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5.甘い一面
しおりを挟む公爵様はどうして私を神殿から攫うつもりだったのだろう。
王都にある公爵家の屋敷に連れてこられた私は、用意されていた私専用の部屋でずっとその理由を考えていた。
正直、一つの可能性は頭に浮かんでいるけれど……まさかそんなはずはないと否定し続けている。
だって私に惚れる要素などないだろう。
周囲からは無能だと言われているし、虐げられたらその分やり返そうとしている姿も見られているし……うん、とても考えにくい。
公爵様が私のことを好き、だなんて。
やはり他に目的があるのだろうか。
たとえば……私が聖女だと気づいている、とか。
公爵様だからあらゆる手を使ってそれを知り、私と結婚して利用してやろう、みたいな。
いや、それだと私の怪我を理由に求婚などしないだろう。
他に考えられるのは、他国に嫁いでしまった妹と私を重ねてしまい、哀れに思ったから?
それが一番納得のいく理由な気がする。
「うーん……」
色々と考えすぎて頭がパンク寸前だった私は、気晴らしにと思い、大きくてふかふかなベッドにダイブする。
「わっ、気持ちいい……」
さすがは公爵家の立派な屋敷だ。
ああ、このまま眠ってしまいそう。
「はあ……まあ、公爵様のことを私がわからなくて当然か」
結局、公爵様の考えがわかるのは彼自身のみだ。
「それほど思い悩んでどうした?」
「こ、公爵様……⁉︎」
思考を放棄してゴロゴロしようかと思っていると、突然公爵様が現れた。
早速寛いでいるところを見られてしまい、慌てて起き上がる。
恥ずかしい。図太い女だと思われていないだろうか。
いや……今更か。公爵様の前でやらかしてしまった失態の数々を思い出す。
図太いと思われていない方がおかしいだろう。
「こちらにはどういった御用で……」
「婚約者に会うための理由など必要ないだろう」
くっ……今、さらっと私のことを婚約者と言った。
私はまだ受け入れきれていないのに。
公爵様は当然のように私のそばにやって来た。
「私のことを考えていたのか?」
先程の独り言を聞かれていたようで恥ずかしくなる。
けれど公爵様は嬉しそうに笑み、私の髪に触れた。
昨日から公爵様の距離感が異様に近くなった気がしていたけれど……やはり気のせいではなかったようだ。
今までこんな風に触れてくることはなかったというのに。
「そうです。公爵様の考えが読めなくて……」
「考え?」
「どうして公爵様が私と結婚しようとしているかわかりません。利益など一つもないのに……むしろ損しかないというか」
罪悪感だけで結婚まで踏み切れるものだろうか。
公爵という高い地位であるなら尚更慎重になるべきだ。
「やっぱりあれですか? 私が公爵様の妹さんと重なって、哀れに思ってくれたんですよね!」
「……確かに、最初は妹と重ねていたのかもしれないな」
「やっぱりそうだったんですね! 最初は妹さんと……はは……」
直後、最初は……ってどういう意味⁉︎ と、心の中で突っ込みを入れる。
まるで今は違うとでも言いたげな……。
これ以上聞いてはいけないと思い、俯いて黙る。
変な沈黙が流れて少し気まずい。
公爵様は変わらず私の髪を撫でていて、くすぐったい。
「あの、公爵様……」
「アイリス」
「……は、はい」
公爵様に名前で呼ばれるのは慣れず、ドキッとする。
甘い雰囲気に、心が落ち着かない。
「いつまで私のことを“公爵様”と呼ぶつもりだ? 婚約者にそのような呼び方をされるのは少し寂しいな」
「それは、私に公爵様の名前を呼べと仰るのですか……?」
そんなの恐れ多い。
それに名前で呼び合うだなんて、周囲に仲睦まじいと思われてしまう。
「ああ、そうだ。これから夫婦になるのだから、何も躊躇う必要などない」
「夫婦になると決まったわけでは……」
「アイリス」
公爵様の手が、するりと私の髪から頬へと移動する。
再び名前を呼ばれたけれど、あえて返事はしない。
今の公爵様を見てはいけない気がして、俯き直す。
「目すら合わせてくれないのか」
「あの、公爵様……先程から距離が近いように思えるのですが」
「婚約者と触れ合うくらい問題ないだろう」
そう言って、頬に口づけされる。
前触れのない突然のキスに、さすがの私も驚いて顔を上げた。
「やっと私を見てくれたな」
「……っ」
公爵様が私を視線が合うなり、笑みを浮かべる。
色気ダダ漏れの公爵様との距離が想像以上に近くて、自然と鼓動が速まった。
「こ、公爵様、これ以上は……」
「うん? 聞こえないな」
公爵様は意地悪そうに口角を上げながら、私の唇を指でなぞる。
ず、ずるい……!
これはもう、そういうことだろう。自分の求める結果が出るまで、こうして私を攻め続けて……もちろん私に勝ち目などない。
「せ、セピア様! 色々と限界なので離れてください!」
まさか公爵様を名前で呼ぶ日が来るなんて。
少しの沈黙の後、公爵様はクスッと笑って私から離れてくれた。
「残念だが、今日はここまでのようだな」
今日はってことは……明日からこれ以上の攻めが待っているのだろうか。
ああ、ここまでされたら私でも気づく。
公爵様は私を好いている、ということを──
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