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18巻
7
深く繰り返される穏やかな呼吸。
看病してくれた面々が尽力してくれたのだろう。今の殿下は命の灯が消えそうなあの病弱な姿とは似ても似つかない。全体的に細すぎている身体なのは否めないが、肌は潤いが保たれ顔色も良い。かさついて出血していた唇もぷるるんだ。
「おかゆもね、小さなおさらだったけれど、お代わりをしてくださるのよ。モモタちゃんとおきゃくさまの新しいおさらを用意しましょうねってお話しているところなの」
桃色のドレスに白のエプロンをして嬉しそうに語るのは、二足歩行のうさぎちゃん。アルナブ族のユムナだ。
「あたらしいおさらはペトロナさんが作ってくれるんだよ」
ユムナの隣りで青いツナギに白いエプロンをした尻尾ふりふりの豆柴。コポルタ族のモモタ。
この二人が三日に一度は殿下の看病をしているらしい。
殿下専用の秘密診療所は地下に作られ、即席のため広さはない。そのため小柄な人や他種族が優先的に殿下の看病に抜擢されたのだが、なんせ看病相手はトルミ村どころか王国で大人気の元竜騎士クレイストンの恩人。トルミ村の誰もが我先にと看病をすると名乗りを上げ、小柄で病人の看病経験があり、穏やかな性質の人が抜擢された。
病気の子供の看病なら任せなさいなと、トルミ村村長の奥さんも協力してくれた。
少しでもクレイに恩を返せるのならと。
「無理はせぬようにな」
クレイがユムナとモモタの頭を大きな手で優しく撫でると、二人は気持ちよさそうに目を細めて尻尾をふりふり。可愛い。
「むりなんかしないわよ。大丈夫」
「ルカルゥちゃんとザバちゃんも来たかったんだよ。だけどルカルゥちゃんはおおきな翼があるから邪魔にならないようにって。ザバちゃんはお喋りが止まらなくなるだろうからだめって兄さまに言われていたよ」
嗚呼、あの二人ならそうなるだろうなと想像してしまい苦く笑った。
トルミ村を旅立ってから幾日が過ぎただろう。
少なくともアリバイ工作のための船旅と島逗留、馬車での移動云々を換算したらばひと月以上は経過しているか。もっとか? 衰弱していた殿下をお救いしてから少なくとも二十日以上は経過しているから、ひと月以上か。もしかしたらふた月以上かもしれない。
有翼人のルカルゥ、そして守護聖獣でお喋りお化けのザバは元気にしているようだ。
帝都のバイリー商会の店舗の地下室、転移門専用の部屋に転移門を設置すると俺とクレイだけがサテル殿下を見舞った。
大勢で押し掛けるわけにもいかなかったし、ブロライトとスッスとビーは店舗見学と帝都視察に繰り出すそうだ。ついでに屋台で聖竜騎士グッツを買ってくれと内密に頼んであるので、俺の願いは叶うだろう。
殿下の寝台の側にある椅子に腰を降ろしたクレイは、長く息を吐きだした。
ちなみに今のクレイは変装を止め、ドラゴニュートのクレイに戻っている。殿下の傍にいるときは本来の姿でないと恐れられてしまうからな。俺も人の姿に戻っています。
「健やかな姿は何ともご立派なことであろう」
黄金色に輝く艶めいた髪に指先だけ触れ、懐かしそうに目を細めるクレイ。
俺はユムナとモモナに港町ユーヨンで購入した聖竜騎士飴菓子をこっそりこそこそ渡すと、診療所内に常駐している皆にしばらく席を外してくれるよう頼んだ。
さて。
俺は隠し事を隠し通すことは得意だが、隠したままなのは少々苦手でしてね。
「今のうちに殴られるようなこと言ってもいい?」
「んぐっ」
いつまでもお腹の中に抱えたままではしんどいので、クレイに殴られるのを覚悟で挙手。
クレイは殿下の髪に触れようとした指を握りしめ、寝台の側で立っている俺を睨み上げた。
「たわけたことではなかろうな」
「時と場所を選んだ言葉です。なんだよ。俺がいつもいつもたわけたことを言っているみたいじゃないか」
やめてー。
俺も負けじとクレイを睨んでやると、クレイは更に息を吐きだす。そして片手で顔を覆い、片手で俺に向かって掌をひらひらとさせた。喋ってみろということだね。
「サテル殿下は何者かに監禁されていたわけだ」
「……うむ」
「その何者かの正体を知っています」
「何っ⁉」
「ついでにサテル殿下って双子なの知ってた?」
「うぐうっっ!」
「あと、帝国を創った初代皇帝は小柄な人でした。帝都の初代皇帝巨大像は、虚栄心の現れです」
「ぬっ、ぬぐうううううっ!」
最後の初代皇帝の身長は余計だったかな。
だが、殿下が双子だったと言った俺の言葉に、クレイは「どうして知っている」という顔をしてしまった。
俺とクレイの付き合いは長くなっている。寡黙で孤高の戦士だと誤解されているクレイは、実は表情豊かで短気。涙もろい。
そして決して嘘がつけない性格なのだ。
「なにっ、ゆえ、お前は!」
「ちょいとお待ちよ。その言葉は愚門だぞ? 俺は、鑑定士よりも凄い調査魔法がある。勢いに任せてサテル殿下のことを調べたら、色々と知ってしまっただけで不可抗力だろう」
椅子から立ち上がり、俺の胸ぐらを掴みそうだったクレイを強い言葉で制する。
俺の調査魔法、調査先生の力をクレイは知っているじゃないか。
俺ですら調整は難しく、無意識にでも俺が「知りたい」と思えば調査先生は丁寧に教えてくださるのだから。しかも忠告付き。
「クレイ、俺はサテル殿下を害しようとか利用しようとか、あわよくば宮殿の風呂はどうなっているのか石鹸は何を使っているのか聞くくらいはするが、絶対にクレイが嫌がるような真似は殿下にしない」
宮殿の風呂と石鹸。
この言葉にクレイの肩がグッタリと落ちた。
「お前は、お前は……! いや、お前はそういうやつではあった。だがしかし、恐れ多くも殿下に、石鹸など、そのようなことを聞くか?」
「気になるだろうが。ブロライトとスッスに帝国の流行とか最先端の魔道具を探すように頼みはしたが、風呂と石鹸については忘れていた。考えてみればお偉いさんがどこの商会のどういった石鹸を使っているなんか知るわけがなかったよな。うんうん、これは聞かないでおくよ約束しますはいはい」
ショペン公爵には聞くかもしれないけど。いいよな? 魔法の巾着袋を融通するんだから。
両手を上げて降参をしたままクレイに畳みかけるように言うと、クレイは再度椅子に腰を降ろした。
「はあ……サテル殿下――サテリアル殿下には確かに双子の兄君がおられた」
「ナントカ・カントカ・ユリなんとかさん」
「名まで知っておるのか? いや、お前は名を覚えるのは得意ではなかったな」
「えへへ」
「不気味に笑うな。兄君の名はユリアリル殿下だ」
そうそう。
調査先生に教えてくれた名前は、ケルラッシュ・ダヴィダリオア・ユリタ・ユリアリル。
口に出して音にしようとすると、どうしてもカタカナの羅列を連想してしまって言葉にできない。魔法ってふしぎだね。
エルフ族にしろ貴族にしろ、なんで無駄に長い名前を付けたがるんだ。それが伝統だと言われればそれまでなんだけど、覚えられるわけがないだろう。
俺は鞄の中からクレイ専用の大ジョッキに潤酒を注いでやると、それをクレイに手渡した。クレイは不本意そうだが、続いてつまみの小魚の佃煮味煎餅を皿で取り出すと、ジョッキを渋々と受け取った。
「帝国内でも限られたものしか知らぬことだ。お前はこのことを決して他に漏らしてはならぬぞ。ブロライトとスッスにも黙っておけ。時を見て俺から話す」
「おそらくサスケさんは知っていると思う」
「それは仕方があるまい。殿下の御身を御守りするには、正しき情報を集めることが必要となる」
クレイが語るに、サテル殿下とユリアリル殿下――通称ユリル殿下は時を同じくして生まれた双子の皇子。
だがしかし、帝国には悪しき慣習があった。
双子は不吉の象徴であると。
特に、先に生まれてくる赤ん坊を忌むべき呪われた子として扱っていた。
我先へと腹から逃れる臆病な子であり、同胞を裏切る星の元に生まれ――
「いやいやいや、なんでそうなるの? 双子って人族にとっては珍しいかもしれないけど、コポルタ族は五つ子ちゃんが当たり前だぞ? 王国では双子は忌み子ではなかったよな? 確かグランツ卿の息子さんのお子さんが双子だとか何とかで賑やかだとかなんとかで? ブロリライトもリュティカラさんと双子だから、エルフは双子が禁忌ではないよな? えっ、帝国では不吉なの? なんで?」
「帝国の古き慣習など俺が知るか。あの国はアルツェリオよりも歴史が長いと豪語しておるゆえ、伝統を重んじておるのだろう」
「王国はさておき、エルフより古い歴史なわけがないのに。今の時代に合わせるつもりないのかな。それとも、双子は呪われてなんかいないって知らないのか?」
「俺に言うな」
それもそうだけどもさ。
昔の日本も双子は禁忌とされていたんだよな。畜生腹、獣腹、なんて差別されていて。恐ろしい話だ。
尊い血筋で双子なんて生まれた日には、一人は捨てられるか里子に出されるか、若しくは天へと返すか。
馬や牛だって双子率は低いだろう? それなのに双子っていうだけで差別? 信じられない。そんなくだらない慣習を大事にしているなんて。
「一気に帝国が嫌いになったんだけどどうする?」
「頼むから、前触れもなく宮殿を爆破しようなどと考えるでないぞ。お前は、それを叶えられるだけの魔力があるのだから」
「ビーがいじめられたら西の大陸(エポルナ・ルト)の古代竜をひっぱたきには行くかな」
「頼むから、止めろ」
冗談じゃないか。
流石に俺だって神様を殴りに行く度胸はない。たぶん。ビーが虐げられたら瞬間湯沸かし器みたいに怒るかもしれないけどさ。
クレイに「嘘だって」と爽やかに微笑んでみたのに、訝し気に睨まれた。酷い。
「後に生まれたサテル殿下が皇太子殿下となられ、ユリル殿下は影武者として密やかに育てられた」
なるほど。
捨てたり殺すという選択をせず、利用したのか。
何せ双子だ。影武者として利用するくらい見た目がそっくりというのならば、一卵性双生児かな。マデウスの人に一卵性とか二卵性とか言ったところで理解しにくいだろうけど。俺も専門知識はないから説明が難しい。
「クレイはサテル殿下の護衛に任命された時に、サテル殿下が双子だと知った?」
「うむ。このことは皇室の限られた者にしか口伝されておらぬ。俺には皇室内部の事情を決して口にできぬ呪いをかけられた」
「え。呪われたの?」
「お前が俺をドラゴニュートへと進化させた際、呪いは消し去った」
それは良かったのか不味かったのか。
今ここでサテル殿下の内情を当事者(クレイ)から教えてもらえるのだから良かったのだろう。呪いなんて受け続けるものではない。
実は炎神が封印されていた北の大陸の秘密も知っている俺だ。ひとつの国の内情を知ったところで、大したことでは無い気がする。
ところで呪いなんておどろおどろしく言っているが、その実正体は魔法なのではなかろうか。
秘匿魔法(ラハカーモス)というかなり有名な魔法が王国では日常的に使われている。
日常的に使うと言っても、刺客を得た魔導士、鑑定士、各ギルド関係者やお役所務めの一部の人しか扱うことが許されていない国家資格のひとつだ。
何かの取り決めをする際、約束を破らないよう誓う証書等に魔力を込めると、誓った内容を言葉にして喋れず、文字に書き記すこともできなくなる魔法。
俺はひっそりと縛り魔法と呼んでいる。読んで字の如く、制約によって公言することを縛る魔法だ。秘匿魔法よりも縛り魔法の方が簡単かつ魔力消費も抑えられ、特定の魔道具を必要としないからお手頃だ。
秘匿魔法は魔力を練られて作られた専用の魔紙を必要とし、専用のインクで書いた文字に専用の封蝋が必要となる。制約に関わる全ての関係者の魔力を魔紙に込めなければならないので、そもそも契約者本人に魔力がなければならない面倒な魔法でもある。
トルミ村を守る結界。
あれを作った時に無意識に込めていた魔法が、この縛り魔法。当時は悪意を持つものが村に近づくのを排除したかったため、あまり深く考えずに結界魔法に追加していたけども。
今もミスリル魔鉱石の欠片で作ったあの結界魔道具は順調に起動している。
いつの間にか『緑の精霊王の試練』としてトルミ村に入れるか神の審判みたいな扱いにされているが、厄介なモンスターや間諜などが村に入らなければ良いのだ。
俺が呪いの正体は秘匿魔法の応用なのではないかとクレイに言うと、クレイは暫く黙り込んだ後シャツの裾を捲ってみせた。見事な腹筋6LDKだこと。仕上がっていますね。
「鳩尾に呪紋(しゅもん)を刻んだのだが、お前が消し去ったろう」
「え。やだ痛い。刻むって何? 焼きゴテでも押されたの?」
「…………お前はどうしてそう、真実を調べもせずに」
「え。本気? 今、俺適当なこと言ったんだけど! ちょっとやだあ、なにそれ拷問じゃないか。魔紙(まし)に宣誓でもちゃちゃっと書いて魔力を込めれば秘匿魔法は発動するのに」
「……帝国では、このようにせねば魔法は発動せぬと」
え。
やだ。
帝国の魔法って実はめちゃくちゃ時代遅れだったりするの?
