温泉聖女はスローライフを目指したい

皿うどん

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プレオープン

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「お、終わった……」


 最後のお客様を見送ったあと、思わずこぼれ出てしまった言葉は、幸いにもレオにしか聞こえていないようだった。

 今日は銭湯のプレオープンの日だった。招待したのは、今までの戦いで負傷した騎士たちとその家族が主だ。
 これは私とヴィンセントの意向でもある。国や人を守るために戦い、傷ついた人たちを労い、銭湯の問題点を洗い出す。
 貴族の人たちは銭湯には来ず、使用人が温泉を取りに来るように契約している。なので貴族の人たちは招待していないが、オープン初日にヴィンセントとバートが来てくれる予定だ。


「皆さん、お疲れさまでした! それぞれ改善すべきことがわかったと思います。20分後にミーティングをしますので、会議室に集まってください」


 受付担当の中には、魔物との戦いで体が不自由な人もいる。
 余裕をもって来られるようにしてから、事務所へ向かった。中にいる人たちにねぎらいの言葉とミーティングの件を伝えてから、隣の部屋へ入る。
 これは私用の仮眠室で、大き目の部屋を居心地よく改造している。部屋に入ってから、崩れ落ちるように椅子に座った。


「疲れたー……」


 問題点はたくさんあった。うまくいかないことも、たくさん。
 だけど、今日一日を乗り切った。みんな温泉を気に入ってくれた。それだけで嬉しい。私の居場所ができた気がする。


「お疲れ、サキ。よく頑張ったな」


 レオが差し出してくれた、生クリームがのったココアを受け取る。カップがあたたかくて、冷えていた指先がじんわりと温まっていく。
 ひとくち飲むと、甘さの中にしょっぱさがあって、とてもおいしかった。


「……ありがとう、レオ。レオは私の護衛としていてくれるけど、銭湯に気になることがあったら言ってね」
「おう。俺としては、もうちょっと飯の量が多いと嬉しい」
「ふふっ、次のメニューに入れてみるね」


 そのあとは、ココアを飲み切るのを見計らったようにエルンストが入ってきて、会議での話題を提案しあった。
 ギルもやってきて、アイテム関連は問題ないと教えてくれる。頼もしい仲間がいて嬉しいかぎりだ。


「僕がいれば他領からもすぐに買い付けができるけど、しばらく王都は騒がしいと思う。かつてないほど人手不足で、そのせいで王様への不満が出ているから」


 ギルの言葉にうなずく。
 このあいだ椅子の材料を取りに行ってくれたギルは、王都の情報を教えてくれた。
 なんでもお城で退職者が相次いで慢性的な人手不足になり、今まで滞りなく行われていた政策や作業などが進まず、王様がよくわからないことを言い出したりして、貴族も平民も不満がたまっているんだそうだ。
 それを聞いた時のエルンストとその仲間たちの顔といったら、にんまりと満足そうに微笑んでいた。お城をやめた人たちが全員ここへ来たわけじゃないだろうから、もっと人が辞めているだろうな。

 私を冷遇することを許していた、意地の悪い笑みを浮かべた王様と貴族たちを思い浮かべる。
 ……あの人たちが困っていても、別にいっか。
 そのせいで他の人たちに迷惑がかかっているのは可哀想だと思うけれど、私にできることはない。むしろ関わったらもっと酷いことになると思う。契約書のせいで。


「サキさん、そろそろ会議のお時間です」
「よし、行こうか。これが終わったらお風呂に入ろうね」
「ええ、楽しみです」


 疲れて休みたいと訴える体を動かして、会議室へ入る。従業員が揃っていることを確認し、椅子に座った。


「まずは皆さん、本当にお疲れ様でした。皆さん、素晴らしい働きでした! 誰かが一人でもいなければ、プレオープンの初日を乗り越えられませんでした。ですが、至らない箇所もあったと思います。私から気になった点を伝えさせていただきますね」


 まずは、お客様が部屋から出たあとの掃除についてだ。部屋や浴室を綺麗にするボタンを押し、ガラスケースの商品が減っていたら補充し、釣銭の確認をする。
 一気に大量のお客様が来たのでパニックになり、優先順位を間違えている場面が多くあった。釣銭や商品がなくなっていた部屋もある。
 お風呂の入り方についても、言葉の説明だけではよくわからない人が多かった。テレビのようなアイテムで動画を流し、入り方を説明したほうがいいだろう。

 この銭湯の最上階は女性専用フロアだ。直通のエレベーターでのみ行けて、部屋の利用時間も一時間からとなっている。
 一番の問題はここだった。
 まさか、自分で頭を洗ったり、服を着ることができない女性がこれほど多いなんて……!

 聞けば、結婚すればお風呂の世話は夫に任せる女性が多いらしい。思春期にはひとりで入っていた人も、結婚して一年もすれば、他の人に世話をしてもらうのが普通になる。
 異世界は私の知っている常識と違うと知っていながら、確認を怠った私の問題だ。だけど、服くらいは自分で着られるもので来てほしい……!

 女性フロアで働いているのは、リラとほか6名だ。リラは私のせいでお城に来るまで働いたことがなかったけれど、自分の世界が広がるのは楽しいと知って、銭湯で働きたいと志願してくれた。
 その人たちの意見も聞いて、女性フロアでは髪や体の洗い方の動画を流し、一人で脱ぎ着できる服を着てくるよう周知することにした。

 問題点とその対策をひとつずつ挙げていき、できるだけ短く会議を終える。


「以上です。ほかに気になることはありませんか? ……ないようですので、これで会議を終わります。最後にお風呂に入ってから帰ってくださいね。掃除だけは忘れないように!」


 その途端、わぁっと声が上がり、あちこちでお疲れ様と言い合う声や、さっそく改善点について話しあう声が聞こえてきた。
 うんうん、みんな仕事熱心だ。疲れは見えるけれど明るい顔なのが、なんとなく嬉しい。


「ここで働くと、いくら疲れていても温泉に入れば疲れなどなく帰れるのが嬉しいです。寝つきもよくて」
「だよな! 仕事終わりの温泉は最高だ!」


 私がいると話しにくいこともあるだろうから、先に会議室から出ることにした。
 エントランスから見える空は藍色で、太陽が沈むのが遅くなったぶん、暖かさを感じた。
 北領の一日が終わるのは早い。遅くまで光があったり喧騒が響いていると、魔物が活性化するからだ。
 朝早く起きて仕事をし、夕暮れと共に仕事を終え、活気のある宵の口が過ぎると家に帰り、早寝する。いくらでも夜更かしできた地球にいた頃と比べると、とても健康だと思えた。


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