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14.衝撃
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結界の補修作業の進捗状況は、あまり芳しくないらしい。
アンジェリアは直接ベルナルドに問いただすようなことはしなかったが、はかどっていないことは雰囲気でわかった。
カプリスに尋ねてみたところ、結界の構成がとても複雑なため、補修作業ができるのはベルナルドだけなのだという。それも、法力の質がかけ離れているため、手こずっているそうだ。
力になれない己の無力さを、アンジェリアは嘆く。
もし自分に法力があれば、少しくらいは役に立てたかもしれないのに、ほぼ無いに等しいと診断されてしまったのだ。
アンジェリアにできることは、普段どおりに神殿の雑用をこなすことと、疲れているベルナルドを癒すために努力することだけだ。
夜のお世話役というお役目は、どうにか果たすことができている。
まだまだアンジェリアは、されるがままになっているのがほとんどだが、それでもベルナルドは満足そうだった。
焦って失敗するよりも、少しずつ覚えていけばよいだろう。
「……ふう」
そこまで考えたところで、アンジェリアは大きな息を吐いて、目を伏せた。
少しずつ覚えていくといっても、この後、どれほど時間があるのだろうか。
いずれベルナルドは王都に帰ってしまうのだ。そのことを思うと、悲しくて胸をかき乱される。
できることなら、ついて行きたい。だが、アンジェリアのような何もできず、身分もない小娘など、ベルナルドの迷惑になるだけだろう。
考えれば考えるほど、閉ざされた未来しか浮かばず、アンジェリアは薬草を摘んでいた手を、いつの間にか止めてしまっていた。
「ずいぶんと、浮かない様子だね」
物思いに沈んでいたところに声をかけられ、アンジェリアはびくりと身を震わせて、摘んでいた薬草をぱらぱらと落としてしまった。
声をかけられたことによる驚きだけではなく、声の主に対する、まさかという思いからだ。
おそるおそる振り返ってみると、そこはエジリオの姿があった。
以前、エジリオに襲われて媚薬まで盛られたことを思い出し、アンジェリアは逃げ出したくなってくるが、足がすくんで動かなくなってしまう。
「そう怯えないでよ。この間は悪かったよ、もうしないから安心して」
苦笑しながら、エジリオは敵意がないことを示すように、両手を軽く上げた。
本当だろうかと、アンジェリアは唇を引き結んで、エジリオを見つめる。
「きみに何かしたら、ベルナルド上級神官からどういう目に合わされるかわかったものじゃない。そんな恐ろしいこと、彼がいる間はできるわけがないじゃないか」
どうやら本当のようだったが、含みを持たせる言い方に、アンジェリアは警戒を解くことができなかった。
「……旦那様がいる間、だけですか?」
「その後のことは自由だろう? きみはまた一人になるわけだから。まあ、もう前のような無理強いをする気はないよ。きみが望むのなら、面倒を見てあげるってだけさ」
考えたくない未来のことをほのめかされ、アンジェリアの心は滅入りこんでいく。
ベルナルドが帰ってしまい、アンジェリアが一人取り残されるということだけでも、喪失感でおかしくなってしまいそうなのに、その後にも頭の痛い問題があるようだ。
いっそ、結界の補修が永久に終わらなければよい。そのような考えすら浮かんできて、アンジェリアは己の身勝手さに、落ち込んでしまう。
「でも、もしかしたら、彼が帰るよりも早くなるかもしれないね。きみは、そろそろお役ご免になるみたいだし」
ところが、続くエジリオの言葉は、アンジェリアの落ち込みなど吹き飛ばしてしまうほどの衝撃だった。
「ど……どういうことですか……?」
耳を疑いながら、アンジェリアは問う。
お役ご免とは、いったいどういうことだろうか。自分に何か落ち度があったのだろうかと、アンジェリアは必死に心当たりを探すが、思い当たることはない。
「きみ自身に問題があったわけじゃないよ。父の目論見がはずれたってこと」
まるでアンジェリアの心を読んだかのように、エジリオが語り出す。
「……目論見?」
「ベルナルド上級神官って、すごい噂ばかりだったじゃないか。女をいたぶるのが好きだとか。だからきみは、どうなってもいい生贄として捧げられたわけなんだよ。でも、実際は違った。あの人、わりと清廉潔白だよね」
アンジェリアも、最初はベルナルドの恐ろしい噂を聞いて、自分の命はないものと諦めていた。
まさか、あれほど慈悲深く、驕ることもない、素敵な方だとは思いもしなかったのだ。
「そうなると、父には欲が出てきちゃったみたいなんだよね。最初はきみを差し出して恩を売ろうとしたんだけど、きみがいたぶられている様子もなく無事なところを見ると、もっと深く縁を結べるんじゃないかってね」
「……深く縁を結ぶ?」
嫌な予感が、じわじわとアンジェリアの背筋を這い上がってくる。
この先の言葉を聞きたくなかったが、逃げ出すこともできない。
「父には娘はいないけれど、姪がいるんだよ。父の妹の娘で、ビビアーナっていうんだけれどね。彼女を嫁がせて、婚姻関係を結んでしまえってことさ」
頭を殴られたような衝撃が走り、アンジェリアは呆然と立ち尽くす。
嫁がせる、婚姻関係、それらはいったい何のことだろうか。理解を拒否したアンジェリアの頭の中で、単語だけがぐるぐると駆け巡っていく。
「ビビアーナも最初は、いくら王都の名門貴族とはいえ、そんな恐ろしい相手は嫌だって言っていたんだけれどね。でも、実際は違うってわかったら、まあいいかって納得したみたいだよ」
アンジェリアに構うことなく、エジリオはごく普通に語り続ける。
「そんなわけで、ビビアーナがベルナルド上級神官の妻になるんだったら、きみはお役ご免っていうわけさ。一人寝が寂しくなったら、いつでも言ってくれ。面倒を見てあげるよ」
そう言い残して、エジリオは去っていった。
しかし、アンジェリアは彼の言葉も頭に入らず、去っていたことすら気づかないまま、その場に棒立ちになっていた。
アンジェリアは直接ベルナルドに問いただすようなことはしなかったが、はかどっていないことは雰囲気でわかった。
カプリスに尋ねてみたところ、結界の構成がとても複雑なため、補修作業ができるのはベルナルドだけなのだという。それも、法力の質がかけ離れているため、手こずっているそうだ。
力になれない己の無力さを、アンジェリアは嘆く。
もし自分に法力があれば、少しくらいは役に立てたかもしれないのに、ほぼ無いに等しいと診断されてしまったのだ。
アンジェリアにできることは、普段どおりに神殿の雑用をこなすことと、疲れているベルナルドを癒すために努力することだけだ。
夜のお世話役というお役目は、どうにか果たすことができている。
まだまだアンジェリアは、されるがままになっているのがほとんどだが、それでもベルナルドは満足そうだった。
焦って失敗するよりも、少しずつ覚えていけばよいだろう。
「……ふう」
そこまで考えたところで、アンジェリアは大きな息を吐いて、目を伏せた。
少しずつ覚えていくといっても、この後、どれほど時間があるのだろうか。
いずれベルナルドは王都に帰ってしまうのだ。そのことを思うと、悲しくて胸をかき乱される。
できることなら、ついて行きたい。だが、アンジェリアのような何もできず、身分もない小娘など、ベルナルドの迷惑になるだけだろう。
考えれば考えるほど、閉ざされた未来しか浮かばず、アンジェリアは薬草を摘んでいた手を、いつの間にか止めてしまっていた。
「ずいぶんと、浮かない様子だね」
物思いに沈んでいたところに声をかけられ、アンジェリアはびくりと身を震わせて、摘んでいた薬草をぱらぱらと落としてしまった。
声をかけられたことによる驚きだけではなく、声の主に対する、まさかという思いからだ。
おそるおそる振り返ってみると、そこはエジリオの姿があった。
