わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二七一話 シャルロッタ 一六歳 野戦 〇一

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「……第一王子派ももう終わりかなあ……」

「……お、おい冗談でもそんなことは……」
 王城で開催された夜会に参加していた貴族の一人、セロン・ナグルファー子爵がポツリと呟くのを、隣に立っていたレイン・アガロク子爵が周りを見ながら嗜めるが、発言した当の本人は冷笑と共に顎を使って彼にあちらを見ろばかりの仕草を見せる。
 そこには第一王子派の貴族筆頭として名高いハルフォード公爵マルキウス・ロブ・ハルフォードが取り巻きに囲まれながら談笑をしている。
 だが……大公爵にして神聖騎士団を従える団長である彼の周りに集う貴族の数は以前よりもはるかに減っており、その大半がいつものメンバーのみで構成されている。
 それを見たアガロク子爵はため息をつくが、それを見ながらナグルファー子爵は肩をすくめる。
「冗談も何も……はっきり言ってこんな夜会を開催している場合じゃないと思うんだよ」

「まあな……今の状況だと第一王子派は王都に籠っているだけのモグラだといわれてもおかしくないな」
 先日インテリぺリ辺境伯領への出兵にて手痛い敗北を喫した第一王子派諸侯軍は王都に戻るとともに慌てて第二王子派の攻撃に備えて王都の各所に防衛用の拠点を築き要塞化を進めた。
 それと時を同じくしてマカパイン王国軍がインテリペリ辺境伯領へと侵攻したという報告があり、それを迎撃するためにインテリペリ辺境伯軍は国境警備に向かった、とされている。
 その間第一王子派の軍勢は平静を取り戻すと第二王子派に所属する貴族家への攻撃を仕掛け、現在メガデス伯爵家およびサウンドガーデン公爵家は対応に苦慮していると伝えられている。
 だが、マカパイン王国という外部の敵に対してなにも対応を見せず、それどころかそれに呼応するかのように各貴族家への攻撃を決断したアンダース一派に国内では冷ややかな目が向けられつつあるのだ。
「本来王家は国を守るのが使命だろうに……どうなってるんだろうな」

「こういう時こそ貴族家に声を呼びかけても良さそうだったな」
 インテリペリ辺境伯家はマカパイン王国の攻撃を耐え凌ぎ、あろうことか一部の兵力を動員して第二王子派に属する貴族家への支援を行っている。
 現にメガデス伯爵家への攻撃は「赤竜の息吹」が戦場に姿を現したことでこう着状態に陥り、いまだに要衝アヴァロン峠を攻め落とすことができていない。
 インテリペリ辺境伯家の支援も行われているとされ、彼らは独自のルートを通じてレスポール商会からの支援を受けていることも知られている。
 第一王子派はイングウェイ王国国内に拠点を持つ商会などの支援を求めたが、彼らの答えは戦況を見極めてから対応するの一点張りだ。
「……こんな豪華な夜会を開催する余裕なんてあるのかね……」

「ないだろうよ、虚勢とも言っていいのかもな」

「全く……声がでかいのはいつものお歴々だけだな」

『わっはっは……! 辺境の田舎貴族などわが神聖騎士団の主力により壊滅させてくれるわ』
『そうですぞ! スティールハートは一度は失敗しましたが、軍備を整え直していると聞いています』
『アンダース殿下の武威もまだまだ衰えておりませぬ』
『何と言っても黒衣の戦士団が味方についておりますからな!』

「だってよ……」

「だってもなにも……まだ負けてないことになってるんだろ」
 二人の貴族は空虚な笑い声の響く空間を見つめながら手元のグラスに注がれたワインを口に含む……高級なワインであることはわかるが、内戦勃発前に比べると質は次第に落ちてきている気がする。
 食料の供給も次第に数を減らしていると言われていて、王都はまだマシだが周辺の農村部では食料がなくなった農民たちが次第に野盗化し、その対応のために衛兵が駆り出されているのだという。
 対照的に第二王子派には潤沢な資金と新鮮な食料などが供給されているが、これは元々彼らの派閥に属している貴族家による統治が上手くいっていることを示すものだろう。
 いつまで王都の民を放置してこんな豪華な夜会が開き続けられるだろうか? 貧民街では暴動も発生したと聞いている。
「……どうする?」

「……どうするもなにも誓約書にサインしてしまったからな」

「あれか……そうだったな」
 第一王子派の貴族たちが内戦前に秘密裏に会合を開き書状にサインをしている……それは己の血を持って署名するため所謂血判状と呼ばれるものだったが、この世界での誓約書は魔術的な仕組みが施されており、明確な裏切りは呪いとなって帰ってくる。
 ナグルファー子爵とアガロク子爵の二人も開戦当初は何の気なしにその誓約書へと署名しているため、そう簡単に陣営を変えることが許されていない。
 女神への宣誓を行って聖教から許されたものだけがその誓約書の効力を無視することができる……だが、聖教はハルフォード公爵家の息がかかっており、宣誓などしようものなら苛烈な攻撃を受けることになるだろう。
 あの時、中立派に混じって誓約書への署名を拒否すればよかった……と今更ながらに後悔しているのだが、場の空気や開戦前の楽観的とも言える雰囲気は署名を拒否できるようなものではなかった。
「わが子爵家の歴史も三〇〇年で終わりかもな……」

「まだ終わらんよ、第一王子派の崩壊に付き合う必要はなかろう」

「どうやって? 誓約書の効力は強いぞ?」

「……それは……」
 二人が話を続けようとすると不意に背後に気配を感じ、慌てて口をつぐむが……そんな彼らのことを無視するかのように紫色の美しい髪を靡かせ、聖教における聖女の位を示す純白のローブを身に纏った美しい女性がその横を足早に通り過ぎていく。
 ソフィーヤ・ハルフォード公爵令嬢……聖教より聖女の位を授かった少女は彼らに見向きすることはなく、真っ直ぐに父親であるハルフォード公爵の元へと歩いて行った。
 彼女に付き従うのは、最近聖女付きとなった大きな扇で口元を隠しながら歩く美しい女性……だがその作ったような笑顔と、どことなく不安感を与える雰囲気は人を寄せ付けない迫力のようなものがある。
 名前は……確かフェリピニアーダとか名乗っていただろうか? 視線に気がついたのか軽くナグルファー子爵へと視線を送った彼女の目が一瞬だけ獲物を捉える猛獣にも似た光を発した気がした。
「……何なんだ、あれは一体……」

「フェリピニアーダだっけ……魔法使いとか言ってたけど、そうは見えないよな……」

「ああ……まるで獰猛な猛獣に思えるよ……」
 ナグルファー子爵はまるで心臓を鷲掴みにされたかのような強い緊張と恐怖感を感じ、こちらを見ているフェリピニアーダから目をそらす。
 興味を失ったのか彼女はそのまま聖女に付き従って歩いていくが、視線が外れたと本能が理解したのだろう……背中にどっと冷たい汗が吹き出したような気がした。
 あの目はなんだ……? 人間じゃないと言われたほうがまだ納得できる恐怖感。
 彼は領地が少し辺境地域に近く、魔獣討伐などを領民とともに行うため何度か命の危機を感じたことがあるが、あれはいつだっただろうか?
 巨大なサイクロプスが彼に向かって木の幹を引き抜いただけの無骨な鈍器を振りかざした時に感じた、命の危機に似た強い恐怖感を感じる。
 あの時自分を見ていたサイクロプスの一つしかない瞳に浮かんでいた光と、フェリニピアーダが発した殺気は同種のもののように思える。
「……俺はもう帰るか、領地のことも心配だしな……レインも考えたほうがいいぜ」



「……第一王子派の敗北は決定的じゃのぉ……クハハ」
 フェリニピアーダのバカにしたような口ぶりに聖女ソフィーヤは表情を歪めて彼女を睨みつける……第二階位六情の悪魔エモーションデーモンであるフェリニピアーダは先日ソフィーヤの手によって召喚されているが、正式な契約をしているわけではない。
 だが……フェリニピアーダはなぜだかわからないが、召喚後も止まりソフィーヤのために働いている……本人曰く「面白いからやっておるのじゃ」らしい。
 ソフィーヤの苦々しい表情に気がつくとフェリニピアーダはクハッ! と歪んだ笑みを浮かべる。
「……その言い方気に食わないわ」

「それは失礼……だが我々悪魔デーモンは元々そういう存在じゃよ?」

「……さっきの連中は何を?」

「お主らの敗北を悟っておるわ……お前の父よりよほど賢いな」
 フェリニピアーダの言葉にカッとなったのか、ソフィーヤは思わず手を振り上げようとするが……だがフェリニピアーダの余裕のある表情にその手を振るうことを思いとどまると、はあっ! と息を吐いた。
 悪魔デーモンの言葉は正しい……ソフィーヤですら第一王子派に未来がないことは理解しており、いかにその破滅の運命を先延ばしにするのかを考えているのだから。
 だが……アンダースとその取り巻き、この場合は彼女の父も含まれるが彼らは根拠のない楽観的な会話を繰り返すのみとなっている。
 メガデス伯爵家への攻撃もアンダースにより命令を受けたナイトウィッシュ伯爵家により行われているが、王都での防衛作戦には彼らの兵力は必要だったはずだ。
「お父様はもう私の話など聞かないわ」

「……お主ら本当に家族か?」
 王都を守る兵士の大半はいつくるかわからないインテリペリ辺境伯軍を迎え撃つために緊張を強いられているが、その緊張も長くは続かないだろう。
 すでに攻め寄せてこない第二王子派の軍に怯えることもなく、第一王子派に所属する兵士たちには弛緩の傾向が見て取れる。
 ソフィーヤはそれがわかっているが故に口惜しい気持ちで一杯なのだ……だが、諦めずに最後まで足掻く……それが貴族令嬢として、聖女として彼女が取れる最大の行動であるからだ。
 フェリニピアーダの顔を見つつ、自嘲気味にソフィーヤは笑う。

「……昔はね……ちゃんとした家族だったと思うわよ……今はどうかわからないけど」
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