素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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292 / 298
18巻

8

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ガタガタガタガタガタ……


馬車は舗装された道を進む。
舗装されているとはいえ、石畳だから馬車内の振動はすさまじい。
日頃から少しだけ中空に浮いている馬車に乗っているため、ごく一般的な馬車に乗るのは久しぶり。一般的な馬車と言っても、ショペン公爵から用意された馬車なので豪奢な馬車ではある。広いし。

港町ユーヨンで用意された馬車に乗ったけど、あっちの道の方が揺れは少なかったな。石畳ではなく水はけのよい細かな砂と砂利の道だったからだろうか。

尻と腰を守るため、俺たちはそれぞれレインボーシープの綿入りクッションを使用。御者台のサスケも同じクッションに座っている。クッションはバイリー商会で扱う予定。

公爵家へ向かう馬車は蒼黒の団の愛車である『リベルアリナ号』ではなかったので、今この馬車を引いているのはプニさんではない。プニさんはリリファンに用意してもらった朝食を四人前くらい食べ終わったら、散歩に行ってしまった。公爵家に行くよりも空を駈けたいのだと。いざとなれば姿を消し去ることなんか簡単にできる古代馬だ。くれぐれも野良飛竜などのモンスターを刺激して帝都まで引き連れてこないことを条件に好きにさせた。

「ピュピューピュピューィ」

呑気なビーの鼻歌が馬車内の緊張感を少しだけ緩めた。
俺たちは今、帝都貴族街の一等地にあるデオスィラゲル公爵邸を目指していた。
サスケの計らいで予想よりも早く紹介人に繋ぎがつき、バイリー商会店舗責任者として俺と、侍従のスッス、護衛のクレイとブロライト、公爵閣下が見てみたいと仰せのドラゴンの子供であるビーと共に。ついでにクレイの頭上をゆらめくハムズ五匹。このハムズ、俺たちは慣れてしまったのでクレイの頭上で飛んでいようが甲冑の中に潜んでいようが気にならなくなったが、気になる人にとってはとても気になる存在。

帝都に来て店が開店する前だというのに、店の前に護衛として立っていた鰐獣人のクレイにハムズを売れと言ってきた貴族の使いやらどこぞの金持ちが数人いた。
有翼人が暮らす空飛ぶ島、キヴォトス・デルブロン王国では珍しくもなんともない『頭虫』と呼ばれる存在。波長の合う魔力を好んで住み着く性質があるのだが、その生態は未だに解明されていない。何せ存在が明らかになったのは、空飛ぶ島がトルミ村近くの森に来てからなので。

今頃ハムズたちの生態は王国の魔法学校とか各研究機関で調べてはいるのだろうけど、ハムズたちは気まぐれな存在。魔力の波長が合わなければ逃げてしまう。捕まえようとしてもぬるりとするりと消えてしまうので、研究目的で連れて行こうという人は嫌うらしい。
逆に、ついてこられても困ると思うような人の魔力を好む偏屈。エルフのベルクなんかはハムズ二匹に好まれ、邪魔だと言っているのに髪の毛に巣くってしまっているのだという。お気の毒だね。

どっかのもっちり精霊王が特に何も言わないので、危険な存在ではないだろう。しかし、目立つから面倒なのを引き寄せる厄介な存在ではある。

そんなクレイの姿は、いつもとは違う鰐獣人用の装備を身に纏っていた。
帝国の高位貴族である公爵閣下に無礼のないよう、庶民でも王国の商人はこれだけの品物を用意することができるのですよ、といういわゆるアピールも込めている。

ランクAのヒュルリリアタイガーという大型モンスターの毛皮で出来た外套装飾。艶やかな濃紺の外套は水を弾くランクAのドラッグフロッグの革。戦国武将のような白銀色の甲冑一式は、グルサス親方筆頭のドワーフ鍛冶職人連中が腕を振るった。ミスリル魔鉱石をメインに、各種希少な鉱石をこれでもかと惜しみなく使った一品。各種モンスターはエルフの戦闘狂たちが嬉々として仕留めてきた。
クレイの胸の中央には、虹色に輝くアポイタカラ魔鉱石で加工された守護石が装着している。

この守護石っていうのは、戦闘職が護身用に己の魔力を溜めておくためのもの。いざというときに魔石に貯めた魔力を使うように加工されているとか。
グルサス親方がクレイの命を守るよう、祈りと魂を込めたと言っていた。

――死ぬまでにアポイタカラ魔鉱石を扱えるなんて、俺はいつ死んだって惜しくない仕事をした! ありがとうよ!

そう言ってアポイタカラ魔鉱石を加工し終えたグルサス親方は、全身の筋肉が悲鳴を上げ、三日三晩高熱に魘されたらしい。
魔力が強い魔石をいじる(・・・)代償だとリブさんが寂しそうに教えてくれた。
しかし、高熱を出した四日目の朝には親方は平気で酒を飲んでいたというのだから、ドワーフ強い。

そんでもって甲冑には戦闘に特化した魔法が込められているので、俺が各種強化魔法を使わなくてもクレイの意志一つで魔法が発動される仕組み。俺がクレイに強化魔法を使えない場面では役立つだろう。

一流の鍛冶職人や魔法に特化した種族が作った装備品だろう? 国宝級、いやもう伝説級の代物なんじゃないのこれ。アポイタカラ魔鉱石自体がミスリル魔鉱石よりも手に入りにくい鉱石だからな。装備全体に幻惑魔法をかけているから最強装備であることは誤魔化されるかもしれないが、この装備のままで戦うクレイは魔王どころか大魔王になるんじゃないだろうか。怖い。炊飯器に封印されないよう祈ろう。

ブロライトは一応護衛だが、グランツ卿の奥方様が用意してくださった群青色の礼服を着ている。腰には愛用のジャンビーヤ。犬獣人に扮しているが、あの尻尾はなぜ動かせるのか謎だ。

ドワーフに扮したスッスもグランツ卿の奥方様が押し付け、いや、ご用意くだされた臙脂色の礼服を着ていた。気慣れないようで、さっきから首周りを落ち着きなく触っている。

ビーの首には青い蝶々型のチョーカー。
俺もグランツ卿の奥方様がご用意くだすった以下略。

大公閣下ご夫妻に礼服を用意してくださっていただいたのはとてもありがたいことなのだが、王国でも超人気で予約は年単位で待たなければならないという服飾店で、超人気な針子たちを独占し、高級な生地をふんだんに使い、やたらと繊細な刺繍があっちこっちに品よく描かれた素晴らしい礼服なんだよこれ。一着いくらすると。

そんな高級品を蒼黒の団全員に各五着もいただいてしまった。手触りすっべすべ。俺は巨人族に扮した赤の髪に生える黒の燕尾服(タキシード)を着させてもらっている。
礼服は商人にとっては戦闘服のようなものだ。
俺たちはアルツェリオ王国を背負って来ているのだから、決して恥ずかしい真似をしてはならない。それは理解できるのだが、少々やりすぎている感は否めない。一応、俺たち金持ちの設定だけど、貴族ではないからね。
ビーの調子はずれな鼻歌を聞いていると、耳飾り(イヤーカフ)からサスケの声が聞こえてきた。

「もうすぐ屋敷に着く」

サスケはクダンの変装をし、御者台に座っている。
馬を操るのは公爵家の人なのだが、サスケの隣りに座っていてもサスケの声には反応していない。
この耳飾り型の魔道具は小さな通信魔法石がはめ込んであり、骨伝導で装着者本人にのみ音が聞こえる仕組み。
通信魔法石を魔改造したのは俺ではない。もっと小さくて装着していても不自然に見えない形だったら便利なのになあ、と呟いた俺の責任ではある。
ユグル族がトルミ村に来てくれたおかげで、俺は魔道具造りに専念することはなくなった。ユグルの魔法研究隊(マッド・サイエンティスト)は良い仕事をしてくれた。

耳飾り型通信魔道具は俺たちが帝都に到着して直ぐ転移門をトルミ村につなげたさい、魔法研究隊に託されたものだ。既に諜報部隊リルウェ・ハイズは全員所持している。
帝都からトルミ村までの大陸を跨ぐような長距離通話はできないが、広大な帝都内くらいならば通信が可能。
これでリルウェ・ハイズの仕事が更に早くなったのは言うまでもない。
クレイは耳に飾れないので、輪っか型にしてもらったものを頭の角の一つにはめている。

「デオスィラゲル公爵の容態は安定しているようだが、足に後遺症が残った。そこまでは昨夜話したな」

御者台に座るサスケから聞こえてくる声に、俺たちはそれぞれ頷く。
昨晩のこと。
帝都のバイリー商会の店舗に転移門で戻った俺とクレイは、サスケからショペン公爵への面会が可能になったことを告げられた。

いや、早くね? とは思ったけども。
クレイにとっては旧友になるうえ、ショペン公爵は毒を盛られて一時は重体だった。
サテル殿下の容態が安定した今、次にクレイが心配するのはショペン公爵だろう。
そんなわけで俺たちはバイリー商会として、高位貴族に謁見するため、一同正装しているわけだ。

ちなみにこの耳飾り型魔道具で通信中、防音魔法が同時展開されているので盗聴の危険はない。
盗難魔道具はまだ開発できないので、個人魔力を魔道具に登録することで他人が扱えないようにした。登録者の魔力を三時間感知しなかった場合、通信魔道具は砂と化す。
盗聴魔道具は聴力を増すような仕組みにすれば造れるとは思うが、それは身体能力強化の魔法になり、聴力のみに集中して発動するとなると造るのはまだまだ難しい。
リルウェ・ハイズの諜報員たちは身体強化魔法で聴力を高められるらしいが、それは秘伝の魔法とのこと。俺はたぶんできる。

「タケル殿にはデオスィラゲル公爵邸に潜む間者の数を教えていただきたい」

サスケの頼みには答えられるが、応じて良いのかクレイに視線を移すと、クレイは無表情のまま頷く。

「我らの情報網ではデオスィラゲル公爵に毒を盛った犯人が『隠蛇(いんだ)の帳(とばり)』であることは確実なのだが、奴らの潜伏先までは突き止められなかった」
「ぬう……」

サスケの感情を悟られない語りにクレイが拳を握りしめる。

「むうううう……凄腕の師匠たちでも見つからないのは悔しいっす」

ブロライトは肩をすくめ、落ち込むスッスの背を叩いた。

「リルウェ・ハイズの腕が良かろうとも、帝国も一筋縄ではいかぬのじゃろう。そう落ち込むな、スッス」

そもそもリルウェ・ハイズって全世界に散らばっている王国直属の諜報部隊だが、活動できる範囲ってものもあるのだろう。よくわかんないけど誓約とかありそう。
諜報部員と聞くと、どうしても前世で見た不可能な任務に挑む某組織のエージェントを思い出す。水中で六分息を止めるってすごいよね。
ユグルたちが遠慮なく開発しまくる各種魔道具でリルウェ・ハイズの諜報活動は楽になるかもしれないが、命は第一にしていただきたいものだ。
あと、開発した魔道具の悪用は禁止している。ここはグランツ卿とユグルの魔法研究隊を信頼しているので何も言うまい。

「『隠蛇の帳』は実態こそわからぬが、確実に高位貴族の後ろ盾がある。皇室に近しい血筋、若しくは次期皇帝の座狙う何者かを操れる立場の者であろう」

それな。
俺もサスケと同じことを思っていた。
そうでもなければ公爵閣下であるショペン公爵に毒を盛れないだろうし、王宮という帝国でも一番警備が厳しい場所に住んでいるサテル殿下を拉致監禁できるわけがないのだ。

「いんだのとばり? 物騒な名前じゃな。悪辣な者共の巣窟か?」
「悪い組織なんすか?」
「ピュー」

ここらへんの情報共有は未だだったな。商会店舗でするにはまだまだ不安だったので、移動中の馬車でブロライトとスッスにも情報を共有する予定だったのだ。

「タケル」

クレイが俺に目配せをすると、俺は頷いた。
サテル殿下を調査した時に得た情報は多くない。だがしかし、諸悪の根源の名前を知っているというのはかなり強い情報だろう。サテル殿下が実は双子っていうことは隠したままで。

「えーと、サスケさんに頼んだのは『隠蛇の帳』っていう組織が帝国内でどうやって暗躍しているかの調査。俺の調査魔法は調査した人――ええと、鑑定の対象者が知っていることしか探れないんだ。だから、サテル殿下は組織の名前と惣領がヒディっていう名前しか知らなかったんだろう。ヒディって名前も本名ではないと思う。帝都西の孤島ビオってところが組織の本部……だった?」
「いいや」
「それなら殿下を監禁するためだけの絶海の孤島、ってところかな。そんな救出も脱出も不可能そうなところから殿下が消えたと知れば、今頃焦っているだろうな」

俺・考案で様々な人が手伝って爆誕した空飛ぶ座椅子は、移動手段は馬車か船か飛竜、若しくは「馬」という生き物以外知らない人にとって想定外の乗り物。見た目は座椅子というより完全に超小型宇宙船だからな。

「あの空飛ぶ椅子は素晴らしい乗り物だ」
「もっともっと乗り心地を良くするつもりだから」

車内泊くらいできるように改造したいところ。
庶民には流通させない。貴族にも。荷運びする人の仕事を奪ってはならないからな。
さて、高い鉄格子に囲まれた御屋敷が見えてきた。高台の一等地。あそこがデオスィラゲル公爵閣下の邸宅というかお城というか、もう城だな。オーストリアのシェーンブルン宮殿とまでは言わないが、そんな感じ。更に高いところに位置する宮殿にくらべたら意匠(デザイン)が違う。アルツェリオ王国にある邸宅に似ている。
どうしてだい?


【デオスィラゲル公爵帝都邸宅】
五代前のバルトロメルア・デオスィラゲル・ベルトンがアルツェリオ王国を視察した際、建築様式に感銘を受けて屋敷を改修。別名を白百合(リリ・ウム)の邸宅と呼ばれている。
屋敷内は帝国様式ではあるが、ところどころに王国様式の意匠が目立つ。
現在の屋敷の主人はワディランテ・デオスィラゲル・ショペン公爵。
使用人の数は百八十七名。
間諜の数は二十七名。
暗殺者の数は二名。
暗殺者は一年前に入った料理人のゴズッドと、半年前に入った侍女のヴァレッダですよ。


「あっ」

やべえ。
また無意識に調査先生をお呼びしてしまった。
おまけに暗殺者が二名って。しかも、名前と役職付き。

「ああー、あああー」

ありがたい情報だし、なんなら屋敷に到着してから調べようと思っていたけど。

「ピュ?」

ビーが俺を心配して頭をぽふぽふと叩いてくれる。癒されるが、今は癒されている場合ではない。

「如何したタケル!」
「兄貴、何か変なもんでも食ったんすか? 水、飲むっすか?」

俺が突然頭を抱えて唸り始めたので、ブロライトとスッスは心配してくれたのだが。
俺のこの反応を見て心配どころか俺を睨みつけるのは。

「…………何をした」

そんな地の底から生まれてきたような声を出さなくても良いじゃないか。ただでさえ今はドラゴニュートのクレイよりもイカつく見える鰐獣人だっていうのに。

「これは、俺は、誤らなくても良い案件だと思う、ます」

最近の調査先生は優秀すぎて、何なら俺の手綱を放れているような気すらするのだが、文句は決して言うまい。必要な情報を必要な時に教えてくれただけなのだから。






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