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嵐の頃 …2
しおりを挟むきゆは流人の前に丸椅子を持ってきてそれに座り、一心不乱に流人の前髪を切った。
きゆの息遣いは一定のリズムを取り、流人の口元に柔らかく温かくかかる。
流人は拷問だと思った。
毎日毎晩きゆを抱くことしか考えていない俺にとって、今のこの時間は、自分の煩悩との闘いだ。
きゆとキスをしたのは四月の車の中以来だし、セックスに関して言えばもう化石に近い状態だった。
……きゆを抱きたい、きゆを抱きたい。
流人の頭の中はその事しか考えられなくなっている。
「じゃじゃじゃじゃーん」
きゆは流人の葛藤など何も知らず、手鏡を流人の顔の前に持って来た。
「ほら、カッコよくなったでしょ?
横の髪も後ろの髪もちょっとだけ切ったんだけど、良かった?」
流人はため息をつきながら、やるせない笑顔を浮かべ微笑んだ。
「ありがとう……
これで、ちょんまげをしなくて済むよ」
「あ、流ちゃん、動かないで」
きゆは流人の瞼についている髪の毛をティシュで優しく拭き取った。
きゆの息遣いをもう一度、口元に感じる。
流人は有無も言わさずきゆの腰をつかみ、きゆの丸椅子を自分の椅子に引き寄せた。
「流ちゃん?…」
流人はきゆを抱き寄せたまま黙っている。
「……髪、切ってくれてありがとう。
きゆにお礼がしたい…
してもいい?」
「お礼?」
きゆは流人の肩にのせている自分の顔を引き戻し、そう聞いた。
「分かった…
じゃ、選ばせてあげる。
このままキスをするのがいいか、それともベッドに連れて行かれるのがいいか…」
「え? その二つしかないの?」
きゆは間近にある流人の目を見つめてまた聞いた。
「うん、何なら、特別大サービスで両方でもいいよ」
「…バカ」
きゆはそう言うと、流人の腕から逃れようとした。
「お礼は……
させてよ……
キスだけだからさ…」
流人はまた強くきゆを抱き寄せると、流人の髪が散らばった新聞紙の上できゆに激しくキスをする。
……ゆっくり、優しく…
流人は頭の中で何度も言い聞かす。
でも、きゆを欲しがる流人の本能は、きゆの甘い味から逃れることができない。
「…りゅうちゃん」
かろうじて流人から顔を離したきゆは、今度はきゆの方から流人を抱き寄せた。
「流ちゃん……
お茶にしよっか……」
きゆは椅子から立ち上がり、流人が沸かしていたケトルを手に取った。
流人はソファに寝転がり、天井を仰いでいる。
「きゆ、俺、干からびて死んでしまうかもしれない」
きゆはクスッと笑った。
流人の言いたい事が想像できる。
「俺はさ、この島に来ていいことばかりだけど、でも、最近は修行に来たのかもって思ってる」
きゆは淹れ立てのコーヒーを流人の前に置いた。
「きゆ、きゆちゃん…
人助けだと思ってさ、毎日、俺にキスしてよ」
きゆは散らかったままの新聞紙を丸めながら、静かに聞いていた。
「毎日キスをするのは、恋人同士でしょ?
私と流ちゃんは、恋人同士じゃないもの」
流人は寝っ転がっている足を床に置き、勢いよく起き上がった。
「きゆ、今日は、きゆに大切な話をしたいって思ってる。
ちゃんと、聞いてほしい…」
きゆは流人の真剣な顔を見て、何となく察しがついた。
ずっと後回しにしているあの話しかない…
「きゆの誕生日のあの日…」
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