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「このたびは、誠に申し訳ございません」
案内された客室のドアが閉じた途端、エルンストは深く頭を下げた。
「えっと、あの……。この世界に来て少ししか経っていないので、何がなんだかまったくわからないんですが……」
「こちらの都合で召喚をした聖女様には、せめて何不自由なく過ごしていただくのが、最低限の礼儀。それなのにスキル確認の際、あのようなことを聖女様に聞かせ、客室で生活していただくなど……」
私が気付いていないところで、もっとひどいことを言われていたようだ。
エルンストを責めないよう、できるだけやわらかに微笑む。
「気になさらないでください。死ぬ寸前だった私を救ってくれたことは事実ですし、私にとって温泉は最高のスキルです」
「そう言っていただけると……」
「これは本心です。温泉は本当に最高ですから。この客室だって広いですし、十分です」
「……ありがとうございます。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「咲希と申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。サキ様、メイドをつけますので何でもお申し付けください。出来る限り対応させていただきます」
最後にもう一度深く頭を下げて出ていったエルンストを見送ってから、客室を見てまわることにした。
大きな部屋がふたつあり、ひとつはテーブルやソファがあるリビングで、もうひとつは寝室で大きなベッドがある。
寝室から続くドアにはトイレと風呂場がそれぞれあって、十分に広い。
「まあ、宮殿には負けるだろうけど……」
ひとりの聖女につき、ひとつの宮殿。私も貴重なスキルを持っていたら、今ごろ宮殿にいたんだろう。
控えめなノックの音が聞こえて、暗い感情を振り払うようにドアを開けた。
「お、遅くなり、申し訳ございません……。聖女様のお世話をさせていただく、リラと申します」
「ありがとう、よろしくお願いします。私は咲希です」
廊下に立っていたのは、クラシックなメイド服を着ている、どこかおどおどしている小柄な女性だった。赤茶色の髪とそばかすが可愛らしい、まだ少女とも言える年齢だ。
リラを部屋に招き入れ、ソファに座る。
「どうぞ、リラも座ってください」
「わっ、私はサキ様のメイドですので、座れません。それに私は平民で、サキ様は貴族でいらっしゃいますから……」
「そうなの!?」
「はい。聖女様は、スキルに応じた爵位を授けられます」
「つまり……スキルが貴重であればあるほど、高い身分を得ると?」
「その通りです」
召喚されてからのことを思い出し、ゆるく首を振る。
「私のスキルは受け入れられないようだから、平民のままだと思う。リラも緊張せずに話して。そして、私にこの世界のことを教えてほしい」
「……サキ様のスキルをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私のスキルは温泉だよ」
「おん……せん?」
「簡単に言うと、お湯を出せるの」
「それは……」
言葉に詰まるリラを見て、悟ってしまった。
私のスキルは、この世界の誰にも望まれていない……。
そして、思った。
いつでも温泉に浸かれるなんて最高なのに!
「この世界のことを教えてほしいの。ちなみに私のいた世界には、魔法はないよ」
「えっ!? どうやって生活しているんですか!?」
それからはリラとソファに座り、様々なことを教えてもらった。
召喚された聖女は、元の世界に帰ることはできない。
異世界でも言葉が通じて読み書きができるのが、聖女の証となる。
ここは女性が少ないので、一妻多夫が当たり前。結婚しない女性もいるが、少数らしい。
聖女のスキルは強力なものが多いので、必死に魔力をためて、5年から10年に一回召喚するんだとか。
今回は貴重なスキルを持つ聖女が召喚された。そして、早ければ5年後に聖女が召喚される。だから私のことはどうでもいいって態度をとられたんだ。
「聖女様は望むだけ夫をもてます。平民は8人以下なことが多いですね。今頃それぞれの貴族が、目当ての聖女様に取り入ろうと必死でしょう。癒しと結界と予知のスキルなんて、おとぎ話の中にしか出てきません」
「へえー、そうなんだ」
リラが知っていることを聞きながらお菓子と紅茶を楽しんでいると、大きな窓から見える空が暗くなってきた。
召喚される前は確かに夜だったのに、こちらの世界は昼だった。
……私、本当に異世界に来たんだなぁ。
ちょっぴりたそがれていると、それを察したリラが立ち上がった。
「そろそろ夕食をお持ちしますね」
「ありがとう、よろしくお願いします」
リラが退室すると、部屋が恐ろしいほどの沈黙に包まれてしまった。
忍び寄る負の感情を振り払うように、わざと明るい声を出す。
「そうだ、もう一度ステータスを確認しよう! あの水晶がないと確認できないのかな」
呟いた途端、目の前にパッとステータスが現れた。出てきたのは、水晶にふれた時より詳細なステータスだった。
ーーーーーーーー
咲希(28) 3346877G
スキル:温泉
ーーーーーーーー
「この334G? ってなんだろう……」
水晶をさわった時には、この数字はなかったはずだ。
数字にふれてみると、下に詳細が出た。
<銀行の預金額>
「……あっ、日本で貯めてたお金を、異世界に持ってこれたの!?」
円がGに変わっているが、貯金額と一致している。
「やったー、嬉しい!」
思わずソファから立ち上がってるんるんと踊りながら、まだ空中に浮かぶステータスを見た。
数字にさわって詳細が出たのだから、スキルも詳細が出るかもしれない。
ぽちっとさわると、予想通りスキルの詳細が出た。
「え、これって……」
案内された客室のドアが閉じた途端、エルンストは深く頭を下げた。
「えっと、あの……。この世界に来て少ししか経っていないので、何がなんだかまったくわからないんですが……」
「こちらの都合で召喚をした聖女様には、せめて何不自由なく過ごしていただくのが、最低限の礼儀。それなのにスキル確認の際、あのようなことを聖女様に聞かせ、客室で生活していただくなど……」
私が気付いていないところで、もっとひどいことを言われていたようだ。
エルンストを責めないよう、できるだけやわらかに微笑む。
「気になさらないでください。死ぬ寸前だった私を救ってくれたことは事実ですし、私にとって温泉は最高のスキルです」
「そう言っていただけると……」
「これは本心です。温泉は本当に最高ですから。この客室だって広いですし、十分です」
「……ありがとうございます。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「咲希と申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。サキ様、メイドをつけますので何でもお申し付けください。出来る限り対応させていただきます」
最後にもう一度深く頭を下げて出ていったエルンストを見送ってから、客室を見てまわることにした。
大きな部屋がふたつあり、ひとつはテーブルやソファがあるリビングで、もうひとつは寝室で大きなベッドがある。
寝室から続くドアにはトイレと風呂場がそれぞれあって、十分に広い。
「まあ、宮殿には負けるだろうけど……」
ひとりの聖女につき、ひとつの宮殿。私も貴重なスキルを持っていたら、今ごろ宮殿にいたんだろう。
控えめなノックの音が聞こえて、暗い感情を振り払うようにドアを開けた。
「お、遅くなり、申し訳ございません……。聖女様のお世話をさせていただく、リラと申します」
「ありがとう、よろしくお願いします。私は咲希です」
廊下に立っていたのは、クラシックなメイド服を着ている、どこかおどおどしている小柄な女性だった。赤茶色の髪とそばかすが可愛らしい、まだ少女とも言える年齢だ。
リラを部屋に招き入れ、ソファに座る。
「どうぞ、リラも座ってください」
「わっ、私はサキ様のメイドですので、座れません。それに私は平民で、サキ様は貴族でいらっしゃいますから……」
「そうなの!?」
「はい。聖女様は、スキルに応じた爵位を授けられます」
「つまり……スキルが貴重であればあるほど、高い身分を得ると?」
「その通りです」
召喚されてからのことを思い出し、ゆるく首を振る。
「私のスキルは受け入れられないようだから、平民のままだと思う。リラも緊張せずに話して。そして、私にこの世界のことを教えてほしい」
「……サキ様のスキルをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私のスキルは温泉だよ」
「おん……せん?」
「簡単に言うと、お湯を出せるの」
「それは……」
言葉に詰まるリラを見て、悟ってしまった。
私のスキルは、この世界の誰にも望まれていない……。
そして、思った。
いつでも温泉に浸かれるなんて最高なのに!
「この世界のことを教えてほしいの。ちなみに私のいた世界には、魔法はないよ」
「えっ!? どうやって生活しているんですか!?」
それからはリラとソファに座り、様々なことを教えてもらった。
召喚された聖女は、元の世界に帰ることはできない。
異世界でも言葉が通じて読み書きができるのが、聖女の証となる。
ここは女性が少ないので、一妻多夫が当たり前。結婚しない女性もいるが、少数らしい。
聖女のスキルは強力なものが多いので、必死に魔力をためて、5年から10年に一回召喚するんだとか。
今回は貴重なスキルを持つ聖女が召喚された。そして、早ければ5年後に聖女が召喚される。だから私のことはどうでもいいって態度をとられたんだ。
「聖女様は望むだけ夫をもてます。平民は8人以下なことが多いですね。今頃それぞれの貴族が、目当ての聖女様に取り入ろうと必死でしょう。癒しと結界と予知のスキルなんて、おとぎ話の中にしか出てきません」
「へえー、そうなんだ」
リラが知っていることを聞きながらお菓子と紅茶を楽しんでいると、大きな窓から見える空が暗くなってきた。
召喚される前は確かに夜だったのに、こちらの世界は昼だった。
……私、本当に異世界に来たんだなぁ。
ちょっぴりたそがれていると、それを察したリラが立ち上がった。
「そろそろ夕食をお持ちしますね」
「ありがとう、よろしくお願いします」
リラが退室すると、部屋が恐ろしいほどの沈黙に包まれてしまった。
忍び寄る負の感情を振り払うように、わざと明るい声を出す。
「そうだ、もう一度ステータスを確認しよう! あの水晶がないと確認できないのかな」
呟いた途端、目の前にパッとステータスが現れた。出てきたのは、水晶にふれた時より詳細なステータスだった。
ーーーーーーーー
咲希(28) 3346877G
スキル:温泉
ーーーーーーーー
「この334G? ってなんだろう……」
水晶をさわった時には、この数字はなかったはずだ。
数字にふれてみると、下に詳細が出た。
<銀行の預金額>
「……あっ、日本で貯めてたお金を、異世界に持ってこれたの!?」
円がGに変わっているが、貯金額と一致している。
「やったー、嬉しい!」
思わずソファから立ち上がってるんるんと踊りながら、まだ空中に浮かぶステータスを見た。
数字にさわって詳細が出たのだから、スキルも詳細が出るかもしれない。
ぽちっとさわると、予想通りスキルの詳細が出た。
「え、これって……」
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