以前、エジリオに襲われて媚薬まで盛られたことを思い出し、アンジェリアは逃げ出したくなってくるが、足がすくんで動かなくなってしまう。
「そう怯えないでよ。この間は悪かったよ、もうしないから安心して」
苦笑しながら、エジリオは敵意がないことを示すように、両手を軽く上げた。
本当だろうかと、アンジェリアは唇を引き結んで、エジリオを見つめる。
「きみに何かしたら、ベルナルド上級神官からどういう目に合わされるかわかったものじゃない。そんな恐ろしいこと、彼がいる間はできるわけがないじゃないか」
どうやら本当のようだったが、含みを持たせる言い方に、アンジェリアは警戒を解くことができなかった。
「……旦那様がいる間、だけですか?」
「その後のことは自由だろう? きみはまた一人になるわけだから。まあ、もう前のような無理強いをする気はないよ。きみが望むのなら、面倒を見てあげるってだけさ」
考えたくない未来のことをほのめかされ、アンジェリアの心は滅入りこんでいく。
ベルナルドが帰ってしまい、アンジェリアが一人取り残されるということだけでも、喪失感でおかしくなってしまいそうなのに、その後にも頭の痛い問題があるようだ。
いっそ、結界の補修が永久に終わらなければよい。そのような考えすら浮かんできて、アンジェリアは己の身勝手さに、落ち込んでしまう。
「でも、もしかしたら、彼が帰るよりも早くなるかもしれないね。きみは、そろそろお役ご免になるみたいだし」
ところが、続くエジリオの言葉は、アンジェリアの落ち込みなど吹き飛ばしてしまうほどの衝撃だった。
「ど……どういうことですか……?」
耳を疑いながら、アンジェリアは問う。
お役ご免とは、いったいどういうことだろうか。自分に何か落ち度があったのだろうかと、アンジェリアは必死に心当たりを探すが、思い当たることはない。
「きみ自身に問題があったわけじゃないよ。父の目論見がはずれたってこと」
まるでアンジェリアの心を読んだかのように、エジリオが語り出す。
「……目論見?」
「ベルナルド上級神官って、すごい噂ばかりだったじゃないか。女をいたぶるのが好きだとか。だからきみは、どうなってもいい生贄として捧げられたわけなんだよ。でも、実際は違った。あの人、わりと清廉潔白だよね」
アンジェリアも、最初はベルナルドの恐ろしい噂を聞いて、自分の命はないものと諦めていた。
まさか、あれほど慈悲深く、驕ることもない、素敵な方だとは思いもしなかったのだ。
「そうなると、父には欲が出てきちゃったみたいなんだよね。最初はきみを差し出して恩を売ろうとしたんだけど、きみがいたぶられている様子もなく無事なところを見ると、もっと深く縁を結べるんじゃないかってね」
「……深く縁を結ぶ?」
嫌な予感が、じわじわとアンジェリアの背筋を這い上がってくる。
この先の言葉を聞きたくなかったが、逃げ出すこともできない。
「父には娘はいないけれど、姪がいるんだよ。父の妹の娘で、ビビアーナっていうんだけれどね。彼女を嫁がせて、婚姻関係を結んでしまえってことさ」
頭を殴られたような衝撃が走り、アンジェリアは呆然と立ち尽くす。
嫁がせる、婚姻関係、それらはいったい何のことだろうか。理解を拒否したアンジェリアの頭の中で、単語だけがぐるぐると駆け巡っていく。
「ビビアーナも最初は、いくら王都の名門貴族とはいえ、そんな恐ろしい相手は嫌だって言っていたんだけれどね。でも、実際は違うってわかったら、まあいいかって納得したみたいだよ」
アンジェリアに構うことなく、エジリオはごく普通に語り続ける。
「そんなわけで、ビビアーナがベルナルド上級神官の妻になるんだったら、きみはお役ご免っていうわけさ。一人寝が寂しくなったら、いつでも言ってくれ。面倒を見てあげるよ」
そう言い残して、エジリオは去っていった。
しかし、アンジェリアは彼の言葉も頭に入らず、去っていたことすら気づかないまま、その場に棒立ちになっていた。
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