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第二〇三話 シャルロッタ 一六歳 暴風の邪神 〇三
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——インテリペリ辺境伯領の境目にある小さな農村が全滅した……斥候の報告によると、村は完全に破壊し尽くされていたのだという。
「第一王子派貴族による襲撃ですか?」
クリストフェル・マルムスティーンがベイセル・インテリペリへと尋ねると、ベイセルは黙って首を左右に振った。
つまり軍隊による襲撃ではなく、何らかの異変が辺境伯領の周辺地域で起きているということに他ならず、この厳しい寒さの中で魔獣か何かによる大規模な襲撃……下手をすると大暴走が発生している可能性すらあるのだ。
内戦の一時休戦により領内の治安維持活動などに兵力を回している状況下で、大暴走に対処できるだけの戦力を抽出できるのかがわからない。
「……魔獣だけならいいのだけど……」
「どちらにせよ大暴走であれば対処しなければいけませんね」
「そうですね……とはいえ防衛体制に穴をあけるわけにもいきませんし……」
クリストフェルの言葉にベイセルだけでなく会議に出席していたリヴォルヴァー男爵が答えるが……ハーティ陥落の影響が大きく、男爵も領内を飛び回っている状態で現場指揮官不足が顕著になってきている。
停戦合意は春先まで……それを超えた段階で第一王子派との戦闘が再開された時に果たしてインテリペリ辺境伯家のみで対応できるのかがまだわかっていない。
先の戦闘で損害を受けた軍は回復までにかなりの時間を要する……死亡した兵士の家族への見舞金などウォルフガングやウゴリーノらが必死に領内の商会へと資金調達に動いている。
「……決戦が伸びたことが裏目に出ているとは……僕もできるだけ何かしらの手助けができるように声をかけていきますね」
「ええ、ぜひよろしくお願いします……先日妹がタスクボアーを狩猟したのは助かりましたよ……あの牙は国外の好事家に人気ですから」
「ずいぶん立派なものだったと聞いておりますよ」
シャルロッタがふらっと「狩に行ってきますわ」と城を出て行った後、その日のうちに巨大なタスクボアーを恐ろしく美しい状態で持ち帰ってきたことに辺境伯家の人間に驚きを与えていた。
タスクボアーは狩猟するにはかなり危険な魔獣で、肉や牙などに高い価値があるが辺境伯家の兵士が死を覚悟して狩に行かなければならないほど凶暴とされている。
彼女が持ち込んできたタスクボアーは胴と首が綺麗に切り離されており、それ以外の部分には戦闘による傷がついていなかった。
商会の担当者も「生まれて初めてこんな綺麗なタスクボアーを見た……」と呟いていたくらい見事なものだったのだ。
「牙がマカパイン王国の商会へと売り払われたって聞いたけど……」
「片方だけだそうです、もう片方はエクソダス帝国の商会へと渡ったとか」
「結構な額で取引されたんだってね……」
ベイセルが聞いた話によると、過去最高額での取引となったそうで……両国の商会も現物を見て驚いていたそうだ。
マカパイン王国では牙を祭事に使うということで、購入した商会も喜んでいたのだとか……ただマカパイン王国では近々不穏な噂が流れており、イングウェイ王国への大侵攻の準備が進められているのだという。
しかもその軍を指揮するのは彼の国の英雄である「竜殺し」だそうで、侵攻ともなればインテリペリ辺境伯領が最初の目的地となるため、本来であれば内戦などやっている場合ではないのだ。
「前には第一王子派の主力、後ろはマカパイン王国の軍勢……参っちゃいますね」
「ただ我が辺境伯家は座して死を待つ気はありませんがね」
マカパイン王国の侵攻は過去に数回行われており、インテリペリ辺境伯家ではその侵攻に対抗するための準備を怠ったことはない。
ただどのタイミングで侵攻を開始するのかは流石に予想できず、警戒を強めるにとどまっている……冬の侵攻はマカパイン軍としても避けたいところではあるだろうから、第一王子派との休戦協定が切れる春先が危ないと考えているが。
ただこの場合第一王子派の軍とマカパイン軍両方を相手することは考えなくても良いとクレメント・インテリペリ辺境伯は考えているようだ。
「まあ、ノウハウはきちんと積み重ねておりますからね……」
「とはいえ軍関連の準備や指揮にほとんどの人手が取られているな……」
王国の領土を悪戯に減らすことはイングウェイ王国首脳部であっても看過できない問題だ、一時的に第一王子派を巻き込んでマカパイン軍への対応も可能になるだろう。
ただインテリペリ辺境伯家の男性陣、およびクリストフェルは大暴走の対応に出るわけには行かない、手が空いていそうな人物……とクリストフェルとベイセルは少し考えを巡らせた後、一人の人物の顔を同時に思い浮かべた。
「となると、今辺境伯家で手が空いていそうな人物は……」
「……ということでシャルに大暴走の調査を依頼したいんだ」
ベイセルお兄様が笑顔で……そりゃもう胡散臭いくらいの笑顔でわたくしへと話しかけてきたが、お兄様あんまり意識していないかもですけど、その笑顔ちょっと怖いですわよ?
