温泉聖女はスローライフを目指したい

皿うどん

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そのころ王都では5 とある婦人

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「まだ手に入らないの!? わたくしがこれだけ望んでいるのに!」


 声を荒げると、三人目の夫が許しを請うて跪いた。けれど、それだけで怒りが収まるはずがない。


「若返りの秘薬よ!? 今までどの聖女もそんなスキルを持っていなかった! よりによって、あのハズレ聖女が持っていただなんて……!」


 知っていれば城から出さなかったのに。ソファに座り、唇を噛みしめた。

 聖女召喚が行われたのは、半年ほど前だ。癒し、結界、予知と素晴らしいスキルを持つ聖女たちだったのに、誰も役に立たなかった。
 結界の聖女は好きなだけ城を荒らしてから国を出て、他国へ行ってしまった。誰も止められなかったのが結界スキルの素晴らしさを証明していて、他国へ逃してしまったのが心底悔やまれる。
 予知の聖女はカラバ侯爵と結婚し、城から出ていった。第三王子とも形だけ結婚したようだけれど、一緒にいるところは見たことがない。第三王子は結婚後も変わらず城で生活していて、カラバ侯爵の屋敷へ行く様子もなかった。

 癒しの聖女は……気まぐれで人を癒すけれど、そのぶん人も壊す。癒しも過ぎれば毒となるのだ。
 癒しの聖女を従えるアイテムは未だ開発できず、精神に作用するスキルを持つ者も、聖女の前では無力だった。
 今、城は恐ろしい場所と化している。癒しの聖女に目をつけられたら、どうなるかわからない。
 こちらからの攻撃は通るが、癒しの聖女のスキルも防げない。思えば今まで、スキルを使った攻撃は防げても、治療するためのスキルを防げたことはなかった。過去の王が治療を拒んでも無理やり治したと聞いたことがある。

 癒しの聖女を止めるには、相打ち覚悟で挑むしかない。
 騎士に命じればいいのに、愚かな陛下と貴族は、時折与えられる癒しにすがっている。高位貴族であればあるほど癒しが与えられ、高位貴族だから癒しの聖女を庇っていても糾弾できない。

 今思えば、ハズレ聖女が一番マシだった。役に立たないスキルだからいじめられても放っていたけれど、まさか城を出ていくなんて……。
 こんなに素晴らしいスキルを持つのなら、囲ってやってもよかったのに。


「……時間がかかってもいいから、今度こそうまくやって」
「もちろんです、愛しい妻のために」


 若返りの秘薬の話を聞いた時、わたくしの心は踊った。いくら珍しい化粧品を使っても、年々美しさが衰えていく。夫たちはそれでもいいと言ってくれたが、わたくし自身が美しくありたかった。
 北領では平民が気軽に秘薬を使っていると聞き、さっそく北領へ旅行へ行った。野蛮な北領へ行くなど初めてだった。

 まっすぐに秘薬を目指して建物に入ろうとしたところで……拷問されたような痛みに襲われて気絶した。
 入ろうとした夫たちも悶絶し、なんとかわたくしを運んだけれど、どこの宿にも入るのを断られたそうだ。それどころか、店にさえ入れない。
 わたくしが目覚めた時の、氷の槍を突きつけられたような、冷たくて憎しみさえ感じられる無数の視線を思い出してぶるりと震える。
 北領を治めるアグレル家に抗議をしに行ったけれど、中に入れず追い返された。それを見た平民が、石を持ってわたくしたちを取り囲んだ。


「あれが、サキ様の銭湯に入れなかったお貴族様だ! 王都でサキ様へのひどい仕打ちをした証拠だ!」
「契約書の効果だ! サキ様を苦しめたやつだ!」
「帰れ! 今すぐ帰れ!」


 あまりの失礼さに憤慨したけれど、すぐに怒りよりも恐怖が勝った。いくら夫たちが強くても、囲まれたこの数には勝てない。わたくし達が殺されても、アグレル家が隠蔽する可能性がある。
 親の仇のように睨みつけてくる平民からは、確かな殺気が感じられる。夫にしがみつくが、夫も震えていた。


「帰れ! 恥知らず共め!」
「サキ様をいじめておいて何しに来たんだ! どの面下げて!」


 じりっと後ずさると、人が割れて一筋の道ができた。夫のひとりに乱雑に抱えられ、その道を走る。後ろから罵声が追いかけてきて、強く目を瞑って耳をふさぐことしか出来なかった。
 待機させていた馬車に乗り込んだが、まだ声が追いかけてくる。最悪の出来事だった。

 その後は一か月は屋敷に閉じこもった。夫たちからの愛で何とか日常生活を送れるようになった頃、諦めきれない未練が再びわたくしの心を支配した。
 綺麗になりたい。体の不調をなくしたい。

 そうだ、わたくしが行かなくても、貴族ではない誰かを行かせればいいじゃない。
 屋敷の下働きに命令して、北領へ行かせたのがつい先日だ。時間もお金も余計にかかったけれど、若返りの秘薬が手に入るのなら……。
 その時。
 何本もの棘のついた鉄製の鞭で打たれたような、砂だらけの地面の上で体が引きずられたような、強い衝撃が全身を襲った。先に衝撃が来て、すぐに痛みが全身に巻きつく。


「ぎゃっ、ぎゃああぁああぁぁっ! 痛い! 痛いっ!!」


 助けを求めて叫ぶが、夫はわたくしを助けない。
 涙でよく見えないまま、断続的に襲ってくる激痛に耐えながらのろのろと顔を上げると、夫も同じように苦しんでいた。

 痛みでろくに考えられない頭を動かす。これは、北領へ行った時と同じ痛みだ。
 ハズレ聖女に関わった者には激痛が与えられる……。まさか、人を介しても接触してはいけないの!?


「だっ、だれか……だれ、か……きなさい……」


 痛みで満足に声も出せない。
 わたくしの世話は基本的に夫がしていて、下働きはわたくしの姿を見ないよう遠くにいる。
 ほかの夫たちも、おそらく同じ状況だ。下働きはわたくしの声に気付かない。

 ……もしかして、秘薬を頼んだ下働きが帰ってくるまで……いいえ、秘薬を捨てるか返すまで、このままなの……?

 あまりの恐ろしさに、目の前が真っ暗になる。
 続く激痛に、わたくしの思考が沈んでゆく。気絶していたほうが、きっと楽よ……。
 その思いを最後に、わたくしは意識を手放した。


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