わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第三五八話 シャルロッタ 一六歳 魔王 〇八

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「我は混沌神の代理人……この世界全てを泥濘へと堕とすための尖兵、そして……我は無敵の存在なのだッ!」

「天が……なんて魔力を……」
 魔王トライトーンに秘められた凄まじい魔力が解放されていく……その力は空気を震わせながら彼へと集まっていき、それまで青く澄んでいたはずの空に黒雲を集め始めている。
 魔力の集中だけで天候が変わるというのは、ほぼ神性の存在しかなし得ないからな……隣にいるクリスは唖然とした顔で天を見上げていた。
 まあ、始めて見たらびっくりするよね……それくらい神性というのは規格外の存在に他ならない、例えば前々世における救い手や海を割った預言者なども実は神性じゃなかったのかな、とは思ったりする。
 天候を変える魔法なんかもあるけど、これはその規模じゃない……空を見上げるとそこには渦を巻く黒い雲と、そこから放たれる稲妻が地上へと降り注ぎ、王都周辺に落下しては爆発を巻き起こしている。
 落雷している場所に誰もいないといいのだけど……第二王子派の軍勢もこうなってくると戦いどころではないだろうからな。
「大丈夫、私がついておりますわ」

「……そっか、そうだよね」

『クハハハハハッ!! 人の姿を捨て去って我の力が強大に変化していくぅ……ッ!!』
 魔王の肉体が突然ボコン! という音を立てて膨れ上がる……それは人間の姿を捨て去るかのように変形し、体の各部が凄まじい勢いで増殖し巨大化していく。
 わたくしが前世で戦ったレーヴェンティオラの魔王はあくまでも人間型のままで戦っていた……まあ角があったり羽が生えたりとか、尻尾はあったりしたけど辛うじて人間みたいな姿はしてたと思う。
 だが目の前の魔王トライトーンの体は無秩序を絵に描いたような増殖と膨張を繰り返していく……しかし相手を倒そうっていうんだから、ある一定の形へと集約していくはずだ。
 圧倒的な戦闘力を持つ魔獣、幻獣と呼ばれる生物の形状が一定の秩序だった形状をしているのは理由がある、人間が武器や物を使うことに特化しているのと一緒で、その身体能力を発揮するためのデザインというのはどうしても似通ってくるらしい。
 ドラゴンは空の覇者らしく……巨大なサーペントは海を支配するための姿へ、そして砂漠を支配するサンドワームのように全てを破壊するためだけにデザインされた物もいるだろう。
「……ま、そーなるわよねえ……」

「ドラゴン……? いやそれにしては随分と……」

『クハハハハ!』
 膨れ上がった魔王トライトーンの姿はまるでドラゴンを模したような巨大な形へと変化していくが、その手足には指に当たるものはなく、触手がそのまま伸びただけのような非常にシンプルなものが備わっていた。
 黄金の瞳が無数にある頭部に当たる場所はまるで象のようにのっぺりとした質感と、ヌメヌメとした光沢を持った皮膚によって構成されており、そのあちこちには複雑に生え備わった小さな触手が無数に伸びているのがわかる。
 口は……無数にある触手の中に埋没しているのかよく見えないけど、おそらく触手が牙の役割をしているのだろう……耳障りな笑い声を上げるたびにそれが蠢くのがわかる。
 背中に当たる部分には巨大な翼が六対に渡って伸びているが、幕にあたる部分は存在せずただ骨組みが伸びているだけのように見える。
 生態系の頂点たるドラゴン……その威容を乱雑に模しただけの出来損ないに見える姿だが、大きさは一〇メートルを超えており、その異形が地面へとゆっくりと根を下ろすように鎮座すると辺りに地響きが広がっていった。
「……雑な造形ねえ……」

「これはどういう生き物なんだ……」

「意味なんかないですわよ? 混沌そのものの本質、無秩序を絵に描いただけの化け物ですわ」
 そう、言い換えてみれば子供の落書き、書き殴ったものがそのまま現実世界に生まれ出でた姿だと思えば話がはやい……とはいえ、その凄まじい冒涜的な姿は恐怖を掻き立てるものらしく、幻獣ガルム族のユルは再び全身の毛を逆立てて今にも飛び上がりそうなくらいに怯えている。
 わたくしはそこまで恐怖を感じない……単純な見た目だけでいえばもっとヤバい存在を知っているし、もっと無茶苦茶な造形の生き物が住む場所すら体験したのだから。
 前者は夢見る淑女ドリームレディ……いまだに彼女の真の姿を思い出そうとすると、本能的にロックがかかるらしくまるで記憶が蘇らなくなる。
 後者は煉獄プルガトリウム……デザインやデッサンが狂った世界を見てきてしまったので、そこまで恐ろしいとさえ思わなくなってしまっている。
 耐性ができていると思えばラッキーか……クリスは初めて見る冒涜的な姿に恐怖するのかと思っていたが、彼の心は相当に強いらしく、じっとその姿を見つめても震えひとつ起こしていなかった。
「……無秩序か……確かにね、君は大丈夫か?」

「え、ええ……もっと酷いのを見ましたので問題ありません」

「もっと酷いの?」

「あー、そのなんていうんですかね……異世界をば」
 異世界としか説明つけられないんだよなー! 煉獄プルガトリウムは……あの世界にいた奇妙な生物たちは言葉で形容するにはちょっとおかしな造形すぎる。
 ともかくわたくしが魔王トライトーンの姿を見ても平然としているのを見て、クリスは慣れたのか少し苦笑すると、剣を構え直して身構える。
 こちらが戦う気力があると理解したのか魔王はゆっくりとその膨れ上がった肉体からのびる無数の触手をゆっくりと伸ばすと、胴体らしく場所の真ん中に巨大な穴を出現させる。
 穴……?! その巨大な穴へと恐ろしいまでの魔力が集約していくのを見て、わたくしの背中にぞっと寒気が走った。
 こいつ……なんか凄まじい魔法をぶちかますつもりで魔力を……わたくしはクリスとユルを守るように一歩前へと出ると、すぐさま魔法を展開した。
「……まず……っ! わたくしの後ろへ!! 戦神の大盾アイギスシールドッ!!」

『まずは小手調べに……受けてみよ』
 白銀に光る巨大な盾、戦の女神の所持する大盾とも呼ばれる絶対的な防御魔法がわたくしの前面へと展開し終わるのと同時に、魔王トライトーンの体から漆黒の魔力が轟音とともに迸る。
 それは黒い光線と呼べば良いだろうか? 一直線に体から伸びた光線は戦神の大盾アイギスシールドに衝突するとともにその方向を微妙に変え、上空へと放たれ空間を歪ませながら遥か遠くへと延びると次第に勢いを無くしていく。
 魔力の本流が収まるのと同時に周囲の歪み切った空気が元へと戻るグワングワンという音を響かせた後、次第に音は小さくなり再び静寂だけがその場を支配し始める。
 たった一発、それだけにもかかわらず戦神の大盾アイギスシールドは消滅し、その存在を無くしていく……嘘だろ? この魔法展開している時間もそれなりに長い完全防御魔法なんだぞ?!
「……まじか、こんな威力がある攻撃を……」

「だ、大丈夫か?」

「……こ、婚約者どのこそいかがですか……」

『クハハ……消滅しないとは流石だ……』
 ユルは今の一撃で放たれた魔力の大きさで目をぱちくりと瞬かせながら、クリスとお互いしっかりと抱き合ってわたくしの背後で言葉をなくしている。
 わたくしはというと先ほどの魔王が放った漆黒の光線……その威力を目の当たりにして普段展開する防御結界だけでは確実に防ぎきれないことに気がつき、冷たい汗が背中に流れた気がした。
 わたくしたちが驚いているのが伝わっているのだろう……魔王トライトーンであるその存在は、数多く光る黄金の瞳を輝かせると低く響く声で笑う。
 だが流石に連射はできないだろう……あれだけの威力を放つということは、魔力を再び集め直すのにかなりの時間がかかるはずだ。
「……クリス、攻撃に移りますわよ」

「シャル?」

「あの漆黒の光線……再び撃つのにかなりの時間を要するはず、二発目を撃たれる前に決着をつけましょう」
 わたくしの言葉を聞いたクリスは一度魔王トライトーンの姿を見て、わたくしがそう判断したことを理解したのだろう、ユルを抱きしめていた手を解放すると、名剣蜻蛉ドラゴンフライを握りしめ黙って頷いた。
 そんなクリスの隣にいたユルは何度か身震いした後、クリスの体にそっと体を擦り付けるような仕草を見せる……そんなユルの行動にクリスも優しく微笑んでから彼の頭をそっと撫でた。
 クリスはユルに任せよう……今のクリスに足りない機動力をユルが確実に補ってくれるはずだ、そう考えたわたくしはそのまま前へと走り出す。
 魔王トライトーンは低く響く声で引き攣るような笑い声をあげた後、体の各部に存在している触手を一気に展開して伸ばしていく。
 それは凄まじい数の槍がわたくしへと伸びるように迫るが、先ほどの光線のような圧倒的な破壊力を有しているわけではない。
『クハハ! 接近戦か……良いだろうッ!』

「魔王トライトーンッ!」
 わたくしは迫り来る触手を虚空より引き抜いた魔剣不滅イモータルを振って叩き切っていく……魔王トライトーンの肉体が異形と化したとはいえ、実体がある存在だ。
 少しだけ鈍く重いものを切り裂く手応えを感じながらわたくしは剣を振るって突進していく……弱点はどこだ……?
 走りながらわたくしが魔王トライトーンの体の各部に視線を向けるが、あまりに奇妙な構造へと変化している体ゆえにその場所がすぐには判別できない。
 なら徹底的に切り刻んで破壊すればわかるかもしれない……わたくしは大きく跳躍すると、体の表面に迸る電流とともに一気に魔王トライトーンへと跳躍した。

「全て切り刻めば……わかるってもんでしょ!! ——我が白刃、切り裂けぬものなしッ!」
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