37 / 47
みぞれの頃 …8
しおりを挟むイブの日は午前中が施設の訪問診療の日だったため、流人ときゆはそのまま昼食を兼ねたクリスマス会に参加した。
流人はこの施設でもとにかく人気者だ。
患者さんのみならず、スタッフの人達を含め全員が流人の事を大好きだった。
流人はいつもの軽い感じで医者という雰囲気を一切消して、まるで、おじいちゃんやおばあちゃんに甘える孫のようにお年寄り達を喜ばせ楽しませた。
「流人先生」
スタッフの人が流人を呼びに来ると、その場にいるおばあちゃん達がスタッフを睨みつける。
「あの、皆さん、流人先生はこの後仕事が入ってるので、これでお帰りになるそうです」
流人は名残惜しそうなふりをして、皆に挨拶をしてその場から出て行った。
流人は施設の一番奥にある物置のような場所に連れて行かれ、そこにハンガーで吊るされているサンタの衣装を見て当たり前のように血が騒ぎ出す。
俺って、こういうの好きなのかもしれない…
スタッフの人から一通りの段取りを聞き、流人はサンタの格好をして待機した。
スマホで披露する歌の動画を何度も観ては口ずさみながら。
「では、流人先生、お願いします。
ばれたらばれたで全然大丈夫ですので、好きなようにやって下さいね」
きゆはドキドキしながら、流人の登場を待っていた。
きゆは流人が席を外した後もお年寄り達と談笑し楽しい時間を過ごしていると、スタッフの人がきゆに流人の登場を教えてくれた。
流人は、まるでこそ泥のような動きでビクビクしながら会場に入ってきた。
きゆが想像していた以上に、クオリティの高いサンタクロースになっている。
衣装はもちろんのこと、白い大きな髭に赤い三角帽の下には白い髪の毛までつけて、きゆの目から見てもこれが流人だなんて多分言われなければ想像もつかない。
ましてや、お年寄り達は、きっと、絶対に誰だか分からない。
「皆さ~ん、メリークリスマス!」
流人はノリノリだった。
「ワタシ、ハ~~、サンタクロース、デ~ス」
日本人ではないサンタさんを演じているらしい。
きゆは可笑しくて笑うのを必死に我慢していると、近くで目が合ったスタッフも苦しそうな顔をしていた。
お互い顔を合わせないようにした。
そうしないと吹き出してしまう。
流人はクルクル回りながら、そこにいるおじいちゃんやおばあちゃんにプレゼントを配り始める。
白い大きな布のふくろ中は、施設のスタッフの真心がぎっしりと詰まっている。
流人はそのスタッフの気持ちを汲みながら、どうぞどうぞとそこは日本語で渡している姿が、また、きゆ達の笑いを誘った。
そして、プレゼントを渡し終わった流人は、その会場の真ん中に立った。
「皆さんへ、僕から愛をこめて…
あ、もう、取っちゃっていいですか?」
流人はそう言うと勝手に髭と帽子を取った。
「なんか、この髭がめっちゃかゆくて、すみません…」
会場では突然現れた流人に歓声が上がり、泣いて喜ぶおばあちゃんもいた。
「あの、本当は僕達田中医院のスタッフからも皆様にプレゼントをと思っていたのですが、あ、さっきのプレゼントはここの施設のスタッフからのものですからね。
何も準備していなくて、で、今の僕にできることは、夏のカラオケ大会優勝者としてこの場で歌う事かなと思いつきました」
会場にいる全員が、大きな拍手を流人へ送る。
「僕の人生の中でこの島で過ごす一年はたったの一年なのかもしれないけど、こうやって色々な経験ができ島の人々の温かさに触れ、東京生まれ東京育ちの僕にはかけがえのない一年になっています。
これからもどうぞ田中医院をよろしくお願いしますね」
いつものクシャとした笑顔を浮かべ、流人は深々とお辞儀をした。
すると、あの歌のイントロが流れ出した。
“上を向いて歩こう”
スタッフの人達が選んだ歌だ。
軽快なイントロにお年寄り達の体が揺れ動く。
流人の歌声はこの歌にピッタリだった。
きゆも隣に座るおばあちゃんと体を揺らして一緒に聞いた。
切ないメロディだけど前向きな歌詞は、今のきゆに力を与えてくれる。
きゆは以前聞いた89歳のおばあちゃんの話を不思議と思い出した。
“89年生きてきた中で、本当に愛した人はたった一人だけなの…”
そう、きっと、私も流人の他にはもう誰も愛せない…
きゆは、流人の俺について来てほしいという正直で素直な考えに何も言わずについて行くことが二人にとって正しい進むべき道なのかもしれないと、少しだけそう思った。
1
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ワケあり公子は諦めない
豊口楽々亭
ファンタジー
精霊の加護により平和が守られている、エスメラルダ公国。
この国の公爵家の娘、ローゼリンド公女がある日行方不明になった。
大公子であるヘリオスとの婚約式を控えた妹のために、双子で瓜二つの兄である公子ジークヴァルトが身代わりになることに!?
妹になり代わったまま、幼馴染みのフロレンスと過ごすうち、彼女に惹かれていくジークヴァルト。
そんなある日、ローゼリンドが亡骸となって発見されて……───最愛の妹の死から始まる、死に戻りの物語!!
※なろう、カクヨムでも掲載しております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「四半世紀の恋に、今夜決着を」
星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。
高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。
そんな時、同窓会の知らせが届いた。
吹っ切らなきゃ。
同窓会は三か月後。
私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる