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温泉聖女の召喚
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28歳アラサー、彼氏なし。親とは疎遠で、毎日ブラック気味の職場と家の往復しているありふれたOL、それが私。
会社帰りに酔っ払いに勢いよく背中を押されて、道路に倒れ込んだばかりだ。
なんでいきなり自己紹介してるかって?
それは私が死にかけていて、走馬灯のように自分のことが浮かんでは消えているからだ。
あまりにも近くにあるライトのせいで目がくらむ。
……あ、死ぬかも。
それが、この世界で最後に思い浮かんだ言葉だった。
・・・・・・
「この世界では女性が少ないので、定期的に異世界から召喚しております。召喚の際、強く死を意識した女性を召喚する仕組みになっていますので、双方にメリットがあるかと存じます。召喚された女性は聖女と呼ばれ、非常に大切にされております」
長い金髪を低い位置でひとつに結んでいる男性が、淡々と説明する。知的で銀色のフレームの眼鏡が似合う、びっくりするほどの美形だ。
死にかけた直後に異世界とか召喚とか言われても、頭に入ってこない。さっきまで地球にいて、車に轢かれかけて、次の瞬間には異世界だ。
私と一緒に召喚された3人も同じ気持ちのようで、自然と身を寄せ合う。日本人は私だけのようで、他の3人はボンキュッボンのナイスバディな美人さんや可愛い人ばかりだ。
私たちがいるのは、お城の謁見室のような広い場所だ。いるのは顔を隠した騎士たちと、玉座に座っている王のみ。
私たちが座り込んでいる敷物には、複雑で大きな魔法陣が書かれている。この広間に召喚された直後は光っていたのに、今は焼き付いたように黒くなってしまっていた。
美形は眼鏡をくいっとあげ、説明を続けた。
「私はエルンストと申します。お見知りおきを。この世界に召喚されると、スキルと呼ばれるものが、ひとつだけ授けられます。こちらの水晶にふれて、ステータスを見せてくださいませんか?」
台座に乗せられた、丸くて大きな水晶が差し出される。
一番右にいる女性が戸惑いながら水晶にふれると、ほんのりと光り、空中にウインドウのようなものが浮かんだ。
そこには<スキル:癒し>と書いてあり、広間が一気にざわつく。
「癒し……! 癒しの聖女だ!」
「何百年ぶりだ!? 癒しのスキルがあるなんて!」
「ご協力いただき、ありがとうございます。聖女様専用の宮殿をご用意しておりますので、そちらでお休みくださいませ。宮殿は聖女様のものですので、至らない点などございましたら、遠慮なくお申し付けください。聖女様は我が国の宝ですから」
癒しの聖女と呼ばれた女性はこちらを見たが、すぐに騎士たちに囲まれて見えなくなってしまった。
女性はそのまま騎士たちと一緒に広間を出て行ってしまい、興奮したざわめきだけがわずかに残る。
「次の聖女様、ふれていただけますか?」
それからは、スピーディーに進んでいった。
「結界……!? 結界の聖女まで召喚されるとは!」
「すぐに宮殿にご案内しろ!」
「次は予知の聖女だぞ! 今年は素晴らしい!!」
「まさか本当に予知の聖女が召喚されるなんて! 伝説だと思っていた!」
3人とも稀有なスキルだったようで、盛り上がりがすごい。
私にもさぞ貴重なスキルがあるのだろうと、期待にぎらつく視線を向けられながら水晶にふれる。
<スキル:温泉>
「……温泉……の、聖女……?」
目の前には、何度見ても<スキル:温泉>という文字が浮かんでいる。
エルンストが困惑した様子で尋ねてきた。
「聖女様は、温泉というものをご存じですか? 文字は読めるのですが、この世界にはない言葉なので、意味がわからないのです」
「お、温泉は、地下から湧き出るお湯です。疲労回復などの効果があります」
「回復ですか! どの程度回復するのですか?」
「どの程度……?」
「切り傷がすぐ治る程度でしょうか?」
「いえ、温泉にそんな効果はありません」
ざわっと、嫌な空気が広がる。
「先ほど、回復とおっしゃいませんでしたか?」
「私が住んでいた国では、お湯に浸かることで疲れをとったり、清潔にしたりします」
「湯に……つかる……?」
「何を言っているんだ……?」
「そういえば、定期的にそういうものを望む聖女が来るという話だが」
望まれたスキルではないことが伝わる言葉や視線が、遠慮なく突き刺さってくる。
エルンストがちらりと後ろを見ると、王様がかすかに頷いた。エルンストがわずかに唇を噛みしめ、頭を下げる。
「……スキルのご確認ありがとうございました。では、客室へご案内いたします」
宮殿じゃないんかい!
思わず心のなかで関西風にツッコミを入れてしまった。関西出身じゃないのに。
エルンストの後について歩いて広間を出ると、嫌な視線や言葉が聞こえなくなった。体からゆるやかに緊張が抜けていく。
この国の人間にとって、私のスキルは期待外れだったようだ。
いや、でもね? よく考えてほしい。
温泉って最高のスキルだよね!?
家にいてもどこにいても温泉に浸かれる! それって最高以外の感想がある!?
この国ではお風呂に入らない……わけじゃない、よね? たぶん。さすがに。シャワーで済ませてるのかな。
興味がある人には温泉に入ってもらって、温泉が好きな人が増えるといいなぁ。
……こんなふうに、この時の私は能天気なことを考えていたのである。
会社帰りに酔っ払いに勢いよく背中を押されて、道路に倒れ込んだばかりだ。
なんでいきなり自己紹介してるかって?
それは私が死にかけていて、走馬灯のように自分のことが浮かんでは消えているからだ。
あまりにも近くにあるライトのせいで目がくらむ。
……あ、死ぬかも。
それが、この世界で最後に思い浮かんだ言葉だった。
・・・・・・
「この世界では女性が少ないので、定期的に異世界から召喚しております。召喚の際、強く死を意識した女性を召喚する仕組みになっていますので、双方にメリットがあるかと存じます。召喚された女性は聖女と呼ばれ、非常に大切にされております」
長い金髪を低い位置でひとつに結んでいる男性が、淡々と説明する。知的で銀色のフレームの眼鏡が似合う、びっくりするほどの美形だ。
死にかけた直後に異世界とか召喚とか言われても、頭に入ってこない。さっきまで地球にいて、車に轢かれかけて、次の瞬間には異世界だ。
私と一緒に召喚された3人も同じ気持ちのようで、自然と身を寄せ合う。日本人は私だけのようで、他の3人はボンキュッボンのナイスバディな美人さんや可愛い人ばかりだ。
私たちがいるのは、お城の謁見室のような広い場所だ。いるのは顔を隠した騎士たちと、玉座に座っている王のみ。
私たちが座り込んでいる敷物には、複雑で大きな魔法陣が書かれている。この広間に召喚された直後は光っていたのに、今は焼き付いたように黒くなってしまっていた。
美形は眼鏡をくいっとあげ、説明を続けた。
「私はエルンストと申します。お見知りおきを。この世界に召喚されると、スキルと呼ばれるものが、ひとつだけ授けられます。こちらの水晶にふれて、ステータスを見せてくださいませんか?」
台座に乗せられた、丸くて大きな水晶が差し出される。
一番右にいる女性が戸惑いながら水晶にふれると、ほんのりと光り、空中にウインドウのようなものが浮かんだ。
そこには<スキル:癒し>と書いてあり、広間が一気にざわつく。
「癒し……! 癒しの聖女だ!」
「何百年ぶりだ!? 癒しのスキルがあるなんて!」
「ご協力いただき、ありがとうございます。聖女様専用の宮殿をご用意しておりますので、そちらでお休みくださいませ。宮殿は聖女様のものですので、至らない点などございましたら、遠慮なくお申し付けください。聖女様は我が国の宝ですから」
癒しの聖女と呼ばれた女性はこちらを見たが、すぐに騎士たちに囲まれて見えなくなってしまった。
女性はそのまま騎士たちと一緒に広間を出て行ってしまい、興奮したざわめきだけがわずかに残る。
「次の聖女様、ふれていただけますか?」
それからは、スピーディーに進んでいった。
「結界……!? 結界の聖女まで召喚されるとは!」
「すぐに宮殿にご案内しろ!」
「次は予知の聖女だぞ! 今年は素晴らしい!!」
「まさか本当に予知の聖女が召喚されるなんて! 伝説だと思っていた!」
3人とも稀有なスキルだったようで、盛り上がりがすごい。
私にもさぞ貴重なスキルがあるのだろうと、期待にぎらつく視線を向けられながら水晶にふれる。
<スキル:温泉>
「……温泉……の、聖女……?」
目の前には、何度見ても<スキル:温泉>という文字が浮かんでいる。
エルンストが困惑した様子で尋ねてきた。
「聖女様は、温泉というものをご存じですか? 文字は読めるのですが、この世界にはない言葉なので、意味がわからないのです」
「お、温泉は、地下から湧き出るお湯です。疲労回復などの効果があります」
「回復ですか! どの程度回復するのですか?」
「どの程度……?」
「切り傷がすぐ治る程度でしょうか?」
「いえ、温泉にそんな効果はありません」
ざわっと、嫌な空気が広がる。
「先ほど、回復とおっしゃいませんでしたか?」
「私が住んでいた国では、お湯に浸かることで疲れをとったり、清潔にしたりします」
「湯に……つかる……?」
「何を言っているんだ……?」
「そういえば、定期的にそういうものを望む聖女が来るという話だが」
望まれたスキルではないことが伝わる言葉や視線が、遠慮なく突き刺さってくる。
エルンストがちらりと後ろを見ると、王様がかすかに頷いた。エルンストがわずかに唇を噛みしめ、頭を下げる。
「……スキルのご確認ありがとうございました。では、客室へご案内いたします」
宮殿じゃないんかい!
思わず心のなかで関西風にツッコミを入れてしまった。関西出身じゃないのに。
エルンストの後について歩いて広間を出ると、嫌な視線や言葉が聞こえなくなった。体からゆるやかに緊張が抜けていく。
この国の人間にとって、私のスキルは期待外れだったようだ。
いや、でもね? よく考えてほしい。
温泉って最高のスキルだよね!?
家にいてもどこにいても温泉に浸かれる! それって最高以外の感想がある!?
この国ではお風呂に入らない……わけじゃない、よね? たぶん。さすがに。シャワーで済ませてるのかな。
興味がある人には温泉に入ってもらって、温泉が好きな人が増えるといいなぁ。
……こんなふうに、この時の私は能天気なことを考えていたのである。
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