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ギルムングヴァール1
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……レオが、僕の家に誰かを連れてくる?
レオから、人を連れて僕の家に来ていいかと連絡が来た時、しばらく動けないほどの衝撃を受けた。まだ25年しか生きていないけれど、今後10年で一番の衝撃だと断言できる。
それほど、僕の世界は狭かった。
レオの性格とスキルからして、僕に害のある人間は連れてこない。僕にとってプラスになるから、この提案をしたはずだ。頭ではそう思っているのに心が否定して、返事を書くのに数時間もかかってしまった。
レオが連れてきたのは、女性と男性が一人ずつだった。
今までレオはどんな人間と知りあっても、僕がいたほうがスムーズに進む依頼を受けても、僕の家に連れてくるどころか、僕の存在をもらすことさえなかった。
それが、一気に二人も。
レオが女性を姫のように扱うのを見て、思わず冷たい目で見つめてしまう。
女性は傲慢だ。数が少ないという理由だけで、キンキンした声でわめいてワガママを言って当然だという態度をとる。そして僕を見初めて、好きにしようとするのだ。
この女性も、やっぱり僕を見つめてきた。次にどんな醜い言葉を吐くのかとうんざりしていると、あっさりと視線をそらし、自己紹介をした。頭まで下げて。
……女性が頭を下げる? しかも、もう僕のことを見つめない。
驚いているとレオが僕のことを紹介したので、きちんと名乗った。
いつもはギルで通しているから、この名前を口にするのはずいぶんと久々だった。
「ギルムングヴァールだ。ギルでいい」
そのあとは、驚きの連続だった。
サキは僕に敬語を使い、さん付けで呼び、僕という個人を尊重した。高慢な態度をいっさい取らず、召喚された聖女だというのにひどく冷遇されていた。
普通の女性なら憤死してもおかしくない。それなのにサキは、柔らかで落ち着いた声で、まるで他人事のように自分のことを語った。
「惨めなハズレスキルの持ち主で、卑しい存在で、私が土下座して頼んでも夫にはなりたくないとか、そういう感じです」
……女性にそんなことを言うなんて有り得ない。しかも、召喚した聖女に。
情に厚いレオが怒るのも、もっともだ。こんな扱いには慣れていると、何でもないように言えるサキの環境が悲しくて、怒っている。
サキはそれに気付かず、強引に話を逸らした。レオとエルンストが後で話を聞き出そうとアイコンタクトをしているのに気付かず、サキは見るからに安堵していた。
おい、全然話を逸らせてないぞ。
それを言うほど親しくはないし、異世界の話が気になるので、黙っておくが。
その後、スキルの詳細を知るために、サキにたくさんの温泉を出させた。
文句を言ってきたらすぐに鑑定をやめようと思っていたのに、サキは何も言わず、お腹がすいても我慢して黙々と温泉を出していた。僕に秋波を送ることもない。途中で拍子抜けしたように呟いただけだった。
「きつい作業っていうから、ぶっ続けで温泉を出し続けろとか、休むなと言われると思ってました」
そんなこと言うわけがない。エルンストが笑顔で僕を牽制してくるから、思いっきり睨み返した。
その夜サキはすすめたお酒を飲んでほろ酔いになりながら、自分がいた世界のことを語ってくれた。
聖女が来る世界のことは伝え聞いてはいたが、当事者から聞くとやはり全然違う。
「住んでいるところが違えば、生活も違うから。今回の召喚も、私と同じ国にいた人はいないと思います」
女性が多く、魔法がない世界。一夫一妻か一夫多妻が認められている世界。
前回の聖女は、女性は家にいて家事をするのが普通だと語った。頭を布でおおっている女性もいた。
サキが住んでいた国は、女性も働くのが普通だという。結婚すると家事をして子育てをして仕事までするというので驚きだ。
この世界では、女性は基本的に働かない。本人が望むか、スキルが必要な時だけだ。あとはたくさんの夫たちを手足のように使う。
サキの住んでいた国の女性を心配して、レオが言う。
「さすがにレディーに負担が重すぎない? 男性のほうが体力があるんだから、男性が動いたほうがよくないか?」
「もちろん、そう考えている人もいると思うよ」
果実酒をおいしそうに飲むサキの目がとろんとしていく。目尻が赤くなり、指先で口元を隠して笑った。
「毎日8時に家を出て、9時から夜の7時くらいまで働くの。疲れてるから自炊をしないんだけど、そうすると嫁の貰い手がないとか言ってくる人もいて」
「サキさん、その方はどなたですか?」
優しく尋ねるエルンストの目は笑っていない。レオがどこからかペンと紙を取り出した。
「たまにサービス残業っていう無償で働く時間があって、だんだん増えていくからきつくて」
「サキさん、その方はどなたですか?」
「エルンストさん、酔いました?」
さっきと同じ質問を繰り返すエルンストを見て、サキがおかしそうに笑った。
エルンストがさらに本気になっただけなのに、サキだけが気付いていない。レオがサキの言ったことをメモして、エルンストに見せた。何に使うんだ。
「もちろん、サービス残業した時は記録してましたよ。いつか何かに使えるかと思って」
そういう問題じゃない。サキがそんな目に遭うこと自体がおかしいと言っているのに、サキは気付かずにくすくすと笑う。
「召喚された時、リラとエルンストさん以外は嫌な人でどうしようかと思ってたけど、こんなふうに魔法が使えて、温泉を出せる最高のスキルがあって、レオたちにも会えて、よかったなぁ」
おいサキ、ふにゃふにゃしている場合じゃないぞ。エルンストとレオが、サキを守る意思を固めながら照れてるぞ。
最初は警戒していたが、エルンストはいい奴だった。普通の人間のように接してくれて、いろんな話で盛り上がって、知らないことも見下さずに教えてくれる。
そうだ、異世界から来たサキに、僕のことを聞いてみよう。どう答えるか興味がある。
サキの考えを知り興味をひかれれば、サキとエルンストと一緒に行動してもいい。二人の空気は心地いいし、何よりレオがいる。
……レオを取られたようで寂しかったが、まあ許してやろう。
レオは、生まれた以上は誰もが幸福になる権利があると言っていた。出会ったばかりの頃はその考えが分からなかったが、今では僕もそう思う。
僕はレオの存在で救われた。次に救われるのは、たぶんサキだ。
レオから、人を連れて僕の家に来ていいかと連絡が来た時、しばらく動けないほどの衝撃を受けた。まだ25年しか生きていないけれど、今後10年で一番の衝撃だと断言できる。
それほど、僕の世界は狭かった。
レオの性格とスキルからして、僕に害のある人間は連れてこない。僕にとってプラスになるから、この提案をしたはずだ。頭ではそう思っているのに心が否定して、返事を書くのに数時間もかかってしまった。
レオが連れてきたのは、女性と男性が一人ずつだった。
今までレオはどんな人間と知りあっても、僕がいたほうがスムーズに進む依頼を受けても、僕の家に連れてくるどころか、僕の存在をもらすことさえなかった。
それが、一気に二人も。
レオが女性を姫のように扱うのを見て、思わず冷たい目で見つめてしまう。
女性は傲慢だ。数が少ないという理由だけで、キンキンした声でわめいてワガママを言って当然だという態度をとる。そして僕を見初めて、好きにしようとするのだ。
この女性も、やっぱり僕を見つめてきた。次にどんな醜い言葉を吐くのかとうんざりしていると、あっさりと視線をそらし、自己紹介をした。頭まで下げて。
……女性が頭を下げる? しかも、もう僕のことを見つめない。
驚いているとレオが僕のことを紹介したので、きちんと名乗った。
いつもはギルで通しているから、この名前を口にするのはずいぶんと久々だった。
「ギルムングヴァールだ。ギルでいい」
そのあとは、驚きの連続だった。
サキは僕に敬語を使い、さん付けで呼び、僕という個人を尊重した。高慢な態度をいっさい取らず、召喚された聖女だというのにひどく冷遇されていた。
普通の女性なら憤死してもおかしくない。それなのにサキは、柔らかで落ち着いた声で、まるで他人事のように自分のことを語った。
「惨めなハズレスキルの持ち主で、卑しい存在で、私が土下座して頼んでも夫にはなりたくないとか、そういう感じです」
……女性にそんなことを言うなんて有り得ない。しかも、召喚した聖女に。
