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18巻
13
しおりを挟む「失礼いたします」
俺たちが警戒を強めていると、侍女が新たな茶器を乗せたワゴンを押しながら執務室に入ってきた。
さっきのチェリスという名の侍女だ。
長椅子に座っていない俺たちの姿を見て驚くチェリスだったが、必死に表情を変えないよう笑みを絶やさずにいる。
【アクラム領 黄茶 三番茶】
一番茶は鮮やかな黄色だが、三番茶は保存が悪い状態の黄土色。
煎じてしまえば緑茶色に変わるので、見た目はわからない。
無味無臭のレンディアッタ・ハイゼという猛毒鈍色(にびいろ)海月(くらげ)を乾燥させた粉入り。
猛毒鈍色海月の粉は即効性があり、飲めば呼吸困難に陥り、細胞が破壊され死に至る。
毒を入れたのは隠蛇の帳諜報員ドロテア、本名ヴァレッダ。
怖!
死に至る毒入り茶なんて、よくもまあ用意できたものだ。
一度公爵の毒殺に失敗したから焦っていたのだろうか。お茶に毒を入れたヴァレッダという人は、よほどチェリスに信頼されているのだろう。
どうやって毒を混入させたのかは問題ではない。
例えばの話。
この場にいる誰かが――高位貴族の屋敷でお茶に呼ばれた場合、庶民ならば屋敷に勤める人より先に客人である俺たちがお茶を飲むことになる。そして俺たちの誰かがお茶を口にしていたとして、誰かが死に至ったら。
この毒入りの茶を持ってきたチェリスが全責任を負うことになるだろう。
そうなれば屋敷の主である公爵の面子にかかわる。そしてチェリスはもろとも、チェリスを採用した家令ヘームスケルクも処刑。侍女長にも責任が追及されるかな。
無実の人を巻き込まないよう、先手を打てる時は先の先を読まなければ。
「タケル、誰だ」
背後で公爵を守るクレイに声をかけられ、俺は執務室に入ってきた侍従の一人を指さす。
侍従は皆手を真っすぐに伸ばしているのに、一人だけ両手を後ろに回していた。そして不自然な気配。
「左から三番目。侍従アントニーク。本名エスクロ。ラタトイヤ子爵家の間者。魔法の袋を盗みたいようす」
「スッ、ゴエモン、殺すな」
「はいっす!」
まだお互いの仮名、言い慣れないよねーなんて呑気に思っていると。
スッスは瞬時に侍従エスクロの前に行き、とんっ、と鳩尾を軽く叩いた。本当に軽く、何でもないように叩いたように見えた。
エスクロは抵抗する間もなく、白目を剥いてゆっくりと倒れる。
気配を気取られることなく相手の動きを止めるのは、リルウェ・ハイズのお家芸。スッスは自分の感情を一切揺らさずモンスター相手にもこれができるのだから、ものすごいよな。スッスの冒険者ランク、もうSで良いんじゃない?
「次」
「右天井の隅っこ」
「ブロライト」
「応!」
クレイの指示に俺が応え、再びクレイの指示でブロライトが天井へと飛ぶ。
「やあっ!」
ブロライトの素早さはスッスを超える。俺が指摘した天井裏を蹴りひとつで瞬く間にぶち壊すと、逃げようとしていた間諜をその勢いのまま蹴り倒した。
執務室の天井にも見事な細工があったのだが、それがぼっこり大穴を開けて破壊された。
修理するとは言ったが、遠慮なくやりやがったなブロライト。
「ふぁーー!」
公爵の奇妙な悲鳴が響くと、隠れていた間諜が一斉に動き出した。
一人はベランダの硝子を破壊して。
一人は侍女を押しのけて執務室の扉から入り。
残りは空いた天井の穴からボロボロと這い出てきた。
間者二十七名が全員姿を現したわけではないな。数人は隠れたまま。
「閣下、胸飾りの魔道具を起動してください」
「ほっ?」
「起動(スタート)、です」
「す、起動(スタァト)!」
ショペンは俺に指示されるまま胸飾りに触れ、結界魔道具を起動させた。
ぷんっ……という軽い起動音と共に、無色透明の結界がショペンの全身を包み込む。
家令と執事もそれぞれ首かざり型結界魔道具を起動させた。同じく無色透明の結界。
「閣下は安全! スケさん、カクさん、ゴエモンさん、懲らしめてやりなさい!」
人生で一度は言ってみたかった台詞が今ここで!
ついでにこの紋所が~と言いたいところだが、俺たちの正体がバレたら元も子もないので我慢する。
「ピュイィ!」
「はい、ビーちゃんも!」
「ピュイ~ィ!」
ビーが自分もやりたいと抗議してきたので、自由にさせる。
俺の合図と共に蒼黒の団が嬉々として間諜らに飛びついた。
数では劣る我々だが、猛毒攻撃だろうと猛痺(もうひ)攻撃だろうとも、対人戦ならば負ける気がしない。
蒼黒の団はモンスターだけやっつけているわけじゃない。
山賊やら盗賊やらも退治している実績がある。少ないけれど。基本的に人は殺さず。情報を引き出すため、逃げられないように足を折り、自害しないよう口に布巾を突っ込み、そして睡眠魔法で安らかな眠りを与えてから冒険者ギルドに突き出して懸賞金を得るのだ。怪我は冒険者ギルド所属の治癒師が有料で治す。
考えてみたらいつもは獰猛なモンスターを相手にしているので、熟練の間諜や暗殺者を相手にするのは初めてだ。王国では蒼黒の団の命を狙おうだなんておバカさん、いないものな。
間諜らは目的を遂げる前に手や足を折られ、口に布巾を突っ込まれて後ろ手にワイヤーで拘束される。拘束用のワイヤーは細い金属を束ねたもの。結束バンドみたいにキュッと縛れるやつ。トルミ村のドワーフらに作ってもらった。
鮮やかな手口と言ったら聞こえが悪いが、クレイが間諜を伸して床にたたきつけ、ブロライトが間諜の手足に一撃を食らわせ床にたたきつけ、それらをスッスが迅速に拘束。
このチームプレイは打ち合わせなど行っていない。様々なモンスターとの戦いで、俺たちは互いの意思疎通ができるようになっていた。ちなみに間諜は毒が塗ってあるナイフや針や何かしらの武器を手にしている。だが、俺たちは殺傷禁止にしているため身一つで応戦。クレイの場合、あのでっかい拳が凶器になるけども。
そんな連携を間近で呆然と見続ける公爵たち三人。執務室の破壊状況は予想をはるかに上回るほど悲惨だが、それよりも目にも留まらぬ速さで立ち回る蒼黒の団に夢中だ。
帝都の中枢、安心安全な場所で過ごしている人は対人戦闘なんてめったに見られないだろう。元竜騎士だとしても、俺たちの連携のすさまじさはマデウス一だと俺は思っている。元竜騎士だからこそ、この連携の素晴らしさが理解できるはずだ。ふふふん。
イモムシ状態で天井から落ちてきた間諜らに、俺は一人一人安らかな眠りを提供する。
高位貴族の屋敷の屋根裏で、息を殺しながら潜み続けるのはしんどかったろう。腹も減っているだろう。メンタルズタボロだよね。良いんだよ。もう良いんだよ。休んで良いんだよ。さあ、穏やかで健やかな休みに委ねるのです……羊がいっぴき……羊がにひき……
「睡眠(ソルシュ)、睡眠、睡眠睡眠睡眠……たくさんいるな。ハンマーアントの巣をつっついたらこうなるのかな」
見たことないけど。
「ピューィッ!」
「お見事!」
「ピュウッ!」
ビーが中空で一本背負いした間諜は、スッスのような真っ黒の装束をしていた。黒装束は憎らし気に俺を睨みつけるが、ご機嫌で威圧を向けるビーにより黒装束は瞬時に白目を剥いた。
「ビー凄いな。威圧を手加減できるようになったのか」
「ピュピューピュ、ピュイッ!」
「うん。凄いよ。偉いなー。ちょっと前までランクAのモンスターを威圧で即死させていたとは思えない」
「ピュピュピュ」
胸を張るビーの頭を撫でまくってやると、別の茶色装束の間諜が皆の隙をついて俺に刃を向けた。
俺は公爵、家令、執事をまるっと取り囲んで盾魔法を展開させていたので、間諜の刃は透明な壁に阻まれて弾かれる。間諜は何が起こったと慌てていた。
「少しだけ強い静電気(タッラ)、展開」
「ぐあっ!」
慌てる間諜に静電気をあてる。
雷魔法を直撃させたら相手を即死させてしまう可能性があるため、全身が痺れて動けなくなる程度の静電気を当ててやった。
この魔法のいやらしいところは、意識はあるのに四肢が一切動かせないところ。
魔力が少ない子供のユグル族が得意とし、一撃で倒せないモンスター相手によく使う初歩魔法だ。あくまでもユグル族にとっての初歩魔法であり、王国の魔法学校では繊細すぎる高等魔法として指定されている。
「ぐううっ!」
意地なのか、間諜は苦しそうに呻いた。
俺はユグドラシルの枝を鞄の中から取り出し、枝のまま蠢く間諜を指した。
「おっと、抵抗しないと良い。鉄製の拘束具は暴れると手首に食い込んで痛むから。ぐーって力を込めると手首がちぎれるって。貴方の仕える相手は、無駄に痛い思いしてまで仕える価値のある人ですか? 貴方の忠誠心の高さは認めるけど、狙った相手が悪かった。デオスィラゲル公爵にはアルツェリオ王国バイリー商会が御味方させていただく! 睡眠!」
大きな声で俺が宣言すると、床で蠢く間諜を眠らせてやる。
他の間諜らの動きが一瞬止まった。だが俺の宣言程度で逃げるような臆病者は公爵邸の間諜に抜擢されていないだろう。
俺のかっこつけた宣言なんておかまいなしに戦闘再開。
執務室内の美しい調度品は激しい音を立てて壊れ、柱の彫刻はひび割れ、毛足の長いふかふか絨毯は摩擦で酷く摩耗していた。とてもとても申し訳ないが、調度品を壊さぬよう気を付けながら戦う術を冒険者は持っていない。
執務室の主であるショペンは既に肩を落として諦めているが、クレイたちは嬉々として戦闘を続けている。長いこと馬車の旅を続けていたからね。思い切り身体を動かせて楽しいのかね。
「欲しい人は補助魔法かけるからねー言ってー」
「ええい狭い! タケル、そこらへんを大きく開けたいのじゃが良いか!」
良くはねーよ。
「スケさん、狭い洞窟内でも戦った経験があるだろう? あの時のことを思い出して」
「兄貴! その窓を壊して外に出てもいいっすか!」
良くねーんだよ。
「ゴエモン、室内戦の経験としてだね、ここはなるべくこれ以上壊さないよう……」
ドゴンッ
「埒が明かぬ! 狭い場所でちまちまとやっておれんわ!」
クレイがキレた。
使うなって忠告したのに、背負っていた太陽の槍を使おうとしている。
おまけに執務室の外にある広大な庭へと続く窓をぶち壊してくれた。美しい刺繍模様のカーテンが風に泳ぐ。おそらきれい。
いくら執務室の窓が大通りに面していない裏庭だとしても、庭師だとか馬の管理人とか、そういう従業員の視線を考えておくれよ。
俺は指揮者のように枝を振りながら幻惑魔法を広く展開した。
「執務室を含めた赤い壁の中だけに留めてくれ。それより外に出ると幻惑の魔法が解けて魔王がバレるぞ。その前に魔王になるな。帝都内は槍禁止」
「ぬっ」
「ぬじゃねえんだわ。俺の魔法は万能じゃない。きっとどこかに抜けがある。その時のことを考えて、クレ、じゃなくて、カクさんの正体を明かしたくはない」
「ぬうううん!」
クレイは怒気を荒め、襲い掛かる間諜を二人同時に撃破。
いつもなら獰猛な上位ランクのモンスターを相手にしているので、手加減が難しいのだろう。フラストレーションが溜まっていそう。
ブロライトもつまらなそうな顔をして間諜の動きを抑えていた。スッスはこういった室内戦を得意としているのか、リルウェ・ハイズの修行のたまものか、慣れた様子で眠っている間諜らを床に綺麗に並べていた。
「拘束した間諜は十五人! あと五人は冒険者ランクAの手練れ! 七人は潜んだまま!」
「ピューイッ」
高位貴族である公爵邸に忍び込むような人材だ。この場で逃げ出すような弱腰の連中ではないだろう。
間諜の一人を調査したらば、暗殺者ギルドに所属していることがわかった。そりゃ帝国にもあるよな暗殺者ギルド。公爵邸を取り巻く間諜全てが隠蛇の帳所属というわけではなさそうだ。
ビーは危機として破壊された天井へ飛んで行き、ものの数秒後に昏倒した間諜を三人纏めて天井から床へと落とした。その際に間諜三人がぶち当たって破壊された本棚。あれきっと年代物だぞ。
「ヒッ」
棚が破壊された瞬間、家令の喉が鳴った。
これ以上何かを破壊したらいけない。いろんな人の精神が削られてしまう。早いところ戦闘を終わらせないと。
「探査展開! あ、逃げそう。えーっと、ビー、外に出て厩らへんを頼む。放火するかも。急いで」
「ピュ!」
「ゴエモン、天井から北東に一人。スケさん、二階の応接間に一人。何か紙の束を懐に詰め込んでいる」
「了解っす!」
「任せるのじゃ!」
これだけ俺たちが暴れていても微動だにしない間諜もいる。危険はなさそう。公爵邸の内部の様子を探らせる皇帝直属の諜報員かな。様子を伺い、報告するため潜んでいるかもしれないが、幻惑の魔法を展開している限り執務室の大取物は外から一切見られない。破壊音や戦闘音は遠慮なく屋敷内に轟いているけども。
クレイは飛びかかってくる間諜のほっぺを平手打ち。痛そう。痛いどころじゃない。ぶたれた間諜は一瞬で昏倒していた。絶対に痛い。クレイの苛立ちをぶつけられた間諜が気の毒に思えてきた。
「貴殿は」
俺はやれやれと思いながらクレイが沈めた二人の間諜の手首を拘束していると、公爵が戸惑いながら呟いた。
そして俺を見下ろし、戸惑いながら問う。
「貴殿は……鑑定士か? それとも類まれなる腕を持つ監視者(ディズィオ)か?」
素材採取家です。
*****
今回、まったく素材採取していないね。
素材採取家が素材採取しなくても素材採取家なのでね。
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