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嵐の頃 …3
しおりを挟む「流ちゃん、まず、お茶にしようよ…」
きゆは丸めた新聞紙をキッチンのゴミ箱に入れ、自分の分のコーヒーを持ってソファに座った。
二人は黙ったままコーヒーを飲んだ。
あの日の出来事は、きゆにとっては思い出したくない過去であり、あの夜で自分の中の何かが壊れてしまったのも事実だった。
「きゆ、ごめん…
どういう事情があったにせよ、きゆを傷つけてしまったのは間違いなくて、まずはちゃんとその事を謝りたいと思ってた。
本当に、ごめん……」
流人はきゆに切ってもらったさっぱりした髪と同じように、自分の中の罪も許してもらえればと思っていた。
でも、きゆはコーヒーカップを握りしめたまま何も言わない。
「あの日、俺はどんなに遅くなってもきゆの家に向かうつもりだった。
っていうか、あの日の予定はそもそも俺が入れたものじゃなくて、勝手に親父が決めたもので…
だって、俺が、きゆの誕生日に他の誰かと予定を入れるわけないだろ?」
それでもきゆは黙ったままだ。
「実は、親父から見合いを勧められてて、ずっと断ってたんだけど、あの日、強硬手段で親父が勝手に相手の女性を病院に連れてきたんだ」
きゆにとって、その事実こそが大きく胸にのしかかった。
やっぱり、院長秘書の友人に教えてもらった事柄は真実だった…
「きゆが家で俺のことを待ってるのは分かってた。
でも、あの日は、本当にがんじがらめにされてて…
その女性の父親という人も後の食事会で合流して、なんか親も一緒のわけのわからない集まりみたいになってさ…
本当にごめん…
電話にも全然出れなかった…
きゆからの着信には気づいてたんだけど、後でちゃんと説明すればいいと思ってたんだ」
きゆはあの夜、あのまま自宅で待っていれば、こんなに傷つくことはなかったのかもしれない。
でも、待てなかった。
大切な誕生日に、何度電話しても連絡がつかなくて、こんな事は今までなかったから事故にでもあったんじゃないかって心配で心配で、10時を回った頃、きゆは家を飛び出した。
流人の部屋の合鍵をもらってはいたけれど一度も使った事がなかったきゆは、そんな夜だって、鍵を使うのにためらって部屋に入れずにいた。
「本当にごめん…
きゆがマンションまで来てるなんて思ってもなかったんだ。
あんな場面を目の当たりにしたら、誰だって傷つくよな…」
流人の言っている事は、きっと本当の事なのだろう…
あの夜、タクシーから女性と出てくる流人を見て、自分がずっと抱いていた不安が的中したと思った。
きゆは、本当は、流人に伝えたいことは山ほどあった。
でも、伝えたところで何も変わらない…
どんなにジタバタもがいても、何も変わらないことを、きゆが一番よく分かっている。
「言い訳ばかりで悪いと思ってる。
でも、あのタクシーに一緒に乗ってた女性は、あの日だけの付き合いで、たまたま帰る場所が近かったから同じタクシーに乗った。
俺が先に降りて、その後、彼女がタクシーから降りてくるとは思ってなかった。
“今日はありがとう、さようなら”って、そう告げただけだよ」
流人の前髪は思いのほか短くなり過ぎて、その感じはとてもキュートだった。
きゆはそんな流人を見て、少しだけ微笑む。
その感情は、現実逃避なのか、あきらめの境地なのか、自分でもよく分からない。
「きゆ、ちゃんと聞いてる?
なんか、言ってくれよ…
許せないでもいいし、もっと説明してでもいいからさ…」
流人はきゆから目を離さなかった。
でも、きゆの表情からは何も読み取れない。
許してほしい、元のさやに収まりたい、俺の思いはきゆに届いているのだろうか…?
きゆは飲み干したコーヒーカップをキッチンへ持って行き、そして、流人の座っているソファに少しだけ流人から離れて腰を下ろした。
「本当にごめん…
去年の12月は、きゆの誕生日の3日後から長期の出張だったし、何の言い訳も弁解もしないままボストンに行ったんだよな。
俺はきゆが怒ってるのは一過性のものだと勝手に思ってたから、悲しい思いさせた分、年末年始の休みはずっときゆと一緒にいようって思ってた。
それで、年末に日本に帰ってきて久しぶりに病院に行ったら、今日付けできゆが辞めるって聞かされて、次の日には島に帰るって…
あれは、きゆだってひどいよ。
俺がどれだけ驚いて衝撃を受けて凹んだと思ってるんだよ。
しばらくは、訳が分からなかったんだから」
きゆは静かに目を閉じて、そして小さく頷いた。
「流ちゃん、ごめんね…
私は、あの時、タクシーから出てきた二人を見て、息が止まるかと思った。
そして、そのまま走ってその場から離れたの。
あの時は、その前にどんな理由があったのかとか、その後にただ別れただけだったとか、そんな事も考える余裕すらなくて、ただ、今日は私の誕生日だったのにって、それが悲しくて辛くて、流ちゃんの全てが何もかもが信じられなくなった…」
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