神であり、人間の定義からすると邪悪そのものでしかないけど……それでもお気に入りとなっているわたくしにとって見れば何かしらの際に手助けをしてくれるありがたい存在なんだよね。
夢見る淑女……この場合は何かしらの依代をもとに憑依している状態だろうけど、彼女はこちらからは認識できない顔でわたくしを見つつ話かけてきた。
「……妾は慈愛を持って尖兵を愛するぞ? さて、シャルロッタ・インテリペリよ混沌の怪物が再びこの領内へと迫っている」
「混沌の怪物?」
「左様……風に乗って歩むもの、大いなる白き沈黙、死とともに歩むもの……お主もよく知っているあれじゃ」
「……マジですか?」
わたくしの言葉に黙って頷く夢見る淑女……彼女の言葉から連想されるものとしては、一つしかない。
巨大なる爆風を巻き起こし、全てを更地にしていく死の神、ウェンディゴもしくはイタカと呼ばれる邪神にして大いなる巨人だ。
レーヴェンティオラで一度だけ遭遇したことがある……あれは神として崇拝されるレベルの存在であり、勇者の力を持っても殺すことができない怪物だ。
なお神と形容される存在まで昇華した怪物は何者の手によっても殺せない、というのはよく知られておりその状態を神格を得たとか、神化なんて言われたりするんだけど……そういやわたくしもそのうち神格を得るとか話してたな、あの女神様。
「たのしかろ? 暴風がお前の故郷を吹き飛ばすぞ……それをどうやって阻止するのか、妾の楽しみが一つ増えた」
「対応するこちらとしてはあまり楽しくないんですけどね……」
「神格を得た邪神と、強き魂である勇者の戦いなど極上の見せ物であるぞ?」
そりゃー安全な場所で見てる分にはいいけどさ……邪神と戦えって割と無茶振りだと思うんだよね。
不満げな顔に気がついたのか、夢見る淑女はクハハハッ! と引き攣った笑い声を上げるとゆっくりと暗闇の中に姿を溶け込ませていく。
次第に周りの喧騒が聞こえてくる……時間の流れがもとに戻るような感覚と、少しめまいのようなものを感じてわたくしは表情を歪めるが、次に夢見る淑女がいた場所に視線を戻すとそこには誰もいなかった。
だが耳の奥に彼女の囁くような声が響いたことで、先ほどまで本当に彼女がそこにいたのだと認識できた。
「……死力を尽くして戦え異世界の勇者よ、お前の守りたいものを守るために、愛するものを助けるために、最後まで戦うのだ……」
「今夜は随分と風が強いな……」
轟轟と音を立てて雪原の雪が舞う……インテリペリ辺境伯領の端、深い森の中で狩人ハラスは吹き付ける風に顔を顰めつつ、獲物を探して彷徨っていた。
今年の冬は寒さが厳しい……少しでも多くの食料を確保しなければいけないのに、内乱による戦続きで思うように狩りの成果が上がっていなかった。
魔獣ですら戦の気配で逃げ出しているのか、森の中は静かに風の音が響くだけになっている。
こんなことは生まれて初めてだな……と思いながら、ハラスは森の中を歩いていく……本当に寒い、防寒具を着用しているにも関わらず身を切るような寒さだ。
「……くそ……戦争なんかおっ始めるから……」
ハラスはぼやくもそれで何か変わるわけではない……一度誰に投げかけるわけでもない大きなため息をつくと、聞き耳を立てて森の中を進んでいく。
まるで何もいない……このままだと冬を越す前に飢え死にだ、とブツブツと文句を言いながら彼はそれまで足を踏み入れたことがない森の奥へと歩みを向けていた。
魔導ランプの灯りを頼りに何か獲物の気配がないかどうか、慎重に歩いていく……急に吹雪が途切れ音がしなくなっていく……なんだ? と彼は周りに視線を配るが、特に獲物になりそうなものはいない。
「……急に……どうして……」
ふと彼の背後にどすん、と雪を踏み締めるような音が響く……振り返って魔導ランプを掲げるもそこには何もいない、巨大な動物のような足音だったなと疑問を感じつつ彼は再び視線を戻す。
するとまたどすん、どすんと何かが歩いているような音が響く……その音に合わせて、森の木々が揺れ降り積もった雪がバサバサと落ちてくるのが煩わしい。
大物だろうか……彼は魔導ランプを腰のベルトへと装着すると、弓に矢をつがえて慎重に歩き始める……何かが地面を揺らしている。
リズミカルに、均一な音を立てて……ハラスはその音が背後から迫っていることに気がつくと、近くの木に姿を隠しつつ背後へと視線を向ける。
「なんだ……? 大物? いやこんな足音聞いたことが……」
ハラスが慎重に弓を引き絞り背後から歩いてくる音に向かって矢を向ける……先ほどから音がしない、いや正確には吹雪は収まる気配はなく、肌には雪が叩きつけられているような感覚があるのに音が聞こえない。
こんなことは狩人になってから初めてだ……とハラスの心に一抹の不安がよぎるが、このタイミングではもう逃げ出すことも難しいだろう。
彼はせめて獲物を仕留めてからすぐに森を離れようと考え、暗闇の中に狙いをつける……次の瞬間、いきなり彼は大空へと巻き上げられていることに気がついた。
「……ッ!!」
途端に凄まじい暴風が体を打ちつけている音が響く……轟々と響く暴風と浮遊感、そして視界がぐるぐると回っているのが見える。
その視界の端に恐ろしく明るい二つの赤い光が見える、それは瞳……鮮紅色に燃え上がる二つの目が空中に浮き上がったハラスをじっと見据えた気がして彼は悲鳴をあげた。
そこにいたのは驚くべき大きさの人間……いや彼の混乱する思考の中にその巨大な影を形容する言葉は一つしかない、それは巨人……驚くべき大きさの巨人が暴風と共に森を歩いていたのだ。
「うあ……ああああっ!」
凄まじい勢いで叩きつけられる暴風にハラスはまるで一ひらの木の葉であるかのように宙を舞う……視界が回転するが彼の恐怖に満ちた目はその巨人をとらえ続けている。
燃え上がるような赤い瞳が空へと投げ出されたハラスをじっと見ていたが、興味がなくなったのかその巨人はゆっくりと歩き始める……その巨体に似合わない静かな足音。
巨人の姿と共に暴風が収まり、ハラスの体へと叩きつけられる風は減っていく……それと同時に彼は今大空に投げ出されていることに気がついた。
「え……あ……ああああああっ!」
ふわりとした浮遊感の後、人間である彼は急激に地面へと引き寄せられていく……どれだけの高さに巻き上げられたのか、彼の目には闇夜に浮かぶ月が見えていた。
そして雲の中へと落ちていき……吹雪が広がり急激に体が冷えていく……どんどん加速していく視界の中でハラスは強い恐怖と、絶望の中で悲鳴を上げ続けている。
そして先ほどまで彼がいたはずの森の中ではなく、街の灯が見え……大きな建物が視界いっぱいに広がると同時に、彼の体は凄まじい音を立ててその建物へと衝突し、そして一瞬の痛みと共に暗闇の中へと意識が溶け込んでいった。
——その日インテリペリ辺境伯領の小さな街の一つであるゴルディーノにある女神を祀る聖堂で事件が発生した。
どこからともなく飛来した人間が屋根へと衝突し、聖堂に大きな損傷を与えたのだ。
守備隊による調査の結果、落下してきた人間はゴルディーノから遠く離れた農村で暮らす狩人ハラスであることが判明したが、どうして彼が空から降ってきたのか、ゴルディーノ守備隊の調査では判明せず事件は闇の中へと葬り去られることになる。
談笑の声、食事の匂い、奏でられる音楽……休戦期間を利用して、インテリペリ辺境伯家の寄子貴族を集めた夜会が開かれた。
開催の名目はお父様……クレメント・インテリペリ辺境伯の快癒を祝ってということになっていて、実際に暗殺者の攻撃以降あまり顔を出していない彼が健在であるというのを示す必要があったからだ。
とはいえ領の防衛に必要な貴族は参加できないし、第二王子派の貴族も各地に散らばっているのでエスタデル近郊の人たちだけを集めてというこじんまりとした夜会にはなっている。
また今回クリスが夜会に参加していることもあって、もしかしたらイングウェイ王国の次期国王になれるかもしれない彼と近づいておきたいと考えている貴族にとっては売り込みのチャンスとばかりに、今彼はお父様と共に挨拶回りで忙しい。
「……殿下が王権を獲得された暁にはぜひ側室にうちの娘を……」
「いえいえ、僕には大事な婚約者がいますから」
「王ともなれば子孫繁栄も責務かと……」
少し離れた場所でタスクボアーステーキを口に運びつつクリスの様子を見ているが、大変そーだなー……なおわたくしはちょっとした腫れ物扱いにて、今回の夜会については話しかけてくるような強者がいない。
第二王子の婚約者で、戦場では単騎で敵を倒し、尚且つクソやばい悪魔などもぶん殴る女……そんなの怖くて誰も話しかけたくないだろうな。
だが……背後に気配を感じてゆっくりと振り向くとそこにはこの夜会にふさわしくない薄汚れたローブに身を包んだ老婆が立っていた。
「……何者……いえ、あなたですか……」
「久しいの、尖兵よ」
外見的な特徴から老婆だと思ったその人物が顔を上げると、ローブの中には認識阻害のかかったゆらめく蜃気楼の中に浮かぶ何者かの顔が写っているのが見える。
夢見る淑女、混沌神にて微睡む神格の写身がそこには立っている……相変わらず凄まじい存在感だが、ふと周りを見ると時間の流れが恐ろしく鈍化しているのか、ゆっくりゆっくりと時間が経過していくのがわかる。
ああ、またお呼び出しか……と軽くため息をついてから彼女に向かって頭を下げると、満足したのか夢見る淑女はクフフと引き攣るような笑い声を上げる。
「最近は顔を見てなかったからな、久々にその顔を見たくなっただけ……よもや訓戒者を三人退けるとは思わなんだ」
「……運が良かっただけですわ」
「実力もあろうがな……それで今回再び顔を出したのは危険を伝えるためじゃ」
「……お優しいですね」
これは皮肉なんだけど、その意味を知ってか知らずか夢見る淑女はクフフッ! と笑い声を上げる。
この神様は本質的には混沌の神であり、人間の定義からすると邪悪そのものでしかないけど……それでもお気に入りとなっているわたくしにとって見れば何かしらの際に手助けをしてくれるありがたい存在なんだよね。
夢見る淑女……この場合は何かしらの依代をもとに憑依している状態だろうけど、彼女はこちらからは認識できない顔でわたくしを見つつ話かけてきた。
「……妾は慈愛を持って尖兵を愛するぞ? さて、シャルロッタ・インテリペリよ混沌の怪物が再びこの領内へと迫っている」
「混沌の怪物?」
「左様……風に乗って歩むもの、大いなる白き沈黙、死とともに歩むもの……お主もよく知っているあれじゃ」
「……マジですか?」
わたくしの言葉に黙って頷く夢見る淑女……彼女の言葉から連想されるものとしては、一つしかない。
巨大なる爆風を巻き起こし、全てを更地にしていく死の神、ウェンディゴもしくはイタカと呼ばれる邪神にして大いなる巨人だ。
レーヴェンティオラで一度だけ遭遇したことがある……あれは神として崇拝されるレベルの存在であり、勇者の力を持っても殺すことができない怪物だ。
なお神と形容される存在まで昇華した怪物は何者の手によっても殺せない、というのはよく知られておりその状態を神格を得たとか、神化なんて言われたりするんだけど……そういやわたくしもそのうち神格を得るとか話してたな、あの女神様。
「たのしかろ? 暴風がお前の故郷を吹き飛ばすぞ……それをどうやって阻止するのか、妾の楽しみが一つ増えた」
「対応するこちらとしてはあまり楽しくないんですけどね……」
「神格を得た邪神と、強き魂である勇者の戦いなど極上の見せ物であるぞ?」
そりゃー安全な場所で見てる分にはいいけどさ……邪神と戦えって割と無茶振りだと思うんだよね。
不満げな顔に気がついたのか、夢見る淑女はクハハハッ! と引き攣った笑い声を上げるとゆっくりと暗闇の中に姿を溶け込ませていく。
次第に周りの喧騒が聞こえてくる……時間の流れがもとに戻るような感覚と、少しめまいのようなものを感じてわたくしは表情を歪めるが、次に夢見る淑女がいた場所に視線を戻すとそこには誰もいなかった。
だが耳の奥に彼女の囁くような声が響いたことで、先ほどまで本当に彼女がそこにいたのだと認識できた。
「……死力を尽くして戦え異世界の勇者よ、お前の守りたいものを守るために、愛するものを助けるために、最後まで戦うのだ……」
「今夜は随分と風が強いな……」
轟轟と音を立てて雪原の雪が舞う……インテリペリ辺境伯領の端、深い森の中で狩人ハラスは吹き付ける風に顔を顰めつつ、獲物を探して彷徨っていた。
今年の冬は寒さが厳しい……少しでも多くの食料を確保しなければいけないのに、内乱による戦続きで思うように狩りの成果が上がっていなかった。
魔獣ですら戦の気配で逃げ出しているのか、森の中は静かに風の音が響くだけになっている。
こんなことは生まれて初めてだな……と思いながら、ハラスは森の中を歩いていく……本当に寒い、防寒具を着用しているにも関わらず身を切るような寒さだ。
「……くそ……戦争なんかおっ始めるから……」
ハラスはぼやくもそれで何か変わるわけではない……一度誰に投げかけるわけでもない大きなため息をつくと、聞き耳を立てて森の中を進んでいく。
まるで何もいない……このままだと冬を越す前に飢え死にだ、とブツブツと文句を言いながら彼はそれまで足を踏み入れたことがない森の奥へと歩みを向けていた。
魔導ランプの灯りを頼りに何か獲物の気配がないかどうか、慎重に歩いていく……急に吹雪が途切れ音がしなくなっていく……なんだ? と彼は周りに視線を配るが、特に獲物になりそうなものはいない。
「……急に……どうして……」
ふと彼の背後にどすん、と雪を踏み締めるような音が響く……振り返って魔導ランプを掲げるもそこには何もいない、巨大な動物のような足音だったなと疑問を感じつつ彼は再び視線を戻す。
するとまたどすん、どすんと何かが歩いているような音が響く……その音に合わせて、森の木々が揺れ降り積もった雪がバサバサと落ちてくるのが煩わしい。
大物だろうか……彼は魔導ランプを腰のベルトへと装着すると、弓に矢をつがえて慎重に歩き始める……何かが地面を揺らしている。
リズミカルに、均一な音を立てて……ハラスはその音が背後から迫っていることに気がつくと、近くの木に姿を隠しつつ背後へと視線を向ける。
「なんだ……? 大物? いやこんな足音聞いたことが……」
ハラスが慎重に弓を引き絞り背後から歩いてくる音に向かって矢を向ける……先ほどから音がしない、いや正確には吹雪は収まる気配はなく、肌には雪が叩きつけられているような感覚があるのに音が聞こえない。
こんなことは狩人になってから初めてだ……とハラスの心に一抹の不安がよぎるが、このタイミングではもう逃げ出すことも難しいだろう。
彼はせめて獲物を仕留めてからすぐに森を離れようと考え、暗闇の中に狙いをつける……次の瞬間、いきなり彼は大空へと巻き上げられていることに気がついた。
「……ッ!!」
途端に凄まじい暴風が体を打ちつけている音が響く……轟々と響く暴風と浮遊感、そして視界がぐるぐると回っているのが見える。
その視界の端に恐ろしく明るい二つの赤い光が見える、それは瞳……鮮紅色に燃え上がる二つの目が空中に浮き上がったハラスをじっと見据えた気がして彼は悲鳴をあげた。
そこにいたのは驚くべき大きさの人間……いや彼の混乱する思考の中にその巨大な影を形容する言葉は一つしかない、それは巨人……驚くべき大きさの巨人が暴風と共に森を歩いていたのだ。
「うあ……ああああっ!」
凄まじい勢いで叩きつけられる暴風にハラスはまるで一ひらの木の葉であるかのように宙を舞う……視界が回転するが彼の恐怖に満ちた目はその巨人をとらえ続けている。
燃え上がるような赤い瞳が空へと投げ出されたハラスをじっと見ていたが、興味がなくなったのかその巨人はゆっくりと歩き始める……その巨体に似合わない静かな足音。
巨人の姿と共に暴風が収まり、ハラスの体へと叩きつけられる風は減っていく……それと同時に彼は今大空に投げ出されていることに気がついた。
「え……あ……ああああああっ!」
ふわりとした浮遊感の後、人間である彼は急激に地面へと引き寄せられていく……どれだけの高さに巻き上げられたのか、彼の目には闇夜に浮かぶ月が見えていた。
そして雲の中へと落ちていき……吹雪が広がり急激に体が冷えていく……どんどん加速していく視界の中でハラスは強い恐怖と、絶望の中で悲鳴を上げ続けている。
そして先ほどまで彼がいたはずの森の中ではなく、街の灯が見え……大きな建物が視界いっぱいに広がると同時に、彼の体は凄まじい音を立ててその建物へと衝突し、そして一瞬の痛みと共に暗闇の中へと意識が溶け込んでいった。
——その日インテリペリ辺境伯領の小さな街の一つであるゴルディーノにある女神を祀る聖堂で事件が発生した。
どこからともなく飛来した人間が屋根へと衝突し、聖堂に大きな損傷を与えたのだ。
守備隊による調査の結果、落下してきた人間はゴルディーノから遠く離れた農村で暮らす狩人ハラスであることが判明したが、どうして彼が空から降ってきたのか、ゴルディーノ守備隊の調査では判明せず事件は闇の中へと葬り去られることになる。
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