焼きゴテで呪紋なんて、ただのパフォーマンスじゃないの? 王国ではそんな秘匿魔法のやり方、聞いたことがない。
俺が両手を口に当てて引いて見せると、クレイは眉根をぎゅっと寄せて再び不愉快そうにしかめっ面。
「そも、俺は魔法を扱わぬ」
「それにしたって焼きゴテを腹に押し付けられるって、どんな悪いことをした罪人だよ。クレイって聖竜騎士だったんだろう? もしかしたら未だに現役聖竜騎士かも疑惑中。それでもって殿下を守った功労者。それなのに焼きゴテはないわ」
「ぬ……」
魔法に疎いとはいえ、こりゃクレイは騙されたような気がするな。
命をかけ、それこそ愛槍をまともにふるえなくなるほどの重傷を負った騎士を相手に秘匿魔法に見せた焼きゴテ。
「でも、ゴブリン討伐の前に何度か湯屋で会っていたけど、あの時のクレイの腹に焼きゴテの痕なんてなかったような」
「呪紋は治癒魔法を施されたのち、消えたからな」
なるほどねー。
えーと?
なんだろう。凄く意味のないことだよな、それって。
呪いとかなんとかかんとか理由をつけて、クレイに苦痛を与えたかった趣味の悪い奴の存在を感じるのだけども。
「あのさ」
「待て――嫌な予感がする。しばし、待て」
俺が思いついたことを話そうとすると、クレイが片手を俺の顔面の前に出して制する。
嫌な予感だなんて失礼な。
ただ思ったことなんだけども、帝国で竜騎士やっていた頃のクレイってリザードマンの中でも出世株なわけだよ。
聖竜騎士の称号を得たのは後にも先にもリザードマンではクレイ唯一人。そんな有能な護衛を背中の傷一つで追い出すものだろうか。機敏な動きは出来ずとも、見た目は怖い顔しているんだから、殿下の護衛としての役目はじゅうぶんだったはず。
だとしたら、クレイの存在というか、目立つ存在(クレイ)がサテル殿下の傍に侍るのを良く思わない誰かさんがいたのだろう。
もしかしたら幼少期の殿下の命を狙った連中って、そもそもの狙いは殿下の護衛であるクレイを傷つけることが目的だったりしない? 何年前の話になるのかはわからないが、今更こんなこと言ってもクレイを困らせるだけなんだけども、真実って大事。
それで、更なる嫌がらせで腹に焼きゴテ。ついでにクレイを帝国から出奔させれば、今暗躍しているだろう諸悪の根源は自由に動き回れる。『隠蛇の帳』ってやつ。
それでもって、現在進行形で帝国の宮殿にいるのはサテル殿下の双子のお兄さんであるユリル殿下なんじゃないの? サテル殿下の影武者ならば、サテル殿下の代わりをさせられている可能性が高い。だからサテル殿下がこんな目にあっているというのに、帝都では厳戒態勢とかそういう緊急事態な様子は見られなかったんだ。皇室側が必死に隠しているのかもしれないけども、サスケが言うにはそういった兆候は見られないと。
とまあ、サスペンスマニアの俺の勝手な推理をクレイに言いたかったのだが。
クレイはジョッキに注がれた潤酒を一気に飲み干すと、無言で俺にジョッキを向けた。
はいはい、お代わりですね。
鞄から潤酒が入った小さな樽を取り出し、ジョッキに注ぎ入れる。
なみなみと注いだそれをクレイは再度一気に飲み込み、ジョッキを近くの机に置く。
「ふう、お前の考えは突拍子もないが、あながち外れたことはない。今思う限りで良い。お前の考えを聞かせてみろ」
真剣な顔でそう言うクレイに、俺は真剣な顔をして頷いた。
口の中にめいいっぱい小魚煎餅を詰めながら。
そして殴られる俺。可哀想。
******
ボディビルダーの掛け声、なんでだか毎回書いちゃう……
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