43 / 116
三
しおりを挟む
それも、考えてみればあたりまえだろう。
「カルメンという名はマダムがつけたの。この子ったら、あんまりにも気が弱いんで、マダムがもっと強くなるようにとつけたんだけれど、なんだかかえって名前負けしちゃっているのよね」
ビュルが――それも本名かどうかは判らないが――、コバルトブルーの瞳を同情にゆがめる。
気の毒にカルメンは唇を噛みしめて、いっそう気弱そうに黄色の眉をしかめている。コンスタンスまで同情してきた。よく見れば、顔立ちはなかなか可愛らしいのに、あまりにも気弱で陰気そうな性格がすべて台無しにしている。ぎゃくにビュルの方は、美少女と呼ぶには顔が丸過ぎるが、それがかえって愛嬌になって、魅力的に思える。
そこまで考えてコンスタンスは、ここが売春宿だということを思い出した。考えてみれば、この歳でこんな所に出入りして笑顔で楽しそうにしていられるビュルやブリジットの方が異常で、今にも泣き出しそうな暗い顔をしているカルメンの方がまともなのだということに、あらためて気づいた。
「やっぱりカルメンていう名前はやめて、他の名前にしない? アンナとか、マリーとか」
「それは駄目よ」
コンスタンスはあわてた。愛する母の名を使われるのは嫌だった。
「じゃ、なにがいいのよ?」
ブリジットに訊かれてコンスタンスは一瞬首をひねったが、娼婦の名といえばこれだろうか。
「『椿姫』のマルグリットは?」
しかし彼女は最後には死んでしまう。ますます陰気になるかもしれない。コンスタンスは別の名を提案した。
「エスメラルダは?」
この名前ならカルメンも強くなれるかもしれない。しかし、やはり名前負けだろうか。
「それか……ペリーヌなんてどうかしら?」
コンスタンスの頭に浮かんだのは物語のヒロインではなく、憎い級友だった。大嫌いな相手の名を娼婦の偽名につかうことに、コンスタンスのなかにある種の復讐のよろこびがわく。だが、口はうらはらにもっともらしい説明を述べる。
「カルメンという名はマダムがつけたの。この子ったら、あんまりにも気が弱いんで、マダムがもっと強くなるようにとつけたんだけれど、なんだかかえって名前負けしちゃっているのよね」
ビュルが――それも本名かどうかは判らないが――、コバルトブルーの瞳を同情にゆがめる。
気の毒にカルメンは唇を噛みしめて、いっそう気弱そうに黄色の眉をしかめている。コンスタンスまで同情してきた。よく見れば、顔立ちはなかなか可愛らしいのに、あまりにも気弱で陰気そうな性格がすべて台無しにしている。ぎゃくにビュルの方は、美少女と呼ぶには顔が丸過ぎるが、それがかえって愛嬌になって、魅力的に思える。
そこまで考えてコンスタンスは、ここが売春宿だということを思い出した。考えてみれば、この歳でこんな所に出入りして笑顔で楽しそうにしていられるビュルやブリジットの方が異常で、今にも泣き出しそうな暗い顔をしているカルメンの方がまともなのだということに、あらためて気づいた。
「やっぱりカルメンていう名前はやめて、他の名前にしない? アンナとか、マリーとか」
「それは駄目よ」
コンスタンスはあわてた。愛する母の名を使われるのは嫌だった。
「じゃ、なにがいいのよ?」
ブリジットに訊かれてコンスタンスは一瞬首をひねったが、娼婦の名といえばこれだろうか。
「『椿姫』のマルグリットは?」
しかし彼女は最後には死んでしまう。ますます陰気になるかもしれない。コンスタンスは別の名を提案した。
「エスメラルダは?」
この名前ならカルメンも強くなれるかもしれない。しかし、やはり名前負けだろうか。
「それか……ペリーヌなんてどうかしら?」
コンスタンスの頭に浮かんだのは物語のヒロインではなく、憎い級友だった。大嫌いな相手の名を娼婦の偽名につかうことに、コンスタンスのなかにある種の復讐のよろこびがわく。だが、口はうらはらにもっともらしい説明を述べる。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる