35 / 47
みぞれの頃 …6
しおりを挟む二人はウェディングドレスと指輪を眺めながら、きゆのお母さんが作ってくれたご馳走を食べた。
流人はきゆのお母さんの鶏の唐揚げが一番の好物だ。
大きな口を開けパクパクと鶏の唐揚げをほおばる流人を見て、きゆは一枚写真を撮る。
「お母さんに送っていい? きっと喜ぶから」
きゆがスマホを向けると、流人はから揚げを箸に持ちニッと笑った。
東京で美容室へ行ってきた流人は、またいいところのお坊ちゃまの雰囲気が戻ってきている。
きゆは、今の流人を早く母に見せてあげたくて、何枚も写真を撮った。
「なんか、外は吹雪いてる感じ?」
流人は窓の方を見てきゆにそう聞いた。
「ううん、雪は降ってないよ、雨混じりのみぞれが降ってるだけ。
この島にはあまり雪は降らないの、残念だけど…」
きゆは窓の方へ行き、外を確かめて残念そうに肩をすくめた。
その後に続いて流人も窓の近くへ来る。
「私の名前、何できゆか分かる?」
流人は後ろからきゆを抱きしめ、首を振った。
「27年前の今日は天気予報で雪予報が出てたんだって。
父と母は雪の降る日に娘が生まれるかもって喜んでたら、雪じゃなくみぞれだった。
本当はゆきって名前にする予定だったけど、みぞれだったから、ひっくり返ってきゆになったって笑って言ってた」
流人はきゆの両親の顔を思い浮かべ、笑うのを堪えた。
「ひどいよね…
ひっくり返したなんて…」
「いいじゃん、俺はきゆって名前好きだよ。
珍しいなって思ってたけど、その由来を聞いてなるほどなと思った。
きゆのお父さん達、センスあるよ」
流人は外を見ながら、きゆを更に抱き寄せた。
「うん、今は気に入ってるからいいんだけどね。
今まで同じ名前の人に、まだ会った事ないし…
流ちゃんの名前は?
流って字はちょっと珍しいよね?」
「流の字は、どういう状況でもその時の正しい流れにちゃんと乗れるようにだって」
「院長先生らしい」
きゆはそう言ってクスッと笑った。
「絶対的じゃないところが院長先生のいいところだもんね。
私達にも、いつも考える時間を与えてくれて、言われてやるんじゃなくて考えて自分で率先してやることを教えてくれたもの」
流人は特に何も言わなかった。
「流ちゃん、院長先生と奥様と話せた?」
きゆはこの流れなら自然に聞けると思い、流人にさりげなくそう聞いてみた。
「きゆ、ケーキ食べようか」
流人はきゆの話を軽く無視し、またテーブルに戻った。
きゆはそんな流人を見つめながら、胸の中を支配し始める不穏なざわめきに負けないよう必死に笑顔を作った。
流人はケーキにろうそくを7本立て、ライターで火をつけた。
時間が経つにつれ、きゆが暗い顔になっているのは分かっていた。
でも、流人は、普段と変わらない明るい笑顔でバースデイソングを歌い始める。
きゆの不安を心に感じながら…
「きゆ、お誕生日おめでとう!」
寂しそうに座っているきゆに、流人はジェスチャーで消してと伝えた。
きゆはこちらまで悲しくなるような笑みを浮かべ、力なく息を吹きかける。
でも、何度吹いても最後の一本が消えない。
すると、流人も一緒に息を吹きかけ、めでたく7本のろうそくは全て消えた。
それでも、きゆの表情は、流人の胸を締め付けた。
ウェディングドレスをプレゼントしても高価な指輪を贈っても、親の承諾をもらったという報告には何を並べても敵わない。
流人もそのきゆの切実な願いを誰よりも分かっていたし、そして、誰よりも手に入れたかった。
「きゆ…
よく、聞いて……
今の俺達の状態は、さっきのろうそくと一緒なんだ。
6本までは簡単に消せたけど、最後の1本が中々消せない。
でも、二人で消したら簡単に消せただろ。
いつかは、親父達も分かってくれる。
残った最後の1本も必ず消える、だって、ろうそくは蝋がなくなったら絶対消えるんだから…
それと同じだよ。
親父達は絶対分かってくれる…
きゆは何も心配しなくていいから…」
1
あなたにおすすめの小説
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる