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嵐の頃 …14
しおりを挟む流人は病院から出て2時間経った今でも、まだ本田さんの家に辿り着けずにいた。
海沿いの主要道路は難なく超えることはできた。
でも、案の定、山の中を抜ける細い道は水浸しのぐちゃぐちゃの状態だ。
横に迫る崖は、木々がたくさん生えているせいと真っ暗闇のため、何が何だかさっぱり分からない。
逆にその状況に流人は助けられた。
見えないものには恐怖を感じないお気楽な性格だったから。
何度もぬかるみに嵌まりそうになりそのぬかるみを避けながら進んでいると、どうやら森の奥深くに迷い込んでしまったらしい。
でも、慌てずに、とにかく来た道を戻ればどうにかなる。
流人が進んできた道はヘッドライトに照らし出され、ぬかるみにできたタイヤ痕のおかげで、どうにかいつもの道に辿り着いた。
ここからは躊躇している暇はない。
ぬかるみがあろうが進むしかなかった。
あと少しで着くという自分の動物的勘を信じて、流人は猛スピードで前へと車を走らせた。
やっと、本田さんの家へ続く舗装された道路に出てきた。
でも、その道路は海沿いの険しい場所にある。
流人は、以前は遠くに聞こえていた波の音が間近に聞こえる恐怖に身を震わせ、何も考えずにスピードを上げ本田さんの家へと向かった。
流人は本田さんの家の敷地に猛スピードで車を入れると、敷地に入った途端、暗闇の中にマルの姿が見えた。
「マル」
やはりマルの犬小屋はすでに飛ばされていた。
チェーンで繋がれていたマルは逃げる事もできず、雨風の中、その場にずっと座っていた。
「マル、お前よく頑張ったな…
今から、おじいちゃんの所に連れて行ってやるからな…」
流人は、胸が詰まって涙がこぼれた。
健気におじいちゃんの迎えを待つマルの姿は、一途な忠誠心と深い愛情に溢れている。
「マル、急ぐぞ」
流人は、マルを車に載せてきた本田から預かったマル用のゲージに乗せた。
でも、車に乗り込もうとした時に恐ろしい程身近に波の音が聞こえ、流人は防波堤のすぐそこまで海が迫っていると実感した。
マルの体をタオルで拭きながら、流人は一つの事柄が頭から離れないでいた。
さっきここへ向かう途中、山側に建つ民家にほんのり灯りが見えたからだ。
まだ避難をしていない人がいる、それも山と海に挟まれた危険な場所に建つ家の中に。
流人は物凄い勢いで本田さんの家から車を出し、そして、その灯りの見える民家へ車を走らせた。
今が何時なのか?台風がどこに進んでいるのか?そういう事は今の流人には関係ない。
とにかくこの場所から人を救い出す、それが先決だった。
「すみませ~~ん」
流人がその民家に着いた時、初めて島が停電していることに気づいた。
ほんのり見えた窓からの明かりは、ろうそくの灯りだった。
玄関で人を待っている間、この家の周りを懐中電灯で照らしてみると、家の裏はむき出しになった崖が間近に迫っている。
そして、崖の上からは鉄砲水のような雨水がどんどん流れ出していた。
「は~~い」
家の奥からやっと声が聞こえた。
「あの避難は?
今から誰か来るんですか?」
流人が早口でそう尋ねると、腰の曲がった70代の女性は笑いながら首を振った。
「向こうの集落にある公民館に避難するようにって役場の人に言われたけど、車の調子は悪いわ、うちは猫がいるから、遠慮したんだ」
また、これだ……
「あの、僕は田中医院の人間で、ちょっとここを通りかかったら明かりが見えたもんで、とにかく僕の車でセンターまで連れて行きますので。
あ、猫は、何匹ですか?」
光浦と名乗るおばあちゃんはその雨にびっしょり濡れた若いお兄ちゃんを如何わしい目で見ている。
でも、何かを思い出したように合点のいく顔をしてこう聞いてきた。
「あの、カラオケで優勝した先生かい?」
「あ、ま、はい」
「流人先生だね。先生、ほんとに歌上手だったよ~~
私は、前の方で見てたんだけど、分からなかったかい?」
いや、分かるはずないっしょ…
というより、こんな悠長にお喋りしてる暇はない。
「あの、ニャンコは?
いや、ニャンコの名前は?」
「チロとチビ。
でも、停電してからはどこに行ったのか…」
流人はそのおばあさんの前で、大きな声でチロとチビを呼んだ。
「先生、うちの猫たちは警戒心が強いから」
そう言ってる矢先に、チロとチビが暗闇から顔を出した。
「おや、まあ、なんてこったい」
「僕は、どうやら人間様より動物達の方が分かりあえるみたいなんです。
それより、おばあちゃん、急がなきゃ。
そこにある段ボールをもらっていいですか?」
流人は光浦のおばあさんが頷くのを確認すると、二匹の猫を捕まえてその箱に入れた。
その猫たちは、流人に魔法をかけられたように静かに寝転がっている。
「うちのニャンコは二匹ともメスだから、どうやら、先生に惚れたみたいだね」
流人はお喋り好きなおばあちゃんも、背中に負ぶって車まで連れて行った。
もう家の外は水浸しだ。
「おばあちゃん、いつも通る道はもう通れなくなってるんです。
他に抜け道を知りませんか?」
「そっか、じゃ、あの道を使うしかないね。
ちょっと遠回りになるけど、私の言う通りに進んでごらん」
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