お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり

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4.婚約破棄を目指して

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 夢ではなかった……朝起きて、すぐに鏡を覗くと、そこには頭に包帯を巻かれた私の姿があった。
 恐る恐る包帯を外すと、額には痛々しい傷跡が大きく残っていた。

「でも頑張ったら前髪で隠せる気がする……傷痕を隠せそうなので婚約はなしでってお願いしよう」

 もしかしたら昨日は勢い余って先を急ぎすぎたと、婚約自体を取消しになるかもしれない。
 希望を持っていると、朝食前に公爵様は部屋にやってきた。

「おはよう、アイリス。気分はどうだ?」
「あ、えっと……」

 おかしい。
 なんだか公爵様の様子がいつもと違う。
 どこか甘い雰囲気が漂っていて、私のことも名前で呼んでいた。
 今までそのようなこと一度もなかったというのに……!

「やはり痛むだろう」
「いえ! 本当に大丈夫ですので! このように髪で傷痕も隠せそうですし、やはり婚約の件は白紙に……」
「今日から正式に君は私の婚約者となった。安心してくれ、もう二度と君に怪我を負わせないと誓おう。その怪我も必ず治してみせる」

 やっぱり結婚諸々諦めていなかったようだ。
 私の提案もすぐに跳ね除けられてしまい、婚約者になったという言葉まで……。

「え、じゃあ私は本当に公爵様の婚約者になったのですか⁉︎」
「そうだ」
「そんな、私には荷が重すぎます! 無能な私が公爵様に釣り合うわけが」
「今後、誰にも君を無能とは言わせないから安心してくれ。むしろ私には君しかいない」

 公爵様は私の手を取り、甲に軽く口付けした。
 こ、こんなことって……第一、公爵様は私に怪我を負わせた罪悪感から結婚するはずなのに。
 どうしてこんなにも愛おしそうに見つめてくるのだろう。

「早速だが、今日にでも君と一緒に住みたいと思っている。神殿を出ることになるが構わないか?」
「ほ、本当ですか⁉︎」

 あまりの嬉しさに、思わず食い気味に話してしまう。
 神聖力を持つ人間が神殿を出られる可能性はほぼゼロに近い。なぜなら王室や民からの信頼が厚く、かなり偉い位に位置している神殿に逆らえないからだ。
 例外があるとすれば、神殿よりも偉い立ち位置にある、まさに公爵様ぐらいだろう。

「ああ、もう上には話を通している」
「嬉しいです……! まさか神殿を出られる日が来るなんて……」

 そこでハッとする。
 神殿を出るというのは、つまり公爵様と婚約関係を続けなければいけないということだ。
 このままだと婚約破棄ができないではないか。

 とはいえ聖女の力を使うわけにはいかない。
 他に婚約破棄できるとすれば、逃げ出すかあるいは公爵様から婚約破棄を言い渡されるか……これだ。
 公爵様に私は妻として相応しくないと判断してもらい、婚約破棄してもらえばいいのだ。
 その後は私に怪我を負わせた罪悪感を煽り、公爵様の領地で穏やかに暮らさせてもらうというのはどうだろうか。
 いや、そもそも……。

「あの、公爵様! 公爵様は私に怪我を負わせて申し訳ないと思っていらっしゃるのですよね?」
「もちろんだ。傷つけてしまってすまない」
「いえ、謝罪が欲しいのではなくて! あの、別に結婚じゃなくてもいいと思いませんか? 私の望みは結婚ではなく、平穏に暮らしたいことです。なので公爵様の領地で暮らさせていただくのはどうかなと……何なら仕事を与えていただければ喜んで働きます!」

 これだと公爵様の経歴に傷つくことなく、円満解決だ。
 きっとこれで考え直してくれると思ったけれど、公爵様はどこか切なげに私を見つめた。

「もう君が傷つくのを見たくない。だから君のそばで守らせてほしい」
「そこまで公爵様が罪悪感を抱く必要は……」
「そうか……君は私がそれほど嫌いなのか」
「なっ、そ、そんなことありません! むしろ公爵様には何かと気にかけてくださって、いつも感謝しております!」
「では婚約関係でも問題ないな」

 まるで先程の切ない表情は嘘のように、公爵様はニコッと笑みを浮かべる。
 これはもしかして、誘導されたのでは……。

「私、好きとは言っていません! 公爵様を尊敬はしていますが、恋愛的な意味で好きというわけでは」

 慌てて抗おうとしたけれど、公爵様の人差し指が私の唇に触れる。
 まるで静かに、とでも言うように。

「では……」

 次に、公爵様の指が私の顎をそっと持ち上げる。

「好きと言ってもらえるように努力しよう」

 色っぽい瞳が私を捉え、思わず胸がドキッと高鳴った。
 昨日今日で、私の知らない公爵様の顔がどんどん増えていく。

「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」

 公爵様の笑みは魅惑的で、まんまと惑わされた私は口を開くことすら躊躇われた。

「この機会を逃すと思うか?」
「……っ」

 公爵様は行こうか、と言葉を続け、私は流されるままに彼の後をついていった。

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