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花冷えの頃 …7
しおりを挟むその日の夜も、次の日の土曜の夜も、流人は送別会で明け暮れた。
きゆもたまに顔を出したが、自分の引っ越しの準備もあるためそんな飲んでばかりはいられない。
明日には出発という忙しく過ごすはずの日曜日の朝、きゆの家に不思議な訪問者がやって来た。
「きゆちゃん、準備するよ」
そこにいたのは、薬局に勤める峰子と老健施設で一番仲良くしているスタッフの明美だった。
「準備するって、何を??」
峰子と明美はきゆの家にズカズカと入ると、きゆの母親に目配せしてきゆを連れて部屋に閉じこもった。
「きゆちゃん、ドレスを出して」
「ドレス?? 何の?」
「先生にもらったウェディングドレスに決まってるじゃない」
きゆがわけが分からない顔をしていると、峰子がニヤニヤしながら教えてくれた。
「今からきゆちゃんと先生の結婚式を挙げるんだから、ほら、早く準備しなくちゃ」
きゆは、事態が飲み込めない。
結婚式?? どこで??
疑問で渦巻く頭の中を必死に整理しているとあれよあれよという間に、ウェディングドレス姿の自分がいた。
「もう、なんて素敵なの!
きゆちゃん、可愛い。
あ、それより、今度は髪だ、明美ちゃん、お願い」
明美は美容師の資格を持っていた。
そのため、老健施設の皆のカットは明美の仕事だった。
「もう、こんな素敵な髪結いのセットなんて久しぶりだよ~~
嬉しいから、頑張らせていただきますね」
明美がきゆの髪をセットしている間に、峰子は真っ白なファーのストールを紙袋から取り出した。
そして、その中から銀色のティアラと白地の短めのベールまでも出してきた。
「峰子さん、それ、いつ準備したの??」
「これ? いつだっけな?
先生から頼まれて、ネットで取り寄せたの」
峰子はそう言いながら、セットされたきゆの頭にベールとティアラを載せると大きくため息をついた。
「よかった…
きゆちゃん、凄く似合ってる、もう最高…」
峰子はもうすでに涙を浮かべている。
「峰子さん、もう行かなきゃ、時間ないよ」
峰子は明美にそう急かされ、もう一つの紙袋から真っ白いヒールを取り出した。
「先生ったら、足元まで考えが回らなかったみたい。
これは、私と明美ちゃんからのプレゼント。
きゆちゃん、結婚おめでとう…」
峰子も明美も、もちろんきゆも涙を見せて頷き合う。
「よし、じゃ、出発するよ」
きゆは車に乗せられその会場へ向かう途中で、もうどこへ向かっているのか気づいてしまった。
「峰子さん、もしかして、あそこで??」
峰子と明美は顔を見合わせ微笑んだ。
「急ごう、皆、待ってるよ」
駐車場に着いたきゆは、胸の鼓動が皆に聞こえるのではないかというくらいドキドキしていた。
その結婚式の会場は、この島に唯一立っている桜の木の下にある公園だったから。
桜は満開を迎え、四方八方に伸びた枝から咲き誇る花びらで大きな桜色の天井を作り出している。
桜の幹の根元の近くに小さな壇上が作られていて、そこまで延びる手作りの細い道の脇にはたくさんの人が集まっていた。
「花嫁さん、到着~~」
その掛け声とともにきゆの大好きなウェディングソングが鳴り響く。
すると、背広姿の父親の恭一がどこからともなく現れた。
恭一はもうすでに泣いている。
「お父さん、まだ泣いちゃダメだよ…」
きゆが優しくそう言うと、恭一は静かに頷いた。
そして、その音楽に合わせて二人は歩き出す。
流人が待つ桜の木の下へ…
「え…?」
きゆは一瞬で体の力が抜け、涙が滝のように溢れ出し前へ進めなくなった。
流人の隣には、流人の両親が立っていた。
きゆの大好きないつもの優しい笑顔を浮かべて、きゆを待ってくれている。
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