情に厚いレオが怒るのも、もっともだ。こんな扱いには慣れていると、何でもないように言えるサキの環境が悲しくて、怒っている。
サキはそれに気付かず、強引に話を逸らした。レオとエルンストが後で話を聞き出そうとアイコンタクトをしているのに気付かず、サキは見るからに安堵していた。
おい、全然話を逸らせてないぞ。
それを言うほど親しくはないし、異世界の話が気になるので、黙っておくが。
その後、スキルの詳細を知るために、サキにたくさんの温泉を出させた。
文句を言ってきたらすぐに鑑定をやめようと思っていたのに、サキは何も言わず、お腹がすいても我慢して黙々と温泉を出していた。僕に秋波を送ることもない。途中で拍子抜けしたように呟いただけだった。
「きつい作業っていうから、ぶっ続けで温泉を出し続けろとか、休むなと言われると思ってました」
そんなこと言うわけがない。エルンストが笑顔で僕を牽制してくるから、思いっきり睨み返した。
その夜サキはすすめたお酒を飲んでほろ酔いになりながら、自分がいた世界のことを語ってくれた。
聖女が来る世界のことは伝え聞いてはいたが、当事者から聞くとやはり全然違う。
「住んでいるところが違えば、生活も違うから。今回の召喚も、私と同じ国にいた人はいないと思います」
女性が多く、魔法がない世界。一夫一妻か一夫多妻が認められている世界。
前回の聖女は、女性は家にいて家事をするのが普通だと語った。頭を布でおおっている女性もいた。
サキが住んでいた国は、女性も働くのが普通だという。結婚すると家事をして子育てをして仕事までするというので驚きだ。
この世界では、女性は基本的に働かない。本人が望むか、スキルが必要な時だけだ。あとはたくさんの夫たちを手足のように使う。
サキの住んでいた国の女性を心配して、レオが言う。
「さすがにレディーに負担が重すぎない? 男性のほうが体力があるんだから、男性が動いたほうがよくないか?」
「もちろん、そう考えている人もいると思うよ」
果実酒をおいしそうに飲むサキの目がとろんとしていく。目尻が赤くなり、指先で口元を隠して笑った。
「毎日8時に家を出て、9時から夜の7時くらいまで働くの。疲れてるから自炊をしないんだけど、そうすると嫁の貰い手がないとか言ってくる人もいて」
「サキさん、その方はどなたですか?」
優しく尋ねるエルンストの目は笑っていない。レオがどこからかペンと紙を取り出した。
「たまにサービス残業っていう無償で働く時間があって、だんだん増えていくからきつくて」
「サキさん、その方はどなたですか?」
「エルンストさん、酔いました?」
さっきと同じ質問を繰り返すエルンストを見て、サキがおかしそうに笑った。
エルンストがさらに本気になっただけなのに、サキだけが気付いていない。レオがサキの言ったことをメモして、エルンストに見せた。何に使うんだ。
「もちろん、サービス残業した時は記録してましたよ。いつか何かに使えるかと思って」
そういう問題じゃない。サキがそんな目に遭うこと自体がおかしいと言っているのに、サキは気付かずにくすくすと笑う。
「召喚された時、リラとエルンストさん以外は嫌な人でどうしようかと思ってたけど、こんなふうに魔法が使えて、温泉を出せる最高のスキルがあって、レオたちにも会えて、よかったなぁ」
おいサキ、ふにゃふにゃしている場合じゃないぞ。エルンストとレオが、サキを守る意思を固めながら照れてるぞ。
最初は警戒していたが、エルンストはいい奴だった。普通の人間のように接してくれて、いろんな話で盛り上がって、知らないことも見下さずに教えてくれる。
そうだ、異世界から来たサキに、僕のことを聞いてみよう。どう答えるか興味がある。
サキの考えを知り興味をひかれれば、サキとエルンストと一緒に行動してもいい。二人の空気は心地いいし、何よりレオがいる。
……レオを取られたようで寂しかったが、まあ許してやろう。
レオは、生まれた以上は誰もが幸福になる権利があると言っていた。出会ったばかりの頃はその考えが分からなかったが、今では僕もそう思う。
僕はレオの存在で救われた。次に救われるのは、たぶんサキだ。
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