28 / 47
嵐の頃 …15
しおりを挟む流人はもう生きて帰れないと真剣に思った。
光浦のおばあさんに言われて走っている道は、もはや道ではない。
森の中にある細長いスペースを走っているようなものだ。
でも、森を吹き抜ける突風の勢いはすさまじく、たまに車が浮いてしまう感覚があるほどだった。
とにかく、今はひたすら坂を上っいるはずだ。
それすらも、真っ暗闇の中では認識できない。
「先生、ここからは多分、右側が崖になってるから。
道は狭いけど、でも、距離は短い。
ここさえ抜ければ大丈夫。
あとは、なだらかな道を下っていくだけだから」
「マ、マジっすか…」
さすがの流人も鳥肌が立つほどの恐怖が襲いかかり体が震える。
「何も考えずに真っ直ぐ走れ。
カーブはない、ひたすらまっすぐ」
「が、崖は大丈夫ですよね?…
崩れたりとかは?…」
「崩れたら崩れたで死ぬだけだ。
それもこれも私達の運命、だから、毎日を精一杯生きる。
いつ死んでも悔いが残らないようにね」
いい言葉だった。
こんな状況じゃなければ、メモにでも取りたいくらい。
でも、逆に、こんな状況だからこそ、胸に響くのかもしれない。
「光浦さん、僕は、光浦さんと運命を共にしたくありません。
死ぬ時は愛する人の元で死にたいので」
「じゃ、脇目も振らずに運転しなさい。
集中して、真っ直ぐに、猛スピードで!」
*** *** ***
きゆは飲むことも食べることも忘れ、待合室の長椅子に茫然と座っていた。
閉め切った病院の中にも、外で鳴り響くサイレンの音や島内放送のアナウンスががんがん聞こえてくる。
どこの地域でがけ崩れが発生したとか、どこの地域が床下浸水だとか、災害は各地に広がっていた。
この非常に強い台風は夜中の3時にこの島に上陸するらしい。
きゆはもう時計を見るのは止めた。
時計を見て時間を知る事は、流人に最後に会ったあの時間を思い出してしまうから。
どうして止めなかったのだろう…
きゆは恐怖と後悔で涙も枯れ果てた。
泣いても、泣いても、祈っても、祈っても、流人はまだ帰って来ない…
もう、深夜の零時もとっくに過ぎた。
時間を知りたくなくても、携帯を見るたびに嫌でも時間が目に飛び込んでくる。
お願いします…
神様、流人を無事に帰してください…
もう何百回祈っただろうか、きゆは亡霊のように窓へ様子を見に歩いて行く。
流人は、今、どこで何をしているのだろう…
その時、窓の外に見える駐車場に車のヘッドライトが近づいてくるのが分かった。
「…流ちゃん」
きゆは横殴りの雨が降る中、外へ飛び出した。
そこには、雨と泥でびしょ濡れになった流人が立っている。
「…きゆか?
あ~、やっと帰って来れた」
きゆは何も考えず流人に抱きついた。
涙がとめどなく流れて、嗚咽で何も話せない。
「ただいま…」
雨の音も風の音も何も聞こえないし、聞きたくなかった。
今は流人の声と流人の脈打つ鼓動しか聞きたくない。
良かった……
本当に良かった……
きゆは流人がシャワーから出てくるのを待っていた。
流人を待っている長い時間に、きゆは気を紛らわすために夕食も作った。
流人はきっとお腹を空かせて帰って来るだろうと思い、病院の小さな台所でわずかしかないお米と冷蔵庫に入っている卵とソーセージで、塩おにぎりと卵焼きにソーセージを炒め、お皿に並べて準備していた。
まだ、停電が続いているため、院長室にろうそくを二本立てた。
柔らかいほのかな灯りは、張り詰めてクタクタになったきゆの心を癒してくれる。
流人は病院のシャワールームから洗いざらしの髪に短パン一枚という格好で出てくると、院長室の応接台に並んでいる食べ物を目にして口笛を鳴らした。
「きゆ~~~、もう、きゆは本当に最高だよ。
実は光浦のおばあちゃんをセンターまで届けた時に、役場の人から、中に食事を用意してあるから食べていってって言われたんだけど、きゆがここで待ってるって思ったから断って急いで来たんだ。
きゆの顔を見てホッとしたら、急激に腹が減ってきた」
流人は応接台の前に座っているきゆの隣に腰かけた。
ろうそくの灯りに照らし出されるきゆの顔をジッと見る。
「きゆ、なんか、どうしたの?
10歳くらい老けたみたいな顔になってるけど」
きゆは流人のあまりにも軽くていい加減なふざけた質問に涙が溢れた。
「バカ、どれくらい心配したと思ってるのよ…」
きゆは流人の胸を激しく叩いた。
確かにあの流人を待つ何時間かで、一気に老け込んだかもしれない。
でも、それくらいに不安で心配で怖くて怯えていた事実を、流人は何も分かっていない。
「ごめん…
ふざけ過ぎた…
俺も、まだ、気持ちが高ぶったままなのかもしれない。
あの凄まじい状況の中で、こんな風にきゆとまたご飯が食べれるなんて夢にも思わなかったからさ。
ま、今、こうやってここに居れるのは、本当に奇跡だよ…」
きゆは涙を拭いて苦し気な表情を浮かべ、流人の顔を見た。
「マルは? 大丈夫だった?」
流人は病院に着いてすぐにシャワーを浴びたため、きゆは詳しい話を聞けずにいた。
流人は疲れ果てた顔をしているきゆを自分の方へ引き寄せ、優しく肩を抱いた。
「マルは、めっちゃ、カッコよかった…
マルにとって本田のおじいちゃんは全てなんだ。
何があってもおじいちゃんの事を裏切らないし、離れたりもしない。
だから、おじいちゃんの事を信じて、雨風の中、耐えて待ってた」
流人はマルの姿を思い出し、さりげなく涙を拭った。
1
あなたにおすすめの小説
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる