温泉聖女はスローライフを目指したい

皿うどん

文字の大きさ
22 / 43

輝く未来に向けて

しおりを挟む
「僕が聞きたいのは、サキが北領に行ってどうしたいのかということだ。それによってレオたちの行動も変わる」


 いったん仕切りなおして夕食を食べながら話すことになり、周囲にはローストしたお肉のいいにおいが漂っている。

 レオが夕食を食べようと言ってくれて、とても助かった。
 エルンストのことはずっと頼りにしていて、たまに心を動かされていた。熱に浮かされたようなエルンストの目にいちいち動揺してしまうから、ほかに集中できるものがあったほうがいい。
 塊のお肉の、ぎゅっと詰まったおいしさを飲み込む。皮はカリッとしていて、脂はとろとろだ。


「銭湯を経営しようと思ってるの。経営なんてやったことがないけど、温泉スキルがあったら何とかなると思う」
「銭湯とは何ですか?」
「いろんな人が大きなお風呂に入りに来る場所かな。いつかは旅館みたいなものも作りたいけど、さすがに今は無謀だから」


 エルンストに敬語で話すことをやめてほしいと頼まれてそうしているけれど、少し緊張する。エルンストは敬語のままだから、余計に。
 私のちょっぴりの緊張を見抜いたのか、エルンストがふふっと微笑んで、流し目で私を見つめた。
 ウッ、美の暴力!


「大きな浴槽でなくてはいけませんか? この国にはお湯に浸かる習慣がなく、誰かと一緒に入ることもありません。入ればサキさんの温泉の素晴らしさがわかりますが、入るまでが難しいかと」
「うーん、なるほど。個室だったらどう?」
「いい案ですね。浴槽の横にシャワーを設置して体を洗い、入浴することを徹底させましょう」
「お風呂場に何種類かボディソープや石鹸を置いて、帰りに買えるようにしたいの。あと、お風呂は寝湯がいいかと考えていて」
「ネーユって何だ?」


 尋ねたレオが、山盛りのソーセージを頬張る。
 それにつられてソーセージを食べると、口の中でパリッと皮がはじけて肉汁が飛び出てきた。そのあとにザワークラウトに似たものを食べれば、酸味が口の中をすっきりさせる。
 何種類もの木の実が入ったパンはふわふわで、野菜スープは塩の優しい味わいだ。


「寝ころんでお風呂に浸かるの。私の住んでいたところではお風呂に髪をつけるのはよくないことだったんだけど、このスキルだと頭まで浸かりたいでしょ?」


 すっとギルが差し出してくれた紙に、簡単に絵を描く。その横に浴槽も描いて、深さの違いがわかるようにした。


「こうすれば簡単に頭まで浸かれるかなって。一瞬でも浸かれば効果が出るから、あとはここに頭を置いてリラックスしてもらえる。個室ごとに雰囲気を変えて、部屋を選んで予約できるようにしたいな。食事も出せるといいけど、ほかの飲食店と提携して割引券を出すとかにして、話題になる飲み物を出したほうがいいかも。そうだ、タオルは有料で貸し出して、下着とかを買えるようにしないと! 化粧水とかパックとか、お化粧品とかも揃えて使用感を確かめてもらって、帰りに買えるようにすれば! あっでもパックは高いかな……うーん」


 考え始めると止まらなくて、まくしたててしまった。指先でそっと口を押さえる。
 どうしよう、話しすぎたかな。もし、エルンストとレオに幻滅されたら……。
 そんな私の考えを吹き飛ばすように、レオが満面の笑みを向けてくれた。


「サキはすごいな! そんなこと考えてたのか! 俺のスキルが成功するって言ってるぜ!」
「本当に、サキさんはなんて素晴らしい方でしょう。微力ながらお役に立てるよう頑張ります」


 輝く笑顔を向けてくれて、杞憂だったとほっとする。
 ふたりに嫌われたくないと考えている時点で、ちょっと、かなり好感を抱いていることは、今は横に置いておこう。


「私がいた国にある銭湯を再現したいだけで、一から考えたわけじゃないの」
「確かに、銭湯を最初に作り出した者は素晴らしいです。サキさんの国には、銭湯は一つしかなかったのですか?」
「たくさんあったよ」
「そういうことです。銭湯を作るのが何十番目だからという理由で成功はしないし、失敗が確定しているわけでもない。この国でも、流行や優れた仕組みを取り入れるのは普通のことですよ」
「……ありがとう。エルンストのおかげで、ちょっと心が楽になった」
「それはよかった」


 微笑むエルンストに笑みを返す。
 エルンストはこうやって微笑む姿がよく似合う。いつか、レオみたいに口を大きく開けて笑うのを見る日が来るんだろうか。


「では、魔力測定をしておかなければいけないな」
「魔力測定?」


 聞きなれない言葉に首をかしげると、ギルが説明してくれた。


「魔力量と、スキルを発動する時に必要な魔力がわかれば、何回スキルを使えるかがわかる。大抵は体で覚えるものだが、測定できるアイテムがある。まだ動くはずだ」
「ギルが作ったの?」
「うん」
「すごい! ギルはいろんなアイテムを作れるんだね!」
「それは……確かにそうだが」
「ギルはすごいんだぜ!」


 なぜかレオが威張るのを、ギルがうっとうしいと見せかけて嬉しそうにしている。

 その後の測定で、私の魔力はとても多く、スキルを使う時にほとんど魔力を消費しないことがわかった。
 つまり、いくらでも温泉を出せる! 銭湯みたいな大きなお風呂じゃなくて個室のほうがいいって聞いた時は、どれだけ温泉を出せるかで銭湯の規模が決まると思ったけれど、これならたくさん個室を作っても大丈夫!

 歴代の聖女様より魔力が多い、というエルンストの呟きは、浮かれている私の耳には届かなかった。





しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

異世界から来た華と守護する者

恋愛
空襲から逃げ惑い、気がつくと屍の山がみえる荒れた荒野だった。 魔力の暴走を利用して戦地にいた美丈夫との出会いで人生変わりました。 ps:異世界の穴シリーズです。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』

ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています この物語は完結しました。 前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。 「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」 そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。 そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

処理中です...