27 / 47
嵐の頃 …14
しおりを挟む流人は病院から出て2時間経った今でも、まだ本田さんの家に辿り着けずにいた。
海沿いの主要道路は難なく超えることはできた。
でも、案の定、山の中を抜ける細い道は水浸しのぐちゃぐちゃの状態だ。
横に迫る崖は、木々がたくさん生えているせいと真っ暗闇のため、何が何だかさっぱり分からない。
逆にその状況に流人は助けられた。
見えないものには恐怖を感じないお気楽な性格だったから。
何度もぬかるみに嵌まりそうになりそのぬかるみを避けながら進んでいると、どうやら森の奥深くに迷い込んでしまったらしい。
でも、慌てずに、とにかく来た道を戻ればどうにかなる。
流人が進んできた道はヘッドライトに照らし出され、ぬかるみにできたタイヤ痕のおかげで、どうにかいつもの道に辿り着いた。
ここからは躊躇している暇はない。
ぬかるみがあろうが進むしかなかった。
あと少しで着くという自分の動物的勘を信じて、流人は猛スピードで前へと車を走らせた。
やっと、本田さんの家へ続く舗装された道路に出てきた。
でも、その道路は海沿いの険しい場所にある。
流人は、以前は遠くに聞こえていた波の音が間近に聞こえる恐怖に身を震わせ、何も考えずにスピードを上げ本田さんの家へと向かった。
流人は本田さんの家の敷地に猛スピードで車を入れると、敷地に入った途端、暗闇の中にマルの姿が見えた。
「マル」
やはりマルの犬小屋はすでに飛ばされていた。
チェーンで繋がれていたマルは逃げる事もできず、雨風の中、その場にずっと座っていた。
「マル、お前よく頑張ったな…
今から、おじいちゃんの所に連れて行ってやるからな…」
流人は、胸が詰まって涙がこぼれた。
健気におじいちゃんの迎えを待つマルの姿は、一途な忠誠心と深い愛情に溢れている。
「マル、急ぐぞ」
流人は、マルを車に載せてきた本田から預かったマル用のゲージに乗せた。
でも、車に乗り込もうとした時に恐ろしい程身近に波の音が聞こえ、流人は防波堤のすぐそこまで海が迫っていると実感した。
マルの体をタオルで拭きながら、流人は一つの事柄が頭から離れないでいた。
さっきここへ向かう途中、山側に建つ民家にほんのり灯りが見えたからだ。
まだ避難をしていない人がいる、それも山と海に挟まれた危険な場所に建つ家の中に。
流人は物凄い勢いで本田さんの家から車を出し、そして、その灯りの見える民家へ車を走らせた。
今が何時なのか?台風がどこに進んでいるのか?そういう事は今の流人には関係ない。
とにかくこの場所から人を救い出す、それが先決だった。
「すみませ~~ん」
流人がその民家に着いた時、初めて島が停電していることに気づいた。
ほんのり見えた窓からの明かりは、ろうそくの灯りだった。
玄関で人を待っている間、この家の周りを懐中電灯で照らしてみると、家の裏はむき出しになった崖が間近に迫っている。
そして、崖の上からは鉄砲水のような雨水がどんどん流れ出していた。
「は~~い」
家の奥からやっと声が聞こえた。
「あの避難は?
今から誰か来るんですか?」
流人が早口でそう尋ねると、腰の曲がった70代の女性は笑いながら首を振った。
「向こうの集落にある公民館に避難するようにって役場の人に言われたけど、車の調子は悪いわ、うちは猫がいるから、遠慮したんだ」
また、これだ……
「あの、僕は田中医院の人間で、ちょっとここを通りかかったら明かりが見えたもんで、とにかく僕の車でセンターまで連れて行きますので。
あ、猫は、何匹ですか?」
光浦と名乗るおばあちゃんはその雨にびっしょり濡れた若いお兄ちゃんを如何わしい目で見ている。
でも、何かを思い出したように合点のいく顔をしてこう聞いてきた。
「あの、カラオケで優勝した先生かい?」
「あ、ま、はい」
「流人先生だね。先生、ほんとに歌上手だったよ~~
私は、前の方で見てたんだけど、分からなかったかい?」
いや、分かるはずないっしょ…
というより、こんな悠長にお喋りしてる暇はない。
「あの、ニャンコは?
いや、ニャンコの名前は?」
「チロとチビ。
でも、停電してからはどこに行ったのか…」
流人はそのおばあさんの前で、大きな声でチロとチビを呼んだ。
「先生、うちの猫たちは警戒心が強いから」
そう言ってる矢先に、チロとチビが暗闇から顔を出した。
「おや、まあ、なんてこったい」
「僕は、どうやら人間様より動物達の方が分かりあえるみたいなんです。
それより、おばあちゃん、急がなきゃ。
そこにある段ボールをもらっていいですか?」
流人は光浦のおばあさんが頷くのを確認すると、二匹の猫を捕まえてその箱に入れた。
その猫たちは、流人に魔法をかけられたように静かに寝転がっている。
「うちのニャンコは二匹ともメスだから、どうやら、先生に惚れたみたいだね」
流人はお喋り好きなおばあちゃんも、背中に負ぶって車まで連れて行った。
もう家の外は水浸しだ。
「おばあちゃん、いつも通る道はもう通れなくなってるんです。
他に抜け道を知りませんか?」
「そっか、じゃ、あの道を使うしかないね。
ちょっと遠回りになるけど、私の言う通りに進んでごらん」
1
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ワケあり公子は諦めない
豊口楽々亭
ファンタジー
精霊の加護により平和が守られている、エスメラルダ公国。
この国の公爵家の娘、ローゼリンド公女がある日行方不明になった。
大公子であるヘリオスとの婚約式を控えた妹のために、双子で瓜二つの兄である公子ジークヴァルトが身代わりになることに!?
妹になり代わったまま、幼馴染みのフロレンスと過ごすうち、彼女に惹かれていくジークヴァルト。
そんなある日、ローゼリンドが亡骸となって発見されて……───最愛の妹の死から始まる、死に戻りの物語!!
※なろう、カクヨムでも掲載しております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「四半世紀の恋に、今夜決着を」
星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。
高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。
そんな時、同窓会の知らせが届いた。
吹っ切らなきゃ。
同窓会は三か月後。
私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる