温泉聖女はスローライフを目指したい

皿うどん

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ヴィンセント・アグレル1

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「少し部屋で今後のことを考える。何かあればすぐに知らせてくれ」
「かしこまりました。ヴィンセント様のお好きな軽食をお持ちします」
「いや、いい。そのぶん聖女様一行に気を配ってくれ」


 お辞儀をして出ていったケンは、優秀な執事だ。俺の気持ちを見抜いて、一人になれるようにしてくれるはずだ。
 自室へ戻り、ベッドに倒れ込む。


「……よかった。本当によかった……!」


 父が目覚めたことで、かつてないほどの安堵感が全身を包み込み、脱力する。
 父のイゴールは子供に恵まれず、歳をとってからようやく生まれたのが俺だ。幼い頃から北領を治めるべく様々なことをしてきたが、自分が当主になるのはまだ先のことだと思っていた。
 自分の考えが甘いことを、父が倒れるという最悪の事態と共に突き付けられ、それから必死にもがいてきた。王都にいくら助けを求めても、返事すらない。使者を送っても城に入れず追い返される。
 毎日、民が負傷する。死者がいない日も増えたが、死は肩に重くのしかかる。

 そんな時、サキが現れた。北領のすべてを救う、あまりにも自分にとって都合のいい存在。
 夢か、それとも詐欺か。疑ったが父は無事に意識を取り戻した。父の呪いは徐々に解呪されていくというが、完全に解呪されなくても、三日ごとに温泉に入れば以前のような生活ができる。
 父を治す前に、いくらでもサキに有利な契約を結べた。サキはそんなことはせず、考えたこともない様子で自分のスキルを披露し、父を、アグレル家を、北領を救ってくれた。

 マジックバックから大きな犬のぬいぐるみを取り出して抱きしめる。


「どうしてサキはなんであんなに優しくて愛くるしいんだ!!」


 俺は北領を治める人間なのに、雄々しくなければいけないのに、可愛いものが好きだ。外ではクールに振舞っているが、ふわふわもこもこ小さな生き物がたまらなく愛おしい。赤ちゃんや子供を見ると、顔が勝手ににやけてしまう。
 アグレル家にいる人たちは、そんな俺でもいいと言ってくれる。だがやはり、当主の自室がぬいぐるみであふれていたら駄目だ。
 こうしてマジックバックにぬいぐるみを入れて、一人の時にもふもふを楽しむ。最高の時間だ。

 サキは小さく、やわらかでふわふわしていそうで、北領を救う聖女であり女神で、しっかりしているのに人間は善の生き物だと信じている。
 俺の女性像が粉々になり、サキの姿で再構築された。
 正直に言おう……可愛いものが大好きな俺にとって、サキはあまりにもタイプだった。
 北領の女性は基本的に大柄だ。それに不満を持ったことはなく、頑丈で回復が早いのでむしろ安心する。自分の好みよりも、相手が生き残るほうが重要だ。
 そう思っているのに。
 マジックバッグから羊のぬいぐるみを出して顔をうずめる。


「あ~~~~~サキが可愛い!!」


 綺麗な黒い髪をさわってみたい! 吸い込まれそうな瞳をずっと見つめていたい!
 しばらくぬいぐるみを抱きしめて暴れてからマジックバッグにしまい、服装を整えて部屋の外へ出る。廊下を歩き出すと、ケンが客人を連れてやってきた。金髪に眼鏡の……エルンストだったな。


「お忙しいところ申し訳ございません。お話がありまして」
「こちらも話したいことがある。どうぞこちらに」


 応接室へ案内して、使用人がお茶を置いて出ていくのを待ってから話を切り出す。


「まずはエルンストの話から聞こう」
「ありがとうございます。明日イゴール様の回復とサキさんを讃えるパーティーを開催するとお聞きしたので、サキさんのことをお教えしようかと」
「それは助かる。せっかくのパーティーでサキを不快にしては意味がない。ぜひ教えてほしい」
「サキさんはこの世界に不慣れで、常識などを学んでいる最中です。サキさんは男性相手でも微笑みますが、人間として対応しているだけで勘違いしないでいただきたい。そのことを周知してほしいのです。この国の食事のマナーは知らないので、堅苦しい食事よりもフィンガーフードなどのほうがいいかと。初対面の方には気を遣ってしまうので、会話は短く済ませていただければと思っております」
「わかった。考慮する」


 サキのことを第一に考えるエルンストに尋ねる。


「エルンストは、サキの第一の夫なのか?」
「いいえ、サキさんは未婚です」


 予期していない事実に驚き、息が止まる。サキが未婚?


「いや……そうか。サキは聖女だったな」


 落ち着いてよく考えれば、サキが聖女として召喚されてから、さほど時間もたっていない。


「サキさんから許可を得ているのでお話いたしますが、サキさんは28歳で未婚の素晴らしい女性です。きっとアグレル家はサキさんを手放さない。その上で言わせていただく」


 エルンストの真剣な、敵意さえにじませた瞳が俺を見据える。


「サキさんの気持ちを第一に考え、尊重してほしい」
「もちろんだ。恩人であるサキは、北領の宝だ。決して無理強いしないと約束する」


 エルンストの強い視線を見つめ返すと、やがてふっと逸らされた。


「わかっていただければ十分です」


 空気がゆるみ、エルンストの敵意が消える。
 その時、ふっと、なんとなく思った。サキのことをこんなにも考えているエルンストならば、俺の気持ちをわかってくれるのでは……?


「ずっと思っていたんだが、サキは可愛すぎないか……!?」


 驚いて目を開いたエルンストは、すぐに真剣な顔をして俺を見上げた。


「同感です!!」
「やっぱり!!」

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