再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する

猫とろ

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月日が経つと言うのは早いもので。

二週間後には黄瀬君はめでたく、社長へと就任した。そして昭義さんは会長職に。
やはり見た目の良さもあって注目度は抜群。取材や各方面から、さっそく商談や取材申込みの声が上がった。

それは事前に予測していたので先輩秘書達。
昭義さんに着いていた大ベテランの女性と男性の秘書お二人の助力もあり、スムーズにことが運んだ。

お二人はもう少ししたら定年だそうだ。今後は昭義会長の茶飲み友達になるとか。
それでも私にとっては心強い味方で、黄瀬社長のタイムスケジュール、メディア対応など大変助けられた。正直お二人がいなければ、ひやっとする場面さえあった。

それでも何とかミスもなく。黄瀬社長も臨機応変に仕事や会議をこなしていた。
私も日々忙しくて目が周りそうだったが楽しく、充実感を感じた。

あの初恋の呪いは忙しくて、それどころじゃ無かった……いや、うん。うそです。

呪いは深まったかも知れない。

正直に言うとキビキビと働く、黄瀬社長は大変素敵で。忙しいのに私や周囲に当たることもなく。いつも笑顔。
逆に社員に気を遣ってくれて、残業続きの営業部にケータリングのプレゼントをしたりしていた。

高校時代の出来事を差し引いても、働く男性として大変魅力的に見えた。

──秘書だから、ある程度社長に好感や敬意を抱いて当然。
これは恋愛とかじゃない。敬慕だ。そう、呪いは敬慕になった。良いことだ。

そう思いながら、どうにか仕事のペースを掴んできたとき。社長室に呼ばれたのだった。

秘書室の内線電話から黄瀬社長のお呼び出しが掛かり、室内の時計を見ると十五時過ぎ。
今日の社長のスケジュールはキセイ堂で会議。外出は無かった。
これから三十分後にまた新規プロジェクトの会議レビューがある。

その資料手伝いか議事録係かなと、思いながら社長室に向かう。
秘書だからと言って、私が社長に張り付いていることはない。

出勤後。一番最初に黄瀬社長と優先事項のブリーフィングをして予定確認。秘書室に戻りメールボックスも確認。受信メッセージを整理してから優先度の高いメールを社長に送る。

その間に資料作りやスケジュール調整。
先輩達から諸々の引継ぎなどをして、社長から返事が来たらその指示通りに動く──的な感じで離れて仕事することも多々ある。

「んー。議事録係だったらちょっと苦手だなぁ」

つらつらと考えながらエレベーターに乗り、上のフロアを目指す。

二週間も経つと警備員さんとカウンター係の人とは顔馴染みになり、軽くにこりと会釈をして奥の部屋。社長室へと進んだ。

いつもの調子で扉をノックしたあと失礼しますと、社長室に入っていくと。

黄瀬社長はソファにモデルのような体躯を投げうって、体を深く沈めていた。

近くの机の上には目薬と栄養ドリンク。
そして、私が差し入れをしたホットアイマスクの使用済みがあった。

次の会議に向けて、束の間の休息を取っていると思った。ゆっくりとソファに近づいて静かに声を掛ける。

「社長、お疲れ様です。青樹です。あ、起き上がらなくて結構です。そのままの姿勢で大丈夫ですよ」

私に気がつくと黄瀬社長は穏やかに微笑み、むくりとソファから起き上がった。

「……ん。いや。失礼した。少し休憩をとホットアイマスクをしていたら、危うく寝落ちするところだった。呼び出してすまない」

そう言って「このマスクのアールグレイの香りは非常に危険だ」と、しなやかな首をゆるりと回して私をソファへと招いた。

失礼しますと向かい側に腰掛ける。

「ふふっ。わかります。そのアールグレイの香り、いい香りで気持ちよくなっちゃいますよね。また差し入れしますよ」

「それは危険な差し入れだ」と微笑する黄瀬社長。

本人は知ってか知らずか。
時折りこうして、社員の前で自然体を見せてくることがあった。
それはいきなり社員食堂に現れて食事をしたり。ビル内のコンビニでお菓子を買っていたり。

普段は凛々しくストイックなのに、そのギャップが非常に良いと、女子社員を中心に高い好感度を得ていた。

どこにいてもモテる人はモテるんだなぁと思ってしまう。

黄瀬社長が佇まいを直したのを見てから、手帳とペンを持ち「何かありましたか?」と尋ねた。

「二週間後にコスメや美容関係の代々的な企業パーティがあるだろ?」  

「えぇ、企業ブランディングや商品アピールも兼ねた、業界のネットワーキングが主なパーティですよね」

業界活性化、結束力を外に見せるパーティでもある。

「俺も参加するが、実は『akai』も来る」

「akaiが参加……」

「そうだ。先ほどSNSで赤井社長がパーティ参加に声明を出していた」

思わぬ名前に肌がピリッとした。

いつもより低い声色から、私が赤井社長と何があったかやはり知っているのだろうと思った。
むしろ、今までなにも触れずに接して貰って有難いと思った。

「赤井社長が……えぇ、赤井社長なら来るでしょうね。このパーティーには有名人も招待されていますし、SNSのアカウントもフォロワー数も沢山持っている赤井社長には、いいネタだと思います」

「俺が心配しているのは、このパーティーには君も参加が決まっている。その場面で赤井社長と出会っても君は大丈夫かと言うことだ」

心配気にこちらを見てくる眼差しを笑顔で受け止める。

「その様子だとやっぱり知ってらっしゃいましたか。いえ、そんな顔をなさらないで下さい。秘書の前歴を調べるのは当たり前のことですから。それでも私を信じて下さり。こうして秘書をさせて貰って、黄瀬社長になに思うことはありません」

だから心配しないでと穏やかな口調で喋り続ける。

「私は自分の行動に今も後悔はしていません。でも、それに対して周囲から誤解を受けて、言われるがまま退職してしまったのが心残りです。けど今はこうして再び秘書として働いています。今回のパーティで鉢合わせする場面があれば赤井社長に堂々と、私は今でも秘書をやっているぞ! と、見せつけたら良いと思っています」

「青樹さん……」

この秘書業界。社長と秘書が出来るなんて良くある話し。中には妻が愛人として秘書を容認しているケースだってある。

後から分かったが赤井社長もそんな例に漏れず、自分の気に入った秘書を周りに置いて、関係を繰り返す人だったらしい。

それは『お手当て』と言う形で、複数の大人の関係が成立していたとか。

関係が成立した人達は、私もその関係に至ると思っていたかも知れない。けど、私は赤井社長を拒んだ。
それは赤井社長と関係を結んだ人達からみたら、裏切り行為に見えたかもしれない。

私が内情を暴露する恐れを感じて。大袈裟に噂を立てて、自分の立場を守ったのでなはないかと──今では冷静にそう思っていた。

過去は過去だと思える。だから大丈夫です。と言葉を繰り返すと黄瀬社長は深く頷いてくれた。

「前職を調べていて済まない。何もなければ言うつもりは無かった。しかし、赤井社長が今回のパーティの参加することが分かったから、看過することが出来なかった」

その気持ちだけで充分だった。

「向こうが何かアクションを起こす可能性があるかも知れないから、気を抜かずに行こう」

「はい」

「何かあったら、すぐに俺に言ってくれ。いいね?」

再度はいと、頷くと黄瀬社長はやっと口元を緩めた。

「もう一つ、聞きたい事があって。青樹さんはここで働き初めて、今の仕事環境はどうだろう? 困ったことはないか?」

ひとまずパーティの件が終わり、次は社長みずからのメンタリングかと思った。

「そうですね。まだまだ、先輩方にはお手数を掛けてしまいますが仕事に充実感を感じています。体調もメンタル問題ありません。これからも精進しようと思います」

「本当に真面目だな。いや、そうか。順調なら良いんだ。じゃあ、企業パーティーが終わったあと。一度個人的に話したいことがある」

「……個人的?」

「高校時代のことを話したい」

「!」

「実はずっと話したいと思っていた。でも、まずは仕事が優先なのは俺も君も当たり前だ。青樹さんは企業パーティーが終わったら、ここに働き初めて一カ月が経つ。今の環境が順調なら良い頃合いかと思って、切り出してみた」

「あの、黄瀬社長。私、」

「過去のことを話したくない。今のままでいいなら、この話は忘れてくれ。今まで通りで接すると約束する。ペナルティなどはしない。だが──過去のことを話せる機会を俺に儲けてくれるなら。青樹さんの都合が良かったら、パーティーのあと俺に付き合って欲しい」

ずいっと前のめりになる黄瀬社長。
その瞳は真っ直ぐに私を見つめて、真剣そのもの。

まるで昔、私に告白をしてきた黄瀬君の顔が重なり心が騒めく。

でも、その瞳の強さを私は今──受け止めきれない。

俯き。ゆっくりと深呼吸する。
高校時代の話なんて、思い当たることは罰ゲームの告白のことしかない。
でも、別の話題かもしれない。

ここ二週間ほど色々と、考えてしまっていたのは事実。仕事に支障をきたすことは無かったけど、今後も黄瀬社長の秘書として末永く付き合うのなら、ちゃんと確かめても良いと思えた。

まずは聞いてみないと分からないと思って、ゆっくりと顔を見てあげた。

「分かりました。パーティーのあと話をしましょう」

「ありがとう。これで話しは終わりだ。では今まで通り、ビジネスライクに社長と秘書の関係でお互いに仕事を頑張ろう」

そう言って黄瀬社長はすっと握手を求めてきた。
流石にそれを無視出来ずに、手を柔らかく握ると。すぐに離れた。

しかし。

「青樹さんの手は綺麗だね」

そう言ってすごく嬉しそうに笑う黄瀬社長。

それは──ちょっと狡いのではっ。
体のパーツを褒められるって、なんだか凄く心にダイレクトに響く。

今の握手で社長と秘書の垣根なんてあっという間に超えてきた、黄瀬社長の言葉と微笑みにまた下を向いてしまった。

どうか耳が赤くなってありませんようにと、願うばかりだった。
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