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みぞれの頃 …7
しおりを挟む流人はそれ以上はもう何も話さなかった。
何もなかったように美味しそうにケーキを頬張っている。
「流ちゃん…
院長先生は私の事何て言ってた?…
きっと、もう、顔も見たくないって思ってるかもね……」
きゆは、やはり、傷ついた心はどうしても隠せなかった。
あの穏やかで優しい院長先生の顔が苦痛で歪んでいる姿が脳裏に浮かぶ。
きっと恩を仇で返されたと思っているに違いない…
こうなる事なんていくらでも想像していたのに、でも、やっぱり、現実を目の当たりに突きつけられると、きゆの心は悲鳴をあげた。
…院長先生、ごめんなさい、ごめんなさい……
きゆのすすり泣く声は、静かな病院に悲しく響いた。
「きゆ、泣くな。
俺がどんな決断をしてもついてきてくれるって約束しただろ?
ま、まだ、そんなに急いで決断は下さないけど、でもどう転んだって、きゆは俺を信じてついてきてくれればいいんだ」
「決断って?…」
「それは、まだ言わない…」
流人はきゆにフォークでつついたケーキを差し出し、ニコッと作り笑いをする。
「流ちゃん……
何もかもを捨ててこの島に残るなんて言ったら、絶対許さないからね…
そんな事をしてもらってまで結婚なんてしたくないし、そんな事を考える流ちゃんの事は、きっと多分、愛せないから…」
流人は手に持っているケーキを自分の口に放り込み、切なそうに微笑んだ。
うんともすんとも、分かったとも、何も言わずに…
*** *** ***
この小さな島も師走は何かと忙しかった。
きゆはあの誕生日の夜に流人と話した事柄は、とりあえず自分の胸の中にしまった。
流人がどんな風に二人の未来予想図を描いているのか、きゆには何も分からない。
でも、自分の意見はちゃんと伝えた、今は、それだけで満足しなければ前へは進めなかった。
「きゆ、サンタからのプレゼントって俺達からは何も準備しなくていいの?」
クリスマスイブを翌日に迎えた23日に、流人が、突然、きゆにそう聞いてきた。
「プレゼントは園の方で準備するって言われてるけど…
それに、今から私達が何かプレゼントを用意するにしても、もう時間がないよ。
人数だって多いし、そんなすぐに調達できるお店だってないし…」
「そっか… ちゃんとした花屋もないしな…」
流人は小さくため息をついた。
「あっ、そういえば、施設のスタッフから何か歌ってほしいとか言われてる?」
きゆは流人の突拍子な質問にちょっと笑ってしまった。
「ううん、何も言われてない。
流ちゃんの仕事は、クリスマスパーティーをしている時間にサンタの格好をして出てきて、おばあちゃん達にプレゼントを配ってほしいって、それだけ」
流人はおばあちゃん達への最高のプレゼントを思いついた。
「俺さ、施設の人にサンタを頼まれた時に、歌も歌えって言われると思ってたんだ。
でも、それがないのなら皆の前で演歌でも歌ってやるよ。
カラオケってあるかな?」
きゆは、流人のアイディアに思いっきり乗ってしまった。
なぜなら施設から出られないお年寄りが、夏祭りに流人がカラオケ大会で優勝した話を聞いて、寂しそうな表情を浮かべて見たかったと呟いていたから。
「カラオケはあるよ。私、見たことあるから」
「じゃあ、選曲だな…」
「でも、その前に流ちゃん演歌知ってるの?」
「う~~ん」
きゆはいい事を思いついた。
「施設の人に電話して、流ちゃんのそのアイディアを話していい?
それでどの唄が喜ばれるか聞いてみて、今夜でユーチューブ観て覚えるしかないよ」
流人は大きく頷くと、わざと発声練習を始めてきゆを笑わせた。
きゆは流人と居れる島での時間を、有意義に大切に過ごしたいと思っている。
流人は必ず島から出て行く人間だから。
本人が何と言おうと、それは変わらないし変えちゃいけないことだから。
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