44 / 116
四
しおりを挟む
「ほら、小説のペリーヌは、苦労しながらも最後には幸せになるじゃない?」
「そうね、それ、いいかも」
ブリジットも納得した。
「すくなくともカルメンより似合っているわよね」
ビュルも合意し、カルメンの眉もひらいた。
「ペリーヌ……素敵ね」
低い声だが、カルメンはそう言うと、何度もその名を口ずさむ。
「ペリーヌ。わたし、今日からペリーヌね。マダムにも伝えてくるわ」
カルメン――ペリーヌがドアの向こうに消えていくのと入れ違いに、カルロスがマカロンの乗った盆を片手に入ってきた。
「あれ、カルメンはどうしたんだい? めずらしく元気良さそうだね」
「カルメンは今日からペリーヌになったの。名前をかえたのよ」
やや丸い鼻をそらしてビュルが言うのに、コンスタンスはあることが気になって訊ねていた。
「ビュルは、本名なの?」
「偽名よ、もちろん」
あっさりと返されコンスタンスは気になってさらにたずねた。
「じゃ、本名はなんていうの?」
「内緒。こういう所じゃ本名は名乗り合わないものよ」
ビュルはしたり顔でブラウスに首をすくめる。生成り色のブラウスは簡素なつくりでレースなどなく、同じようにあっさりした紺のスカートすがたのビュルは、田舎の農家か牧師館の娘のように慎ましげで朴訥そうに見えていたが、一瞬、かすかにコンスタンスは年下の少女から女の匂いを嗅ぎとった。
それは、すこし嫌なものでもあれば、新鮮なものにも思えて、コンスタンスをとまどわせる。まだ、ビュルが好きなのか嫌いなのか、判断ができないところだ。
今までのコンスタンスの交際関係は、たいていは好き、嫌いでおさまるものだった。そのどちらでもなければ無関心で、存在していないも同然である。学友たちにしても、好きなアガットと嫌いなペリーヌやそのとりまき以外の生徒は皆、街ですれちがう人ほどにコンスタンスにとっては意味のないものだった。そう思うと、大嫌いではあるが、ペリーヌにはまだ自分にとって存在意義があるのかもしれない。そんなことを思っている自分に驚きつつ、コンスタンスは矛先を変えてみた。
「そうね、それ、いいかも」
ブリジットも納得した。
「すくなくともカルメンより似合っているわよね」
ビュルも合意し、カルメンの眉もひらいた。
「ペリーヌ……素敵ね」
低い声だが、カルメンはそう言うと、何度もその名を口ずさむ。
「ペリーヌ。わたし、今日からペリーヌね。マダムにも伝えてくるわ」
カルメン――ペリーヌがドアの向こうに消えていくのと入れ違いに、カルロスがマカロンの乗った盆を片手に入ってきた。
「あれ、カルメンはどうしたんだい? めずらしく元気良さそうだね」
「カルメンは今日からペリーヌになったの。名前をかえたのよ」
やや丸い鼻をそらしてビュルが言うのに、コンスタンスはあることが気になって訊ねていた。
「ビュルは、本名なの?」
「偽名よ、もちろん」
あっさりと返されコンスタンスは気になってさらにたずねた。
「じゃ、本名はなんていうの?」
「内緒。こういう所じゃ本名は名乗り合わないものよ」
ビュルはしたり顔でブラウスに首をすくめる。生成り色のブラウスは簡素なつくりでレースなどなく、同じようにあっさりした紺のスカートすがたのビュルは、田舎の農家か牧師館の娘のように慎ましげで朴訥そうに見えていたが、一瞬、かすかにコンスタンスは年下の少女から女の匂いを嗅ぎとった。
それは、すこし嫌なものでもあれば、新鮮なものにも思えて、コンスタンスをとまどわせる。まだ、ビュルが好きなのか嫌いなのか、判断ができないところだ。
今までのコンスタンスの交際関係は、たいていは好き、嫌いでおさまるものだった。そのどちらでもなければ無関心で、存在していないも同然である。学友たちにしても、好きなアガットと嫌いなペリーヌやそのとりまき以外の生徒は皆、街ですれちがう人ほどにコンスタンスにとっては意味のないものだった。そう思うと、大嫌いではあるが、ペリーヌにはまだ自分にとって存在意義があるのかもしれない。そんなことを思っている自分に驚きつつ、コンスタンスは矛先を変えてみた。
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる