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15.結婚相手
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アンジェリアがエジリオから衝撃的な話を聞かされている頃、ベルナルドは何も知らずに、普段どおり結界の補修作業をしていた。
一区切りついたので、少し休憩しようとしたところ、神殿に似つかわしくない赤いドレス姿の女性が歩いているのを見かけて、目を疑う。
疲れて幻覚でも見えたのだろうかと思ったものの、赤いドレス姿の女性はベルナルドに向かって歩いてきた。
赤い髪を結い上げた、華やかな顔立ちの女性だった。ベルナルドはどこかで見たことがあるような気がして、首を傾げる。
「ごきげんよう、ベルナルド様。あたくしは、ビビアーナと申します。この地の領主の姪ですわ」
口元に微笑みを浮かべて、ビビアーナが優雅に挨拶をする。
ベルナルドは、これが領主の紹介したいと言っていた姪とやらかと、面倒ごとの予感にうんざりする。結界の補修作業で疲れた体に、さらなる疲労感が増していくようだ。
どこかで見たような気がするのは、初日の宴で見かけたのだろう。そう納得しかけたところで、はっと気づいた。
宴の後、ジーノの部屋にいた女だったのだ。
「……まさか、あのときの……」
「あら、覚えておいででしたのね」
ビビアーナは悪びれる様子もなく、あっさりと認めた。
堂々とした態度に、むしろベルナルドのほうが良からぬことをした気になってしまう。
「……それで、何か用件があるのだろうか」
どことなく居心地の悪い思いを抱えながら、ベルナルドは問いかける。
領主が紹介したいと言っていたからには、何かたくらみがあるのだろうが、それが何かはわからなかった。
「あたくし、あなたの妻になりますの」
艶然と微笑みながらビビアーナが放った言葉も、ベルナルドにはわけがわからなかった。
ベルナルドは困り果て、ジーノのいる執務室にやって来た。
ジーノはベルナルドの伴っていたビビアーナを見て、眉をわずかにぴくりと動かしたが、それだけだった。ビビアーナも、そ知らぬふりをしている。
「……おまえたち、組んで俺に嫌がらせでもしているのか」
思わず、そう呟いてしまうほど、二人は息がぴったり合っていた。
「ああいうのは、その場限りなんですよ。終わったら、もう無かったことと一緒です。あなたには無縁なことだったので、知らないのは仕方ないですけれど、ごちゃごちゃ言い出すのはマナー違反なので、覚えておいてくださいね」
ジーノが冷たい視線と共に、諭してくる。
おまえと関係した女をあてがわれようとしているのか、など言いたいことはいろいろとあったが、こう言われては口を閉ざすことしかできない。
「で、用件は何ですか?」
ベルナルドを言いくるめたところで、ジーノが口火を切る。
「あたくし、ベルナルド様の妻になりますの。きっと、その紹介のためですわ」
「い、いや、待て。俺はそんなこと、さっき聞いたばかりで、認めたわけじゃないぞ。勝手に決めるな」
「あら、あたくしに何かご不満がございますの?」
うろたえながらベルナルドは否定するが、ビビアーナは動じた様子もない。
それどころか挑戦的に胸を張り、豊満な胸が強調される形になって、ベルナルドは視線をそらした。
「……この地には、ずいぶんとマニアが多いようですね。驚きましたよ」
感心したように嘆息して、ジーノが呟く。
「いやいや、そんなことで感心するな。……そもそも、俺にはアンジェリアがいるんだ。妻なんて、そんな……」
「あの娘は、あなたの妻になれるような身分ではありませんわ」
言いかけたところで、ビビアーナにきっぱりと切り捨てられてしまう。
とっさに言い返す言葉も浮かばす、ベルナルドは何かないかと、助けを求めるようにジーノに視線を向けた。
「婚姻となると、本人たちの気持ちだけではどうしようもないですからね。特にあなたなんか、名門貴族の嫡男なんですし」
だが、返ってきたのは支援ではなく、突き放すようなものだった。
ベルナルドは奥歯を噛み締めるが、ジーノの言葉からふと思いつく。
「……そうだ、俺の家は強い法力を持った相手でなければ、結婚は認められないんだ。だから……」
領主一家の法力は低かった。ビビアーナも領主の姪だというのだから、たいした法力は持っていないだろう。
これで波風立てずにお断りすることができると、ベルナルドは自らの思いつきに満足する。
アンジェリアに対する問題は何も解決しないが、とりあえずこの場はしのげるだろう。
「じゃあ、測定してみましょう」
ジーノが測定装置を持ってくる。
ほら貝に似たような形のそれを、ビビアーナは素直に受け取って握る。すると、ぼんやりとした光を放ち始めたのだ。
法力に反応した証である。それも、決して小さくはない。
ベルナルドは、まさかと己の見ているものを信じられなかった。
「わりとありますね。はい、失礼します」
淡々としたジーノの言葉が、ベルナルドの見ているものが真実であると裏付ける。
ジーノは青白く光る測定装置を受け取り、じっと観察を始めた。
「……法力の質は、ここの結界の構成と近いですね。調整役になれそうですよ」
さらにベルナルドを突き落とすような宣告が、ジーノから放たれた。
調整役になれる人間が現れたことは、結界の補修作業を大幅に進展させることになる。待ち望んでいた展開であり、諸手を挙げて喜ぶべきだろう。
しかし、ベルナルド個人にとっては、お断りの良い口実を失ったことになる。
それも調整役になれる程度に法力があるのならば、ベルナルドの家もビビアーナを認めるだろう。強大な法力というほどではないが、妥協点には達している。調整役を務めたという実績が加われば、おそらく反対はないだろう。
以前ならば何の問題もなく、やっと結婚相手が見つかったと喜びすらしただろう。
だが、今はベルナルドの心を占めているのは、アンジェリアなのだ。
ビビアーナの存在は、ただでさえ弱い立場のアンジェリアを、さらに追い込むことになってしまうだろう。
本来は結界の補修がはかどると歓迎すべきことなのに、ベルナルドの心は暗澹たる思いに覆われていくだけだ。
「この地の記録を見ると、過去の力ある神官には女性らしき名前が多かったので、もしかしたら女性に力が出現しやすい家系なのかもしれませんね」
ジーノが冷静に推測を呟くのを、ベルナルドはどこか遠くから響く声のように聞いていた。
一区切りついたので、少し休憩しようとしたところ、神殿に似つかわしくない赤いドレス姿の女性が歩いているのを見かけて、目を疑う。
疲れて幻覚でも見えたのだろうかと思ったものの、赤いドレス姿の女性はベルナルドに向かって歩いてきた。
赤い髪を結い上げた、華やかな顔立ちの女性だった。ベルナルドはどこかで見たことがあるような気がして、首を傾げる。
「ごきげんよう、ベルナルド様。あたくしは、ビビアーナと申します。この地の領主の姪ですわ」
口元に微笑みを浮かべて、ビビアーナが優雅に挨拶をする。
ベルナルドは、これが領主の紹介したいと言っていた姪とやらかと、面倒ごとの予感にうんざりする。結界の補修作業で疲れた体に、さらなる疲労感が増していくようだ。
どこかで見たような気がするのは、初日の宴で見かけたのだろう。そう納得しかけたところで、はっと気づいた。
宴の後、ジーノの部屋にいた女だったのだ。
「……まさか、あのときの……」
「あら、覚えておいででしたのね」
ビビアーナは悪びれる様子もなく、あっさりと認めた。
堂々とした態度に、むしろベルナルドのほうが良からぬことをした気になってしまう。
「……それで、何か用件があるのだろうか」
どことなく居心地の悪い思いを抱えながら、ベルナルドは問いかける。
領主が紹介したいと言っていたからには、何かたくらみがあるのだろうが、それが何かはわからなかった。
「あたくし、あなたの妻になりますの」
艶然と微笑みながらビビアーナが放った言葉も、ベルナルドにはわけがわからなかった。
ベルナルドは困り果て、ジーノのいる執務室にやって来た。
ジーノはベルナルドの伴っていたビビアーナを見て、眉をわずかにぴくりと動かしたが、それだけだった。ビビアーナも、そ知らぬふりをしている。
「……おまえたち、組んで俺に嫌がらせでもしているのか」
思わず、そう呟いてしまうほど、二人は息がぴったり合っていた。
「ああいうのは、その場限りなんですよ。終わったら、もう無かったことと一緒です。あなたには無縁なことだったので、知らないのは仕方ないですけれど、ごちゃごちゃ言い出すのはマナー違反なので、覚えておいてくださいね」
ジーノが冷たい視線と共に、諭してくる。
おまえと関係した女をあてがわれようとしているのか、など言いたいことはいろいろとあったが、こう言われては口を閉ざすことしかできない。
「で、用件は何ですか?」
ベルナルドを言いくるめたところで、ジーノが口火を切る。
「あたくし、ベルナルド様の妻になりますの。きっと、その紹介のためですわ」
「い、いや、待て。俺はそんなこと、さっき聞いたばかりで、認めたわけじゃないぞ。勝手に決めるな」
「あら、あたくしに何かご不満がございますの?」
うろたえながらベルナルドは否定するが、ビビアーナは動じた様子もない。
それどころか挑戦的に胸を張り、豊満な胸が強調される形になって、ベルナルドは視線をそらした。
「……この地には、ずいぶんとマニアが多いようですね。驚きましたよ」
感心したように嘆息して、ジーノが呟く。
「いやいや、そんなことで感心するな。……そもそも、俺にはアンジェリアがいるんだ。妻なんて、そんな……」
「あの娘は、あなたの妻になれるような身分ではありませんわ」
言いかけたところで、ビビアーナにきっぱりと切り捨てられてしまう。
とっさに言い返す言葉も浮かばす、ベルナルドは何かないかと、助けを求めるようにジーノに視線を向けた。
「婚姻となると、本人たちの気持ちだけではどうしようもないですからね。特にあなたなんか、名門貴族の嫡男なんですし」
だが、返ってきたのは支援ではなく、突き放すようなものだった。
ベルナルドは奥歯を噛み締めるが、ジーノの言葉からふと思いつく。
「……そうだ、俺の家は強い法力を持った相手でなければ、結婚は認められないんだ。だから……」
領主一家の法力は低かった。ビビアーナも領主の姪だというのだから、たいした法力は持っていないだろう。
これで波風立てずにお断りすることができると、ベルナルドは自らの思いつきに満足する。
アンジェリアに対する問題は何も解決しないが、とりあえずこの場はしのげるだろう。
「じゃあ、測定してみましょう」
ジーノが測定装置を持ってくる。
ほら貝に似たような形のそれを、ビビアーナは素直に受け取って握る。すると、ぼんやりとした光を放ち始めたのだ。
法力に反応した証である。それも、決して小さくはない。
ベルナルドは、まさかと己の見ているものを信じられなかった。
「わりとありますね。はい、失礼します」
淡々としたジーノの言葉が、ベルナルドの見ているものが真実であると裏付ける。
ジーノは青白く光る測定装置を受け取り、じっと観察を始めた。
「……法力の質は、ここの結界の構成と近いですね。調整役になれそうですよ」
さらにベルナルドを突き落とすような宣告が、ジーノから放たれた。
調整役になれる人間が現れたことは、結界の補修作業を大幅に進展させることになる。待ち望んでいた展開であり、諸手を挙げて喜ぶべきだろう。
しかし、ベルナルド個人にとっては、お断りの良い口実を失ったことになる。
それも調整役になれる程度に法力があるのならば、ベルナルドの家もビビアーナを認めるだろう。強大な法力というほどではないが、妥協点には達している。調整役を務めたという実績が加われば、おそらく反対はないだろう。
以前ならば何の問題もなく、やっと結婚相手が見つかったと喜びすらしただろう。
だが、今はベルナルドの心を占めているのは、アンジェリアなのだ。
ビビアーナの存在は、ただでさえ弱い立場のアンジェリアを、さらに追い込むことになってしまうだろう。
本来は結界の補修がはかどると歓迎すべきことなのに、ベルナルドの心は暗澹たる思いに覆われていくだけだ。
「この地の記録を見ると、過去の力ある神官には女性らしき名前が多かったので、もしかしたら女性に力が出現しやすい家系なのかもしれませんね」
ジーノが冷静に推測を呟くのを、ベルナルドはどこか遠くから響く声のように聞いていた。
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