しかし大暴走? 今この辺境伯領でそんなこと起きてるんだ、くらいにしかわたくしは理解していなかったが、そもそも先日夢見る淑女が告げてきた暴風の邪神の影響でそんなことが起きている可能性はあるかな。
どちらにせよ暴風の邪神の対応でわたくしはエスタデルにずっといる気はなかったので、お兄様の言葉に頷く。
「承知いたしましたわ、実は少し気になっていることもあって調査に出ようかと思ってましたの」
「……揉め事かい?」
「……ちょっとした神託がございまして……それの確認です」
わたくしの表情をじっと見てから少し訝しがるような表情を浮かべたベイセル兄様だが、それ以上の追求を諦めたのか、黙って首を横に振るとわかった、とだけ伝えてきた。
もう何言っても変わんねーだろうな、という顔だ……うん、信用されているのか諦められているのかちょっとわからないけど……正直軍の編成とか準備はわたくしは得意ではないし、暴風の邪神はわたくし以外では対処できないだろうからな。
今辺境伯領には二つの勢力が目を向けている……第一王子派の軍勢、これは休戦協定を結んでいるので春先までは攻撃してこないだろうが、ますこれが一つ。
もう一つ……マカパイン王国の軍勢だ、実はお兄様たちには告げていないが、マカパイン王国側にいる協力者から報告をもらっている。
タスクボアーの牙を買い取ってもらったのもその協力者を通じて紹介して貰ったマカパイン商人によるものだ、潜在的な敵国にあたるため、その辺はぼかしてある。
だが、協力者も辺境伯領にわたくしがいることで侵攻をできるだけ遅らせていると告げてきており、こちらも侵攻までには時間があるだろう。
「……すまない」
「どうしました?」
「普通の令嬢であればこんな無茶なことは依頼しない、だけどシャルは自らの能力を証明してしまった……だから、その……」
ベイセル兄様だけでなく、他の兄もお父様もわたくしを戦力として見るしかなくなっている、ということだろう。
もしかしたら一人……いやユルと一緒に軍隊を撃滅してくれなんて話が出てくる可能性もあるな……それは仕方のないことだと思うし、わたくしも覚悟してのことだ。
これから先訓戒者がどういう動きを見せてくるのかわたくしには予想がついていない、混沌の戦士団と呼ばれていたあの奇怪な怪物が集団となって攻めてくる場合、辺境伯軍の兵士だけでは対処しきれないだろうし。
今回の暴風の邪神も軍隊ではどうしようもない問題に該当する。
「大丈夫ですわ、わたくし最強なのですから」
「最強……か、そうだね……」
「……わたくし同じ国の国民を傷つける気は毛頭ありませんが、大事なものを守るために戦う気ではおりますわよ」
「母様が嘆いていたよ……令嬢としてだけ育てたかった、と」
お兄様の言葉にお母様、ラーナ・ロブ・インテリペリ辺境伯夫人の顔が思い浮かぶ……タスクボアーを狩ってきた時まで、お母様はわたくしが無茶苦茶な能力を持っているなんて信じなかったからな。
兵士との模擬戦を見せても、それこそそれが現実のものだと頑なに拒否してたくらいだからな……結局タスクボアーの頭を片手で持ち上げたところで卒倒してぶっ倒れてしまい、後で謝りにいくハメになった
ただ、それでも目が覚めたお母様は「あなたは令嬢なの……! 私の大事な娘が……」とずっと青い顔をしていたので、やっぱり信じたくないんだろうなとは思った。
「この内戦が終わって、クリスを王位につけたら普通の令嬢に戻りますわ」
「なら早めに終わらせないとな、母様を心配させたくない」
わたくしとベイセルお兄様はお互いを見つめて笑う。
大丈夫、どんな困難があってもお兄様方やクリスがいるのだから負けることはない、と信じている……イングウェイ王国は建国以降様々な危機や動乱を乗り越えてきた国だ。
その国の中でも最も戦う貴族であるインテリペリ辺境伯家がこんな内戦で倒されることなどあり得ない、そう信じている領民や兵士、そしてわたくし達がいるのだから。
「……では準備をして調査にはすぐ出向きますわね、数日で終わると思いますわ」
「第一王子派貴族による襲撃ですか?」
クリストフェル・マルムスティーンがベイセル・インテリペリへと尋ねると、ベイセルは黙って首を左右に振った。
つまり軍隊による襲撃ではなく、何らかの異変が辺境伯領の周辺地域で起きているということに他ならず、この厳しい寒さの中で魔獣か何かによる大規模な襲撃……下手をすると大暴走が発生している可能性すらあるのだ。
内戦の一時休戦により領内の治安維持活動などに兵力を回している状況下で、大暴走に対処できるだけの戦力を抽出できるのかがわからない。
「……魔獣だけならいいのだけど……」
「どちらにせよ大暴走であれば対処しなければいけませんね」
「そうですね……とはいえ防衛体制に穴をあけるわけにもいきませんし……」
クリストフェルの言葉にベイセルだけでなく会議に出席していたリヴォルヴァー男爵が答えるが……ハーティ陥落の影響が大きく、男爵も領内を飛び回っている状態で現場指揮官不足が顕著になってきている。
停戦合意は春先まで……それを超えた段階で第一王子派との戦闘が再開された時に果たしてインテリペリ辺境伯家のみで対応できるのかがまだわかっていない。
先の戦闘で損害を受けた軍は回復までにかなりの時間を要する……死亡した兵士の家族への見舞金などウォルフガングやウゴリーノらが必死に領内の商会へと資金調達に動いている。
「……決戦が伸びたことが裏目に出ているとは……僕もできるだけ何かしらの手助けができるように声をかけていきますね」
「ええ、ぜひよろしくお願いします……先日妹がタスクボアーを狩猟したのは助かりましたよ……あの牙は国外の好事家に人気ですから」
「ずいぶん立派なものだったと聞いておりますよ」
シャルロッタがふらっと「狩に行ってきますわ」と城を出て行った後、その日のうちに巨大なタスクボアーを恐ろしく美しい状態で持ち帰ってきたことに辺境伯家の人間に驚きを与えていた。
タスクボアーは狩猟するにはかなり危険な魔獣で、肉や牙などに高い価値があるが辺境伯家の兵士が死を覚悟して狩に行かなければならないほど凶暴とされている。
彼女が持ち込んできたタスクボアーは胴と首が綺麗に切り離されており、それ以外の部分には戦闘による傷がついていなかった。
商会の担当者も「生まれて初めてこんな綺麗なタスクボアーを見た……」と呟いていたくらい見事なものだったのだ。
「牙がマカパイン王国の商会へと売り払われたって聞いたけど……」
「片方だけだそうです、もう片方はエクソダス帝国の商会へと渡ったとか」
「結構な額で取引されたんだってね……」
ベイセルが聞いた話によると、過去最高額での取引となったそうで……両国の商会も現物を見て驚いていたそうだ。
マカパイン王国では牙を祭事に使うということで、購入した商会も喜んでいたのだとか……ただマカパイン王国では近々不穏な噂が流れており、イングウェイ王国への大侵攻の準備が進められているのだという。
しかもその軍を指揮するのは彼の国の英雄である「竜殺し」だそうで、侵攻ともなればインテリペリ辺境伯領が最初の目的地となるため、本来であれば内戦などやっている場合ではないのだ。
「前には第一王子派の主力、後ろはマカパイン王国の軍勢……参っちゃいますね」
「ただ我が辺境伯家は座して死を待つ気はありませんがね」
マカパイン王国の侵攻は過去に数回行われており、インテリペリ辺境伯家ではその侵攻に対抗するための準備を怠ったことはない。
ただどのタイミングで侵攻を開始するのかは流石に予想できず、警戒を強めるにとどまっている……冬の侵攻はマカパイン軍としても避けたいところではあるだろうから、第一王子派との休戦協定が切れる春先が危ないと考えているが。
ただこの場合第一王子派の軍とマカパイン軍両方を相手することは考えなくても良いとクレメント・インテリペリ辺境伯は考えているようだ。
「まあ、ノウハウはきちんと積み重ねておりますからね……」
「とはいえ軍関連の準備や指揮にほとんどの人手が取られているな……」
王国の領土を悪戯に減らすことはイングウェイ王国首脳部であっても看過できない問題だ、一時的に第一王子派を巻き込んでマカパイン軍への対応も可能になるだろう。
ただインテリペリ辺境伯家の男性陣、およびクリストフェルは大暴走の対応に出るわけには行かない、手が空いていそうな人物……とクリストフェルとベイセルは少し考えを巡らせた後、一人の人物の顔を同時に思い浮かべた。
「となると、今辺境伯家で手が空いていそうな人物は……」
「……ということでシャルに大暴走の調査を依頼したいんだ」
ベイセルお兄様が笑顔で……そりゃもう胡散臭いくらいの笑顔でわたくしへと話しかけてきたが、お兄様あんまり意識していないかもですけど、その笑顔ちょっと怖いですわよ?
しかし大暴走? 今この辺境伯領でそんなこと起きてるんだ、くらいにしかわたくしは理解していなかったが、そもそも先日夢見る淑女が告げてきた暴風の邪神の影響でそんなことが起きている可能性はあるかな。
どちらにせよ暴風の邪神の対応でわたくしはエスタデルにずっといる気はなかったので、お兄様の言葉に頷く。
「承知いたしましたわ、実は少し気になっていることもあって調査に出ようかと思ってましたの」
「……揉め事かい?」
「……ちょっとした神託がございまして……それの確認です」
わたくしの表情をじっと見てから少し訝しがるような表情を浮かべたベイセル兄様だが、それ以上の追求を諦めたのか、黙って首を横に振るとわかった、とだけ伝えてきた。
もう何言っても変わんねーだろうな、という顔だ……うん、信用されているのか諦められているのかちょっとわからないけど……正直軍の編成とか準備はわたくしは得意ではないし、暴風の邪神はわたくし以外では対処できないだろうからな。
今辺境伯領には二つの勢力が目を向けている……第一王子派の軍勢、これは休戦協定を結んでいるので春先までは攻撃してこないだろうが、ますこれが一つ。
もう一つ……マカパイン王国の軍勢だ、実はお兄様たちには告げていないが、マカパイン王国側にいる協力者から報告をもらっている。
タスクボアーの牙を買い取ってもらったのもその協力者を通じて紹介して貰ったマカパイン商人によるものだ、潜在的な敵国にあたるため、その辺はぼかしてある。
だが、協力者も辺境伯領にわたくしがいることで侵攻をできるだけ遅らせていると告げてきており、こちらも侵攻までには時間があるだろう。
「……すまない」
「どうしました?」
「普通の令嬢であればこんな無茶なことは依頼しない、だけどシャルは自らの能力を証明してしまった……だから、その……」
ベイセル兄様だけでなく、他の兄もお父様もわたくしを戦力として見るしかなくなっている、ということだろう。
もしかしたら一人……いやユルと一緒に軍隊を撃滅してくれなんて話が出てくる可能性もあるな……それは仕方のないことだと思うし、わたくしも覚悟してのことだ。
これから先訓戒者がどういう動きを見せてくるのかわたくしには予想がついていない、混沌の戦士団と呼ばれていたあの奇怪な怪物が集団となって攻めてくる場合、辺境伯軍の兵士だけでは対処しきれないだろうし。
今回の暴風の邪神も軍隊ではどうしようもない問題に該当する。
「大丈夫ですわ、わたくし最強なのですから」
「最強……か、そうだね……」
「……わたくし同じ国の国民を傷つける気は毛頭ありませんが、大事なものを守るために戦う気ではおりますわよ」
「母様が嘆いていたよ……令嬢としてだけ育てたかった、と」
お兄様の言葉にお母様、ラーナ・ロブ・インテリペリ辺境伯夫人の顔が思い浮かぶ……タスクボアーを狩ってきた時まで、お母様はわたくしが無茶苦茶な能力を持っているなんて信じなかったからな。
兵士との模擬戦を見せても、それこそそれが現実のものだと頑なに拒否してたくらいだからな……結局タスクボアーの頭を片手で持ち上げたところで卒倒してぶっ倒れてしまい、後で謝りにいくハメになった
ただ、それでも目が覚めたお母様は「あなたは令嬢なの……! 私の大事な娘が……」とずっと青い顔をしていたので、やっぱり信じたくないんだろうなとは思った。
「この内戦が終わって、クリスを王位につけたら普通の令嬢に戻りますわ」
「なら早めに終わらせないとな、母様を心配させたくない」
わたくしとベイセルお兄様はお互いを見つめて笑う。
大丈夫、どんな困難があってもお兄様方やクリスがいるのだから負けることはない、と信じている……イングウェイ王国は建国以降様々な危機や動乱を乗り越えてきた国だ。
その国の中でも最も戦う貴族であるインテリペリ辺境伯家がこんな内戦で倒されることなどあり得ない、そう信じている領民や兵士、そしてわたくし達がいるのだから。
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